掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト

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第12話 兵器たちの記憶と、痛みの共有

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 最初にそれが“できる”って気づいたのは、アークレールじゃなかった。

 あの蒼い片刃剣と意識を繋いで、失われた都市の崩壊を見せつけられてから、少しして。

 別の日の午後。
 空は中途半端に晴れてて、風だけやたら元気にゴミ山を駆け回っていた。

「……今日、風強いですね」

『風が強いと、埋もれていたものが顔を出す』

 アークレールが、柄の奥で淡々と告げる。

『“拾い日和”だ』

「そんな日和あっていいのかな……」

 苦笑で誤魔化しつつ、リーナはゴミ山の斜面をよじ登った。

 防御結界〈ゴミ山バリア〉――勝手にそう心の中で呼び始めた防御装置のおかげで、外の視線は多少マシになっている。
 でも、山の中身は相変わらずカオスだった。

 風に煽られて布と紙がぶわっと舞う。
 錆びた鉄骨がギシギシ鳴く。
 どこかで誰かが捨てた古い玩具が、風車みたいにくるくる回っている。

 その中に、ひときわ強く、でも細くて繊細な“脈”が混ざっていた。

(……いる)

 胸の奥が、微かにきゅっとなる。

 目に見えない波長が、風に乗って頬を撫でてくる。
 迷子になった子どもの指先みたいに、「ここだよ」って必死で引っ張ってくる。

 リーナは、その方向へ慎重に足を運んだ。

 崩れかけの木箱と布の山。
 その下で、金属音ではない何かが擦れた。

 ズル、と布をめくると――

「……翼?」

 思わず声が漏れた。

 細い骨組みに、半透明の板と薄い金属膜。
 鳥の翼というより、風を掴むための“構造体”。

 折り畳まれているけれど、広げたら人ひとりを包み込めそうな大きさだ。

 その付け根に、柔らかい光が脈打っている。

『翼装ユニット』

 アークレールの声が落ちる。

『コードネーム――フロウリア。簡易飛行を目的とした外骨格だ』

「また知ってるんだ……」

『知識データベースを持っていると言ったはずだ』

「便利だなぁ、古代文明……」

 冗談を口にしながらも、リーナの指先は慎重に翼に触れた。

 冷たい金属。
 でも、その内側で、風が溜息をつくみたいに渦を巻いている。

(飛びたい?)

 問いかけるように、そっと撫でる。

 ゴミ山の上で、うっかり飛行盤に乗せられたときの恐怖が、ちょっとだけ甦る。
 でも同時に、“知らない高さから世界を見たい”という好奇心も、ほんの少しだけ膨らんだ。

「……汚れ、取ろっか」

 布で丁寧に拭っていく。

 骨組みに詰まった泥を取り除き、折れかけていたピンを直し、ちぎれそうになっていたベルトを補強する。

 工房で覚えた金属加工の基礎。
 掃除婦として鍛えた“汚れを見逃さない目”。
 その全部を混ぜて、ひたすらに手を動かす。

 ふ、と。

 翼の付け根が震えた。

 薄く、淡い光が走る。
 風が、ふわりと持ち上がる。

「――っ」

 次の瞬間。

 視界が、白くひっくり返った。

 足元の感覚が消える。
 代わりに、全身に風圧。
 耳元で、風が叫んでいる。

 ――空。

 目を開けると、世界があり得ない角度で広がっていた。

 雲を下から見上げる。
 地上の街並みを、ミニチュアみたいに見下ろす。
 遠くの山脈が、一本の線みたいに横たわっている。

(これ……私の目じゃない)

 直感的に分かる。

 これは、翼そのものの視界だ。
 翼装〈フロウリア〉が最後に“見ていた空”。

 誰かが、自分の背中に装着されている感覚もある。
 肩に食い込むベルト。
 腰の部分の固定具。
 腕を広げた時の、微妙なバランス調整。

『高度調整完了。風向き、安定』

 機械的な声が、意識の中を流れる。

 それに重なるように――人間の声。

『もう少しだけ、飛ばせて』

 震えている。
 でも、その震えは恐怖だけじゃない。

 歓喜。
 慈しみ。
 そして、手放すことへの怖さ。

『分かってるだろう。これが限界だ』

 別の声が答える。
 こちらは落ち着いていて、でもやっぱり同じくらい震えていた。

『境界線を越えれば、戻ってこられない』

『でも……あの子だけは、向こうへ』

 空の色が、一段濃くなる。

 視界の端に、小さな影が見えた。

 翼装を装着した誰かが、自分の胸に小さな子を抱きしめている。
 その子の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

