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第10章
宝玉は十中八九、資料庫のどこかに保管されている。問題は鍵だ。
「お前たち、元々水だろう。宝玉のある部屋の鍵穴から入って内側から開けられないか」
「何言ってるの。妖精とか精霊ってのは、中からお入んなさいって言われなきゃ無理よ」
「常識よ、ジョーシキ」
思いつきで聞いたら馬鹿にされた。挙句、クラーケンは招かれなくても好きに入れてうらやましいと嫌味を言われる始末だ。
「行き詰ってるわね、ルートグーヴァ。さっさとあの子に聞いちゃえば?」
「そのちょっと悩んでる顔、なかなかいいわ」
「冗談はやめろ」
「あら、半分本気なのに」
さざなみのように笑い合っていた精霊たちは、ノックの音で身をすくませた。ルートグーヴァが細く開けた窓から我先に外へ逃げていく。そう言えば、いつもこうして窓の開け閉めをしてやっている。鍵穴の話は聞くまでもなかった。
「今夜は、いっしょにいてくれますか」
好きだと言われた日から数日、フィンは毎晩同じ質問をする。
「歯を磨くから、少し待ってくれ」
フィンは必ず「今夜」と言う。「ずっと」でなければルートグーヴァがうなずくと思っているらしい。問われるたび、その「今夜」がいつか尽きると思い知らされて息苦しくなる。
一人用のベッドに二人は窮屈だが、ルートグーヴァには心地いい空間だ。クラーケンは元々狭い場所を好む。そこに好きな相手がいるのだから、文句のつけようがない。ルートグーヴァはフィンを抱き込み、わずかに背を丸めた。フィンは落ち着ける体勢を探してしばらくもぞもぞしているが、やがてタツノオトシゴのように動かなくなる。フィンはルートグーヴァより体温が低い。抱きしめているうちに二人の体温が混ざって等しくなるのを感じながら、とろとろと眠りに落ちていく。一日で一番好きな時間かもしれない。
「ルート」
「ん?」
「明日、水族館に行きます。いっしょに行きませんか」
トラフザメの卵が展示されているそうだ。フィンは生まれる前の仔ザメを見たいのだと言う。
「私はやめておく」
宝玉を探さなければならない。今日はカモメたちが聞いた研究員の会話から、A‐3資料室は宝玉と関係がないとわかった。断片的な情報から無関係な部屋の特定は進んでいるが、まだ二十以上の部屋に宝玉の可能性が残っている。
「明日は忙しいですか。明後日ならいいですか」
「どうしたんだ。水族館はひとりで行けるだろう」
「そう、ですけど」
フィンが身を寄せてくる。鎖骨に額を押しつけられて少し痛い。
「ルートがいると、安心なんです」
理解できない人間がたくさんいる場所は怖い。慣れていても、ひとりは心細い。時間はルートグーヴァに合わせるからついてきてほしい、という旨を、フィンはぷつんぷつんと言葉を切り、何度も言いよどみながら訴えた。
好いた相手に頼りにされて悪い気はしない。ルートグーヴァは迷い、窓に目を向けた。星だけが瞬いている。今日の月は若すぎてもう沈んでしまった。薬の効果が切れるまで、あと十日ほどだ。水族館に行っている場合ではない。時間がない。時間がないから。
「午後から、少しだけなら」
「はい。じゃあ、午後から」
ルートグーヴァはため息を飲みこんだ。自分の意志がこれほど弱いとは思っていなかった。
相変わらず乗客の少ないバスに乗り、二人で水族館へ向かう。フィンは裏口ではなく正面から入っていった。チケットに押印した女性はフィンを知っているようだったが、フィンは彼女を見もしないで最初の水槽へ歩いていった。
コブヒトデが我が物顔で岩の上に陣取っている。ホンソメワケベラがクエの周囲を行き来している。水色の壁に溶け込みそうなデバスズメダイの群れを、鮮やかな黄色のチョウチョウウオが横切る。人工の雪が降る中、アデリーペンギンはルートグーヴァに興味津々だった。
「おーい! 人間じゃないよね!」
「どこ行くの。何してるの。そこ楽しい? ねえってば!」
人目があるので会話もできず、ルートグーヴァは足早にペンギンの水槽から離れた。
「なんだか好かれていましたね」
「気のせいだ」
フィンが目当てにしていたトラフザメの卵は、小型の水槽に入っていた。すでに一匹孵化しており、砂地でまどろんでいる。卵はてのひらくらいの大きさで、後ろからオレンジ色の光を当てられていた。光で透けているのが卵黄らしい。卵黄に沿った黒い部分が仔ザメのようだが、卵殻が厚くて不鮮明だ。フィンは鼻先がガラスに触れそうなほど顔を近づけ、熱心に卵を観察している。
ふいに背中を強く叩かれ、思わず声が出そうになった。フィンもびくりと肩を震わせる。ふたり同時に振り返ると、満面の笑みのアンナがいた。
「受付の子がフィンが来たって言ってたから、絶対ここだと思った。ハッチアウトはもっと後だよ。後ろの子は四日前に出てきたばっかり。かわいいでしょ。みんなが名付け親になりたくて、毎日候補が増えてくんだ」
