私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi

文字の大きさ
52 / 169
エルダール編

粉雪の舞う庭園で

しおりを挟む
 それからの時の流れは、驚くほど早かった。
 季節は巡り、今年も粉雪の舞う冬が静かに王都を包みはじめていた。

 私はハニー宮の庭園で寒風に揺れるニゲルの花を眺めていた。
 下向きにして咲く白い花弁は、清純で、その可憐さに目を留めながら、この数か月の慌ただしい日々を思い返していた。

 当初、国王は私をすぐにでもセレスティア帝国へ「返す」つもりだろうと覚悟していた。
 だが思いのほか、王は私を“セラ”としてハルのそばに置く決断をした。
 その真意は読みきれないものの、彼なりに贖罪と責務の均衡を求めたのかもしれない。

 干ばつによる食糧危機の問題には神殿に貯えられていた献金を使用して、他国から小麦を大量に仕入れることで難を凌いだ。

 私達の提案で、来年からは小麦などの主食になるものは農家から国が買取り、一定額で流通させることになった。

 これなら、豊作の年も不作の年も農家は一定の収入を得ることができ、国にも備蓄を貯めることができる。

 その倉庫の運営に神殿に勤めていた者を雇い入れることで失業者の斡旋にもなった。

 こうした成果もあり、王はハルを正式な王太子候補とし、来春には任命式を行うことを発表した。

 もちろん、有力貴族たちの中には反対の声もあった。
 若いハルではなく王弟を推す派閥も根強い。
 王弟が王太子に立てば、おそらくは自身の子を王位に据えようと目論むだろう。
 そうなれば、いずれ必ず血で血を洗う王位争いが起きる。
 私は、もうハルを、そんな渦中に立たせたくなかった。

 そこで私は国王に一つの提案をした。

 ――“伝記”の発行である。

 長らく信仰を捏造してきた神殿を倒した英雄王子と、それを支えたセラ。
 この物語を国家の名の元で出版し、人々に希望として示したのだ。

 最初、私の存在を書くことには反対したが、国王は私がハルのそばにいる理由を簡単に広めることができ、結果、ハルの婚約者の座を狙った貴族の対立を当面の間、抑えることができるからと、譲らなかった。

 ただし、聖女セラは“淡い桃色の髪”の少女として描かれた。
 皇女エリシアと同一人物だと悟られぬよう、ぎりぎりの配慮だった。

 ともあれ、英雄譚は民衆にも貴族にも大成功を収めた。
 信仰というよりどころを失った民は、新たな象徴を求めていた。
 皮肉にも――ハルの悲劇的な生い立ちは、彼を「支えたい」と思わせるには十分すぎるほどだった。

 国王と私の思惑は的中し、民意はハルへ傾く。
 貴族たちも世論を察して王弟派から離れ、ハル派へと移っていった。

 その日から、ハルの日常は一変した。
 彼は止まっていた時間を取り戻すように、寝る間を惜しんで王太子としての教養を詰め込んだ。
 そのため、私と過ごす時間は少しずつ減っていったが――

「帝国に戻る時に。きっと役に立つ」

 そう言って、ハルは礼儀や政務の講義の場に私も一緒に座らせてくれた。

 私も必死だった。
 四年間の空白を埋めるように、元皇女としての振る舞いを取り戻していく。
 幸い、神殿での生活が姿勢や所作を徹底的に矯正してくれていたおかげで、基礎は崩れていなかった。

 互いにふと笑み合う。

「神殿での日々も……全部、無駄じゃなかったね」
「皮肉だがな」

 そんなふうに言い合えることが、どれほど尊いものか。

 私は――甘えているのだと思う。
 ようやく居場所と思える場所を得て、このままエルダールでハルのそばに生きていけたら、と願いはじめていた。

 だけど、それはきっと叶わぬ夢。
 私がハルのそばにいる理由は、“皇女”であるからであって、
 “セラ”として生きられる場所ではない。
 それは分かっているのに、壊したくなかった。
 彼と過ごす毎日が――心地好すぎたから。

 そんな思いに沈んでいたとき、ふいに背後から優しい声が降ってきた。

「……エリシア」

 この国で、私を本当の名で呼ぶのは――ただ一人。

 振り返ると、ハルが少し困ったような、照れくさいような笑みを浮かべていた。

「凍え死ぬつもりか?」

 相変わらずの憎まれ口。
 でも、その言葉の奥にある“心配”を私はもう知っている。

「これくらい平気だよ」

 そう言い終える前に、ハルは自分の外套をふわりと私にかけた。
 まるで大切な贈り物にリボンをかけるように、そっと紐を結んでくれる。

「あ……ありがとう」

 照れがこみ上げ、思わず視線を落とす。
 その瞬間――おでこに柔らかな温もりが触れた。

「ちょっ……ハル!」

 慌てて手を伸ばすと、彼はその手を制するように私の頭を軽く撫でた。
 その仕草が、あまりに優しくて、胸の奥がじんわり熱くなる。

 気づけば、彼の目に吸い込まれそうになっていた。
 白銀の睫の奥の金の瞳が、柔らかく揺れている。

 最近の私は――本当におかしい。
 ハルに見つめられるたびに、息が詰まりそうになる。

 彼の顔が近づき、白い息が触れる距離。

 私は息をするのを忘れて目を閉じた。

 頬にそっと触れる柔らかい温度。
 胸がきゅっと締め付けられ、世界が一瞬止まった。

 離れたとき、ハルは視線を逸らしながらぼそりとつぶやく。

「……馬鹿、嫌がれ」

 嫌がれるわけ、ない。
 でも言えなくて、俯いた私を、彼がふわりと抱きしめる。

「……他の奴にはそんな顔をするな」

 耳元で聞こえるその声は、祈りのようで、嫉妬のようで――
 甘く、切なかった。

 ――私は、本当にどうかしている。

 毎晩、眠る前にこの四年間、一度の連絡もとっていない彼のことを未だに考える。なのに、こうしてハルの温もりも求めてしまう。
 ダメなことなのはわかっている。こんな感情はふしだらだ。なのに、ハルにも触れたい、離れたくないって思ってしまう……。

「ハル……私を、これ以上、ダメな女にしないで」

 そう言うと、ハルは吹き出しそうになりながら私の髪を撫でた。

「……ほんと、馬鹿」

 ハルはどんどん私を甘やかすのが上手になっている気がする。それに流される私も私なんだけど……

 そう言えばハルはどうしてここに来てくれたんだろう……

「ハル、何か用があったから来てくれたんじゃないの?」

 尋ねると、ハルはその場に片膝をつき、私の手を取った。

「来月の聖夜の祝宴。パートナーを務めていただけませんか?」

 見上げる彼は、まるで物語の王子そのものだった。らしくないけど、似合ってしまうのだから不思議だ。

「はい。喜んで」

 私の返事を聞いたハルは、ふっと微笑み、手の甲にキスを落とす。

「週末に、ドレスと装飾品を見に行こう」

 忙しい彼からの“デートの誘い”に、胸が跳ねた。

 視線を横に移すと、ニゲルの花が揺れていた。

 空から、彼の髪と同じ白銀の雪が静かに降り始める。

 エルダールで迎える四度目の冬は――
 不思議なくらい、温かかった。



⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
エルダール編は次章へ転換にあたる章で短めです。
九話程を予定しています!

(一話が短いので、一日に二話更新などする予定です)
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。 婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。 しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。 儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで—— 「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」 「……そんなことにはならない」 また始まった二人の世界。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

処理中です...