『ごめんね』

 抱きしめる腕が、震えながらつぶやく。

『本当は、一緒に降りたかった。でも――』

 空が裂ける。

 遠くで、何かが爆ぜた。
 光が、夜みたいな黒い炎を撒き散らす。

 地上のどこかで、巨大な構造物が崩れ落ちているのが見えた。
 あれは……塔か、都市か。

 フロウリアは、必死で高度を上げながら、風の流れを読む。

 上昇気流。
 乱気流。
 熱の渦。

 全身で風を掴み、少しでも遠くへ飛ばそうとしている。

『お願い、フロウリア』

 声が震える。

『あの子だけは、向こう側へ届けて――』

 翼が悲鳴を上げた。

 限界を超えた負荷。
 骨組みがきしみ、金属膜が裂けかける。

 それでも、飛ぶ。

 爆発の衝撃波が背中を叩き、視界がぐらりと揺れた。

 遠くに、光の壁が見える。
 “向こう側”と“こちら側”を分ける境界。

 それは、希望の防壁でもあり――最後の別れの門でもあった。

『届いて――!』

 叫びと同時に、フロウリアの片翼が吹き飛んだ。

 視界が回転する。
 風の流れが崩れる。
 バランスが完全に死ぬ。

 抱きかかえていた子どもが、ふわりと宙に浮いた。

 手が、必死に伸びる。
 最後の最後まで、指先だけでも繋ぎ止めようとする。

 ――届かない。

 光の壁の向こう側に、子どもの小さな身体だけが、吸い込まれていく。

 誰かの叫び声。
 翼の悲鳴。
 骨が折れる感触。

 世界が、逆さまに落ちていった。

 そして――

「――っ、あ、あああ……!」

 リーナは、自分の喉から漏れる悲鳴で我に返った。

 気づけば、ゴミ山の土の上に膝をついていた。
 フロウリアは目の前で、折り畳まれたまま静かに横たわっている。

 息が荒い。
 心臓が痛い。
 目の奥が焼けつくように熱い。

 涙が、勝手にあふれていた。

「な、なんで……そんな、そんな飛び方……」

 言葉にならない。

 でも、胸の奥でははっきり分かっていた。

 彼らは、飛びたかったんじゃない。
 逃げたかったんじゃない。

 ――守りたかった。

 一人でも。
 一つでも。
 “向こう側”へ渡せる命があるなら。

『落ち着け』

 アークレールの声が、深く落ちてくる。

『過去だ。既に終わった瞬間だ』

「……終わってないです」

 リーナは、涙で濡れた手の甲を拭いながら、震える声で言った。

「ここに、残ってる。  翼の骨にも、ちぎれたベルトにも、ぜんぶ残ってる……」

 その痛みが、波紋みたいに自分の胸にも広がっていく。

 守りたくて、守れなかった人たちの感情。
 それを背負わされた道具たちの、微かな慟哭。

 フロウリアの付け根に手を添える。

「……ありがとう」

 自然と、そんな言葉が口から出ていた。

「ちゃんと飛んだんだね。  ちゃんと、“向こう側”まで届けようとしたんだね」

 翼が、ほんの少しだけ震えた気がした。

 風が、優しく撫でていく。

    ◇

 それからしばらくして。

 リーナは、他の古代兵器たちと“話す”方法を、少しずつ覚えていった。

 浮遊眼球装置〈アイギス〉は、正直見た目がだいぶ怖かった。

 ガラス質の球体に、細い金属の脚。
 瞳孔のような黒い部分が、ふらふらと動いている。

「え、えっと……」

 作業台の上に乗せられたそれと、互いにじっと見つめ合う。

「じぃーって見られるの、こっちが落ち着かないんですけど……」

『観測装置だ。見るのが仕事だ』

 アークレールが、妙に擁護する。

『アイギスの観測範囲は広域だ。遠くの空も、地の底も、通常の感覚では捉えられない波も“見る”』

「……そんな高性能な子、なんでここに埋もれてたんだろ」

 恐る恐る触れてみる。

 ひんやりとしたガラス。
 表面に残ったヒビを指先でなぞる。

