掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト

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第9話 王の目と、軍の取引

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 その知らせは、思っていたよりずっと早く、城のいちばん高い場所へ届いた。

 王城最上階。
 厚い絨毯と磨き上げられた柱に囲まれた謁見の間は、いつもより少しだけ、空気が重かった。

 レオナルド三世は、玉座にもたれかかるように座りながら、手元の報告書に目を落としていた。

 柔らかそうな栗色の髪。
 どこか疲れの見える青灰色の瞳。
 頬には年齢相応の皺が刻まれているが、その奥に潜む光は鋭い。

 一見すれば、温和な中年の王。
 だが、その身体には、若い頃に前線に立った時に受けた傷がまだ残っている。

「……古代兵器“複数”を、ゴミ集積所から?」

 半ば呆れのような、半ば感嘆のような声が漏れた。

 傍らに控えている老臣が、姿勢を正す。

「はい、陛下。王立工房および軍部からの共同報告にございます。  “アークレール”と呼称される片刃剣を筆頭に、防御障壁装置、記録装置、飛行補助具と思しき機構など……。  どれも、従来の魔導技術を大きく上回る性能が確認されつつある、と」

 レオナルドは、ゆっくりと息を吐いた。

 紙の上に並ぶ文字が、ふと、昔見た光景と重なる。

 ――炎上する野戦病院。
 ――夜空を割く巨大な魔導砲の閃光。
――その裏で、兵器に巻き込まれて消えた人々。

 若い頃。
 隣国との泥沼の戦争の中で、彼は「兵器の力」がもたらす栄光と悲劇の両方を嫌というほど見てきた。

「また、“神の残した玩具”か……」

 独りごとのように呟く。

「陛下?」

「いや、昔話だよ」

 レオナルドは、口元をわずかに歪めた。

「古代文明の遺物。  それを欲しがるのは、いつも同じ連中さ。“これさえあれば戦争を終わらせられる”“これさえあれば抑止力になる”――」

 そこで言葉を切り、静かな目で老臣を見る。

「――その結果、戦争が終わる前に、人間の方が先に壊れる」

 老臣は、一瞬だけ視線を落とし、それから慎重に口を開いた。

「陛下のご経験に照らせば……この件、いかようにお取り計らい致しましょうか」

「公式には、こうだな」

 レオナルドは、椅子の背から静かに身体を起こした。

 王としての顔を、ゆっくりと被る。

「“古代兵器の危険性を鑑み、厳格な管理を求める”。  王立工房と軍部に対し、共同管理体制の構築を命じる。  民には、“不用意に触れるな”とだけ伝えよ。余計な期待も、余計な恐怖も煽りたくない」

「はっ。直ちに触れを」

「それと――ヴァルト・クロイツを呼べ」

 老臣の目が、わずかに見開かれる。

「魔導将校、ヴァルトどのを……」

「あいつは、こういう“胡散臭い光”を前にしても、浮かれない。  戦場を知っている人間にしか任せたくない話がある」

 低く呟く声には、王としてではなく、一人の“元兵士”としての色が混じっていた。

    ◇

 しばらくして、謁見の間に一人の男が入ってきた。

 ヴァルト・クロイツ。
 軍部魔導将校。

 いつものように無駄のない敬礼をし、深く頭を垂れる。

「ヴァルト・クロイツ、王命により参上致しました」

「堅苦しいのはいい」

 レオナルドは、軽く手を振った。

「ここには、余とお前と、老臣だけだ。  昔のように、少し肩の力を抜け」

「……は」

 ヴァルトは、僅かに背筋を緩めた。

 若い頃、レオナルドがまだ“前線に立つ王子”だった頃。
 ヴァルトは、その最前列にいた一兵士だった。

 命令する側と、命令される側。
 立場は違っても、同じ火の粉を浴びた仲だ。

「読ませてもらったよ、“裏庭の報告書”」

 レオナルドは、手元の書類を軽く持ち上げる。

「ゴミ集積所から、古代兵器が続々と。  ……しかも、その起動に関わっているのが、一介の掃除婦だと?」

「“一介”という言葉で片付けてよい存在かどうかは、現時点では判断が難しいところですが」

 ヴァルトの声は、いつも通り淡々としている。

「事実として、ゴミ置き場の掃除婦リーナ・フィオレが、アークレールを始めとする複数の古代機構の“起動トリガー”として機能しています。  工房の計測器では解析不能な魔力波長を持ち、古代波長との親和性が異常に高い」

「計測不能、か」

 レオナルドは、目を細めた。

「工房が一番嫌う言葉だな」

「ええ。だからこそ、なおさら“欲しがる”でしょう」

 ヴァルトの口元に、かすかな皮肉が浮かぶ。

「彼女を“研究対象”として完全に工房の管理下に置きたい――それがグラツィオ・ベックを筆頭とする工房側の要求です」

「そして、軍部はそれをそのまま飲む気はない」

「はい」

 レオナルドは、椅子にもたれ直した。

 窓の外には、王都の屋根が連なり、その向こうに遠く山並みが見える。

 この国のすべてを、彼はこの場所から見ている。

「……率直に言おう、ヴァルト」

「は」

「工房には、好きにさせるな」

 言葉の温度が、一段下がった。

 老臣が、わずかに肩をすくめる。

「彼らは優秀だ。学問の面では、国の誇りと言ってもいい。  だが同時に、“目の前の成果”に酔いやすい。  古代兵器の力に目が眩んだら、必ず無茶をする」

 古代の遺物を前にした研究者の瞳。
 かつて、隣国で見た光景と重なる。

「かつての隣国の王は、“古代砲”に全てを賭けた。  結果はお前も知っているな」

 ヴァルトの脳裏に、ひとつの風景がよぎる。

 黒く焦げた大地。
 半分吹き飛んだ城壁。
 その中心で、制御不能になった砲身が自壊し、周囲を巻き込んで爆散した瞬間。

 敵も味方も関係なく、人が消えていった。

「はい」

 短い返事の裏に、重たい記憶が沈んでいる。

「軍部としても、工房に主導権を握られるのは望ましくない」

 ヴァルトは続けた。

「アークレールは、現時点で“対外戦力”として利用するつもりはありません。  抑止力としても、安定性に欠ける。  ただ――だからといって、工房の実験場にされるのを座視する気もない」

「そこで、だ」

 レオナルドは、顎に手をあてた。

「リーナ・フィオレの身分は、あくまで掃除婦のままにしておけ」

 ヴァルトの目が、わずかに細くなる。

「……理由を、お聞きしても?」

「単純な話だよ」

 レオナルドは、薄く笑った。

「兵器の主導権は、軍と王家が握るべきだ。  工房は“持ち物”を解析する役目は果たしてもいいが、所有権までは認めん」

 その言葉には、王としての冷たい計算が混ざっていた。

「彼女を“正式な技師”や“研究者”として工房に組み込めば、必然的に工房の保護下に置かれる。  王命ひとつで動かせる駒ではなくなるだろう?」

「……確かに」

 ヴァルトは、内心のざらつきを隠しながら頷いた。

「同様に、軍属として正式に編入してしまえば、“兵士としての義務”を強いることになる。  それもまた、望ましくはない」

 レオナルドは、窓の外へ視線を向けた。

「彼女は、まだ若い。  最初から“兵器として扱う”には、いささか心が痛む」

 その言葉だけ切り取れば、優しい。

 だが、その裏にある計算を、ヴァルトは読み取ってしまう。

「……だからこそ、“掃除婦”という中途半端な位置に置いておくのが、都合がいい」

「お前も随分と口が悪くなったな」

 レオナルドは苦笑しつつも、否定はしなかった。

「王家直轄の“観察対象”。  表向きは、一介の掃除婦。  だが、軍部の要請があればいつでも協力を求められる立場。  工房からも、完全には切り離せない。……そういう存在だ」

「駒としては、非常に扱いやすい位置づけです」

 ヴァルトは、あえてわざと冷たい表現を選んだ。

 レオナルドが、それをどう受け止めるかを確かめるために。

 王は、少し目を細めた。

「“駒”か。  戦場では、よくそうやって人間を数で数えたな」

「はい」

 ヴァルトの目の奥にも、遠い戦場の光景がちらつく。

 規律正しく並ぶ兵士たち。
 その中に、背の低い影がいくつも混じっていた。

 子どもたち。

 人手不足にあえぐ隣国が、最後の最後に動員した、“兵器として育てられた子どもたち”。

 魔導機構と一体化させられ、感情を削がれ、それでも恐怖に震えていた幼い瞳。

 彼らは、敵だった。
 だから、撃たなければならなかった。

 それでも、ヴァルトの中の何かが、あの光景を未だに許せずにいる。

「……陛下」

「なんだ」

「リーナ・フィオレを、“子どもの兵器”にするおつもりはありますか」

 レオナルドは、一瞬だけ目を見開いた。

 それから、わずかに唇を歪める。

「お前は、時々、骨の折れる質問をするな」

「申し訳ありません」

「……しないつもりだ」

 短く、しかしはっきりと言った。

「ただ、“するつもりがない”と、“絶対にしない”は、違う。  状況によっては、“選ばざるを得ない未来”もあるだろう」

 その正直さが、逆にヴァルトの胸を締め付ける。

「だからこそ、お前に任せたいのだよ」

 レオナルドは、ヴァルトをまっすぐに見た。

「リーナ・フィオレを、“駒”としてではなく、“人間”として扱える範囲のギリギリまで管理しろ。  それ以上を望むな。  だが、工房に好き勝手にされるのも、許すな」

「難しい注文ですね」

「だから、お前を呼んだ」

 王の目が、わずかに柔らかくなる。

「あの戦場で、お前は“命令されても引き金を引かなかった”。

 ――覚えているか?」

 ヴァルトの肩が、微かに震える。

 あの日。
 敵の子ども兵たちが、魔導砲座に縛り付けられていた時。
 王子時代のレオナルドが、「砲座ごと撃て」と命じた時。

 ヴァルトは、引き金にかけた指を止めた。

 代わりに、砲座に繋がっていた魔力供給管だけを狙い撃ちし、子どもたちを逃がした。

 そのせいで、味方の陣地がひとつ吹き飛んだ。

 軍規だけ見れば、銃殺刑になってもおかしくなかった。

「覚えております」

 短く答えると、レオナルドは、わずかに目を伏せた。

「余は、あの時、お前を殺すつもりだった」

「知っております」

「だが、お前が守った子どもたちの中に、“この国に亡命してきた者”がいた。  余は彼らから、戦場の反対側の“地獄”を聞いた」

 王の声が、少し掠れる。

「だから今、余は生きているお前に頼んでいる。  あのときと同じように、“誰かを兵器として使い潰す未来”を、できるだけ避けろ、と」

 ヴァルトは、深く頭を垂れた。

「謹んで拝命いたします」

 それは、王命であり――同時に、昔の自分への贖罪でもあった。

    ◇

 王との会談を終えたあとも、ヴァルトの胸の中のざらつきは消えなかった。

 ゴミ置き場へ向かう通路を歩きながら、彼は何度も頭の中で言葉を組み立てては、壊し、また組み立てていた。

(“掃除婦のままにしておけ”か……)

 王としては、最も合理的な判断。
 それは分かっている。

 工房に完全に取られれば、“兵器とその起動者”は学問の名のもとに好きなように切り刻まれる。
 軍属にすれば、今度は戦場に引っ張り出したくなる連中が出てくる。

 “掃除婦”という曖昧な立場に留めることで、どちらの陣営にも完全には渡さない。

 ――都合の良い“クッション”。

 理屈としては理解できる。
 だからこそ、余計に腹が立った。

(あいつを、“クッション”だの“緩衝材”だのと考えたくはない)

 自分でも、甘い考えだと思う。

 でも、ゴミ山の片隅でアークレールを抱きしめて震えていた少女を見たときから、ヴァルトの中の何かが変わってしまっていた。

 戦場で見た“使い捨ての子どもたち”と、彼女の姿が重なる。

『兵器を“ただの道具として扱うこと”に抵抗を覚える掃除婦、か』

 あの時彼女が吐いた言葉が、じわじわと胸の中に残っている。

「……面倒な存在だな、本当に」

 自嘲気味に呟きながら、ゴミ置き場の入口をくぐった。

    ◇

 その頃、リーナの元には、別の“報せ”が届いていた。

「……えっと、これ、本当に私宛の書類ですか?」

 古びた木箱の横で、リーナは手紙を震える指で持ち上げた。

 紙質のいい封筒。
 王家の紋章の簡易版が刻印された封蝋。
 中から出てきたのは、端的な文面だった。

 ――「軍直属の技師候補として、正式な処遇を検討したい」。

 リーナは、頭を抱えた。

「いやいやいやいや、何言ってんのこの人たち……」

「何て?」

 すぐ近くでモップを振っていたマルタが、興味津々といった様子で覗き込んでくる。

「“軍直属の技師にならないか”って……」

「あぁ、ついに来たか、その手の話」

 マルタは、さもありなんとばかりに頷いた。

「軍の技師……って、つまり?」

「表向きは“古代兵器および関連魔導機構の保守・運用担当”。  裏向きは、“いざという時に真っ先に前線に引きずり出される便利屋”だね」

「絶対やだ」

 間髪入れずに言っていた。

 マルタが吹き出す。

「思ったより即答だね、新入り」

「だって、私、人を傷つけるためにアークレール拾ったわけじゃないですし……」

『その点については、評価している』

 意識の中でアークレールがぼそっと挟んできた。

(ありがと)

 軍からの誘いは、書面だけでなく、ヴァルトからの口頭でも届いていた。

「軍直属になれば、工房の横槍をある程度防げる。  報酬も、掃除婦とは比べ物にならない。  生活は安定する」

 ヴァルトは、淡々と利点を並べた。

「お前の魔力波長の特殊性も、“軍属としての機密”として扱える。  工房のように、好き勝手に実験されることはないだろう」

「軍の中で“実験対象”になる未来も、普通に見えるんですけど……」

「……完全に否定はできん」

「ですよねぇ」

 そうやって苦い顔をしながらも、ヴァルトの瞳の奥に“守りたい”という感情が透けて見えるから、余計にややこしい。

(この人は、この人なりに、本気で私を守ろうとしてくれてるんだろうな)

 軍という巨大な組織の中で、どこまで個人の意志が通るかは分からない。
 それでも、彼が“兵器として扱われた子どもたち”を嫌悪しているのは、本物だ。

「……もう一通、来てるよ」

 マルタが、別の封筒をひらひらさせて見せた。

 こちらは、見慣れた紋章。

 王立工房。

 グラツィオ・ベックの署名入り。

「読む?」

「読みたくないです」

「でも読む」

 逃がしてはくれなかった。

 しぶしぶ封を切り、文面に目を通す。

 ――「工房としても、再度君を迎え入れる用意がある」。

 ――「今回の件をもって、君の“感覚”が実際に古代波長の感知・起動に有用であることが証明された」。

 ――「正式な研究者として処遇し、待遇も見習い時代より大幅に改善する」。

 ――「掃除婦という不相応な職務から離れ、君の能力を最大限活かせる場を用意しよう」。

「うわ……」

 リーナは、紙を持つ手に力が入りすぎて、端を少ししわにしてしまった。

 文章の一つ一つが、薄い毒に浸されている。

 甘い言葉。
 綺麗な約束。

 でも、その裏に書いていない本音が透けて見えてしまう。

(“不要”って切り捨てておいて、今更……)

 何より、許せない一文があった。

 ――「今回の“再評価”をもって、過去の“問題児としての評価”は撤回したい」。

「都合いいなぁ……」

 思わず口をついて出る。

「過去の評価を“撤回”って、そんなの、都合のいい書き換えでしかないのに」

 工房で浴びた視線。
 「妄言」と切り捨てられた報告。
 “虚偽申告”として追放されたあの日。

 それら全部が、「なかったこと」にされる。

 紙の上だけで。

「グラツィオさんらしいねぇ」

 マルタが、封筒ごとその手紙を覗き込みながら鼻を鳴らした。

「“失敗作”だと思ってた部品が、実は超レアな素材だったって分かった途端、“最初から価値は理解していた”って顔で回収しに来る」

「本当にやめてほしい、その例え」

「でも、分かりやすいでしょ?」

 分かりたくないくらい分かりやすい。

 リーナは、ため息を吐いた。

 軍。
 工房。

 上の世界の二つの大きな歯車が、“掃除婦”という小さなピースを挟み込むように引っ張っている。

(私、どうしたいんだろ)

 問うても、すぐには答えが出ない。

 軍に入れば、生活は安定する。
 兵器として扱われるリスクはあるが、ヴァルトのような人が間に立ってくれる可能性もある。

 工房に戻れば、昔の夢――「測量師として認められる」という目標に、別の形で近づけるかもしれない。
 でも、またあの白い廊下で、数字だけが真実だと押しつけられる日々が待っているかもしれない。

「新入り」

 マルタが、珍しく真面目な声で呼びかけた。

「どっち選んでも、多分後悔するよ」

「励ましのつもりですか、それ……?」

「現実の話さ」

 マルタは、木箱に腰を下ろす。

「軍に行けば、“守るために戦え”って言われる。  工房に戻れば、“研究のために切り刻め”って言われる。  どっちも、あんたの手と目を欲しがってる」

 言葉は辛辣だが、そこに混じるのは、長年裏側で城を見てきた人間の重みだ。

「じゃあ、私はどうしたら……」

「そこでだよ」

 マルタは、リーナの額を軽く小突いた。

「一番大事なのは、“どっちに行けば楽か”じゃない。  “どっちに行ったら、自分が一番自分でいられるか”だ」

「自分で……」

「あんた、軍の制服着て、命令ひとつでアークレール振り回す姿、想像できる?」

 リーナは、即座に首を横に振った。

「やっぱやめます」

「工房の白衣着て、“これは貴重なサンプルだ”って言いながら、ゴミ山のガラクタを分解してく姿は?」

 少しだけ想像して――胃がきゅっと痛くなった。

「それも、やっぱり……」

「なら、少なくとも“今のまま”が、一番あんたにしっくり来てるってことさ」

 マルタは、肩をすくめる。

「ゴミ山でモップ振り回しながら、“捨てられたもの”を勝手に拾い上げて、“修復”って名前で蘇らせてるあんたが、いちばんあんたらしい」

 その言葉が、胸の奥に静かに沈んでいく。

 正解かどうかは、分からない。

 けれど、“今の自分”が何者なのかを、一番正確に言い当てている気はした。

『お前が決めろ』

 アークレールの声が、意識の底で響く。

『軍でも、工房でもない場所に留まるという選択も、あり得る』

(“掃除婦のまま”ってこと?)

『お前がそれを屈辱と感じるなら、違う道を選べばいい。  誇りと感じるなら、貫けばいい』

 誇り、か。

 “ゴミ山の発掘者”。
 “スクラップ・クイーン”。

 いつの間にかつけられたその二つ名を思い出すと、耳の奥がまだ熱くなる。

 でも同時に――捨てられた光を拾い上げる自分の手に、少しだけ誇らしさを感じているのも、否定できない。

 ぐちゃぐちゃだ。
 情けない。

 それでも――

「……とりあえず、今はどっちにも行きませんって返事、アリですかね」

 リーナは、書類を重ねながらぽつりと言った。

「軍も工房も、“ここに用があるならここまで来てください”。  私は、ゴミ山の掃除があるので」

「最高にめんどくさい答えだね」

 マルタが、呆れ半分、楽しさ半分で笑う。

「でも、“ここに来い”って言える奴は、強いよ」

 ヴァルトからの誘いに対しても、グラツィオからの打診に対しても。

 リーナは、“保留”という形で返事を出した。

 ――「今は、ここでやるべきことがあります」。

 どこまで通用するかは分からない。
 いつまで保てるかも分からない。

 それでも、今の自分に嘘はつきたくなかった。

    ◇

 その日の夕方。
 ヴァルトは、再び王のもとを訪れていた。

「報告を」

「工房と軍、両方からの誘いに対し、彼女は“保留”と答えました」

 ヴァルトは、少し複雑な顔で告げた。

「“今はゴミ山から離れたくない”と」

「……ほう」

 レオナルドの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

「案外、したたかな娘だな」

「そうですね」

 ヴァルトも、同意せざるを得なかった。

「ただの駒にするには、惜しい」

「駒にする気は元々ないだろう?」

 レオナルドは、静かに目を細めた。

「“王の目”が届かない場所で、好き勝手に戦争を始められるのが、一番困る。  だが同時に、“王の手”で全てを握り潰すのも、違う。  その中間を、今は探っている」

「……難しい綱渡りですね」

「お前が落ちないように支えろ」

 軽く言われて、ヴァルトは肩をすくめるしかなかった。

 ゴミ山の片隅で、モップと布と古代兵器を抱えて奮闘する少女。
 王城の高みから、それを見下ろしつつも、完全には手を伸ばしきれない王。

 その間を繋ぐ役目を、いつのまにか自分が担っている。

(本当に、面倒な役回りだ)

 心の中でそうぼやきながらも、ヴァルトの足は自然とゴミ置き場の方向へ向かっていた。

 そこでは今日も、“スクラップ・クイーン”が、誰にも頼まれない修復作業を続けているはずだ。

 彼女の拾い上げた光が、この国を照らすのか――
 それとも、また新たな影を生むのか。

 その答えは、まだ誰にも分からない。

 ただひとつ確かなのは。

 王の目も、軍の取引も、工房の欲望も――
 すべてが今、ひとつのゴミ山に集中し始めているということだった。
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