アンナに言われ、フィンは初めて仔ザメの存在に気がついたようだ。水槽を見て、ぼんやりとうなずく。
「卵もういい? バックヤードに来ない? まだミアと仲直りしてないでしょ」
「ミアは、僕、怒らせてしまったから」
フィンにすがるような視線を送られ、ルートグーヴァは首を振った。同じく怒らせているので、ミアに関しては役に立てそうにない。
「大丈夫。ミアだって仲直りしたいと思ってるよ。恋人でもたまにそういうときあるよね。なんだかイライラして八つ当たりしたかったりさ」
アンナはフィンの腕をつかみ、有無を言わさず連れていく。手招きされ、ルートグーヴァもアンナに従った。ミアの水槽が近づくにつれ、フィンの歩くスピードが落ちていく。
「そうやってうじうじしてると、また怒られるよ」
アンナは先に脚立に登り、フィンを引き上げた。発言がミアに似ている。女性同士、通じ合うものがあるのかもしれない。フィンがそろそろと水槽に腕を入れる。ルートグーヴァは水槽から距離を取った。水鉄砲の射程範囲内だが、ここならなんとか避けられるだろう。
「ミア、この前はごめんなさい」
「ほら、フィンが謝ってる。ミア、許してあげなよ」
水槽上部のライトが水面に反射し、フィンとアンナの顔を下から照らしている。ややあって、アンナは器用に片目だけつむってみせた。
「ほらね、もう怒ってないでしょ。ねえ、ちょっとミア、どこまで登ってくるの」
水槽のへりにミアの腕が見えた。アンナが押し戻そうとするが、ミアはへりにしがみついてている。金色の目玉がぐるりと動いた。視線が合い、ミアが腕を伸ばす。呼ばれているようだ。
「ミアは、ルートに用事があるんですね」
アンナが脚立を下りて場所を譲ってくれた。ルートグーヴァが水鉄砲を覚悟して脚立を登ると、すぐにミアの腕が絡みついてくる。
「フィンが透明に戻った!」
ずるりと水槽に戻りながら、ミアが弾んだ声を出す。明るいオレンジ色と濃い紅色を交互に皮膚に浮かび上がらせ、興奮している。水槽をのぞくと、ミアはフィンの手の甲を何度も撫でていた。今はもうない卵にしていたような、やさしい仕種だ。
「何したの」
ミアが低く尋ねる。疑われているらしい。
「何もしていない」
「ふうん」
ミアの腕が増え、吸盤がうねりながらルートグーヴァの肌を探る。不躾だと思ったが、ルートグーヴァはじっとしていた。
「二人とも同じ匂いがする。ううん、匂いが混じってる」
添い寝のせいだろう。ミアは匂いの意味がわかったらしい。するすると腕を引いていく。
「ふうん。そうなの。別にいいけど。フィンが透明に戻ったんだから、文句はないわ」
別にいいと言いながら、金色の視線はじっとりと重い。お気に入りに手を出されて面白くないらしい。クラーケン同様、タコも気に入ったもので周囲を飾りたがる。フィンは貝殻でも形のいい石でもないが、ミアのお気に入りには違いない。
「ねえ、キスっていうのはもうしたの」
「キス?」
「人間の恋人はみんなするんでしょ。口と口をくっつけるやつ」
ミアによると、キスは人間の愛情表現の一種らしい。水槽に閉じ込められているのに、どこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。
「していない。それは、必要なのか」
「必要に決まってるでしょ。フィンは人間なんだし、あんたも今は人間じゃない。なんでしないのよ」
なぜと聞かれると困る。そもそも、キスをする発想がなかった。クラーケンはキスをしない。唇がないし、くちばしがぶつかって痛いだろう。そう言えば、人魚と半魚人もキスをする。見た目や体の構造が似ていると、愛情表現も似るのだろうか。
「またフィンを濁らせたら許さないから」
ミアはフィンの手を撫でながら、一方でルートグーヴァの手首を締め上げる。フィンを濁らせたつもりはないが、言い返すと面倒そうだったのでルートグーヴァは黙っていた。
アンナに表の通路へ送り出される。フィンは人間の流れに巻き込まれたり弾き出されたりしながら、水槽をのぞいている。ルートグーヴァはフィンが立ち止まれば止まり、歩き出したらついていった。
「ルートがいっしょに来てくれてよかったです。僕ひとりでは、ミアと仲直りできなかったと思います」
「私は何もしていない」
「傍にいてくれました」
傍にいただけでも、フィンにとっては何かをした内に入るらしい。こうして並んで歩いているのも、何かした内に入るのだろうか。
距離が近い。少し手を動かせば触れられる。ふと、手をつなぎたいと思った。すぐに、手をつないでも何もわからないし、伝わらないのだと思い直す。だから、人間は声に出して好きだと言うのだろう。
ルートグーヴァはフィンに好きだと言っていない。毎晩抱きしめて眠るだけだ。フィンにはルートグーヴァの気持ちが伝わっていないかもしれない。改めて考えるとさびしい。以前はフィンを知りたいばかりだった。今は同じくらい、フィンに自分を知ってほしいと思う。
「フィン」
「はい」
意を決して声をかける。フィンは素直に返事をする。
