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第12話 反乱の噂と、数字で殴る歓迎
しおりを挟む王都の空気は、紙でできている。
紙の上の正しさが、国の呼吸を決める。
——そういう場所だ、と私は知っている。
あそこでは現実よりも、報告書が強い。
嘘が紙に乗った瞬間、嘘は“公式”になる。
その王都で、今、政治が揺れている。
それを最初に運んできたのは、冬の風じゃなく、春を先取りしたみたいな小太りの商人だった。
頬が赤く、息が荒い。
嬉しさと恐怖を同時に抱えている顔。
「領主様! そして……リュミエール様!」
名前を呼ばれると、胸の奥が一瞬だけ跳ねる。
まだ私は、“王都で悪役にされた自分”をどこかで気にしている。
ヴァルクは椅子に腰を下ろし、腕を組んだ。
「落ち着け」
商人は深呼吸し、ようやく言葉を整える。
「王都が……騒いでます。
辺境の税収が上がり始めたって」
その瞬間、部屋の空気が変わる。
重かった空気が少し軽くなって、同時に尖る。
税収。
それは、王都が一番好きな言葉だ。
数字で語れる“成果”。
そして、数字は嘘をつきにくい。
アドミラが思わず口を押さえる。
「……上がったんですか」
「はい。まだ小さいですが、確実に。
倉庫の不正が消えて、物流が回って、
市場が動いて……王都の商会が、匂いを嗅ぎ始めました」
匂い。
甘い果実が増える匂い。
王都が嗅ぎつけるのは早い。
私は胸の奥で、黒い芽がまた伸びるのを感じた。
折れないための茎。
生きるための芯。
——やっと、届いた。
私たちの現実が、王都の紙の世界に届いた。
ヴァルクが低く言う。
「で、誰が困ってる」
商人は苦笑した。
「王都の貴族です。
税収が上がって、王都はこの辺境
を思い出した。
そして、
『辺境は貧しいから、援助が必要だ』
——その正当化が、崩れ始めています」
正当化。
王都はいつも正当化を欲しがる。
搾取はそのままだと汚い。
だから“正しい理由”を貼り付ける。
でも、辺境が自力で立ち上がったら。
「援助してやってる」
という顔ができなくなる。
援助してやってる顔ができないなら、
次に出てくるのは、これだ。
「……怠慢」
私がぽつりと呟くと、商人が頷いた。
「そうです。セドリック殿下が言い始めています。
『成果が出ないのは辺境の怠慢』
『領主が統治できていない』
『だから視察が必要だ』と」
視察。
その言葉は、刃の鞘だ。
鞘の中には剣がある。
でも、鞘の形は“正しい”。
ヴァルクの指が机を叩く。
カツ、と乾いた音。
「来るのか」
「計画している、と。
ただ……」
商人の声が低くなる。
「噂では、視察の名目で“処分”も考えているとか」
処分。
胸が一瞬、冷える。
でもすぐに、別の熱が立ち上がる。
——来ればいい。
逃げるために現実を作ったんじゃない。
崩すために現実を作った。
私は息を吸った。
吐いた。
肩が上がりかけて、落ちる。
「視察、受ける」
私が言うと、アドミラが目を見開いた。
「お嬢様……!」
ヴァルクは私を見る。
目が細い。
止めたいのか、確認したいのか、わからない。
「……危険だ」
「危険だよ」
私は頷いた。
危険を見ないふりはしない。
見ないふりをすると、また嵌められる。
「でも、避けたら負ける。
王都が『逃げた』って物語を作る」
オルフェオの声が、背後から落ちた。
「正しい」
いつの間にか、彼も部屋にいた。
薄紫の瞳が、相変わらず世界を測っている。
「王都は君を逃げたことにしたい。
逃げたなら、悪役は完成する」
私は頷いた。
逃げたら、私はまた“選ばれる側”に戻る。
彼らの物語の中で、消費される側に。
「だから、迎える」
私が言うと、オルフェオがわずかに目を細めた。
「歓迎、か」
「歓迎。
でも、彼らが欲しい歓迎じゃない」
ヴァルクが低く言う。
「……何をするつもりだ」
私は指を折った。
「武器じゃなく、数字と生活で殴る歓迎」
言ってしまってから、私は少しだけ笑った。
“殴る”が癖になってる。
でも、これが一番伝わる。
「市場を見せる。
値段の変化。
倉庫の改善。
税の流れ。
領民の生活。
——全部、現実として見せる」
商人が目を丸くする。
「それは……殿下にとって不都合では」
「不都合だからやる」
私は即答した。
王都は紙でできている。
なら、紙が嫌いなものをぶつける。
