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第8話 『幼き日の契約の記憶』
しおりを挟む胸の奥で、何かが「カチ」と鳴った気がした。
鍵穴に鍵が差し込まれて、ゆっくり回り始めるときみたいな、あの独特の感覚。
痛くもないし、苦しくもないのに、心臓の裏側がじわじわ熱くなる。
「……アークヴァン」
裏庭の白い光の中で、エリーナは竜を見上げたまま、そっと目を閉じる。
「あなたの話、聞いたから……ちゃんと“見る”わ。あの日のこと」
逃げ続けてきた記憶。
ずっと靄がかかっていた、幼い日の森での出来事。
それが今、胸の奥からせり上がってくる。
怖い。
けれど、怖いままにしておくほうが、もっと怖い。
「一緒にいて」
小さく呟くと、頭上から低い声が降ってきた。
「いる。
そなたが目を背けぬかぎり、我も見ていよう」
その声に押されるように、エリーナはゆっくりと意識を沈めた。
──足元の芝生の感触が薄れていく。
代わりに、別の土の、ざらついた冷たさが蘇る。
◆
最初に戻ってきたのは、“音”だった。
かさ、かさ、と枯れ葉を踏む小さな足音。
どこか遠くで鳥が鳴いて、風が木々を揺らしている音。
そして──
『ひっ……ひぐっ……』
ぐしゃぐしゃにつまった、幼い自分の泣き声。
(……ほんとに、こんな泣き方してたんだ、私)
記憶の中の自分を、今の自分が斜め上から見下ろしている、不思議な視点。
映画の観客みたいに、でも感情だけは本人と共有させられているような、奇妙な一体感。
泣きながら走っている少女は、今のエリーナから見れば「まだ子ども」の一言に尽きる。
髪は今より少しだけ明るい栗色で、肩口辺りでゆるく跳ねている。
白いワンピースの裾は泥で汚れて、片足の靴はどこかで脱げてしまって、裸足の足裏には小さな傷がいくつもついていた。
『おかあさま……っ、どこ……?』
必死に呼んでも、返事はない。
森の奥深く、木々の影が濃くなっていくばかりだ。
あの日のことを、エリーナは断片的にしか覚えていなかった。
馬車から降りて、ほんの少し目を離した隙に──気がついたら森の中にひとりだった。
護衛も、乳母も、誰の気配もしない。
『こわい……やだ……』
幼いエリーナは、枝に引っ掛かったドレスの裾をぐいっと引きはがしながら、ふらふらと進んでいく。
足元の根っこに躓いて転び、そのたびに膝を擦りむいて、泥と血でぐちゃぐちゃになっていた。
(よく生きてたな、これ……)
今のエリーナは、内心でツッコミを入れる。
でも、笑う余裕なんてすぐに消えた。
森の匂いが、生々しく蘇ってきたからだ。
湿った土。
濡れた葉と苔。
少し遠くで流れる水音。
冷たい空気を吸い込むたび、鼻の中までひんやりする。
『……あ』
幼いエリーナがピタリと足を止める。
目の前、木々の隙間から、別の光が漏れているのが見えた。
柔らかい、緑がかった光。
森の薄暗さとは違う、少し開けた空間の気配。
枝を手で押しのけて、一歩踏み出す。
──そこは、ぽっかりと穴が開いたみたいな、小さな泉だった。
『きれい……』
思わず、涙が止まるくらいの光景。
水面は鏡のように滑らかで、空と木々がそのまま映り込んでいる。
周りには苔むした石や小さな花が点々と咲いていて、森とは思えないほど静かだった。
でも、その“静けさ”は、どこかおかしかった。
空気が、張り詰めている。
音が、なさすぎる。
鳥の声も、風の音も、ここだけ消えてしまったみたいに──
『……え』
幼いエリーナは、その原因をすぐに見つけてしまった。
泉のほとり。
苔に覆われた岩場の上に、それはあった。
おとなが胸に抱えるほどの大きさの卵。
真珠色の殻に深い亀裂が走り、その隙間から赤いものがじわりとにじみ出ている。
