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第8話 「トラウマと向き合う剣」
しおりを挟むザルヴェルに来て、何日か。
「家」と呼ばれた部屋の布団にも少しだけ慣れてきて、
城内の道も迷わず歩けるようになってきて、
ご飯の量にもしれっと胃が順応してきた頃――
「そろそろ、“うちの流儀”も身体に叩き込んでもらおうかしら」
そう言ったのは、リリスだった。
朝の執務室。
大量の書類と地図と、丸められた報告書の山の中で、狐獣人の参謀は涼しい顔をしていた。
「うちの流儀……訓練?」
レイアが問い返すと、リリスはにっこり笑う。
「ええ。“ザルヴェル式の戦い方”ってやつ。
人間の国の騎士術だけじゃ、もったいないわ」
「もったいない?」
「せっかく、陛下が“拾って”まで連れてきた聖騎士なんだもの。
人間式と獣人式、両方扱えるようになったら、かなりの武器になる」
「……人を武器扱いするの、ここの共通認識なんだね」
「褒め言葉よ?」
さらっと返されて、レイアは苦笑した。
リリスは机から一枚の紙を取り出し、ひらひらと振る。
「教官はガレスに任せるわ。ああ見えて指導は上手いのよ? 豪快だけど繊細」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる。たぶん」
“たぶん”の比率が多い。
「訓練の場は、北側の広場。
午前は基礎、午後は実戦形式。……それでいいわね、レオン陛下?」
最後の確認は、部屋の奥――窓際のソファに座っている男へ向けられた。
レオンは足を組み、書類を横目に見ながら短く答える。
「ああ」
それだけ。
けれど、その視線が一瞬レイアに向き、金の瞳と目が合った。
「やれるな」
問いじゃない。
確認でもない。
単純な、「前提」。
レイアは、自然と背筋を伸ばして頷いていた。
「――やります」
◇ ◇ ◇
北側の訓練広場は、南側のそれよりも少し物騒だった。
地面は踏み固められた土。
周囲には丸太の柱、木人、藁束の人形、標的用の円盤。
武器棚には、刃を潰した槍や斧、二刀剣など、人間の国ではあまり見ない形の武器も並んでいる。
朝の冷気が残る中、レイアは貸し出された動きやすい訓練着に着替えて、広場の中心に立っていた。
「おう、来たな、元聖騎士」
「“元”は取りたいところなんだけどね……」
ガレスが、肩に木製の大剣を担いで現れる。
いつもの革鎧ではなく、軽めの訓練用装備だが、それでも威圧感は変わらない。
「教官ガレス、本日より“ザルヴェル式トレーニングコース”を担当させていただきやす」
「その言い方なんか怪しいんだけど」
「安心しろ、命までは取らねえ」
「命“までは”、ってところが一ミリも安心できないんだけど」
口では文句を言いながらも、レイアの胸の奥は少しだけ高鳴っていた。
久しぶりだ。
ちゃんと「教わる」訓練。
王宮にいた頃は、自分が教える側に回ることも多くなっていたからなおさらだ。
「まずは、“うち”の基本からだな」
ガレスは木剣を地面に突き立てるようにして立った。
「人間の国の騎士術は、“盾と陣形”が基準だ。
整った隊列で、正面から受けて、受けた分だけ返す」
「そうだね」
「ザルヴェルは違う。
獣人を中心に組まれた隊は、“穴を嗅ぎ分けて噛みつく”のが基本だ」
「穴を嗅ぎ分けて……」
「正面から受けるより、“一番脆いところを一瞬で千切る”ほうが速えって発想だな」
言い方は物騒だけれど、理にはかなっている。
「お前の剣筋、この前ちょっと見たが――」
ガレスはレイアの持つ木剣を顎で指し示した。
「綺麗すぎる」
「え、それ悪口?」
「褒め言葉半分、悪口半分だ。
“教本に載せたい模範の一撃”って感じだな」
「それは褒めてるでしょ!」
「ただな、実戦じゃ“教本通りに振ってくる奴”は読みやすいんだよ」
「ああ……」
それは、確かに。
何度も戦場で、敵の「教本通り」を読んできた。
「だから、そこに“崩し”を混ぜる。“裏切り”を覚えろ」
「裏切りって言わないで」
「技の話だ」
ガレスはニヤリと笑った。
