田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト

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第11話「王城への呼び出しと、ミントの決断」

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「――王家からの呼び出しだって!? ミントちゃんが!?」

 その日の村は、朝から祭り前みたいにざわついていた。

 王家の紋章つきの馬が駆け込んできて、急使がグリーンノートの前で書状を読み上げた。
 それだけで、あっという間に噂は井戸端から畑まで駆け抜ける。

「ミントが王都に呼ばれたらしいぞ!」
「タイムばあさんの孫だものなぁ、そりゃあ国だって放っとかんわ!」
「いやでも、王太子殿下の命がどうこうって話なんだろ? そんな大役、押し付けられてるだけなんじゃ……」

 祝福と心配と好奇心が、入り混じって渦を巻く。

 当のミントはというと――グリーンノートの奥、戸棚と机の間で、半分白目になりかけていた。

「ど、どうしよう……」

 両手で書状を持ち、固まったまま。

 そこへ、デイジーが店の奥からひょいっと顔を出す。

「ミントちゃーん。“村長がすぐ来るからそこで倒れるなよ”って言ってたよ」

「倒れません……たぶん……」

「“たぶん”って言った!」

 ツッコミを入れながらも、デイジーの目は優しい。ミントの肩をぽんぽんと叩く。

「とりあえず、もう一回ちゃんと読みなさい。さっきは半分パニックで読んだでしょ?」

「はい……」

 ミントは深呼吸をひとつ。書状をもう一度、ゆっくり目で追う。

 王家の紋章。正式な文言。
 王太子セージ殿下が倒れていること。
 宮廷薬師でも決定打を見出せていないこと。
 だからこそ“奇跡の薬師”ミント・フェンネルを、王命をもって王都へ招致する――と。

 そこまでは、さっきも読んだ。
 頭が真っ白になりながら。

 ――けれど、書状の最後。
 署名と紋章の下、ほんの隅のところ。

 かすかに震えた筆跡で書き足された、小さな一行がある。

『あなたが必要です。――サフラン』

 その文字を見た瞬間、ミントの喉の奥が、キュッと熱くなった。

(ずるい)

 心の中で、誰にともなく呟く。

(そんなの――ずるいよ、サフランさん)

