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第20話 役立たずだった魔女と、最強だった魔導士のハッピーエンド
しおりを挟むアークは、死ななかった。
あんな無茶をして、魂の一部まで削って、それでも――この人は、しぶとく生きていた。
ただし、目は開かない。
意識の灯りは、深い深いところまで潜ってしまったまま。
医務室に運ばれたアークの顔は、いつもよりずっと静かで、ひどく遠くに見えた。
「昏睡状態ね」
ミレーユが、診断を下した。
白い魔力の光で彼の身体をなぞるように調べ、胸元に手を当て、長い沈黙のあとで、小さく息を吐く。
「命の火は消えてない。魂も、まだここにある」
「じゃあ、目は――」
「今すぐってわけにはいかない」
ミレーユの声は、現実的で冷静だった。
「魔力の核をぶっ壊して、無理矢理再構築したようなものよ。身体も心も、その変化を受け止めきれていない」
簡単に言えば、と肩をすくめる。
「とんでもない無茶をやらかしたバカが、ようやく布団の上で寝る気になったってだけ」
「……バカって言うところ、ちょっと好きです」
「褒めてないわよ?」
でも、その言葉の裏に「生きている」という事実が確かにあることを、ノワリエは全身で受け取っていた。
アークは、生きている。
それだけで、世界の色が違って見える。
ノワリエは、それからの数日、いや数週間、ほとんど医務室から離れなかった。
◇ ◇ ◇
フェルネウスの塔に仮設された医務室は、普段の冷たい石造りの印象とは違って、やけに温かかった。
エリアナが持ち込んだ観葉植物。 マルタが無理やり並べた、やたらカラフルな布団カバー。 ユリウスが差し入れていった、よく分からない縁起物の木彫り。
ベッドの上で眠るアークは、それらに囲まれて、ひどく場違いな顔をしている。
「……似合ってない」
ノワリエは、椅子に座ったまま、彼の寝顔を見つめてそう漏らした。
「でも、これくらいがちょうどいいのかもね」
前なら、こんな寝顔を見せること自体、彼は許さなかっただろう。
強くて、完璧で、隙がなくて。
戦場に立つときも、王宮に呼ばれるときも、“最強の魔導士”であることを手放さなかった人。
今、目を閉じて、何も背負わず眠っている。
その事実が、ノワリエにはたまらなく愛おしかった。
「……おはよう、とは言えないか」
まだ、目は開かない。
だから代わりに、別の言葉を選ぶ。
「おやすみ、アーク」
眠っている人に「おやすみ」と言うのは、変かもしれない。
でも、ずっと戦場にいた人にとっては、きっと本当の「おやすみ」は今から始まるのだと思った。
ノワリエは、掌を彼の胸の上にそっと置いた。
そこに、弱々しくも確かな鼓動がある。
その上から、自分の魔力を薄く流し込む。
治癒魔法。
エリアナにしごかれながら覚えた数々の術式の中でも、今のノワリエが使えるものを総動員した。
「傷口をふさぐのは、もうほとんど終わり」
エリアナが言っていた。
アークの身体の傷は、時間と治癒魔法でどうにかなる。
問題は、削れてしまった“核”のほう。
「魔力の形が、前と違ってるのよね」
ノワリエは、アークの胸の奥から感じる気配をじっと見つめる。
以前の彼の魔力は、巨大な一本の柱みたいだった。
天井を突き抜けて空に届きそうな、ぶっとい光柱。
今は違う。
少し小さくなって、少し丸くなって。
でも、その分、周りにいる人間を包み込むような形になっている。
(前より、優しい)
そんな言い方をしたら怒られるだろうか。
でも、ノワリエはそう感じていた。
「ねぇ、アーク」
眠っている彼に、ノワリエは毎日話しかけた。
「私ね、前の世界で誰かを守れたこと、一度もなかったんだ」
小さな声。
医務室の静けさに、やさしく溶けていく。
「魔法を使うたびに失敗して。誰かを助けようとしても、逆に傷つけて。最後は、謝ることしかできなかった」
謝るのは楽だった。
謝っていれば、誰も責任の取り方を教えてくれないままで済んだ。