「ようするに、“期待通りに動かない”ってことさ」
「それは……ちょっと得意かもしれない」
「刺さるな、その自虐」
二人の軽口に、訓練場の空気が少しだけ和らぐ。
ガレスは木剣を振り上げて構えた。
「じゃ、まずは単純な打ち合いから。
お前は人間側の“正面切ってくる剣”。
俺は獣人側の“穴を嗅ぎ分けて噛みつく剣”。
――遠慮すんなよ」
「遠慮してたら怒るでしょ」
「よくわかってんじゃねえか」
ガレスの口元が、戦士のそれになる。
さっきまでの軽い笑みを引っ込め、真っ直ぐにレイアを見据える。
レイアも、息を整えて構え直した。
最初の一歩は、自分から。
踏み込み。
下段からの斬り上げ。
ガレスがそれを横に流す。
足を入れ替えて、今度は側面から――。
打ち合うたびに、腕に重さが響く。
ガレスの一撃は重く、速い。
それでいて、蛇みたいにしなやかだ。
(なるほど……これが、“穴を見つける剣”)
力で押し切るのではなく、相手のバランスが崩れる瞬間を嗅ぎ取ってくる。
何度か打ち合ううちに、レイアの中に「楽しい」が滲み始めた。
久しぶりだ。
純粋に剣のことだけ考えていられる時間。
しかし、その時間は、ほんの一瞬だけだった。
◇ ◇ ◇
「――その構え」
ガレスがふっと打ち合いを止める。
「教本通りの“守りの構え”だな」
「うん。王太子殿下の護衛に付いてたとき、一番多用してたやつ」
左肩を少し前に出し、相手と殿下を同時に視界に入れる形。
身体を盾にするための、自然と身についた姿勢。
「……“殿下”ねえ」
ガレスが冷ややかに鼻を鳴らした。
「その構えのまま、何があった」
唐突な問いだった。
レイアは、一瞬答えに詰まる。
(何が、あったか――)
頭の奥で、嫌な光景が蘇る。
魔物の咆哮。
アリシアの悲鳴。
セルジオの冷たい瞳。
胸の中で、何かがぎゅっと縮こまる。
「……大丈夫か」
ガレスの声が、少しだけ柔らかくなった。
「“トラウマ”ってやつはな、身体じゃなくて先に心を固まらせる。
無理に掘り返すと、動けなくなるぞ」
「……平気」
レイアは、無理やり笑みを作ろうとした。
「“平気”って顔じゃねえ」
ガレスの指摘が、痛い。
でも、逃げたくなかった。
(逃げてきた結果が、橋の下だったんだし)
「大丈夫。ちゃんと……向き合うから」
自分に言い聞かせるみたいに呟いて、レイアはもう一度構えを取る。
しかし、ガレスが木剣を振り上げた瞬間――
(守らなきゃ)
身体の奥底に焼き付いた感覚が、脊髄を走った。
いやな記憶と、反射と、後悔と恐怖とが、全部ごちゃ混ぜになって走り抜ける。
レイアの視界が、一瞬で訓練場からあの日の森へと引き戻された。
鬱蒼と茂る木々。
湿った土。
血の匂い。
アリシアのドレスについた赤。
『庶民のくせに――』
『あなたがちゃんとしてれば、傷なんて――』
アリシアの嘲笑。
セルジオの冷たい瞳。
『庶民がここまで上り詰めただけで褒めてやるよ』
脳裏に響いた声に、胸がぎゅうっと締め付けられる。
「あ……」
木剣を握る手から、力が抜けた。
足が床に縫い付けられたみたいに動かない。
喉がきゅっと狭まり、息が浅くなる。
(あれ以上――)
腕の中にいたアリシアの重み。
肩を焼くような痛み。
防ぎきれなかった、最後の一撃。
(私が、守れなかった)
「……レイア」
遠くで、ガレスの声がした。
でも、耳が水の中に沈んだみたいにぼやけて、よく聞こえない。
視界が揺れる。
土の色と、血の色と、今の訓練場の色が、ごちゃごちゃに混ざる。
「私が、守れなかったから――」
無意識に、呟いていた。
王太子妃候補を。
王宮の信頼を。
自分が誇りにしていたもの、全部。
そのとき。
がし、と肩をつかまれた。
「……は?」
現実に引き戻される。
気づけば、ガレスが目の前にいた。
いつの間にか距離を詰めていて、両肩をがっちりと掴んでいる。
狼耳が、心配そうにわずかに伏せられていた。
「おい」
低く、しかしはっきりとした声。
「今ここにいるのは誰だ」
「……え」
「森じゃねえ。王宮でもねえ。
ここはザルヴェルの訓練場だ」
言葉を一つずつ区切りながら、ガレスはレイアの目を見る。
「周りを見ろ」
言われて、視線を巡らせる。
藁の人形。
木の柱。
石壁。
遠くで誰かが笑っている声。
さっきまでの森の景色は、どこにもない。
「……俺は誰だ」
ガレスが続けた。
「アルストリアの王太子か? 違うだろ」
「ち、違う」
「アリシアとかいう女か?」
「違う」
「じゃあ誰だ」
「ガレス……」
「そうだ。ザルヴェルの黒狼族のガレスだ。
お前の敵じゃねえ」
ばしん、と音を立てて、ガレスはレイアの肩を一度叩いた。
「いいか、レイア」
その目は真剣だ。
「お前な、“守れなかった”って自分を責める癖、マジでやめろ」
「でも――」
「守れなかったんじゃない」
きっぱり。
その断言に、言葉が喉で止まる。
「利用されたんだよ、お前は」
ガレスの声が、土の上に重く落ちた。
「王太子だか貴族だか知らねえが――
自分たちの都合で、お前の忠誠と腕っぷしを“便利な盾と見栄えのいい看板”に使って、
不要になったらゴミみてえに捨てた」
「……」
「“守れなかった”なんて言葉、あいつらにくれてやる価値はねえ」
ガレスの手のひらが、レイアの肩をぎゅっと掴む。
「お前は命は守ったんだろ。
致命傷は防いだ。生きてんだろ、その王太子妃候補とやら」
「それは……そう、だけど」
「なら、最低限の仕事は果たしてる」
ガレスは眉をひそめる。
「“傷一つ許さない”なんて要求は、戦場じゃなくおとぎ話の中の話だ」
その言葉が、じわじわと胸に染みていく。
(傷一つも許されなかった場所で、私は戦ってたんだ)
それがどれだけ理不尽で、不自然で、歪んだ環境だったか。
やっと、外から見てもらって、わかってきた気がする。
「……でも、私は」
「“守れなかった”って、また言う気か?」
ガレスがじろりと睨んでくる。
レイアは思わず口をつぐんだ。
喉の奥で、言葉がぐるぐると渦巻く。
(全部、自分のせいにしてた方が楽だった)
誰かを責めるのは、怖い。
王太子を、アリシアを、王宮そのものを。
だから、自分のせいにしていた。
守れなかった。
足りなかった。
至らなかった。
でも、それは結局、あいつらのやらかしから目を逸らす言い訳に過ぎない。
「……利用、された」
ぽつりと、自分の口から出た言葉。
ガレスは、ゆっくりと頷いた。
「そうだ。お前は“利用された”んだ。
大事なもんを守ろうとする気持ちにつけ込まれて、
それを口実にされた」
「……最悪だな、本当に」
「最悪だ。だから、“守れなかった”なんて、綺麗にまとめるな」
ガレスの口調は荒い。
でも、その一つ一つが、レイアの心の奥深くに突き刺さる。
「……わかった」
レイアは、握りしめた拳を少しだけ開いた。
「たぶん、一気には無理だけど。
ちょっとずつ、“守れなかった”って言葉、減らす努力する」
「よし」
ガレスが、ぐいっと口角を上げる。
「なら、今の“固まった感覚”も、少しずつ塗り替えていこうぜ」
「塗り替える?」
「ああ」
ガレスは木剣を拾い上げる。
「その構えから始めると、“あのとき”をフラッシュバックするんだろ」
「……うん」
「なら、“今ここで、別の記憶に上書きする”」
シンプルな理屈だった。
トラウマは、記憶。
記憶なら、別の記憶で少しずつ薄めることができる。
「とはいえ、俺相手だと加減が難しいからな」
「いや、充分加減してくれてたでしょ」
「陛下にはナイショだが、まだ三割くらいだ」
「それでも充分怖いよ!」
そんなやり取りの最中――訓練場の端に、新しい気配が現れた。
「三割、ね」
よく通る低音。
「それは随分優しいな、ガレス」
レイアとガレスが振り向くと、そこにはレオンがいた。
軍服姿ではなく、戦闘用の黒い装備。
露出した腕には、鋭い筋肉の線が浮かんでいる。
そして――その耳と尾が、いつもよりはっきりと“獣”に近い形になっていた。
半獣化。
獣人族特有の、戦闘時に能力を引き上げる状態。
「陛下」
ガレスが背筋を伸ばす。
「様子を見に来られたんですか」
「様子を見にきたら、面白い話が聞こえたからな」
レオンはゆっくりと広場に入ってくる。
