異世界に転生したら人生再スタート、追放された令嬢は恋と復讐で輝きます

タマ マコト

文字の大きさ
14 / 20

第14話 扉の向こうの声、布団の中の卒業式

しおりを挟む


 その夜、私は崩れた。

 昼間は、ちゃんと立っていた。
 影から一歩だけ出て、視線だけで言った。
 ——あなたが捨てた私は、ここで生きている。

 言葉にしなかった。
 勝手に物語にされないように。
 勝手に切り取られないように。

 なのに。

 夜になって、部屋に戻った瞬間、胸の奥がひび割れた。

 暖炉の火は優しい。
 薪がぱちぱち鳴っている。
 毛布は厚い。
 空気は冷たいけど、凍るほどじゃない。

 なのに心は——寒い。

 寒いというより、痛い。
 骨の中が痛い。
 勝ったはずなのに、痛い。

 私は椅子に座り、外套を脱ぐこともできずに膝を抱えた。
 呼吸が浅い。
 肩が上がる。
 オルフェオに見られたら、きっとすぐ言われる。

 ——ほら。
 ——身体が先に嘘をついてる。

 私は、笑ってごまかそうとした。
 でも部屋には誰もいない。
 ごまかす相手がいない。
 ごまかしは、自分に刺さるだけだ。

「……ねえ」

 声が漏れた。
 誰もいない部屋に投げた声が、石壁に吸われて消える。

 私は自分の指先を見つめた。
 昼間、影から一歩出た時の指先。
 震えていなかったはずの指先。

 でも今は、震えている。

 ——見せた。
 確かに見せた。
 生きてるって、見せた。

 なのに、心が震える。

 勝ちたいのに、胸が痛い。
 勝ったのに、胸が痛い。

 私は自分の喉に手を当てた。
 そこに、前世の痛みがまだ残っているみたいだった。

 誰にも見られていないのに作った笑顔。
 「大丈夫?」に「大丈夫」と返す癖。
 便利で都合のいい人間として磨耗していった日々。

 そして、この世界でも——

 正しい婚約者。
 聖女候補。
 王太子の隣に立つ器。

 全部、役。
 役に貼り付けられた価値。
 価値のために磨耗した私。

 それを捨てられたはずなのに。

 私は口を開いて、吐息みたいに言ってしまった。

「私、まだ……あの人に認められたいのかな」

 言った瞬間、顔が熱くなる。
 恥ずかしい。
 情けない。
 自分が嫌いになる。

 あんな風に捨てられたのに。
 あんな風に“正しさ”で切られたのに。
 まだ——認められたい?

 そんな弱さが、自分の中に残っているのが、吐き気がするほど恥ずかしい。

 私は毛布を掴んだ。
 爪が布に引っかかる。
 息が苦しい。
 胸がぎゅっと縮んで、空気が入らない。

「……やだ」

 声が小さく震える。

「やだよ、こんなの」

 勝ちたい。
 復讐したい。
 現実で崩したい。
 王都の物語を壊したい。

 なのに、心のどこかが、まだあの世界に紐で繋がれている。

 認められたい。
 認められたら、楽になる気がする。
 あの断罪が“間違いだった”って、誰かが言ってくれたら。

 ——誰か。

 その“誰か”を、私はまだセドリックにしてしまっている。

 それが悔しい。
 それが惨め。
 それが、私の喉を締める。

 私はベッドに倒れ込んだ。
 布団の中に潜り込んで、顔を押しつける。
 息が布に吸われて、熱くなる。

 涙が出そうで、出ない。
 出ないのに、目の奥が痛い。

 泣けない癖。
 また、それか。

 私は布団を噛んだ。
 声が漏れないように。

 ……漏れてもいいのに。
 誰もいないのに。

 でも、誰もいないからこそ、泣くのが怖い。
 泣いたら、止まらなくなる気がする。
 止まらなくなったら、また自分が消える気がする。

 その時——

 廊下の足音がした。

 重い足音。
 迷いのない足音。
 でも、今夜は少しだけ遅い。
 考えて歩いている足音だ。

 足音が、私の部屋の前で止まる。

 私は息を止めた。
 止めた瞬間、胸がさらに苦しくなる。

 ノックはない。

 ただ、扉越しに声がした。

「……起きてるのか」

 ヴァルクの声。
 低くて、少しだけ擦れている声。

 私は返事ができなかった。
 返事をしたら、泣き声が混ざる。
 泣き声が混ざったら、私は恥ずかしくて死ぬ気がする。

 でも、ヴァルクは返事を求めない。

 彼は扉の向こうで、静かに続けた。

「俺は、君が役に立つからそばにいるんじゃない」

 その言葉が、胸の奥に落ちてきた。

 役に立つから。
 そうだ。私はずっとそれで生きてきた。
 役に立てば、捨てられない。
 役に立てば、居ていい。

 私は今夜も、それに怯えていた。
 視察で見せたのに、まだ怯えていた。

 ヴァルクの声が、少しだけゆっくりになる。

「……君が君だから、そばにいる」

 その言葉は、抱擁より強かった。
 抱かれたら、私はきっと依存してしまう。
 温もりに溺れてしまう。
 救われたくなってしまう。

 でも扉は開かない。
 無理に抱かない。
 距離はある。
 距離があるから、私は自分で立てる。

 それでも、彼の声が鎧になる。

 私は布団の中で、唇を噛んだ。
 熱いものが目尻に滲む。
 滲んで、ついに落ちる。

 涙。

 音を立てない涙。
 でも、確かに涙。

 私は声を殺した。
 声を殺したまま、泣いた。

 泣くと、胸が痛い。
 痛いのに、息が少し入る。
 泣くことで、身体が空気を取り戻す。

 ヴァルクは、それ以上何も言わなかった。
 扉の向こうで、同じ場所にいる気配だけがある。

 時間がどれくらい経ったかわからない。
 薪が爆ぜる音が、遠くに聞こえる。
 私の泣き声は、布団に吸われて消える。

 泣きながら、私は理解する。

 “認められたい”は、消えない。
 消えない。
 人は誰だって、認められたら嬉しい。
 それは弱さじゃない。
 生き物としての本能みたいなものだ。

 でも——

 “認められないと死ぬ”からは卒業できる。

 認められなくても、私は生きられる。
 否定されても、私はここにいられる。
 役に立たなくても、私は捨てられない。

 それを、扉の向こうの声が証明してくれた。

 私は布団の中で、小さく息を吸った。
 涙で濡れた頬が冷たい。
 でも、その冷たさが現実で、現実だから安心する。

 私は震える声で、やっと一言だけ言った。

「……ありがと」

 声は布団に吸われて、扉の向こうに届いたかどうかもわからない。

 でも、返事が来た。

「寝ろ」

 短い。
 不器用。
 でも、それが彼の優しさの形。

 私は泣きながら笑いそうになって、笑わないまま目を閉じた。

 まだ胸は痛い。
 まだ弱い。
 まだ揺れる。

 でも私は、今日ひとつ卒業した。

 “認められないと死ぬ”という檻から。

 扉の向こうにいる声が、
 私の新しい鎧になってくれる夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!

カナタカエデ
ファンタジー
八十歳で生涯を終えた、元王宮侍女カリナ。 その最期の瞬間――枕元に、かつて仕えた王女アメリアが現れた。 「お願い…私の人生をやり直して。国を、私を、救って――」 次に目を開くと、カリナは十八歳の“王女アメリア”として転生していた。 彼女は知っている。 このままでは王国は滅び、愛する主君が破滅する未来を。 未来を変えるため、アメリアは 冷徹と噂される英雄ヴァルクとの政略結婚を選ぶ。 これは、かつて守れなかった主人のための転生。 そのはずなのに――彼への想いは、気づけば変わり始めていた。 王女と英雄が紡ぐ、破滅回避ラブファンタジー開幕。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜 挿絵はA I画像を使用 10/20 第一章完結 12/20 第二章完結 2/16 第三章完結 他サイト掲載 (小説家になろう、Caita)

どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が向こうからやってきた。溺愛偽弟と推活友人と一緒にやり遂げた復讐物語

buchi
恋愛
借金だらけの貧乏伯爵家のシエナは貴族学校に入学したものの、着ていく服もなければ、家に食べ物もない状態。挙げ句の果てに婚約者には家の借金を黙っていたと婚約破棄される。困り果てたシエナへ、ある日突然救いの手が。アッシュフォード子爵の名で次々と送り届けられるドレスや生活必需品。そのうちに執事や侍女までがやって来た!アッシュフォード子爵って、誰?同時に、シエナはお忍びでやって来た隣国の王太子の通訳を勤めることに。クールイケメン溺愛偽弟とチャラ男系あざとかわいい王太子殿下の二人に挟まれたシエナはどうする? 同時に進む姉リリアスの復讐劇と、友人令嬢方の推し活混ぜ混ぜの長編です……ぜひ読んでくださいませ!

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

処理中です...