「でも、今は違うよ」
ノワリエの手から、じんわりと温かい光が溢れる。
微量の魔力を、絶え間なく、絶え間なく流し続ける。
傷を癒す。 疲れをほぐす。 砕けかけた魔力の器を、少しずつ繋ぎ合わせていく。
それは、一度の大技でどうにかできるものじゃなかった。
何日も、何週間も。
毎日少しずつ。
眠っている彼を見つめながら、同じ呪文を何度も何度も繰り返す。
「あなたが命と魔力を削って守った、この世界で」
ノワリエは、笑った。
「今度は私が、あなたを守る番だから」
守り抜く。
最後まで。
途中で投げ出さない。
前の世界では、一度もできなかったことを、今ここで積み重ねていく。
夜、エリアナが交代しようかと声をかけてくれる。
「ノワリエ、少しは休みなさい」
「平気だよ。……嘘、ちょっと眠い」
「ほらね」
エリアナは、やれやれと肩を竦めながらも、笑っていた。
「でも、いざってときにアークを揺さぶって怒鳴れるのは、あんたしかいないしね」
「怒鳴らないよ、たぶん」
「“たぶん”つけてるのが怪しいわ」
マルタは、毎日スープや軽食を運んできた。
「アンタが倒れたら元も子もないんだからね!」
「分かってるってば」
「分かってる顔してない! この“アーク様のことになると自分を後回しにする顔”! こわい!」
「そんな顔してるの私」
「めちゃくちゃしてる!」
塔の皆が笑って、怒って、心配してくれる。
その輪の中心で、ノワリエは眠り続けるアークの手を握っていた。
その掌は、少し冷たくて、でも前のように遠い存在ではなくなっていた。
◇ ◇ ◇
どれくらい時間が経っただろう。
数日。 数週間。 正確な日数なんて、途中からどうでもよくなっていた。
ある夜。
窓の外で、雨の音がしていた。
塔の外壁を打つ雨粒のリズムが、妙に心を落ち着かせる。
ノワリエは、いつものようにベッドの脇でアークの手を握り、微かな光を流しながら、眠気と戦っていた。
「……ねぇ、アーク」
眠そうに瞼をこすりながら、ぼんやりと話しかける。
「もし目が覚めたらさ」
本当は「起きたら」って言いたい。でも、縁起でもない言葉が怖くて、条件付きの願い方になってしまう。
「最初に何て言おうか、ずっと迷ってたんだ」
「おはよう」だろうか。 「大丈夫?」だろうか。 「バカ」だろうか。
「でもやっぱり、一番言いたいのは――」
そこで、彼女の指先に、微かな反応が返ってきた。
ぴくり、と。
アークの指が、ノワリエの手を握り返す。
「……っ!」
眠気が、一瞬で吹き飛んだ。
ノワリエは、息を呑んで彼を見る。
閉じられていたまぶたが、かすかに震える。
長い睫毛の影が動き、ゆっくりと――本当にゆっくりと、金の瞳が現れた。
ぼんやりとした光の中で、焦点を探すように視線が揺れる。
「アーク……」
小さく呼ぶと、その目が、確かにこちらを捉えた。
胸の奥で、何かが弾けた。
ノワリエは、笑った。
涙が一緒に溢れてきて、笑顔がぐちゃぐちゃになる。
「おかえり、アーク」
それが、一番言いたかった言葉。
彼が守ったこの世界に、ちゃんと帰ってきてくれたことが、嬉しくて仕方ない。
「……ただいま」
掠れた声が、返ってきた。
たぶん彼自身も、何を言うか迷う余裕なんてなかったのだろう。
それでも、最初に出てきた言葉が「ただいま」だったことが、ノワリエにはたまらなく嬉しかった。
次の瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、爆発した。
「もう!」
ノワリエは、彼の胸元を両手でぽかぽか叩いた。
「なに勝手にいなくなろうとしてるの! 誰もいなくなっていいなんて言ってないのに! 世界救って満足して、そのまま寝っぱなしとか、許さないんだから!」
「……起きてるだろう」
「そういう問題じゃないの!」
ノワリエは、涙と一緒に文句をぶつけ続ける。
「あなたがいない世界なんて、私いらないから!」
医務室に、その言葉が響いた。
アークの瞳が、わずかに見開かれる。
ノワリエは、息を荒げながら続けた。
「世界救ってくれたのはありがとう。でも、あなたがいないなら、そんな世界、ぜんっぜん嬉しくない!」
前の世界。
役立たずと言われて終わった場所。
あそこにパッと戻れと言われても、絶対に嫌だ。
今の世界だって、もしアークがいない世界に書き換えられてしまったら――それは、もう「自分の世界」ではない。
「だから、勝手にいなくならないで」
涙を拭いながら、ノワリエは笑った。
「これからは、ちゃんと相談してから命削って」
「相談されて許すと思うか?」
「許さないよ!」
即答だった。
「だから、もう削らせない。少なくとも、私のためには」
アークの唇が、かすかに笑みを形作る。
「ずいぶん強くなったな」
「あなたが育てたんだからね」
胸がじんわりと温かくなる。
前の世界で守りきれなかった“誰か”を、今度は守り抜いた。
それも、一度きりじゃない。
治癒魔法。 看病。 待ち続ける時間。
その全部が、ノワリエの中でひとつの答えになっていた。
(ああ、本当に)
今度こそ、ちゃんと誰かを守り抜いたんだ――と。
◇ ◇ ◇
世界は、確かに救われた。
王都の地脈は安定し、魔導インフラも大きな破綻なく持ちこたえた。
地下に仕掛けられていた魔法陣は、アークとノワリエ、そして宮廷魔導士たちの手で完全に解体され、二度と使えないように封印された。
過激派魔導士ゼノ・ヴェイルは姿を消したが、その残党は王都から追い出され、各地で捕縛が進んでいる。
王宮の大広間で、簡易とはいえ正式な報告の場が設けられた。
王太子ルキアン・フロースが前に立ち、ノワリエとアーク(車椅子に押し込まれている)、ミレーユやユリウス、他の関係者たちが並ぶ。
「今回の一件で、我が国は大きな危機に直面した」
ルキアンの声は、よく通る。
でも、以前のような“作り物の完璧さ”は少し薄れていた。
代わりに、疲労と、それでも前を見ようとする強さが宿っている。
「地下の魔法陣による地脈の暴走。異界との“門”の開扉の危機。……それらを未然に防ぎ、世界を守ってくれた全ての者たちに、心からの感謝を述べたい」
その言葉に、場に集まった貴族や騎士たちが拍手を送る。
ルキアンは、少しだけ息を吸い直してから、ノワリエのほうを見た。
「とりわけ」
青い瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「ノワリエ・……フェルネウス、と呼んでもいいかな?」
「えっ」
思わず変な声が出た。
周りがざわつく。
「ま、まだ籍は入れてないからね!?」
「入れる前提で話を進めるな」
アークが、小声でツッコんだ。
ルキアンは、肩を震わせて笑いながら首を振る。
「冗談だよ。……いや、半分は本気だけど」
「どっちなの」
「少なくとも今日は、“フェルネウスの弟子”じゃなく、“ノワリエ本人”として感謝を伝えたいんだ」
場のざわめきが、ぴたりと収まる。
ルキアンは、一歩前に出た。
「ノワリエ」
「は、はい」
「君が救ってくれたのは、この国だけじゃないよ」
静かな声。
大広間に、すっと染み込んでいく。
「……僕自身もだ」
その言葉に、ノワリエの胸がちくりと痛んだ。
同時に、温かくなった。
ルキアンの笑顔は、前と違っていた。
完璧な角度の微笑みじゃない。 王子としての“正解”を計算して作った笑みじゃない。
少し崩れていて、ちょっと疲れていて。
でも、ひどく人間らしい、柔らかい笑顔。
「君が王宮に来てくれたから、僕は自分の弱さを知れた」
ルキアンは続ける。
「君がアークの隣に立つときの顔を見て、自分がどこを向いているべきかも分かった」
王太子として。 一人の青年として。
彼は、もう自分の居場所を誤魔化していない。
「だから……ありがとう」
短く、真っ直ぐな「ありがとう」。
「友人として、心から感謝する」
ノワリエは、涙がにじむのを感じた。
ルキアンは、アークとノワリエのほうへ視線を向けて、少しだけ意地悪そうに笑った。
「それと、ふたりとも」
「はい?」
「なに?」
「――おめでとう」
場が一瞬固まり、それからあちこちでくすくす笑いが漏れた。
ミレーユがふっと口元を緩め、ユリウスが「やっとか」と苦笑する。
ノワリエは、顔が真っ赤になった。
アークは、珍しくうろたえた表情を浮かべた。
「べ、別に、まだ何も――」
「いずれ報告書が上がってくるだろうけど」
ルキアンは、さらりと被せた。
「僕のほうは、先に祝っておくよ」
そう言って笑う顔は、もう仮面ではなかった。
誰かの幸せを、心から祝福している人の顔。
そして、自分もまた自分の道を歩き始めようとしている人の顔だった。
(良かった……)
ノワリエは、胸の奥でそっと呟いた。
(本当に、良かった)
自分の選んだ道が、誰かの道を壊していないことが、何より嬉しかった。
◇ ◇ ◇
アークは、もう“最強”ではなくなった。
以前のように、大陸一の災厄をひとりで押しとどめるような無茶は、たぶんできない。
魔力の核は削れ、身体は前よりずっと壊れやすくなった。
医務室から出られるようになった当初、エリアナからは「階段を走るの禁止」と固く言い渡され、マルタからは「徹夜仕事したらベッドに放り込むからね!」と脅され、ユリウスからは「戦場に出たら正座させる」と謎の宣言をされていた。
それでも、人々は彼を英雄と呼ぶ。
「王都の地脈を救った最強魔導士」 「世界を守った英雄」 「異界の門を閉じた男」
どの呼び名も、彼にとっては今さらどうでもいい。
本人はと言えば――塔の最上階の書斎で、雑多に積まれた本を前にため息をついていた。
「魔導書の整理、手伝おうか?」
背後からノワリエが顔を出す。
「いや、これは……」
「“俺がやるから触るな”って言って、結局やらないやつでしょ?」
「……図星だ」
アークは、観念した顔で本を一冊掴んだ。
「最強ではなくなっても、仕事は減らないな」
「それ、私にも刺さるからやめて」
塔の中は、以前より賑やかになった。
ノワリエが王宮と塔を行き来しながら、客員魔導士としても、フェルネウスの塔の住人としても働き続けているからだ。
彼女の魔法は、もはや「元・役立たず」なんて言葉を誰も思い出さないレベルに達していた。
でも――
アークにとって一番大事なのは、外でどう評価されているかではなかった。
王宮から届く感謝状よりも。
街の子どもたちが「すげー!」と目を輝かせてくれることよりも。
塔の中で。
静かな夜に。
ノワリエが隣で笑っていること。
それだけが、彼の世界の中心だった。
◇ ◇ ◇
その夜。
塔のバルコニーには、久しぶりに二人きりの時間が流れていた。
夜風は優しく、空には星が散りばめられている。
王都の灯りが、遠くで瞬いているのが見えた。
「やっぱり、ここが一番落ち着く」
ノワリエは、アークの肩にもたれかかった。
以前なら、こういう距離に自分から寄っていくことはなかった。
今は違う。
臆病な自分も、前世の傷も、全部抱えた上で、それでも彼の隣を選ぶと決めたから。
「王宮の屋上も景色いいけどね」
「王宮のほうが風が強すぎる」
「それ、ただの文句だよね」
「事実だ」
アークは、相変わらず理屈っぽい。
でも、その声は前よりずっと柔らかかった。
ノワリエは、彼の横顔を見上げる。
戦場で人を殺してきた男の顔。
世界を救った英雄の顔。
最強の魔導士の顔。
そのどれでもあって、そのどれでもない、“ただのアーク”の顔。
(この人がいい)
胸の奥で、改めて思う。
世界を救ったからでも。 最強だったからでも。
自分を拾ってくれた“恩人”だからでもなく。
今、この瞬間、自分の隣で同じ星を見て笑ってくれる人だから。
「ねぇ、アーク」
夜空を見上げたまま、ノワリエは口を開いた。
「なんだ」
「これからはさ」
声が、少しだけ震えた。
大きな戦いは終わった。
世界も、国も、王都も、今は平和だ。
だからこそ、怖くなる。
戦場じゃない場所で、彼との関係をどう形にしていけばいいのか。
「“守る人と守られる人”じゃなくて」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「“隣り合うふたり”でいてくれる?」