 “王家の命令”だけなら、まだ躊躇っていたかもしれない。
 “国のために”とか“名誉なことだ”とか言われても、正直ピンと来ない。

 でも、“あなたが必要”と、たった一言添えられただけで。

 胸の奥にある“怖い”と“逃げたい”が、じわじわと押し下げられていく。

「……ずるい」

「ん? 誰がずるいって?」

 ちょうどそのとき、店の扉が開いて、村長がどさっと入ってきた。

「ミント! 王家の書状、見せてみろ!」

「あ、村長さん、今ちょっと心が繊細なタイミングなので優しく――」

「おおお、本物だ……!」

 ミントの訴えは聞こえていないらしい。
 村長は書状を両手で持ち、目を細めて読み始める。

「王太子殿下が倒れ……宮廷薬師団をもってなお……ふむふむ……“奇跡の薬師”と聞き及ぶにより……!」

「そこ声に出さないでください恥ずかしい!」

 ミントがわたわたと手を振る。

 村長は、ふいに真面目な顔になって紙を畳んだ。

「ミント」

「……はい」

「すごいじゃないか」

 たったそれだけなのに、その声にはいろんな感情が混ざっていた。

「タイムばあさん、きっと天国で胸張ってるぞ。“あの子はやっぱりやったねぇ”ってな」

 タイムの笑顔が、ふっと脳裏に浮かぶ。
 土だらけの手。皺だらけの指。
 ハーブの香りと、あったかいお粥の匂い。

「……私、まだ何もやってないです」

 ミントは唇を噛む。

「呼ばれただけで、まだ一歩も歩いてません。
 王太子殿下のお顔だって見てないのに、“すごい”って言われるの、なんか怖いです」

「怖いか」

「めちゃくちゃ怖いです」

 その認め方が、我ながらだいぶ潔い。

「でもな」

 村長は、ミントの頭をぽん、と軽く撫でた。

「怖いと思える奴にしか、任せちゃいけねぇ役目ってのがあるんだよ」

「……さっき似たようなこと、サフランさんにも言われた気がします」

「あら、いい男だねぇ」

 横からデイジーが食いつく。

「村長もいいこと言うし、サフランさんもいいこと言うし、どうする? ミントちゃん、モテ期?」

「命がかかってるタイミングでモテ期とか言わないでください」

 そんなやり取りをしているうちに、外からも人が集まってきた。

「ミントちゃん! 本当に王都行くのかい!?」

「王太子様、ミントちゃんが診るんだって? すご……!」

「すごいわよねぇ。タイムばあさんの孫だもんねぇ」

「でも……危なくないのかい?」

 最後の声は、さっきまでの明るさとは違う震えを含んでいた。

「王家のことに関わるなんて、何かあったとき、責任……」

「そうだぞ。もし“治せませんでした”ってなったら、ミントちゃんが責められるんじゃ……」

 不安は、一瞬で空気を冷やす。

 ミントは、胸のあたりをぎゅっと掴んだ。

(そう。そこなんだ)

 怖い理由は、まさにそこにある。

(私が行って、もし救えなかったら。
 “奇跡の薬師”なんて持ち上げられた分だけ、今度は落とされる。
 “田舎娘のくせに王太子に手を出した”って、きっと言われる)

 それどころか、最悪の場合――。

 想像して、思わず目をぎゅっとつむる。
 王都での嫌な記憶が、土砂崩れみたいに押し寄せてきた。

『田舎娘のくせに、有能ぶって』
『身の程をわきまえなさいな』
『あなたの代わりなんていくらでもいるのよ?』

「……戻りたくないな、本当は」

 ぽつりと零れた本音に、デイジーがそっと肩を抱き寄せた。

「ローズ家のこと、まだ引っかかってる?」

「引っかかるに決まってるじゃないですか……」

 あの屋敷。
 あのサロン。
 嘲笑と、噂話と、きれいな皿の上にこびりついた嫌な記憶。

「王都に戻ったら、また顔を合わせるかもしれない。
 “田舎に追い出したはずのミントが、王太子殿下のお側に”なんて、絶対気に入らないに決まってる」

「うん」

 デイジーは、否定しなかった。

「気に入らないだろうね。あの手合いは」

「励ましてくださいよそこは!」

「でもさ」

 デイジーは、ミントの顔を覗き込んで笑った。

「前と違うのよ、今。
 あんた、もう“ローズ家の使用人”じゃないじゃない?」

「……」

「あんたは、“薬草店グリーンノートの店主ミント・フェンネル”なの。
 タイムばあさんの孫で、この村の腰と咳と膝と眠りと胃袋を支えてる、うちの自慢の薬師なの」

 村長も、頷いた。

「王都でお前を追い出した連中が、今度は“頭を下げて頼みに来てる”ってことを忘れるなよ」

「……頭、下げてますかね、あの人たち」

「下げてないように見えても、内心は土下座してると思っときゃいいのさ」

 デイジーの身も蓋もない励ましに、ミントは思わず吹き出した。

 笑いながら、書状の隅に視線を落とす。

 震える文字で書かれた、一行。

『あなたが必要です』

 それが、じわりと胸に染み込んでくる。

(逃げたら、多分、一生後悔する)

 道具も薬草も揃っていない森の中で、サフランを救おうと必死になった夜。
 「まだ間に合う」と自分に言い聞かせたあの瞬間。

(あの時、“できることを全部やる”って決めたんだ)

 田舎で、村人たちの暮らしを支えるために、薬を勉強してきた。
 王都で否定されながらも、薬草の本を読み続けた。
 タイムのノートを、擦り切れるまで読み込んだ。

「逃げない」

 ミントは、自分に言い聞かせるように呟いた。

「ここで人を救うために薬を勉強してきたんだもの。
 “王太子殿下だから”って理由で目を逸らしたら、きっとタイムおばあちゃんに怒られる」

「怒られるねぇ」

 村長が笑う。

「“誰であろうと、目の前の患者は患者だよ”ってな」

「それ言ってました……」

 タイムの声が、耳の奥で生き生きと蘇る。

「行きましょう、ミントちゃん」

 デイジーが、そっと背中を押した。

「店のことは心配しないで。
 私と村長と、村のみんなで回すから」

「えっ、でも――」

「会計は私がやるでしょ? 薬草の運搬は村長でしょ?
 簡単なハーブティーくらいなら、もう村の女の子たち、作れる子増えてきたし」

「診察と配合がいちばん問題じゃないですか……」

「それは、“ミントが帰ってくるまでの間だけの店”にすればいいの。
 “ちゃんとした診立ては、店主が戻ってからね”って」

「そんなゆるい看板……」

 でも、なぜだろう。
 その“仮の店”の姿を想像したら、少しだけ心が軽くなった。

(私がいない間も、この店は灯りを絶やさないでいてくれる)

 その安心感が、王都へ向かう背中を支えてくれる。

「じゃあ……お願いします」

 ミントは、深く頭を下げた。

「店長、しばらく留守にします。
 グリーンノートを、よろしくお願いします」

「おう、任せとけ」

 村長が胸を叩く。

「帰ってきたら、“王太子を診た薬師様の店”ってことで、看板を金色に塗り替えてやる」

「やめてください、絶対派手すぎます……!」

 笑い声が、店の中に広がっていく。
 少し泣きそうな笑い声と混ざりながら。

     ◇

 出発までの時間は、嵐みたいに過ぎていった。

 持っていくものは、最低限。
 薬草そのものより、調合の方が大事だと判断した。

 祖母タイムのノート。
 自分で書き溜めた配合ノート。
 小さい瓶と量り、簡易の乳鉢と杵。
 いつものマグカップと、故郷の土の匂いがする小さな香り袋。

(王都にも薬草はある。宮廷薬師団の倉庫もある。
 問題は、“どう組み合わせるか”の方)

 そう割り切って、荷物をまとめる。

 途中何度も、「やっぱりあれも」「これも」と手を伸ばしそうになるが、そのたびに深呼吸して引っ込める。

「大丈夫。私は荷物じゃなくて“頭”を持っていくんだ」

 そう言い聞かせると、デイジーが「かっこいいこと言った!」と拍手してくれた。

     ◇

 そして、出発の朝。

 村の空気は、いつもより澄んでいるように感じた。

 グリーンノートの前には、村人たちがずらりと並んでいた。
 いつの間にか、小さな見送りの列ができていたらしい。

「腰、軽くしてくれてありがとな!」
「うちの子の咳、また出てきたら帰ってきてからでいいからね!」
「道中で何かあったら、ちゃんと人に頼るんだよ! ひとりで抱え込まない!」