「……なんでもない」
無理だ。恥ずかしすぎる。
夜までに同じやり取りを三回くり返したが、幸いにもフィンは三回とも追求しなかった。
「今夜は、いっしょにいてくれますか」
昨日も聞いた問いかけに昨日と同じようにうなずく。ルートグーヴァがベッドに入ると、フィンは灯りを消して腕の中に潜り込んできた。フィンが一度目を閉じ、また開くのがはっきりと見えた。クラーケンは人間よりも夜目が効く。薬の効果が薄まっているのかもしれない。
ルートグーヴァは手を開き、指の数を確かめた。五本ある。フィンの背を抱く。ふたりの体温はまだばらばらで、フィンの方が少しひんやりしている。
「フィン」
「はい」
ルートグーヴァは四度目のやり取りを諦めた。言葉より触れる方が性に合っている。
「キスをしてもいいか」
フィンはうなずいた。ゆっくりと、唇を重ねる。やわらかい。
「レモンの味がしません」
「なんの話だ」
「先生が、キスはレモンの味がすると言っていました」
レモンどころか何の味もしなかった。そもそもキスだけでは舌に刺激がないので、味を感じられるはずがない。
「ミントの匂いがしました」
「それは歯磨き粉の匂いじゃないか」
「たぶん、そうです」
「どうしてレモンなんだ」
なぜリンゴやオレンジではないのだろう。
「わかりません。先生が帰ってきたら聞いてみます」
結局、キスをしてもフィンのことはわからなかった。人間の皮膚なのだから当然だ。人間にとっては愛情表現らしいが、ルートグーヴァの気持ちは伝わっただろうか。フィンの反応があまりにいつもの彼らしく、伝わったかどうか自信がない。
フィンが小さくあくびをした。何もわからない、何も伝わらないなら、キスより抱きしめる方がいい。ルートグーヴァはゆるめていた腕に力を込めた。フィンがとろりと目を閉じる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
短いまどろみの後、ルートグーヴァはベッドから抜け出した。東の空に薄い船のような月が浮かんでいる。真夏でも夜になれば風が涼しい。ハイドラストイエは泡沫の精霊たちと戯れていた。ルートグーヴァを認め、精霊たちは水面に消えていく。
「で、宝玉の場所は?」
「建物の目星はついているが、部屋が多い。具体的には特定できていない」
ハイドラストイエは何か言いたそうな顔をしたが、口の端を曲げただけだった。
「まあ、いいけどよ。そうだ。人間が乗ってたあの鉄の塊について調べろってさ」
「潜水艇か。急だな」
「ヒッポカムポスたちが騒いだ」
ヒッポカムポスは半馬半魚の生き物だ。泳ぎに優れた王の車の引き手だが、頭はよくない。的外れな発言が多いくせに、意見を黙殺されると暴れるので面倒くさい。
「うまく宝玉を取り戻せてもまた取られたら困るから、人間の乗り物対策した方がいいってさ」
「もっともだ」
「あいつら百年に一回くらいはいいこと言うんだよなぁ」
その百年に一回が発生したらしい。王の裁可は下りているそうだ。潜水艇は家の裏手の小屋にある。鍵の場所は知っているが、こそこそしなくてもフィンに頼めば開けてくれるだろう。
「調べておく」
「うん。……なあ、ルート」
ハイドラストイエは胡坐をかき、足首を持って前後に揺れていた。海水をすくい、片方ずつえらを湿らせる。
「お前はだいたいいつも正しくてさ、オレはずっと、お前が言うなら正しいんだろうなぁって思ってたわけだけどさ」
ハイドラストイエは言うと決めたらしい。ルートグーヴァは腕を組んで続きを待った。
「やっぱ今回のはダメだ。お前間違ってるよ。人間なんか好きになったって、幸せになれない。ばば様に足をもらったあの子だって、最後は泡になっちまっただろ」
幸せとは何だろう。最後にめでたしめでたしと言えることだろうか。
「友だちが幸せになれないのに、オレ、味方できねぇよ」
「幸せになれるなら、味方してくれるのか」
「えっ、そりゃ、まあ、うーん、どうかな。そんときは、うーん」
ハイドラストイエは足首から手を離し、仰向けに倒れた。水飛沫が上がり、星明りを弾く。
「なってみないとわかんねぇな」
周囲はハイドラストイエを考えなしだと言うが、それは違う。ハイドラストイエは考えて何とかなるか、ならないかの境界が直感的にわかるのだ。何とかならなければ考えない。何とかならないかと悩みもしない。ルートグーヴァにはない能力だ。たまに、うらやましくなる。
「心配するな。宝玉はちゃんと取り戻す。悪あがきをしているだけだ」
「宝玉の心配はあんまりしてないけど、心配はしてるぜ。あれ、なんか変だな。オレ、心配なのかな。なあ、オレって心配してる?」
ハイドラストイエは勢いをつけて上体を起こした。頓珍漢な質問がおかしくて、ルートグーヴァは少し笑った。
「心配しなくていいと言っているだろう」
「うん、別に心配じゃないんだけどさ、なんとなく心配なんだ。あ、オレさっきと同じこと言ってんな。ま、いいや。また来る。何かわかったら呼べよ。じゃあな」
間違っている、とハイドラストイエは言った。ルートグーヴァも間違っていると思う。間違っているのだから、幸せになれないのは仕方がない。幸せになりたくてフィンを好きになったわけではないけれど、もしも幸せになれるのなら、なってみたかった。
ルートグーヴァは家へ戻った。できるだけ音を立てないよう慎重にドアを開け、閉める。フィンは先ほどと同じ体勢で眠っていた。ベッドの縁に膝を乗せるとスプリングが軋み、フィンが身じろぐ。起きないでくれと願いながら横になったが、フィンは目を開けた。
「すまない、起こしてしまったな」
「冷たいです」
フィンはルートグーヴァの腕に触れてつぶやいた。もぞもぞとすり寄ってくる。
「外に行っていたんですか」
「散歩だ」
ルートグーヴァはフィンの背に腕を回した。あたたかい。ハイドラストイエには心配するなと言ったが、フィンと抱き合っていると何もかも忘れたくなってしまう。実際に忘れられるはずはなく、毎晩月の形に怯えている。どうしてハイドラストイエのように、考えずにいられないのだろう。
フィンの背をゆっくりと撫で下ろす。パジャマの裾がめくれていて、素肌に触れた。人間の皮膚だ。クラーケンより温かく、乾いている。脊椎の凹凸を感じる。ひとつ、ふたつ、みっつ、骨を数える。人間の皮膚でも触ってわかることがあるのだな、とぼんやり思った。
ふいにフィンが身をよじった。嫌だったのだろうか。ルートグーヴァはパジャマの裾を引っぱって直し、手を定位置に戻した。
「やめるんですか」
「触っていてもいいのか」
「セックスするんじゃないんですか」
予期せぬ発言に驚かされた。
「どうしてそう思ったんだ」
「先生の書斎の本に書いてありました。『性行為の文化史~意味と変遷~』という本です」
フィンによると、人間は性行為の前に前戯があり、キスをしたり肌を撫でたりするらしい。
「そういうつもりはまったくないが」
次世代を生まない性行為に意味はあるだろうか。
「同性間の性行為は必要だろうか」
「僕も、先生に同じ質問をしました。イルカのオス同士のカップルの記録を読んだときです。そのカップルは寄り添って泳ぎ、ときどき交尾をしたそうです」
イルカが同性のつがいを作るのは知っていたが、性行為まで行うとは知らなかった。同じく海に生きていても、イルカには詳しくない。子どもの頃、ルートグーヴァにとってイルカは捕食者であり、知るどころではなかった。長じてからは棲んでいる深度がまるで違う。
「どうしてイルカが同性同士で交尾をするか、僕には納得できませんでした。同性間での行為のために、異性との交接機会が減れば、種の存続に不利です。自然界での交尾は危険です。無防備になりやすく、捕食者から逃げ遅れるかもしれません。子孫を残せないのに、わざわざ危険を冒すのはどうしてだろう、と思いました」
「イルカの成体を襲うような動物はあまりいないぞ」
「イルカは大丈夫かもしれませんが、そうじゃない動物もいます」
なるほど、イルカはただの例か。ルートグーヴァはうなずいた。
「コスト面では問題がありません。出産も子育てもないので、メスのエネルギーを温存できます。射精にもエネルギーが必要ですが、出産と子育てに比べれば微々たるものです」
「だが、同性間の性行為をうながす積極的な理由にはならない」
「はい。単純に異性間の交尾を控えるだけで、メスの負担は減らせます。本には、社会秩序の構築と、個体間コミュニケーションのためだと書かれていました」
イルカは群れで生活する。順位を明確にしたり、相互の関係を深めたりするのは重要だろう。イルカは自慰もするそうだ。いずれもクラーケンには当てはまらない。
「先生は、それではつまらないと言いました。純粋な愛情表現かもしれないし、性的快楽のためかもしれないと言っていました」
無駄で、非効率で、生き残るのに不利な選択をしてしまうところが生命の面白さ、というのが先生の持論らしい。
「意味があってもなくても、必要でも不要でも、したいならすればいいというのが、先生の結論です」
それは結論なのだろうか。同性間の性行為は必要かという問いに対して、解答になっていないと思う。だが、答えられないのも確かだ。本の著者も、先生も、イルカではない。人間よりよほど近くで生きるルートグーヴァにさえ、イルカの真意はわからない。
「フィンも先生と同じ結論か」
「いえ、僕は、同性同士のセックスは必要だと思います」
「なぜ」
「したいと思う気持ちを満たすために、必要なんだと思います」
イルカはイルカの自由意志で相手を選び、つがい、性交する。社会秩序のためか、愛情表現のためかはわからないが、イルカは誰からも行為を強制されていない。
「人間も同じか」
「僕は、人間のことはよくわかりません」
フィンはまるで遠い世界の出来事のように言った。しかし、フィンは人間だ。フィンの結論は人間にも当てはまるのだろうか。知りたい。
「フィン、さっき言っていた本は書斎のどこにあるんだ」
