11 / 20
第11話 逆ハーみたいで、ぜんぜん甘くない
しおりを挟む夜の図書塔は、紙の匂いが濃い。
ランプの灯りの下でページをめくる音は、雨音みたいに規則的で、心臓の焦りを少しだけ薄めてくれる。
でも、薄まるだけだ。消えない。
王城で触れた聖具の欠損は、指先の記憶として残ったまま、ずっと皮膚の内側をくすぐってくる。
(壊れるように作られてた)
壊れる“偶然”じゃない。
壊す“意志”だ。
リリア=エヴァンスはメモ帳を開き、ペン先で紙を軽く叩いた。
机の上には、ユリウスが貸してきた専門書。
レオンが持ってきた訓練記録の写し。
エリオットが投げてきた、雑に折られた紙片――裏の噂の断片。
机が、戦場みたいだ。
武器は剣じゃなく情報。
刺すのは腹じゃなく真実。
「で、結論」
背後から声。
振り返らなくても分かる。
ユリウスの声は、低くて、少し苛立っている。
苛立ちは私にじゃない。
“世界が思い通りじゃない”ことに。
「整備記録を改竄できるのは誰か、って話なら」
リリアはペンを置き、指を折った。
「貴族上層か、王城の文官。現場の管理官一人じゃ無理。印章と閲覧権限が必要」
ユリウスが机の端に腰を預ける。
目が紙面を追い、計算が回っている顔。
「改竄ができるのは“書く側”だけじゃない。“認可する側”もだ」
「うん」
リリアは頷く。
「だから中枢。だから腐敗」
言いながら、胸の奥が少しだけ冷える。
“中枢が腐っている”って、口にするほど現実味が増す。
現実味が増すほど、背後が近づく。
扉が、コン、と鳴った。
ノックじゃない。
扉が勝手に押し開かれる音。
「ここ、集会所?」
軽い声。
軽いのに、足音がない。
影みたいに入ってくる男。
エリオット=フェイン。
彼は笑っている。
でも目は笑っていない。
目はいつも通り、観察者の目。
「鍵、かかってたけど。開けといた」
「犯罪者みたいに言わないで」
リリアが言うと、エリオットは肩をすくめた。
「犯罪者じゃないよ。便利屋」
そして、紙を一枚ひらひらさせる。
「噂、拾ってきた。王城の文官街でね」
ユリウスが不機嫌そうに眉を寄せる。
「噂など信用できるか」
「噂は証拠じゃない」
エリオットが笑う。
「でも、証拠の場所は教えてくれる」
その会話の途中で、今度は足音がした。
重い。規則正しい。
土の匂いを連れてくる足音。
「遅れた」
レオン=グレイヴが入ってきた。
外套の肩に、まだ夜風の冷たさが残っている。
手袋を外しながら、彼はリリアを見た。
「騎士団の内部で動きがある。聖具庫の巡回が増えた。しかも、増えた理由が『魔獣対策』だ」
「魔獣」
リリアが呟くと、レオンの眉が歪む。
「……俺も納得してない」
部屋の空気が、ぴたりと一つの形に固まった。
ユリウス。
エリオット。
レオン。
乙女ゲーム的には、“逆ハー開始”みたいな配置。
だけど甘さが一滴もない。
香りは薔薇じゃなく、焦げた紙と血の匂い。
リリアは深呼吸して、三人を見た。
視線が交差する。
それぞれの温度が違う。
ユリウスは冷たい理性。
エリオットは薄い笑いの裏の刃。
レオンは真っ直ぐな正義。
そして私は、――私は、もう泣かされない女。
「勘違いしないで」
リリアの声は静かだった。
静かだからこそ、部屋の空気が一段張り詰める。
「私は誰かに守られるために動いてない。協力するなら、同じ目的で。恋とか好意とか、そういうのはいらない」
言い切ると、レオンが真っ直ぐ頷いた。
迷いがない頷き。
「目的は同じだ。理不尽を許さない」
その言葉が、胸に温かく刺さる。
優しさじゃない。
覚悟の温度だ。
ユリウスは悔しそうに目を伏せた。
唇を噛み、そして吐き捨てるみたいに言う。
「……君の方が正しいことが多いのが腹立つ」
エリオットが吹き出しそうになって、でもちゃんと笑った。
「素直じゃん」
ユリウスが睨む。
エリオットは笑いながら、リリアの机に紙片を置いた。
「王城の文官街で、最近“整備記録の写し”が高値で動いてるらしい。売ってるのは裏の書記。買ってるのは表の誰か」
「写しが動くってことは」
リリアが呟く。
「原本に触れた人間がいる」
ユリウスがすぐに言葉を繋ぐ。
「写しを作るには閲覧許可が要る。許可は王城の印章で出される。つまり、印章を持つ者か、印章を偽造できる者」
「偽造なら、偽物の香水瓶と同じ匂い」
リリアが言うと、レオンが頷く。
「雑になるのは焦ってる証拠だ」
「焦らせたのは君」
エリオットがリリアを見る。
「君、王城で欠損を口にしたでしょ。あれで向こうは“早める”」
リリアは目を細めた。
自分の発言が、刃になった感覚。
切れ味が良いほど、返り血が怖い。
「……なら、こっちも早める」
リリアはメモ帳を開き、ページの中央に大きく書いた。
【真犯人:整備記録改竄の権限者】
そして矢印を二つ引く。
【貴族上層】 【王城文官】
「カミラは駒」
リリアは言った。
「駒に仕掛けさせるのは、手が汚れないから。手が汚れない人間は、上にいる」
レオンの目が硬くなる。
「じゃあ、カミラを問い詰めても意味がない?」
「意味はある」
リリアは即答する。
「駒は、糸を知ってる場合がある。知らなくても、糸の匂いはついてる」
ユリウスが机に置かれた専門書を開く。
「聖具欠損の再現を試みた。君が言った通り、要の循環を細くすれば、負荷が集中して破損する」
彼は苦々しく言う。
