王宮から捨てられた元聖騎士の私、隣国の黒狼王に拾われて過保護にされまくる

タマ マコト

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第9話 「アルストリアからの影」

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 ザルヴェルの朝は、いつの間にか「当たり前」になりつつあった。

 訓練場でガレスにしごかれ、リリスに呼ばれて地図を見せられ、ミナに「ごはんちゃんと食べてますか!」と叱られて――
 笑って、文句言って、剣を振って、ぐっすり眠る。

 ついこの前まで、王宮の冷たい石床で丸くなって寝ていた自分が、今はふかふかのベッドで寝起きしているのが、たまに不思議になるくらいだ。

 その日も、昼下がりの城は穏やかだった。

 中庭では、獣人の子どもたちが尻尾を追いかけて走り回り、
 廊下では使用人たちが笑いながら洗濯物を運び、
 遠くの訓練場からは武器のぶつかる乾いた音が響いてくる。

「レイアさーん! この書類、リリス様に届けてきてほしいって!」

 ミナが両手いっぱいに抱えた書類の一部を差し出してきた。

「え、私?」

「はいっ。“どうせ執務室まで行くなら、そのついでに”って!」

「どうせって何……。まあいいけど」

 書類を受け取り、レイアは廊下を歩き出す。

 石の床に、自分の足音。
 窓から入る風が、髪を揺らす。

(……ほんと、前とは別世界だな)

 王宮で、この時間にこんなふうに廊下を歩く余裕はほとんどなかった。
 いつもどこかで「次の任務」の影が見えていて、心がずっと尖っていた。

 今は、心のどこかにちゃんと「隙間」がある。
 そこに、ミナの笑顔や、ガレスのからかい声や、レオンのぶっきらぼうな優しさがするりと入り込んでくる。

 ――その、「隙間」を狙う影が、城の外から近づいていることを、このときのレイアはまだ知らなかった。

◇ ◇ ◇

 翌日。
 王城の裏門から、一台の荷車が入ってきた。

 荷車を引いているのは、やせぎすの馬。
 荷台には布をかぶせた木箱がいくつも積まれ、その横には、くたびれた旅装の男が腰掛けている。

 茶色の縮れた髪。
 灰色の瞳。
 少し伸びた無精ひげ。
 ぱっと見は、どこにでもいる「地方の行商人」だ。

「ザルヴェル王城の皆さまー、乾燥肉と香草、それから南の方で採れた珍しい果物、入ってますよー」

 門番の獣人たちに向かって、愛想よく声を張り上げる。

「お、商隊か?」

「陛下がおっしゃってた補給のやつかね」

「確認する。身分証は?」

「もちろん」

 男は、腰のポーチから一枚の羊皮紙を取り出した。
 ザルヴェル各地を回る「登録商人」の証。

 名前は――

「カイン・ルドベック」

 そう記されていた。

 門番はじろじろと紙と男の顔を見比べたあと、頷いた。

「間違いねえな。よし、入っていい」

「ありがとう」

 カインは、にこりと笑って荷車を押し始める。

 その笑顔は、どこからどう見ても「ただの商人」のものだった。
 しかし、心の内側では、全く違う感情が渦巻いている。

(……まさか、本当にここまで来ることになるとはな)

 胸の奥で、心臓がどくどくと早鐘を打つ。
 それを表情に出さないよう、何度も呼吸を整えた。

(レイア。お前、本当に――こっちで生きてんのか)

 そう考えた瞬間、喉が詰まりそうになる。

◇ ◇ ◇

 カインは元々、アルストリア王都の外れにある孤児院の出身だった。

 薄暗い石造りの建物。
 雨が降れば屋根から水が漏れ、冬には隙間風が指先を刺すように冷たい。

 そこで彼は、レイアという少女と出会った。

 いつも膝に擦り傷をつけていて、
 誰かがいじめられていると、真っ先に飛び出していく、
 目だけはやたらと強気な女の子。

『カイン、あんたまたパン盗もうとしてたでしょ』

『盗もうとしてたんじゃなくて、ちょっと場所を動かそうと……』

『それ盗みって言うんだよバカ!』

 怒りながらも、レイアは自分の取り分のパンを半分ちぎって渡してきた。

『ほら。あげるから。
 盗みやって捕まったら、もうパンどころじゃ済まないから』

『お前だって腹減ってんだろ』

『そりゃ私も減ってるけど、あんたの方が今顔死んでるし』

 ぶつぶつ文句を言いながらも、レイアはいつだって「自分より誰か」を優先するタイプだった。

 だからこそ、カインは少しだけ後ろめたかった。

(俺は結局、“生きるためなら汚いこともやる側”だったからな)

 足が速かった。
 手も速かった。
 人の顔と声と癖を、妙に正確に覚えられた。

 その特技を見抜いたのは、孤児院をよく訪れていた「ある男」だった。

『情報は、パンより高く売れるぞ、坊主』

 そう言って、カインの頭を撫でたのは、今の王太子派の影のまとめ役――老侯爵バルドゥールだ。

 皺だらけの手。
 細く笑う口元。
 眼鏡の奥の目だけが、妙に濁っている男。

 彼の元で、カインは「情報屋」として育てられた。
 人の噂を集め、売り、時には操作する仕事。

 孤児院から出たかったし、生き延びる手段が欲しかった。
 だからカインは、その手を取った。

 レイアは違う道を選んだ。

 孤児院に来た騎士団長に目をつけられ、剣の才を見出され、聖騎士を目指す道へ。

『レイア、騎士になるってよ』

『マジか。似合うなあいつ』

『でも、庶民出身の女なんて、絶対苦労するぜ』

『あいつなら、やると決めたらやるだろ』

 その背中を見送りながら、カインは薄く笑った。

(お前は上へ、俺は下へだな)

 皮肉のつもりだった。
 でも本当は、少しだけ羨ましかった。

 ……だからこそ、あの日の噂を聞いたとき、心臓が一瞬止まりかけた。

『唯一の女聖騎士、追放だとよ』

『王太子の婚約者を傷物にしたって話だ』

『処刑にならないだけ優しいじゃねえか?』

(レイアが……?)

 信じたくなかった。

 でも、情報屋としてのカインは、感情よりも仕事を優先した。
 裏で何があったのかを探り、噂の真偽を確かめなければならない。

 そして――数日後。

 カインは、王城でこう命じられた。

『ザルヴェルに行け』

 老侯爵バルドゥールが、細い目をさらに細めて笑う。

『王都を追い出された“元聖騎士”が、どうやら隣国に流れ着いたらしい』

『……』

『単なる噂の可能性もある。だが、万一本当なら、厄介だろう?』

 声は穏やかなのに、ぞわりと背筋を冷やす響きだった。

『アルストリア唯一の女聖騎士。
 “捨てたはずの戦力”が、隣国の手札に変わっているかもしれん』

 セルジオとアリシアは、その場では面倒くさそうに聞いていた。
 けれど、バルドゥールは、そこにどす黒い興味を滲ませていた。

『確認してこい、カイン。
 本当にレイア・グレイがザルヴェルで生きているのか。
 そして――もしそうなら、その情報を、しかるべき形で流す』

『“しかるべき形”ってのは?』

『決まっているだろう』

 バルドゥールは、愉悦を隠そうともせずに笑った。

『“国を捨て、獣の王の膝に這いつくばった裏切り者”として、だ』

 その瞬間、カインは悟った。

(ああ、こいつ、最初からレイアを守る気なんてなかったんだ)

 レイアを追い出した処分は、単なる「始まり」でしかない。
 今度は「敵国の傭兵」として利用し、その存在を国の不安定さの言い訳に使うつもりだ。

 胸の奥で、嫌悪がじわじわと広がる。

 それでも、カインは頷いた。

 情報屋としての仕事を放り出せるほど、彼は綺麗な生き方をしてこなかった。

 だからこそ、今こうしてザルヴェルの城に足を踏み入れている。

(せめて、この目で――確かめてからだ)

 生きているのか。
 生きているなら、どんな顔をしているのか。

 それだけは、自分の目で知りたかった。

◇ ◇ ◇

「……あ」

 その瞬間は、案外あっさり訪れた。

 カインが荷台を押しながら中庭を横切っていたとき。

「ミナ、ゆっくり! それ以上持ったら前見えないって!」

「だいじょーぶですって! わわっ!?」

 角を曲がった先から飛び出してきた、小柄な猫獣人と、その後ろを追いかける人間の女。

 腕いっぱいに洗濯物を抱えたミナの足元がもつれかけ、レイアが慌ててそれを支える。

「ほら、言わんこっちゃない」

「レイアさん、ナイスキャッチ~……あ」

 くるくる変わる表情。
 猫耳。
 尻尾。
 そのすぐ横で、レイアが笑っていた。

 髪は少し伸びていて、
 服も、もうアルストリアの騎士服ではない。

 でも――目は、変わっていない。

 強気で、真っ直ぐで、ちょっとだけ不器用な、あの頃のままの目。

「……レイア」

 名前が、喉から零れた。

 しかし、その声は人混みと荷車のギシギシという音に紛れてしまい、誰にも届かない。

 レイアは、ミナに「次から気をつけてよ」と小さく笑いかけて、そのまま反対側の廊下へと歩いて行った。

 すれ違う。
 数歩分の距離。
 ほんの、一瞬。

 レイアの手が、カインの腕にかすかに触れそうになって――触れない。

 彼女は、そこで「見知らぬ商人」を気に留めることもなく、通り過ぎていった。

(生きてる)

 確かに、そこにいた。

 血の気の引いた病人でもなく、捕虜でもなく。
 普通に誰かと笑い合って、荷物を運んでいる。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

(……良かった)

 安堵と、痛みが、同時に押し寄せてきた。

(捨てられても、ちゃんと生きてる)

 良かった、と心から思う。

 同時に、その生きている姿を、自分は「仕事」として報告しなければならない。

 ポーチに忍ばせた小さな魔晶石が、重く感じられた。

◇ ◇ ◇

 その少し離れた場所、城の二階部分の回廊から、静かに中庭を見下ろしている影があった。

 黒い外套。
 風に揺れる黒髪。
 尖った狼の耳。

 レオンは、欄干に片肘をついて、下の光景を眺めていた。

 レイアとミナが騒いでいるのが見える。
 その横を通り過ぎる、一人の人間の商人。

 見慣れない顔。
 見慣れない匂い。

 レオンの耳が、ぴく、とわずかに動いた。

(……今の)

 風に乗って、その男の匂いがかすかに届く。

 乾いた革と、街の埃。
 香草と旅装の匂い。
 それだけなら、どこにでもいる行商人のものだ。

 だが――その奥に、もっと薄い、嫌な匂いが混ざっていた。

 嘘と、焦りと、後ろ暗さ。
 街の裏路地でよく嗅ぐ、情報屋や盗賊の匂い。

 獣人の嗅覚は、感情の揺れも拾ってしまう。

 レオンは、目を細めた。

「……リリス」

 背後に気配を感じて、声をかける。

「呼びました?」

 いつの間にか、狐獣人の参謀がそこにいた。
 すました顔で書類を抱え、尻尾だけがゆるく揺れている。

「さっき門を通った、人間の商人。
 名前はカインとか言ってたはずだ」

「はい。“登録商人”として、前から何度か名前は出てますね」

「――あいつの動き、洗え」

 レオンの瞳が、獣のそれになる。

「匂いが、普通の商人じゃなかった」

 リリスの耳がぴくりと動いた。

「……了解しました」

 すぐに真剣な顔になる。

「王都側の情報屋と繋がっている可能性、ですね?」

「ああ」

 レオンは短く頷く。

「アルストリアが、何も仕掛けてこないはずがないと思っていた。
 “あれ”を追い出した代償が、そろそろ出ている頃合いだ」

 あれ。
 もちろん、レイアのことだ。

 リリスは、紅い瞳を細めた。

「では、私の方から、うちの“鼠”たちに声をかけておきます。
 商人の足取りと、王都との繋がりを確認します」

「頼む」

 レオンは中庭を見下ろしたまま、低く付け足す。

「レイアには、まだ何も言うな。
 今は剣と向き合うので手一杯だ」

「ええ。……それに」

 リリスは小さく笑った。

「“元々同じ孤児院出身”なんて情報、今ここでぶつけたら、感情が爆発しますものね」

 レオンの眉がわずかに上がる。

「知っていたのか」

「情報屋ですもの、私も」

 冗談めかして肩をすくめる。

「アルストリアの王都の裏事情を調べていたとき、何度かその名前を見ました。
 カイン・ルドベック。
 孤児院育ちで、今は王城付きの“便利屋兼密偵”」

「……なるほど」

 レオンは、欄干を軽く叩いた。

「“レイアが生きているかどうか”を確かめに来たってところか」

「でしょうね」

 リリスの尻尾が、ゆっくりと揺れる。

「その情報が、アルストリアにどう使われるかは……想像したくありませんけど」

「あいつらは、きっとこう言う」

 レオンの声がかすかに低くなる。

「“捨てた騎士が獣人の国へ寝返った。裏切り者だ”とな」

◇ ◇ ◇

 その頃、アルストリア王国。

 王都の北門近くの領地で、農民たちが悲鳴を上げていた。

「来たぞ、また魔物だ!!」

「子どもを中へ! 家に入れろ!!」

 森から現れたのは、狼のような姿をした魔物――だが、目は赤く濁り、その身体には不自然な黒い斑が浮かんでいる。
 以前なら、森の奥の方にしか現れなかった高位の魔物が、今は平地の近くまで出てきている。