「真ん中の本棚の上から三段目の左から十七冊目です」
「お前たち、元々水だろう。宝玉のある部屋の鍵穴から入って内側から開けられないか」
「何言ってるの。妖精とか精霊ってのは、中からお入んなさいって言われなきゃ無理よ」
「常識よ、ジョーシキ」
思いつきで聞いたら馬鹿にされた。挙句、クラーケンは招かれなくても好きに入れてうらやましいと嫌味を言われる始末だ。
「行き詰ってるわね、ルートグーヴァ。さっさとあの子に聞いちゃえば?」
「そのちょっと悩んでる顔、なかなかいいわ」
「冗談はやめろ」
「あら、半分本気なのに」
さざなみのように笑い合っていた精霊たちは、ノックの音で身をすくませた。ルートグーヴァが細く開けた窓から我先に外へ逃げていく。そう言えば、いつもこうして窓の開け閉めをしてやっている。鍵穴の話は聞くまでもなかった。
「今夜は、いっしょにいてくれますか」
好きだと言われた日から数日、フィンは毎晩同じ質問をする。
「歯を磨くから、少し待ってくれ」
フィンは必ず「今夜」と言う。「ずっと」でなければルートグーヴァがうなずくと思っているらしい。問われるたび、その「今夜」がいつか尽きると思い知らされて息苦しくなる。
一人用のベッドに二人は窮屈だが、ルートグーヴァには心地いい空間だ。クラーケンは元々狭い場所を好む。そこに好きな相手がいるのだから、文句のつけようがない。ルートグーヴァはフィンを抱き込み、わずかに背を丸めた。フィンは落ち着ける体勢を探してしばらくもぞもぞしているが、やがてタツノオトシゴのように動かなくなる。フィンはルートグーヴァより体温が低い。抱きしめているうちに二人の体温が混ざって等しくなるのを感じながら、とろとろと眠りに落ちていく。一日で一番好きな時間かもしれない。
「ルート」
「ん?」
「明日、水族館に行きます。いっしょに行きませんか」
トラフザメの卵が展示されているそうだ。フィンは生まれる前の仔ザメを見たいのだと言う。
「私はやめておく」
宝玉を探さなければならない。今日はカモメたちが聞いた研究員の会話から、A‐3資料室は宝玉と関係がないとわかった。断片的な情報から無関係な部屋の特定は進んでいるが、まだ二十以上の部屋に宝玉の可能性が残っている。
「明日は忙しいですか。明後日ならいいですか」
「どうしたんだ。水族館はひとりで行けるだろう」
「そう、ですけど」
フィンが身を寄せてくる。鎖骨に額を押しつけられて少し痛い。
「ルートがいると、安心なんです」
理解できない人間がたくさんいる場所は怖い。慣れていても、ひとりは心細い。時間はルートグーヴァに合わせるからついてきてほしい、という旨を、フィンはぷつんぷつんと言葉を切り、何度も言いよどみながら訴えた。
好いた相手に頼りにされて悪い気はしない。ルートグーヴァは迷い、窓に目を向けた。星だけが瞬いている。今日の月は若すぎてもう沈んでしまった。薬の効果が切れるまで、あと十日ほどだ。水族館に行っている場合ではない。時間がない。時間がないから。
「午後から、少しだけなら」
「はい。じゃあ、午後から」
ルートグーヴァはため息を飲みこんだ。自分の意志がこれほど弱いとは思っていなかった。
相変わらず乗客の少ないバスに乗り、二人で水族館へ向かう。フィンは裏口ではなく正面から入っていった。チケットに押印した女性はフィンを知っているようだったが、フィンは彼女を見もしないで最初の水槽へ歩いていった。
コブヒトデが我が物顔で岩の上に陣取っている。ホンソメワケベラがクエの周囲を行き来している。水色の壁に溶け込みそうなデバスズメダイの群れを、鮮やかな黄色のチョウチョウウオが横切る。人工の雪が降る中、アデリーペンギンはルートグーヴァに興味津々だった。
「おーい! 人間じゃないよね!」
「どこ行くの。何してるの。そこ楽しい? ねえってば!」
人目があるので会話もできず、ルートグーヴァは足早にペンギンの水槽から離れた。
「なんだか好かれていましたね」
「気のせいだ」
フィンが目当てにしていたトラフザメの卵は、小型の水槽に入っていた。すでに一匹孵化しており、砂地でまどろんでいる。卵はてのひらくらいの大きさで、後ろからオレンジ色の光を当てられていた。光で透けているのが卵黄らしい。卵黄に沿った黒い部分が仔ザメのようだが、卵殻が厚くて不鮮明だ。フィンは鼻先がガラスに触れそうなほど顔を近づけ、熱心に卵を観察している。
ふいに背中を強く叩かれ、思わず声が出そうになった。フィンもびくりと肩を震わせる。ふたり同時に振り返ると、満面の笑みのアンナがいた。
「受付の子がフィンが来たって言ってたから、絶対ここだと思った。ハッチアウトはもっと後だよ。後ろの子は四日前に出てきたばっかり。かわいいでしょ。みんなが名付け親になりたくて、毎日候補が増えてくんだ」
アンナに言われ、フィンは初めて仔ザメの存在に気がついたようだ。水槽を見て、ぼんやりとうなずく。
「卵もういい? バックヤードに来ない? まだミアと仲直りしてないでしょ」
「ミアは、僕、怒らせてしまったから」
フィンにすがるような視線を送られ、ルートグーヴァは首を振った。同じく怒らせているので、ミアに関しては役に立てそうにない。
「大丈夫。ミアだって仲直りしたいと思ってるよ。恋人でもたまにそういうときあるよね。なんだかイライラして八つ当たりしたかったりさ」
アンナはフィンの腕をつかみ、有無を言わさず連れていく。手招きされ、ルートグーヴァもアンナに従った。ミアの水槽が近づくにつれ、フィンの歩くスピードが落ちていく。
「そうやってうじうじしてると、また怒られるよ」
アンナは先に脚立に登り、フィンを引き上げた。発言がミアに似ている。女性同士、通じ合うものがあるのかもしれない。フィンがそろそろと水槽に腕を入れる。ルートグーヴァは水槽から距離を取った。水鉄砲の射程範囲内だが、ここならなんとか避けられるだろう。
「ミア、この前はごめんなさい」
「ほら、フィンが謝ってる。ミア、許してあげなよ」
水槽上部のライトが水面に反射し、フィンとアンナの顔を下から照らしている。ややあって、アンナは器用に片目だけつむってみせた。
「ほらね、もう怒ってないでしょ。ねえ、ちょっとミア、どこまで登ってくるの」
水槽のへりにミアの腕が見えた。アンナが押し戻そうとするが、ミアはへりにしがみついてている。金色の目玉がぐるりと動いた。視線が合い、ミアが腕を伸ばす。呼ばれているようだ。
「ミアは、ルートに用事があるんですね」
アンナが脚立を下りて場所を譲ってくれた。ルートグーヴァが水鉄砲を覚悟して脚立を登ると、すぐにミアの腕が絡みついてくる。
「フィンが透明に戻った!」
ずるりと水槽に戻りながら、ミアが弾んだ声を出す。明るいオレンジ色と濃い紅色を交互に皮膚に浮かび上がらせ、興奮している。水槽をのぞくと、ミアはフィンの手の甲を何度も撫でていた。今はもうない卵にしていたような、やさしい仕種だ。
「何したの」
ミアが低く尋ねる。疑われているらしい。
「何もしていない」
「ふうん」
ミアの腕が増え、吸盤がうねりながらルートグーヴァの肌を探る。不躾だと思ったが、ルートグーヴァはじっとしていた。
「二人とも同じ匂いがする。ううん、匂いが混じってる」
添い寝のせいだろう。ミアは匂いの意味がわかったらしい。するすると腕を引いていく。
「ふうん。そうなの。別にいいけど。フィンが透明に戻ったんだから、文句はないわ」
別にいいと言いながら、金色の視線はじっとりと重い。お気に入りに手を出されて面白くないらしい。クラーケン同様、タコも気に入ったもので周囲を飾りたがる。フィンは貝殻でも形のいい石でもないが、ミアのお気に入りには違いない。
「ねえ、キスっていうのはもうしたの」
「キス?」
「人間の恋人はみんなするんでしょ。口と口をくっつけるやつ」
ミアによると、キスは人間の愛情表現の一種らしい。水槽に閉じ込められているのに、どこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。
「していない。それは、必要なのか」
「必要に決まってるでしょ。フィンは人間なんだし、あんたも今は人間じゃない。なんでしないのよ」
なぜと聞かれると困る。そもそも、キスをする発想がなかった。クラーケンはキスをしない。唇がないし、くちばしがぶつかって痛いだろう。そう言えば、人魚と半魚人もキスをする。見た目や体の構造が似ていると、愛情表現も似るのだろうか。
「またフィンを濁らせたら許さないから」
ミアはフィンの手を撫でながら、一方でルートグーヴァの手首を締め上げる。フィンを濁らせたつもりはないが、言い返すと面倒そうだったのでルートグーヴァは黙っていた。
アンナに表の通路へ送り出される。フィンは人間の流れに巻き込まれたり弾き出されたりしながら、水槽をのぞいている。ルートグーヴァはフィンが立ち止まれば止まり、歩き出したらついていった。
「ルートがいっしょに来てくれてよかったです。僕ひとりでは、ミアと仲直りできなかったと思います」
「私は何もしていない」
「傍にいてくれました」
傍にいただけでも、フィンにとっては何かをした内に入るらしい。こうして並んで歩いているのも、何かした内に入るのだろうか。
距離が近い。少し手を動かせば触れられる。ふと、手をつなぎたいと思った。すぐに、手をつないでも何もわからないし、伝わらないのだと思い直す。だから、人間は声に出して好きだと言うのだろう。
ルートグーヴァはフィンに好きだと言っていない。毎晩抱きしめて眠るだけだ。フィンにはルートグーヴァの気持ちが伝わっていないかもしれない。改めて考えるとさびしい。以前はフィンを知りたいばかりだった。今は同じくらい、フィンに自分を知ってほしいと思う。
「フィン」
「はい」
意を決して声をかける。フィンは素直に返事をする。
「……なんでもない」
無理だ。恥ずかしすぎる。
夜までに同じやり取りを三回くり返したが、幸いにもフィンは三回とも追求しなかった。
「今夜は、いっしょにいてくれますか」
昨日も聞いた問いかけに昨日と同じようにうなずく。ルートグーヴァがベッドに入ると、フィンは灯りを消して腕の中に潜り込んできた。フィンが一度目を閉じ、また開くのがはっきりと見えた。クラーケンは人間よりも夜目が効く。薬の効果が薄まっているのかもしれない。
ルートグーヴァは手を開き、指の数を確かめた。五本ある。フィンの背を抱く。ふたりの体温はまだばらばらで、フィンの方が少しひんやりしている。
「フィン」
「はい」
ルートグーヴァは四度目のやり取りを諦めた。言葉より触れる方が性に合っている。
「キスをしてもいいか」
フィンはうなずいた。ゆっくりと、唇を重ねる。やわらかい。
「レモンの味がしません」
「なんの話だ」
「先生が、キスはレモンの味がすると言っていました」
レモンどころか何の味もしなかった。そもそもキスだけでは舌に刺激がないので、味を感じられるはずがない。
「ミントの匂いがしました」
「それは歯磨き粉の匂いじゃないか」
「たぶん、そうです」
「どうしてレモンなんだ」
なぜリンゴやオレンジではないのだろう。
「わかりません。先生が帰ってきたら聞いてみます」
結局、キスをしてもフィンのことはわからなかった。人間の皮膚なのだから当然だ。人間にとっては愛情表現らしいが、ルートグーヴァの気持ちは伝わっただろうか。フィンの反応があまりにいつもの彼らしく、伝わったかどうか自信がない。
フィンが小さくあくびをした。何もわからない、何も伝わらないなら、キスより抱きしめる方がいい。ルートグーヴァはゆるめていた腕に力を込めた。フィンがとろりと目を閉じる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
短いまどろみの後、ルートグーヴァはベッドから抜け出した。東の空に薄い船のような月が浮かんでいる。真夏でも夜になれば風が涼しい。ハイドラストイエは泡沫の精霊たちと戯れていた。ルートグーヴァを認め、精霊たちは水面に消えていく。
「で、宝玉の場所は?」
「建物の目星はついているが、部屋が多い。具体的には特定できていない」
ハイドラストイエは何か言いたそうな顔をしたが、口の端を曲げただけだった。
「まあ、いいけどよ。そうだ。人間が乗ってたあの鉄の塊について調べろってさ」
「潜水艇か。急だな」
「ヒッポカムポスたちが騒いだ」
ヒッポカムポスは半馬半魚の生き物だ。泳ぎに優れた王の車の引き手だが、頭はよくない。的外れな発言が多いくせに、意見を黙殺されると暴れるので面倒くさい。
「うまく宝玉を取り戻せてもまた取られたら困るから、人間の乗り物対策した方がいいってさ」
「もっともだ」
「あいつら百年に一回くらいはいいこと言うんだよなぁ」
その百年に一回が発生したらしい。王の裁可は下りているそうだ。潜水艇は家の裏手の小屋にある。鍵の場所は知っているが、こそこそしなくてもフィンに頼めば開けてくれるだろう。
「調べておく」
「うん。……なあ、ルート」
ハイドラストイエは胡坐をかき、足首を持って前後に揺れていた。海水をすくい、片方ずつえらを湿らせる。
「お前はだいたいいつも正しくてさ、オレはずっと、お前が言うなら正しいんだろうなぁって思ってたわけだけどさ」
ハイドラストイエは言うと決めたらしい。ルートグーヴァは腕を組んで続きを待った。
「やっぱ今回のはダメだ。お前間違ってるよ。人間なんか好きになったって、幸せになれない。ばば様に足をもらったあの子だって、最後は泡になっちまっただろ」
幸せとは何だろう。最後にめでたしめでたしと言えることだろうか。
「友だちが幸せになれないのに、オレ、味方できねぇよ」
「幸せになれるなら、味方してくれるのか」
「えっ、そりゃ、まあ、うーん、どうかな。そんときは、うーん」
ハイドラストイエは足首から手を離し、仰向けに倒れた。水飛沫が上がり、星明りを弾く。
「なってみないとわかんねぇな」
周囲はハイドラストイエを考えなしだと言うが、それは違う。ハイドラストイエは考えて何とかなるか、ならないかの境界が直感的にわかるのだ。何とかならなければ考えない。何とかならないかと悩みもしない。ルートグーヴァにはない能力だ。たまに、うらやましくなる。
「心配するな。宝玉はちゃんと取り戻す。悪あがきをしているだけだ」
「宝玉の心配はあんまりしてないけど、心配はしてるぜ。あれ、なんか変だな。オレ、心配なのかな。なあ、オレって心配してる?」
ハイドラストイエは勢いをつけて上体を起こした。頓珍漢な質問がおかしくて、ルートグーヴァは少し笑った。
「心配しなくていいと言っているだろう」
「うん、別に心配じゃないんだけどさ、なんとなく心配なんだ。あ、オレさっきと同じこと言ってんな。ま、いいや。また来る。何かわかったら呼べよ。じゃあな」
間違っている、とハイドラストイエは言った。ルートグーヴァも間違っていると思う。間違っているのだから、幸せになれないのは仕方がない。幸せになりたくてフィンを好きになったわけではないけれど、もしも幸せになれるのなら、なってみたかった。