泥。汗。笑い声。
そして、数字。
「彼らが見たくない現実を、目の前に置く。
見たくなくても、見ざるを得ない形で」
オルフェオが淡々と補足する。
「王都は現場に弱い。
現場は嘘を隠しにくいからだ」
「うん。だから現場に引きずり込む」
私は言いながら、胸の奥が熱くなる。
怖いのに、燃える。
——この戦いは、剣を抜かない。
でも、血が出ないわけじゃない。
血は出る。
感情の血が。
誇りの血が。
そして、物語の血が。
*
同じ頃。
王都では、別の焦りも育っていた。
商人が、少し言いづらそうに言った。
「……エステラ様も、動いています」
——エステラ・ノクティス。
その名を聞けば、匂いがする。
甘い香水。
冷たい涙。
物語を作る手。
私は眉を上げる。
「何を?」
「『辺境で反乱が起きている』という噂が……。
『追放された令嬢が扇動している』と」
反乱。
その単語が、背筋を冷やした。
王都にとって、反乱は最強の免罪符になる。
反乱があるなら鎮圧が必要。
鎮圧が必要なら、処分が正当化される。
そして私が——反乱の象徴になれる。
象徴。
聖女候補の象徴から、反乱の象徴へ。
どっちも、私の意思じゃない。
オルフェオが私を見る。
薄紫の瞳が、冷静に告げる。
「王都は君を“反乱の象徴”にしたがる」
私は頷いた。
怖い。
でも、怖いからこそ、目を逸らさない。
「うん。わかる」
アドミラが震える声で言った。
「お嬢様……!
そんなことになれば、討伐軍が——」
「来る可能性がある」
私が言うと、ヴァルクの空気が一段冷える。
領主としての冷たさ。
剣の冷たさ。
「……俺の領地で勝手はさせない」
その言葉に、私は胸の奥がきゅっとなる。
守ってくれる言葉。
でも守られるだけでは、私はまた依存する。
だから私は、自分の言葉で立つ。
「象徴でいい」
私は言った。
自分でも驚くほど、声がはっきりしていた。
「でも、彼らが望む形じゃない」
オルフェオが小さく頷く。
理解した、という頷き。
ヴァルクが眉を寄せる。
「……どういう意味だ」
私は椅子から立ち上がった。
足元の感覚が確かだ。
石の冷たさ。
それが私を現実に繋ぐ。
「反乱の象徴にしたいなら、させればいい。
ただし、私が象徴になるのは——」
私は窓の外を見た。
遠くに村の煙が見える。
生活の煙。
生きる煙。
「“生きる現実”の象徴」
言葉が胸から出る。
熱い。
でも震えない。
「辺境が干上がる構造を壊す。
領民が笑える市場を作る。
その現実を作った人間が、私だって示す」
商人が呆然とする。
アドミラが息を呑む。
ヴァルクが、私をじっと見る。
私は続ける。
「王都が『反乱』って言うなら、
私たちは『復興』って言う。
同じ“変化”でも、言葉が違えば物語が変わる」
オルフェオが淡々と笑った。
笑ったというより、口角が少しだけ上がった。
「面白い。
君は言葉で殺されたのに、言葉で返す気か」
「言葉だけじゃない」
私は即答した。
「現実を作って、言葉を後からつける。
王都は逆。言葉を先につけて、現実をねじ曲げる。
だから、勝ち方が違う」
ヴァルクが低く言う。
「……歓迎の準備を始める」
命令。
でも、その命令は私の決意と同じ方向を向いていた。
「市場を整えろ。倉庫を見せられる形にしろ。
税の流れを整理しろ。
反乱の噂に対する“証拠”も集める」
私は頷いた。
「うん。
視察が来るなら、見せるものを増やす」
アドミラが、少しだけ声を震わせながら言う。
「……お嬢様、怖くありませんか」
怖い。
怖いに決まってる。
私は前世で、孤独に殺された。
この世界で、噂に殺されかけた。
でも今は——
私は笑った。
癖じゃない笑い。
「怖いよ。
でも、怖いから準備する。
準備できるのは、生きてる証拠」
火がぱちりと鳴った。
暖炉の火が、私の頬を少しだけ赤くする。
私はその火を見て、心の中で言った。
——王都は紙でできている。
なら、火を運ぶ。
火は紙を燃やす。
物語を燃やす。
偽りを燃やす。
でも燃やすのは、誰かを殺すためじゃない。
燃やして、見たくない現実を照らすため。
私は机に向かい、羽ペンを取った。
歓迎の準備だ。
武器ではなく、
数字と生活で殴る歓迎。
この城の薪の匂いの中で、
私はようやく、復讐の形を完全に握った。
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