風が、ふっと止まった気がした。
アークが、わずかに目を見開く。
ノワリエは、急に恥ずかしくなって、視線を星空に逃がした。
「いや、今さら何言ってんだって思うかもしれないけど……」
ずっとそうありたかったのに、現実は違っていた。
彼は前を歩き、自分はその後ろを追いかけるばかりだった。
守られる側から抜け出せなくて、何度ももがいた。
「あなたは、私を守ってくれた」
命を削って。
魔力を削って。
何度も。
「でも、これからはさ」
ノワリエは、胸に手を当てた。
「私も、あなたと一緒に誰かを守りたいし」
ルキアンや、王都や、この塔の皆や。
まだ見ぬ誰かのことも。
「同時に、私だってあなたに守られたいし」
弱くなったとき。 泣きたいとき。 前世の傷が疼いたとき。
「あなたも、私に守られてほしい」
彼が疲れたとき。 過去に押し潰されそうなとき。 最強だった頃の自分を失って不安になるときがもしあるなら。
「それってきっと、“守る人と守られる人”じゃなくて、“隣り合うふたり”なんじゃないかなって」
言ってみて、自分で顔が熱くなる。
くさい。くさい台詞だ。
でも、一度口に出してしまったら、二度と取り消したくなかった。
沈黙。
アークは、しばらく何も言わなかった。
代わりに、ノワリエの手を探るようにして見つけると、その指をしっかりと絡めて握った。
あたたかい。
指先から、彼の体温がじんわり伝わる。
「……当然だろう」
やがて、彼は静かに言った。
「当然?」
「君が俺を選んでくれた限り」
アークは、ノワリエのほうを向いた。
金の瞳が、夜空の星を映している。
その瞳に、ノワリエの顔も映っていた。
「俺も何度でも、君を選ぶ」
短く。
でも、世界で一番重い誓いのように、真っ直ぐな言葉。
ノワリエの胸の奥が、じんと熱くなる。
「……何回でも?」
「何回でも」
「人生一回しかないけど」
「生まれ変わっても」
そこで、アークは少しだけ目を伏せた。
「もう一度世界がやり直されても、君が俺を忘れていても」
前世の影を思わせるような言葉。
でも、その先には今の自分たちの未来がある。
「俺は、何度でも君を選ぶ」
呼吸が、止まった。
胸が、いっぱいになって、苦しくて、でも幸せで。
泣きたくて、笑いたくて、どうしていいか分からない。
「ずるい」
ノワリエは、笑いながら涙をこぼした。
「そんなこと言われたら、一生離れられないじゃん」
「離れるな」
アークは、あっさり返す。
「命令?」
「願いだ」
彼は言葉を選び直す。
「君が望むかぎり、俺は君の隣にいる」
ノワリエは、その手をぎゅっと握り返した。
「うん」
涙で滲む夜空の星が、さっきより近く見える。
「じゃあ私も、何度でもあなたを選ぶ」
前世で、選べなかった人生。
役立たずと言われ、いないほうがいいと見捨てられた魔女ノワリエは――
この異世界で、最強だった魔導士アークに拾われ。
育てられ。
守られ。
愛されて。
そして、最後には、自分から“愛すること”を選んだ。
もう“役立たず”なんかじゃない。
彼女は、世界を救った魔女であり。
一人の女の子として、愛した人の隣を選んだ人間だ。
フェルネウスの塔のバルコニーで。
星を眺めながら、二人の影が寄り添う。
「ねぇ、アーク」
「なんだ」
「愛されて困る、ってさ」
ノワリエは、くすっと笑う。
「慣れてみると、けっこう悪くないね」
「そうか」
「うん。……ていうか、たぶん一生困らされ続けるんだろうなって諦めた」
「それは期待に応えないとな」
「応えなくていい!」
夜空に、楽しげな笑い声が響いた。
役立たずだった魔女と、最強だった魔導士の物語は――
派手な祝宴や、黄金の玉座の上ではなく。
ひっそりとした塔のバルコニーで、肩を寄せ合う二人の笑顔と共に、静かに、温かく、ハッピーエンドを迎えたのだった。
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