 本来なら、こうした魔物の動きは王都の騎士団や聖騎士団によって迅速に対処されるはずだった。

 しかし――

「報告する! 北方の村の魔物討伐隊、またしても被害甚大! 戦死者五名、負傷者十七名!」

「補充はどうなっている!」

「聖騎士団からの応援が得られず……!」

 王城の作戦室では、報告が飛び交っていた。

 地図の上には、赤い印がいくつも打たれている。
 それはすべて、「魔物被害が増大している地域」を示していた。

「なぜだ」

 苛立ちを隠せない声が、部屋に響く。

 王太子セルジオだ。
 王冠の代わりに飾りのついたサークレットを額に乗せ、美しく撫でつけた金髪を揺らしている。

「なぜ、魔物の被害がここまで増えている。
 聖騎士団は何をしているのだ」

「王太子殿下」

 側に控えていた老侯爵バルドゥールが、わざとらしく咳払いをした。

「それは、先日“防衛の要”を一人失った影響もあるかと」

「防衛の要?」

 セルジオは眉をひそめる。

「……ああ」

 すぐに思い当たる顔があった。

 唯一の女聖騎士。
 庶民出身のくせに実力だけでのし上がり、
 自分の婚約者を“傷物”にした、あの女。

「レイア・グレイのことか」

「ええ」

 バルドゥールの口元が、ゆっくりと歪む。

「彼女は確かに、王都周辺の魔物の動きをよく抑えておりました。
 隊の指揮能力も高く、民衆からの信頼も厚かった」

 それを聞いて、セルジオの顔にうっすらと不快の色が浮かぶ。

「庶民風情が、目立ちすぎていたということだな」

「そうとも言えます」

 バルドゥールは、飄々と頷いた。

「しかし、それだけの戦力を失ったのは事実。
 当然、戦線にはほころびが出ます」

「……だからと言って、今さら呼び戻すわけにもいかないだろう」

 セルジオの声には、かすかな焦りが混ざっていた。

 部屋の端で座っていたアリシアが、わざとらしくため息をつく。

「殿下、そんな女の話なんてしなくてよろしいのに。
 あんな粗野でがさつな女騎士、最初からこの国にはふさわしくありませんでしたわ」

 淡いピンクのドレス。
 包帯はもう外れている足。
 しかし、アリシアは時々それをさする仕草をして、「か弱い婚約者」を演じるのを忘れない。

「それに――」

 彼女は、バルドゥールに意味ありげな視線を送った。

「例の“情報”、届いたのでしょう?」

「ええ」

 バルドゥールは、ゆっくりと眼鏡を押し上げた。

「カインからの報告です。
 ザルヴェルにて――レイア・グレイ、生存確認」

 その一言で、室内の空気が変わった。

「ザルヴェル、だと?」

 セルジオの眉が跳ね上がる。

「獣人の国に、あの女がいるのか」

「“黒狼王”レオンが、自ら彼女を城に連れて行ったとのこと」

「……っ」

 アリシアの表情に、一瞬だけ歪みが走る。

「まあ。
 やっぱり、そういうことでしたのね」

「そういうこと?」

 セルジオが苛立たしげに問うと、アリシアはわざとらしく肩をすくめて見せた。

「だって、あの女。
 ずっと“人間らしくない”と言いますか……
 どこか、私たちとは違う匂いがしていましたもの」

「匂い?」

「ええ、“獣じみた”と言いますか。
 庶民のくせに剣ばかり振り回して、私の忠告も聞かず……」

 嘘だ。
 忠告どころか、「危険地帯に行きたい」と無茶を言っていたのは、自分の方だ。

 でも、誰もそれを指摘しない。

 セルジオも、他の貴族たちも、その嘘に乗っかる。

「つまり」

 セルジオは、唇の端を冷たく吊り上げる。

「“我々が捨てた犬”が、獣人の王のところに尻尾を振りに行った、ということか」

「言い得て妙ですな」

 バルドゥールの声は、愉快そうだ。

「そして今、我が国の魔物被害が増している。
 民は不安を覚えます。“なぜ守ってもらえないのか”と」

「……ザルヴェルが裏で手を引いているのではないか、という噂も、少しずつ広まっております」

 別の家臣が口を挟む。

「魔物を操っているのか、あるいは“防衛の要”を奪ったからか。
 いずれにせよ、民の不安は、“外敵”と“裏切り者”を求めている」

 バルドゥールはそこで、わざとらしく目を伏せる。

「殿下」

「なんだ」

「ここはひとつ、“ザルヴェルとレイア・グレイが裏で繋がっている”という線も、
 視野に入れて動かねばなりますまい」

「……つまり」

 セルジオの瞳に、憎悪と不安が混ざった色が宿る。

「俺の婚約者を傷物にし、国を追い出された女が、今度は獣人の国と手を組んで、我が国を脅かしている可能性がある、と」

「そうですとも」

 バルドゥールの口元に、ぞっとするほど上品な笑みが浮かぶ。

「もしそうなら――彼女の存在は、“国を守るための敵”に変わります」

 アリシアが、口元に手を添えて、悲劇のヒロインを演じる。

「まあ、恐ろしい……。
 私、あの女に命を狙われていたのかもしれませんわね」

「アリシア」

 セルジオは、彼女の肩に優しく手を置く。

「安心しろ。
 俺が必ず、お前を守る」

(“守るために”って言えば、何でも許されると思ってる……)

 部屋の隅で、黙って立っていた騎士の一人――ロイク団長は、奥歯を噛みしめて視線を落とした。

 彼は何も言わない。
 言えない。

 でも、胸の奥で、何かが静かに裂けていく。

 レイアを追放したときと同じように。

◇ ◇ ◇

 一方その頃、ザルヴェル。

 ミナに連れられて市場の裏通りを歩いていたレイアは、ふと、背筋に冷たいものが走るのを感じて振り返った。

「……?」

 人混み。
 屋台。
 笑い声。
 遠くから、鍛冶場の鉄を打つ音。

 そこには、何もない。

 気のせいか、と首を振って再び歩き出す。

 けれど、その違和感は、いつまでも胸の奥に引っかかっていた。

(なんだろ……誰かに見られてるみたいな)

 ザワザワと波立つ予感だけが、静かに、しかし確実に、レイアの周りを漂い始めていた。

 アルストリアから伸びてきた影は、まだ細く、薄い。

 しかし、その先端は確かに、ザルヴェルの黒狼王と、そこに身を寄せる元聖騎士へと向けられていた。
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