『……』
言葉が消える。
音が全部吸い込まれて、世界が無音になる。
血だ、と気づいた瞬間、胸がぎゅっと掴まれた。
殻の下に、小さな赤い水たまり。
ぽとり、ぽとり、と今も少しずつ落ちている。
生き物が、死にかけている匂い。
『いたい、の……?』
自分でも分からない声が口から漏れた。
恐怖より先に、胸の奥に浮かんできた感情は──
“かわいそう”だった。
誰もいない森の真ん中で。
こんなに冷たくなって。
ひとりぼっちで、血を流している。
(ああ、そうだ……)
今のエリーナが、そのときの感情を反芻する。
(“自分みたい”だって、思ったんだ)
迷子になって、ひとりぼっちで、怖くて。
森に捨てられたみたいな心細さ。
目の前の卵は、まるで鏡だった。
同じくらい、世界から取り残されている。
『……ひとり?』
幼いエリーナが、卵ににじり寄る。
かがんで、そっと手を伸ばした。
指先が、殻の表面に触れる。
『つめた……』
びくっと手を引っ込めるくらい冷たかった。
氷みたい。
でも、氷と違って、そこには“生き物”の気配がかすかに残っている。
その矛盾が、余計に怖い。
『……しんじゃう、の?』
問いかけても、返事はない。
ただ、ぽとり、ぽとり、と血が落ちる音だけが続く。
たぶん、本当ならここで離れるべきだった。
危険な匂いもする。
知らないものに近づかないのが、子どもの生存本能だ。
でも──
『やだ……』
幼い自分は、そこから逃げなかった。
むしろ逆だった。
両手を殻にぺたりとつけて、そのままぎゅうっと抱きしめる。
『ひとりにしないで……』
涙が、また溢れ出す。
森に入ってから、何度目の涙だろう。
でも、このときの涙だけは、少し意味が違った。
『ひとりにしないでよ……! いかないで……! わたしおいて、どこにもいかないで……!』
叫びながら、自分でもよく分からない言葉を重ねる。
“ひとりにしないで”と訴えながら、同時に“ひとりにさせたくない”とも願っていた。
『しなないで……っ』
鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながら、幼いエリーナは必死に卵にしがみつく。
殻は冷たくて、頬についた血は生暖かくて、服の裾は泥と赤で染まっていく。
それでも、離せなかった。
離したら、この卵が完全に冷たくなってしまう気がしたから。
『生きてよ……っ! わたしを、ひとりにしないで……』
その瞬間──
胸の奥で、何かが弾けた。
今のエリーナは、その感覚をはっきり追体験する。
心臓そのものじゃない。
もっと奥。
骨より深い、魂の真ん中みたいな場所で、ぴしりとひびが入る。
そこから、熱が溢れ出していく。
痛くはない。
でも、苦しい。
涙が溢れるのも、声が震えるのも、その熱のせいだ。
その熱が、腕を伝い、指先を抜け、卵へと流れ込む。
じゅ、と音がした気がした。
錯覚かもしれない。
でも確かに、何かが“繋がった”。
殻の向こうから、別の熱が返ってくる。
ドクン。
卵の中で、心臓が動いた。
『……っ!』
幼いエリーナは、びくっとして目を見開く。
今のエリーナも、その瞬間、自分の胸がぎゅうっと絞られるような感覚に襲われた。
(覚えてる。これ……)
ここから先の記憶だけ、なぜかずっと靄がかかっていた。
けれど今、その靄が一気に風で吹き飛ばされるみたいに晴れていく。
ドクン、ドクン、ドクン──。
卵の中の鼓動が、確実に強くなっていく。
それと同時に、エリーナ自身の鼓動も、不思議なことに同じリズムを刻み始めた。
ふたつの心臓が、ぴったりと重なって拍を刻む感覚。
殻のひびが、ゆっくり広がっていく。
最初は、細い線だった。
それがじわじわと伸びて、蜘蛛の巣みたいに広がる。
『……こわ……』
震える声が漏れた。
怖い。
なにが出てくるのか分からない。
でも、目は離せなかった。
もしここで目を逸らしたら──
この瞬間を見逃したら──
きっと、一生後悔する。
『だいじょうぶ、だいじょうぶ……』
泣きながら、幼いエリーナは殻に額を押し当てる。
『こわくないよ……いっしょに、いきよう……』
自分でも何を言っているのか分からない。
でも、その言葉は確かに、卵の中の“何か”に届いていた。
ひび割れが一気に広がる。
バキッ──。
乾いた音とともに、殻の一部がぱかりと開いた。
その隙間から、強烈な光が溢れ出す。
『っ、まぶし……!』
思わず目を瞑る。
まぶたの裏側まで白く染まるほどの光。
でも、不思議なことに、その光は熱くない。
焼くような炎ではなく、春の日差しみたいな柔らかさと、深い底冷えの両方を含んだ、不思議な温度だった。
光の中から、ぬるりと何かが出てくる。
最初に触れたのは、“額”だった。
ちいさくて、まだ柔らかい鱗の感触。
ぺたりと自分の額にくっついてくる、湿った温度。
『……あったかい』
思わず、笑いが漏れる。
泣き顔のまま、笑っていた。
光の中から、金色の双眸がぱちりと開く。
今のアークヴァンの瞳よりも、少し淡くて、まだ“赤ちゃん”の色をしている。
だけど、その奥に宿っているものは、今と同じだった。
深くて、冷たくて、なのにどこか優しい光。
『……』
言葉にならない何かが、頭の中に直接流れ込んでくる。
音ではない。
概念とか、感情とか、そういうものの塊。
“寒い”
“痛い”
“暗い”
そして──
“きた”
“きみ”
“なに”
ばらばらの感情と言葉が、つたない子どもの絵みたいに溢れ出してきて、エリーナの中にまとわりつく。
『……こんにちは』
幼いエリーナは、自然にそう言っていた。
怖くない。
むしろ、嬉しい。
あの冷たい森の中で、自分ひとりじゃないことが、こんなにも救いになるなんて。
『いきて、くれたんだね……』
ぽろぽろと涙が、また落ちる。
今度の涙は、さっきまでの恐怖と孤独だけじゃない。
“よかった”という安堵。
“間に合った”という嬉しさ。
“ひとりじゃない”という救い。
それらが全部混ざり合った涙。
光の中の小さな竜──生まれたばかりのアークヴァンは、じっとその涙を見ていた。
涙の一滴が、鱗の上に落ちる。
じわり、と染み込んでいく。
それは、さっき服が血を含んだのとおんなじ感覚だった。
今度は逆。
自分の感情が、竜の身体の中へ入り込んでいく。
『なまえ……ないの?』
幼いエリーナが、ぽつりと呟いた。
名前。
貴族にとって名前は、誇りと意味の塊だ。
家名。
血筋。
祝福。
でも、目の前の存在には、そういった“しがらみ”が一切ない。
だからこそ、まっさらな音を乗せたくなった。
『じゃあね──』
幼いエリーナは、少しだけ考えてから、口を開いた。
『あなたの名前は、アーク……ヴァン。
光みたいで、かっこいいでしょ』
その瞬間。
世界が、ピンと張り詰めた。
空気が止まり、風が止み、森のざわめきが消える。
代わりに、胸の奥で、ものすごい勢いで熱が燃え上がった。
ドクン。
鼓動が、さっきまでとは明らかに違う拍を打つ。
骨が震え、血が逆流しそうになり、頭の中が真っ白になる。
『あ……』
幼いエリーナは、身体のバランスを崩してよろめいた。
でも、倒れない。
光の中から伸びてきた白銀の小さな身体が、彼女を支えたからだ。
額と額が、こつん、とぶつかる。
『……っ』
息が止まった。
その瞬間、すべてが繋がった。
自分の“内側”に、今までなかった何かが増える感覚。
そこに、別の心臓が住み着いたみたいな、重い気配。
アークヴァンの存在全体が、熱と光と“意志”の塊になって、エリーナの魂と絡みついてくる。
怖くない。
痛くもない。
ただ──圧倒的だった。
『エ、リ……』
頭の中に、はっきりとした音が響く。
ひとつひとつの音節を大事そうに確かめるみたいな、ゆっくりとした呼び方。
『エリ……ナ』
自分の名前。
幼いエリーナは、びっくりして目を見開く。
『わたしの……なまえ……』
小さく笑うと、光の中の竜も、なにか嬉しそうな感情を返してくる。
そして──
『そなた』
それまでの拙い音とは違う、はっきりとした言葉。
『そなたが、主か』
その瞬間。
魂の中心に、冷たい印が押された気がした。
所有の刻印。
約束の鎖。
契約の証。
でも、それは「縛り」ではなかった。
不思議なことに、胸の奥がふわっと軽くなる。
『あるじ……?』
言葉の意味が分からずに首を傾げる自分に、竜の感情が返ってくる。
“よりそう”
“まもる”
“そばにいる”
言葉を持たないままの概念たちが、じわじわとエリーナの中に染み込んでいく。
エリーナは、なんとなく理解した。
『じゃあ……』
額をくっつけたまま、にこっと笑う。
『わたし、あなたの“あるじ”になるね』
その言葉に、アークヴァンの感情が大きく揺れた。
喜び。
安堵。
驚き。
そして、とても遠くて、とても古い「なにか」が、ふっと微笑んだような、温かい波。
胸の奥で鼓動が高鳴る。
それが、ふたつ分重なっていることに気づいた瞬間──
森の景色が、ぐるりと回った。
◆
「──ッ……!」
現実に引き戻されたとき、エリーナは膝から崩れ落ちていた。
芝生の上に、へたり込む。
肩で荒く息をして、胸を押さえる。
熱い。
苦しい。
でも、嫌な苦しさじゃない。
胸の奥から、じわじわと温かさが広がっていく。
「……見たのか」
頭上から、低い声が降ってくる。
見上げると、アークヴァンの金色の瞳が、真剣な色でこちらを覗き込んでいた。
エリーナは、震える唇を噛んで──そして、笑った。
「……ずるい」
「またそれか」
「だって……あんなの、反則でしょ……」
声が震える。
目の端から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
森の記憶。
冷たい卵。
血の匂い。
光。
触れた額の温度。
それらが全部、鮮やかに蘇ってしまったせいで、胸の中がぐちゃぐちゃだ。
「わたし……あのとき、本当に……あなたを“生きて”って思ってたんだ」
言葉にして、ようやく自分でもそれを認められた。
「怖くて、さみしくて、どうしようもなくて……
でも、あなたが死んじゃうことのほうが、もっと怖かった」
初めて口にする本音。
誰にも話したことのない、七年前の感情。
アークヴァンは、じっと黙って聞いていた。
「“ひとりにしないで”って言ったの、あれ……あなたに言ったんだか、自分に言ったんだか、分かんないけど……」
エリーナは、笑いながら、頬を伝う涙を拭った。
「でも、結果的に──」
胸に手を当てる。
そこには、はっきりと“ふたつの鼓動”がある気がした。
「本当にひとりじゃなくなってたんだね、あの日から」
「そうだ」
アークヴァンの声が、静かに頷く。
「我は主の涙で生まれ、主の願いで立ち上がった。
だからこそ、主が“ひとりじゃない”と感じるまで、どこにいても駆けつける」
「……ねえ、アークヴァン」
エリーナは、ぐしぐしと雑に目元を拭ってから、真っ直ぐ竜を見上げた。
「もし、あの日──私が卵に抱きつかずに、怖くて逃げてたら。
あなたは、どうなってたの?」
少し間があってから、竜は答えた。
「消えていた」
その言葉には、悔いも恐れもなかった。
「静かに、冷たく、殻の中で。
誰にも知られず、誰にも呼ばれず、ただ終わっていた」
エリーナの胸に、冷たいものが落ちる。
(そんなの……)
嫌だ。
想像しただけで、息が詰まる。
「だから我は、あの日のそなたに借りがある」
アークヴァンは続けた。
「主は“助けてやった覚えはない”と言うかもしれぬが──生かされた側からすれば、紛れもない恩だ」
巨大な頭が、わずかに傾く。
「その借りを、どう返すか」
金色の瞳の奥で、静かな炎が灯る。
「それは、我が好きに決めていいのだろう?」
問いかけというより、確認。
エリーナは、一瞬だけ言葉を失って──それから、小さく笑った。
「……好きに、ね」
「うむ」
「じゃあ、そんな怖い顔で王宮を吹き飛ばすの、半分くらいにしてくれない?」
「難しい注文だ」
即答。
「主のためでなければ、全力でやっていたところだ」
「それが怖いって言ってるの」
思わずツッコミを入れながら、エリーナはふっと息を吐いた。
森の記憶を直視したことで、逆に胸の中の靄が晴れた気がする。
自分は、竜を“助けた側”でもあったのだ。
弱いだけじゃない。
守られるばかりの、何もできない存在でもない。
七年前。
ただ必死で、必死で、目の前の命にしがみついた。
その行為が、今この瞬間に繋がっている。
「……ねえ、アークヴァン」
「なんだ」
「あなたが“主”って呼ぶ、この関係」
胸に手を当てながら、エリーナは少しだけ悪戯っぽく笑った。
「もうちょっと、ちゃんと名前をつけるなら──“契約”って呼んでもいいのかしら」
竜の瞳が、細められる。
「契約、か」
「うん。
わたしがあなたを生かした。
あなたがわたしを守るって決めた。
お互い、勝手にやったことだし……でも今さらなかったことにはできない」
肩をすくめる。
「だったら、“一方的な借り”じゃなくて、“お互いの契約”ってことにしたいの」
そう言うと、アークヴァンはしばらくエリーナを見つめ──やがて、小さく息を吐いた。
「……主は、時々、人間にしておくには惜しい考え方をする」
「褒めてる?」
「褒めている」
竜の巨大な頭が、ゆっくりと下りてきた。
額と額が、再び、こつんと触れ合う。
七年前と同じ位置。
今はもう身体の大きさが全然違うけれど、魂の距離は変わっていない。
「ならば、契約と呼ぼう」
アークヴァンの声が、胸の奥に直接響く。
「我が魂は、主に預ける。
主の願いは、我が刃と翼で形にする」
胸の内側で、熱がふっと強くなった。
エリーナは、目を閉じたまま、ぽとりと涙を零す。
それは、七年前の自分への返事でもあり。
今の自分への覚悟でもあり。
「……じゃあ、わたしも宣言しなきゃね」
額をくっつけたまま、そっと微笑む。
「わたしの命は、もう“わたしだけのもの”じゃない。
あなたのものでもあって、あなたのためにも、生きる」
小さな声だけど、その言葉には、不思議と自分でも驚くほどの重さがあった。
「それでいい?」
「それがいい」
アークヴァンの感情が、どっと押し寄せてくる。
安堵。
喜び。
少しの照れくささみたいなものまで含んだ、まっすぐな波。
胸の奥のふたつの鼓動が、ぴたりと揃う。
幼き日の契約は、あの日、森の泉で確かに結ばれていた。
それを今、もう一度。
涙と、言葉と、互いの額の温度で、正式に“再契約”したのだ。
エリーナは、額を離しながら、頬を伝う涙を指で拭った。
「……よし」
「なにが“よし”だ」
「過去に負けっぱなしだったら、なんか嫌じゃない?
ちゃんと見て、ちゃんと泣いて、ちゃんと決め直したから──“よし”。」
アークヴァンは、しばらく黙ってエリーナを見つめ──
「そうか」
短く、それだけ言った。
でも、その声には、どこか誇らしげな色が混ざっていた。
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