 口々に声をかけられ、ミントの目の奥が熱くなる。

「みんな、行ってきます」

 声が震えないように、精一杯笑顔を作る。

「帰ってきたら、また“生活できるくらいには”に戻すお手伝いさせてください」

「おうとも!」

「うちの自慢の薬師だからねぇ!」

 村人たちの声に送られて、ミントは森の方へ歩き出した。

 村のはずれ。森の入り口。
 そこに、見慣れた背中が立っていた。

「……サフランさん」

 呼びかけると、彼は振り向いた。

 いつもの騎士兼宮廷薬師の装い。
 鎧は軽装だが、しっかりと手入れされている。
 馬車が一台、森の手前に止められていた。

「早かったな」

「こっちの台詞です」

 ミントは苦笑する。

「王城からここまで、どれだけ猛スピードで――」

「王太子殿下の命がかかっているからな」

 サフランの言葉は淡々としているが、その奥にある焦りは隠しきれていない。

「間に合うかどうかは、正直、わからない。
 でも――お前に頼みたい、と思った」

「書状、読みました」

 ミントは、胸元の書状を軽く叩いた。

「最後の一行も」

「……あれは、半分私信だ。無視してもよかった」

「無視できるわけないじゃないですか」

 ミントは、少しだけむっとした顔をする。

「“あなたが必要です”なんて書いておいて、“私信でした”で済むと思ってるんですか?」

「効き目はあったか?」

「めちゃくちゃありましたよ。ずるいです」

 言いながら、ふっと笑みがこぼれる。

 サフランも、わずかに目尻を下げた。

「怖いか?」

 静かな問い。

 ミントは、数秒迷ってから、正直に答えた。

「はい。
 怖いです。
 王太子殿下の命も、王都も、ローズ家も。
 ぜんぶ怖いです」

「そうか」

 サフランは、ほんの少しだけ視線を落とした。

「じゃあ――全部俺のせいにしていい」

「え?」

「王都に着いてから、何が起きても。
 誰が何を言っても。
 “サフランに無理やり連れてこられました”って言っていい」

 半分冗談、半分本気の声。

「王家には、俺が直談判した。
 “ミントが必要だ”と主張したのも俺だ。
 だから、“こんなところに呼ばれて怖いです”って思ったら、俺の顔を思い浮かべて、“全部あいつのせいだ”って心の中で悪態をついておけ」

「……」

 ミントは、ぽかんと彼を見つめる。

 次の瞬間、笑いがこみ上げた。

「じゃあ、少しだけ」

「少し?」

「全部はさすがに悪いので。
 怖くなったら、“六割くらいサフランさんのせい”にします」

「中途半端だな」

「残り四割は、私が勝手に決めたことですから」

 そう言うと、サフランの瞳に、穏やかな光が宿った。

「……そうか」

「はい」

 ミントは、馬車の方へ視線を向ける。

 王家の紋章。
 王都へと続く道。
 ローズ家と、王城と、夜哭百合の毒が待つ場所。

 怖くないと言ったら嘘になる。
 でも、怖さだけで足を止めたくはなかった。

「行きましょうか」

「行くか」

 二人は並んで馬車に乗り込む。

 御者台に座った騎士が手綱を握ると、馬がゆっくりと動き出した。

 村の出口。
 振り返ると、人の波がまだそこにあった。

「ミントちゃーん!」

「行っておいで!」

「戻ってくるときは、ちゃんと笑って帰ってくるんだよー!」

「うちの自慢の薬師!」

 その声が、風に乗って馬車の中まで届く。

 ミントは、窓から身を乗り出し、小さく手を振った。

「行ってきます!」

 その声は、もう“田舎娘だから”と自分を縮こまらせていた頃の声ではなかった。

 森の中へと馬車が入っていく。
 木々の間から漏れる光が、揺れる影となって二人の膝に落ちる。

「ミント」

「はい?」

「王都に着いたら、忙しくなる。
 きっと、嫌なやつにも会う。
 理不尽なことも言われる」

「……想像つきます」

「でも、お前の役目はひとつだけだ」

 サフランは、まっすぐ前を見ながら言った。

「“王太子セージというひとりの患者”を診ること。
 それだけに集中しろ」

「――はい」

 ミントは、そっと胸に手を当てた。

 村の土の匂い。
 グリーンノートの灯り。
 タイムのノートの重み。
 そして、“あなたが必要です”というたった一行。

 それら全部を抱きしめながら、馬車は王都へ向かって進んでいく。

 “田舎の奇跡薬師”の名が、本当の意味で王都に届く日が――
 静かに、でも確実に近づいていた。
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