ルートグーヴァは家へ戻った。できるだけ音を立てないよう慎重にドアを開け、閉める。フィンは先ほどと同じ体勢で眠っていた。ベッドの縁に膝を乗せるとスプリングが軋み、フィンが身じろぐ。起きないでくれと願いながら横になったが、フィンは目を開けた。
「すまない、起こしてしまったな」
「冷たいです」
フィンはルートグーヴァの腕に触れてつぶやいた。もぞもぞとすり寄ってくる。
「外に行っていたんですか」
「散歩だ」
ルートグーヴァはフィンの背に腕を回した。あたたかい。ハイドラストイエには心配するなと言ったが、フィンと抱き合っていると何もかも忘れたくなってしまう。実際に忘れられるはずはなく、毎晩月の形に怯えている。どうしてハイドラストイエのように、考えずにいられないのだろう。
フィンの背をゆっくりと撫で下ろす。パジャマの裾がめくれていて、素肌に触れた。人間の皮膚だ。クラーケンより温かく、乾いている。脊椎の凹凸を感じる。ひとつ、ふたつ、みっつ、骨を数える。人間の皮膚でも触ってわかることがあるのだな、とぼんやり思った。
ふいにフィンが身をよじった。嫌だったのだろうか。ルートグーヴァはパジャマの裾を引っぱって直し、手を定位置に戻した。
「やめるんですか」
「触っていてもいいのか」
「セックスするんじゃないんですか」
予期せぬ発言に驚かされた。
「どうしてそう思ったんだ」
「先生の書斎の本に書いてありました。『性行為の文化史~意味と変遷~』という本です」
フィンによると、人間は性行為の前に前戯があり、キスをしたり肌を撫でたりするらしい。
「そういうつもりはまったくないが」
次世代を生まない性行為に意味はあるだろうか。
「同性間の性行為は必要だろうか」
「僕も、先生に同じ質問をしました。イルカのオス同士のカップルの記録を読んだときです。そのカップルは寄り添って泳ぎ、ときどき交尾をしたそうです」
イルカが同性のつがいを作るのは知っていたが、性行為まで行うとは知らなかった。同じく海に生きていても、イルカには詳しくない。子どもの頃、ルートグーヴァにとってイルカは捕食者であり、知るどころではなかった。長じてからは棲んでいる深度がまるで違う。
「どうしてイルカが同性同士で交尾をするか、僕には納得できませんでした。同性間での行為のために、異性との交接機会が減れば、種の存続に不利です。自然界での交尾は危険です。無防備になりやすく、捕食者から逃げ遅れるかもしれません。子孫を残せないのに、わざわざ危険を冒すのはどうしてだろう、と思いました」
「イルカの成体を襲うような動物はあまりいないぞ」
「イルカは大丈夫かもしれませんが、そうじゃない動物もいます」
なるほど、イルカはただの例か。ルートグーヴァはうなずいた。
「コスト面では問題がありません。出産も子育てもないので、メスのエネルギーを温存できます。射精にもエネルギーが必要ですが、出産と子育てに比べれば微々たるものです」
「だが、同性間の性行為をうながす積極的な理由にはならない」
「はい。単純に異性間の交尾を控えるだけで、メスの負担は減らせます。本には、社会秩序の構築と、個体間コミュニケーションのためだと書かれていました」
イルカは群れで生活する。順位を明確にしたり、相互の関係を深めたりするのは重要だろう。イルカは自慰もするそうだ。いずれもクラーケンには当てはまらない。
「先生は、それではつまらないと言いました。純粋な愛情表現かもしれないし、性的快楽のためかもしれないと言っていました」
無駄で、非効率で、生き残るのに不利な選択をしてしまうところが生命の面白さ、というのが先生の持論らしい。
「意味があってもなくても、必要でも不要でも、したいならすればいいというのが、先生の結論です」
それは結論なのだろうか。同性間の性行為は必要かという問いに対して、解答になっていないと思う。だが、答えられないのも確かだ。本の著者も、先生も、イルカではない。人間よりよほど近くで生きるルートグーヴァにさえ、イルカの真意はわからない。
「フィンも先生と同じ結論か」
「いえ、僕は、同性同士のセックスは必要だと思います」
「なぜ」
「したいと思う気持ちを満たすために、必要なんだと思います」
イルカはイルカの自由意志で相手を選び、つがい、性交する。社会秩序のためか、愛情表現のためかはわからないが、イルカは誰からも行為を強制されていない。
「人間も同じか」
「僕は、人間のことはよくわかりません」
フィンはまるで遠い世界の出来事のように言った。しかし、フィンは人間だ。フィンの結論は人間にも当てはまるのだろうか。知りたい。
「フィン、さっき言っていた本は書斎のどこにあるんだ」
「真ん中の本棚の上から三段目の左から十七冊目です」
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