 瞬間――

 視界が、切り替わった。

 何色とも言えない空。
 地平線が歪んでいる。
 空間そのものが、揺らいでいる。

『観測開始――』

 機械的な声が耳の奥に響く。

 アイギスの視界は、人間のそれとは違っていた。

 色だけじゃない。
 密度。
 温度。
 魔力の流れ。

 それら全部が、違う層として重なって見える。

 遠くに見えるのは、高くそびえる塔。
 その塔から伸びる光の帯が、空の裂け目に必死で縫い目を作ろうとしている。

 だが、裂け目は広がる。

 黒い縁。
 そこから覗く、どこでもない“向こう側”。

『空間断裂、進行速度――』

 冷静な記録が続く。

 同時に、装置の深いところで、うっすらとした“焦り”が渦を巻いているのが分かる。

 守りたい対象が、視界からどんどん消えていく。
 観測範囲から、街が、村が、海が抜け落ちていく。

『記録を――』

 誰かの声が遮る。

『もういい、アイギス。記録は十分だ』

『しかし――』

『見続けたら、お前まで壊れる』

 視界の端に、白衣の人物が映る。

 顔はぼやけている。
 でも、その目だけははっきり見えた。

 優しい目。
 疲れ切った目。

『最後まで見届けないと……』

 アイギスの内部の声が、微かに震えた。

 観測装置は、本来モノを言わない。
 ただ記録する。
 ただ映す。

 それなのに、“終わり”の瞬間だけは、見届けたいと願っている。

 自分のレンズに刻まれた記録が、誰かの未来に繋がると信じて。

『お前の見たものは、必ず誰かが拾う』

 白衣の人が、そっとアイギスに手を置く。

『たとえ、この文明が終わっても』

 視界が、白くノイズを走らせた。

 塔が崩れる音。
 空の裂け目が閉じきれず、そのまま残ってしまう様。
 最後の最後まで、記録は続く。

『――観測終了』

 途切れた声と共に、世界が暗転した。

 リーナは、ハッと息を呑んで現実に戻る。

 ゴミ山の片隅。
 作業台の上に、アイギスがじっとこちらを見ている。

 そこには、恐怖も嫌悪もない。
 ただ、静かな問いだけ。

『見たか』

 そんな風に聞かれている気がした。

「……うん、見た」

 リーナは、小さく頷いた。

「全部、覚えきれるかは分からないけど。  でも、あなたが見続けて、残してくれたものがあったってことは、忘れない」

 アイギスのレンズが、ほんの少しだけ光を柔らかくした。

    ◇

 治癒護符〈セレスティア〉と繋がったときは、逆に身体が熱くなった。

 手のひらサイズの石板。
 表面に細かい文字と紋様が刻まれている。

 それを握った瞬間、全身を血潮みたいな光が巡った。

 痛み。
 切り傷。
 灼けるような熱。

 無数の傷の感覚が、一瞬で押し寄せてくる。

 でも、それは“自分が傷ついている”感覚じゃなかった。

 セレスティアが、“誰かの傷を受け止めている”感覚だった。

『痛み転送――完了』

 護符の内部のシステムが、静かに報告する。

 目の前に、倒れ込んだ兵士たち。
 腕を失った人。
 血だらけの足を引きずる人。

 白衣の人たちが必死で走り回っている。
 その手の中には、たくさんのセレスティア。

 護符は、触れられるたびに、傷を“吸い取る”。

 皮膚の裂け目。
 骨の折れ。
 内臓の損傷。

 本来なら即死級のダメージが、護符に一度“分配”される。

 痛みだけじゃない。
 熱も、衝撃も、毒素も。

 セレスティアは、まるでスポンジみたいにそれを吸い込み、内部で細かく砕いて、微小な負荷に変える。

 それでも、限界がある。

 過負荷。

 護符の表面がひび割れ、内部回路が悲鳴を上げる。

『治癒機能……低下……』

 かすれた声が漏れる。

 それでも、手は止まらない。

 泣きながら誰かを押さえる人。
 震える手で護符を握りしめる人。

『お願い、もう少し、もう少しだけ――』

 護符は、“痛み”を何度も自分に通す。

 まるで、自分が傷ついているかのように。
 でも、それはあくまで“模倣”で、実際にはそれを分散させているに過ぎない。

 それでも、装置の内部には、“苦しい”という感覚が残る。

『守れなかった』

 最後の最後、護符がひび割れた瞬間。

 その欠片の中には、人の涙と同じ塩の味が刻まれていた。

 リーナは、護符を握る手を震わせる。

「……どうして、こんなに」

 誰にともなく問う。

「どうして、そんなに泣いていたの……?」

 アークレールだけじゃない。
 フロウリアも。
 アイギスも。
 セレスティアも。

 みんな、「守るために」作られた。

 誰かを助けるために。
 誰かを死なせないために。
 誰かの願いを叶えるために。

 なのに、その結果は――

「文明を、守りきれなかった」

 唇の裏側を噛みそうになる。

 守るための力が、守りきれなかったこと。
 それどころか、時には防ぎきれなかった連鎖の一部になってしまったこと。

 その悔しさと悲しさと虚しさが、兵器たちの深いところにこびりついている。

 そして、それが今、自分の中にも流れ込んでくる。

 胸の中が、重くなる。

 でも、不思議と――

(嫌じゃない)

 完全に嫌じゃない。

 痛いし、苦しいし、泣きたくなる。
 でも、それを“共有する”ことで、彼らが少しだけ軽くなるなら。

『……お前は、何をやっているつもりだ』

 アークレールの声が、いつもより少しだけ低かった。

(何って……聞いてるだけだよ)

『記憶の共有は負荷が大きい。人間の精神構造で、過去文明の断末魔を全部受け止めるのは無謀だ』

(全部は、無理ですね)

 自分でも分かる。

 一つ一つを見るたびに、身体は軋む。
 夢に出てくる。
 ふとした瞬間に、誰かの最後の光景がフラッシュバックする。

(でも、まったく見ないで、“ただの道具です”って扱うのは、もっと嫌だ)

 そっと、作業台の上の装置たちに視線を向ける。

 翼装フロウリア。
 治癒護符セレスティア。
 浮遊眼球装置アイギス。

 どれも、“物”として見れば、ただの機械。
 でも、今のリーナにはそう見えない。

「みんな、誰かの“最後”を見てしまってる。  誰かの“守りきれなかった瞬間”を抱えて、ここまで流れついてる」

 ゴミ山という“墓場”の隅っこで、静かに息をしていた存在たち。

「その話を、誰かが聞いてあげなきゃいけないって、思っちゃって」

『その役割を、自分一人で抱え込むつもりか』

(違うよ)

 リーナは、首を横に振った。

(私にできるのは、“入り口”だけだよ。  全部を理解することも、全部を背負うこともできない。  ただ、“聞いてもいいよ”って扉を開けるだけ)

 深呼吸をひとつして、続ける。

(でも、それだけでもきっと違う)

 工房で、自分の感じた波長を「存在しない」と言われたときの、あの冷たさを思い出す。

 存在を認められないこと。
 なかったことにされること。

 それは、ものすごく、ものすごく孤独だ。

「“君の見てきたもの、ここにあったんだね”って、誰かが言うだけで」

 胸の奥が、じんと熱くなった。

「多分、全然違う」

 フロウリアの翼が、そっと震える。
 セレスティアの護符が、微かに温度を上げる。
 アイギスのレンズが、ほんのり柔らかく光る。

 それは、言葉の代わりの“ありがとう”のようにも感じられた。

『……お前は、妙に遠回りをする』

 アークレールが、ため息混じりに呟く。

『もっと単純に、“起動させて”“制御して”“使えばいい”という発想もあるはずだ』

(あるね)

 工房なら、きっとそうする。
 軍なら、もっと露骨にそうする。

(でも、私は嫌)

 即答だった。

「私は、あなたたちを“兵器”としてだけ扱うの、嫌だよ」

 言いながら、自分の手のひらを見つめる。

 この手は、ゴミを拾うための手だ。
 汚れを落とすための手だ。

 戦場に向いた手じゃない。
 敵を殺すための手でもない。

「“誰かを守るために作られて”“守りきれなかったことに苦しんでる存在”って知っちゃったら」

 守るための刃。
 飛ぶための翼。
 見るための眼。
 癒やすための護符。

 それら全部の奥に、“誰かの願い”があると知ってしまったら。

「もう、“道具”とだけは呼べないです」

 自分でも、面倒くさいことを言っている自覚はある。

 でも、それが本音だった。

 沈黙。

 アークレールは、しばらく何も言わなかった。

 その沈黙の中で、ゴミ山の音が聞こえる。

 崩れかけた木箱のきしみ。
 遠くでマルタが誰かを怒鳴る声。
 風に運ばれてくる、厨房からのスープの匂い。

 全部が、いつもの日常だ。

 でも、作業台の上だけは、少し違う空気になっていた。

『……理解した』

 不意に、アークレールが低く言った。

『お前は、“主”ではなく“聞き手”であろうとしている』

(……うん)

 自分でも言語化しきれなかった感覚を、ぴたりと言い当てられて、少しびっくりする。

『フロウリアも、セレスティアも、アイギスも。  彼らにとって、主とは命令権を持つ者だ。  戦場で、“使う側”だった人間たち』

(うん)

『だが今、お前は命令しない。  ただ“聞く”。  話した記憶を否定せず、受け止めようとする』

 アークレールの刃の奥から、ほんのかすかな照れのようなものが伝わってくる。

『……それが、彼らには新鮮なのだろう』

「照れてません?」

『照れていない』

 即答。

 でも、その即答の速さが逆に怪しい。

 リーナは、少しだけ笑った。

「じゃあ、アークレールも、話したかったらいつでも話してくださいね」

『既に散々、見せているだろう』

「まだ全部じゃないでしょ?」

 滅びの都市。
 崩れかけた塔。
 光の壁。

 アークレールが見てきたものは、きっとあんなものじゃ終わらない。

「全部見たい、って言ったら、やっぱり止めます?」

『……お前の精神構造と相談だな』

 渋々といった返答に、リーナは声を立てずに笑った。

 痛みの共有は、楽じゃない。
 むしろ、きつい。

 見なくてもよかったものを見てしまうこと。
 知らなくてもよかった絶望を知ってしまうこと。

 でも、その全部を汚れごと受け止めて、少しずつ拭っていく作業は――

(掃除、だ)

 やっぱり、掃除だと思う。

 ゴミ置き場に捨てられたものたちの、最後の記憶のお掃除。

 誰かがそれをやっておかないと、きっとどこかで腐って、また別の歪みを生む。

「ねぇ、フロウリア」

 翼にそっと触れる。

「次に飛ぶときは、“落とさない飛び方”一緒に考えよっか」

 翼が、微かに振動した。

「セレスティア。今度は、あんまり無茶させないからね」

 護符の奥に、かすかな光が灯る。

「アイギス。あなたの見てきたもの、ちょっとずつ、起きてる時に一緒に整理しよ?」

 眼球装置のレンズが、ゆっくりと瞬いた。

 それは、命令に従う反応ではなかった。

 ――了承。
 ――お願い。
 ――頼んだ。

 そんな感情のかけらが、微小な波長になって返ってくる。

(……ああ)

 胸の奥が、じんわりと熱くなった。

 彼らは、私を“主”って見てない。

 命令する人でも、使う人でもなく。

 ただ、自分たちの話を最後まで聞いてくれる、“掃除婦”として見てくれている。

 ゴミ山の主。
 スクラップ・クイーン。
 そして、兵器たちの聞き手。

 肩書きが、またひとつ増えた。

 重い。
 でも、不思議と、捨てたくはない重さだった。
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