「俺も混ぜろ」
「え、混ざるって、まさか――」
レイアの予感は、見事に当たった。
「レイア」
レオンは、まっすぐに彼女を見た。
「さっき、“向き合う”って言ったな」
「言ったけど、え、ちょっと待って」
「お前のトラウマ、半端に突いたまま放置するのは気持ち悪い」
言葉は冷静なのに、瞳の奥に熱が見える。
「俺も付き合う。……模擬戦だ」
「え、ちょ、待って、相手レオンなの!?」
「不満か」
「いや、不満とかそういう問題じゃなくて!?」
ガレスが、横で肩を震わせながら笑いを堪えている。
「大丈夫だ、レイア。陛下、ちゃんと手加減するから」
「“ちゃんと手加減する”が一番信用ならない……!」
レオンは、武器棚から刃を潰した訓練用の剣を取り上げた。
普通の人間が使うには少し重い、片刃の長剣だ。
その柄を握った瞬間、周囲の空気がわずかに張り詰める。
耳がさらに獣寄りになり、瞳孔がわずかに細まる。
半獣化の影響で、筋肉の動きがより滑らかになっていく。
「……本当にやるんだ」
レイアは喉を鳴らした。
怖い。
正直、怖い。
レオンは強い。
噂でも知っていたし、実際ここ数日で、“ただ者じゃない”片鱗を何度も見ている。
「逃げたければ、逃げてもいい」
不意に、レオンが言った。
「お前のトラウマだ。
俺が勝手に踏み込んで、“向き合え”と強要する権利はない」
その言い方が、卑怯だと思うくらい優しかった。
(逃げ道、用意するんだ)
逃げてもいい。
でも――と暗に聞いてくる。
レイアは、ぎゅっと木剣を握りしめた。
「……逃げません」
自分でも驚くくらい、はっきりとした声が出た。
「逃げたら、きっとまた同じところで足がすくむから」
王宮から逃げた夜。
橋の下。
あの冷たい感覚を思い出す。
「だったらここで、ちゃんと向き合う。
“王太子とアリシアの影”じゃなくて、“今の私の前にいる相手”と」
レオンの目が、少しだけ細められた。
それは、満足そうな目だった。
「いい顔だ」
短くそう言って、彼は距離を取って構えた。
「レイア」
「……はい」
「俺を相手だと思うな」
低く、鋭い声。
「お前を切り捨てた連中だと思え」
その言葉で、血の温度が一気に変わった。
ザルヴェルの訓練場。
黒い石壁。
ガレスの視線。
レオンの半獣化した姿。
全部が、一瞬で「王太子の大広間」と「森の戦場」に変わる。
(でも――)
(今度は、私が選ぶ)
心の中で、セルジオの姿を思い浮かべる。
アリシアの顔。
自分を切り捨てた貴族たち。
それを全部、目の前のレオンに重ねる。
重ねた上で、「違う」と知っている。
「構えろ」
レオンが言った。
レイアは剣を構えた。
足の震えが、ほんの少しだけ収まる。
「ガレス」
レオンがちらりと視線を向ける。
「開始の合図を」
「了解」
ガレスが口角を上げ、大きく息を吸った。
「――始めっ!!」
その声を合図に、世界が一気に加速する。
レオンが動いた。
踏み込み、一閃。
訓練用とはいえ、その速さと重さは本物だ。
レイアは、素早くガードを上げる。
木剣と長剣が激しくぶつかり合い、腕に衝撃が走る。
(重っ――)
半獣化によって強化された筋力が、容赦なく押し込んでくる。
踏ん張らなければ、簡単に吹き飛ばされるだろう。
でも、それは――
(知ってる、重さだ)
王宮で、訓練場で、何度も味わってきた感覚。
相手が人間か獣人かの違いだけで、「命を奪い合う重さ」は同じ。
恐怖が胸を掠める。
(また、守れなかったら――)
アリシアの姿が頭をよぎる。
セルジオの冷たい視線。
“庶民”という言葉。
胸の奥で、縮こまりかける何か。
「レイア!」
ガレスの声が飛ぶ。
「前見ろ!!」
はっとして、レイアは視線をレオンに戻す。
金の瞳が、真正面から彼女を捉えている。
(今、目の前にいるのは――)
王太子じゃない。
アリシアでもない。
ザルヴェルの黒狼王。
自分を拾って、“ここがお前の家だ”と言った男。
レイアは、足にぐっと力を込めた。
踏み込み。
レオンの剣を受け流し、逆に懐へ潜り込む。
けれど、レオンの反応は速い。
尾がしなり、耳が動き、半歩下がって距離を取り直す。
「悪くない」
短くそう言って、再び攻めかかってくる。
そのたびに、胸の奥で“昔”が騒ぐ。
でも、それを押し込めるように、目の前の男へと意識を集中させる。
何度も打ち合ううちに、レイアの中の感覚が少しずつ変わっていくのがわかった。
恐怖と一緒に、別の何かが混ざってくる。
(悔しい)
あの日、自分はなにも言えなかった。
王太子の決定に、アリシアの嘲笑に、「はい」と頭を下げるしかなかった。
今、目の前で自分を試すように剣を振るう男に、同じように頭を下げたくはない。
息が荒くなり、汗が目に入る。
木剣を握る手のひらが痛い。
(でも――)
でも。
「私は――」
喉の奥から、声が勝手にあふれた。
「私は、捨てられるために騎士になったわけじゃない!!」
叫びと同時に、踏み込む。
足の震えを、踏み締める力に変える。
心の奥で縮こまっていた何かを、振りかぶる力に変える。
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
でも、気持ちがそれを引っ張る。
振り下ろした一撃は、今までで一番重かった。
レオンの剣がそれを受ける。
金属と木がぶつかる音が、空気を震わせた。
足元の土が、じん、と鳴った気がした。
衝撃が両者に走る。
レオンの足が半歩だけ後ろに滑った。
「……!」
レイアは、はっとして息を呑む。
レオンは、その場で踏みとどまり――ふっと口元を緩めた。
満足げな笑み。
それは、戦士としての「合格」の笑みだった。
「いい」
息を整えながら、レオンが言う。
「今の一撃は、“セルジオのため”じゃなかったな」
レイアの胸が、大きく上下する。
さっきの叫びが、まだ体の中で反響している。
「お前自身のための一撃だ」
レオンの金の瞳が、優しくも鋭く光る。
「そういう剣なら、俺は何度でも受けてやる」
その言葉に、レイアの視界が滲んだ。
「……っ」
涙なんて、出したくなかった。
訓練場だ。
人前だ。
王が見ている。
でも、こらえきれなかった。
ぽたり、と土に落ちる雫。
「私、ずっと……」
震える声。
「“あの日守れなかった”って、自分を責めてきました」
アリシアの足の傷。
王太子の視線。
貴族たちの嘲笑。
「でも、違ったんですね。
私は、“捨てられるために騎士になったんじゃない”って……
初めて、ちゃんと言えました」
ガレスが、少し離れたところで腕を組んで見ている。
リリスも、いつの間にか訓練場の端に来ていて、静かに目を細めていた。
レオンは、剣を下ろした。
「そうだ」
短く、しかしはっきりと肯定する。
「お前は“捨てられるための剣”じゃない。
“自分の意志で振るう剣”だ」
レイアは、木剣をぎゅっと握りしめた。
胸の奥で、長いこと固まっていた氷みたいなものが、少しずつ溶けていく。
(私、まだ――)
(剣を振っていいんだ)
アルストリアのためでも、王太子のためでもなく。
自分のために。
今、ここで一緒に笑って、怒ってくれる人たちのために。
「……続き、やりますか?」
レイアが、涙を拭いながら言うと、レオンは片眉を上げた。
「もう少し休んでからでもいい」
「今やらないと、また変なこと考えそうなので」
「そうか」
レオンの口元に、また微かな笑みが浮かぶ。
「じゃあ――次は、さっきの一撃を基準にしてやろう」
「基準、結構高くない?」
「お前が勝手に上げたんだ」
ガレスが豪快に笑う。
「いいじゃねえか。
“トラウマに負けない剣”ってやつだな」
リリスが、遠くからひらひらと手を振る。
「無茶しない程度にねー。陛下、レイア殿壊さないでよ?」
「壊さない」
レオンはきっぱりと言い切った。
「壊れる前に止める。それは約束する」
その言葉が、何よりの安心材料だった。
レイアは大きく息を吸い込み、もう一度構え直した。
トラウマと向き合う剣は、まだ震えている。
それでも、さっきまでより確かに――前へ、進もうとしていた。
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