「しかも、それは“整備”の名目でできる。補強に見せかけて、実際は弱体化だ」
リリアの背筋が冷える。
「……つまり」
レオンが言う。
「壊す準備は、整備の顔で進む」
「そう」
リリアは頷く。
「そして壊れた瞬間、罪を着せる相手が必要」
エリオットが軽く指を鳴らした。
「君、だね」
沈黙が落ちる。
ランプの灯りが揺れ、影が机の上で伸び縮みする。
その影はまるで、見えない大人の手みたいに見えた。
リリアは息を吸った。
怖い。
でも、怖いから黙らない。
「私は“避けない”。真正面から潰す」
言葉にした瞬間、胸の奥で火が強くなる。
逃げる未来を、自分で消す火だ。
「作戦」
リリアは指を折る。
「一、管理官に会う。暗殺未遂の目撃と、消された記録の内容を聞く」
「生きてるのか?」
レオンが問う。
「分からない。だから急ぐ」
リリアは即答する。
「二、聖具の整備記録の“写し”を入手。原本と突き合わせる」
ユリウスが頷く。
「写しを扱う裏の書記を特定すれば、線が出る」
「三、聖具の欠損を“客観的に証明”する測定」
「俺が魔導具を作る」
ユリウスが言い切る。
「……君の指先の感覚だけじゃ、誰も信じない」
リリアは小さく頷いた。
分かってる。
女の勘は、証拠にならない。
だから証拠を作る。
「四、騎士団内で“魔獣事故”として処理したい勢力を探る」
レオンが拳を握る。
「分かった。内部を洗う」
その言葉は、正義の刃だ。
自分の組織を疑う痛みを、引き受ける刃。
エリオットが軽く手を挙げる。
「じゃあ僕は、裏の書記に接触する」
「危なくない?」
リリアが言うと、エリオットは笑う。
「危ないよ。でも君も危ない」
そして、さらりと付け足す。
「危ないのを嫌うなら、最初からこんなゲームしてない」
リリアは苦笑しない。
ただ、認める。
「……ありがとう」
「礼はいらない」
エリオットは肩をすくめる。
「観察が楽しいだけ」
ユリウスが鼻で笑った。
「性格が悪い」
「褒め言葉?」
「違う」
レオンが困ったように二人を見る。
この空気の中で、少しだけ緩む瞬間。
恋の甘さじゃない。
戦友の呼吸が合い始める音。
リリアは机の端を指で叩き、最後に言った。
「もう一回言う。私は守られない」
視線を巡らせ、三人の目を順番に見る。
逃げない目。
「守る守られるの形にすると、また物語に回収される。私が欲しいのは、勝つための協力。勝ったあとも、それぞれが自分で立てる関係」
レオンが頷く。
ユリウスが目を伏せて、短く言う。
「……面倒な女だ」
「今さら?」
リリアが返すと、エリオットが笑った。
「いいね。面倒な女、嫌いじゃない」
「口を慎め」
ユリウスが睨む。
レオンが咳払いして、話を戻す。
「リリア。カミラの件はどうする?」
「放置しない」
リリアは言う。
「駒でも、駒は動く。動く駒は、人を刺す」
その瞬間、リリアの頭に嫌な予感が走った。
空気が冷える。
ランプの炎が、ふっと揺れた。
まるで――誰かがこの会話を聞いているみたいに。
リリアは目を細める。
図書塔の窓の外は暗い。
でも、暗い場所には人が立てる。
(見られてる。狙われてる。もう時間がない)
恋愛ゲームなら、ここでドキドキする。
「誰を選ぶ?」なんて甘い問いが出る。
でも今の問いは、違う。
――誰と戦う?
――誰を信じる?
その答えを、私はもう選び始めている。
そしてその選択は、恋の代わりに信頼を育てていく。
甘さのない、でも確かな温度で。
リリアはペンを握り直した。
指先が少し震える。
震えるのは怖いから。
でも、震えたまま書ける。
書けるなら、進める。
「……行こう」
小さく呟く。
「この世界の“整備”を、私たちの手で暴く」
10
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
宮廷魔法使いリフィリーゼの大掃除〜馬車から捨てられた欠陥令嬢が、宮廷魔法使いの座についた理由。
碧井 汐桜香
ファンタジー
貴族令嬢として育ったリフィリーゼは、貴族として圧倒的に欠けている。
空気を読むことを苦手として、暗黙の了解を推し量ることができない。他人の感情に気がつけない。杓子定規に物事を判断してしまう。
そんなリフィリーゼは、父によって馬車から捨てられた。人気のない、夜の街道で魔獣に襲われそうになったリフィリーゼを救ったのは?
噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜
秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』
◆◆◆
*『お姉様って、本当に醜いわ』
幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。
◆◆◆
侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。
こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。
そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。
それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる