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再会編
帝国の情勢
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「では、セレスティアの現状をお話ししましょう」
侯爵は姿勢を正し、ゆっくりと語り始めた。
「現在、皇太子位は空席のままです。
レオン殿下の捜索は今も続いております。これは皇帝陛下と皇后陛下にとって、もはや“贖罪”とも言える執念でしょう。
しかし、後継者問題は放置できませぬ。恐らく、建国祭か新年祭で候補者だけでも発表されるはずです」
私は自然と息を飲んだ。
「皇太子候補の筆頭は、アドルフ・ドゥーカス。ドゥーカス大公爵とサラ皇姉の嫡男です。
対抗となるのは、エリシア様の叔父であり、フローレンス家に婿入りされたアベル・フローレンス公爵です。
フェリックス殿下の同志だった貴族たちは中立を保っております。
保守派は男系男子のアベル様を支持し、新興貴族や富裕層はドゥーカス家につきましょう」
侯爵は一枚のリストを机に置いた。
「こちらが主要貴族の勢力図です。皇女様の正体が露見した場合……どちらの派閥からも狙われる可能性があります。必要以上に近づかぬよう、ご注意を」
私はその紙を手に取り、ずらりと並ぶ家名に目を走らせる。
一つひとつが政治の綱引きの駒であり、私にとっては“危険性の濃度”そのものだ。
覚えきれるのだろうか……皇都に着く頃までに頭に叩き込まなければ。
そう考えていると、侯爵の声が少し柔らかくなった。
「逆に、皇女様を後押しできる家門もございますぞ。ベネット家はもちろん、ウォード伯爵家、ミッチェル伯爵家、キャンベル子爵家……そして——アルヴェイン公爵家です」
アルヴェイン公爵家。
ノアの生家の名前に、胸が静かに疼いた。
「エリシア様は……あれからノア様とご連絡は?」
「いいえ。一度も取っていません」
その返事に、夫妻は目を伏せた。
「……殿下の前で話すのは失礼かもしれませぬが、あの後のアルヴェイン家のことを、お聞きください」
私は小さくうなずく。
ずっと聞きたかった。
だけど聞く勇気がなかった話だ。
「事件後、アルヴェイン公爵家は貴族裁判にかけられました。皇太子一家を守れなかった責を問われ、公爵位は剥奪、領地も財産も没収。前公爵は百たたきの刑に処され、その後……衰弱死されました」
胸の奥がずきりと痛む。
「公爵夫人、つまり我が娘と孫娘たちは、このベネット家に身を寄せました。嫡子のノアはアカデミーへ“留学”という名の国外追放。卒業するまで帰国も許されませんでした。皇家に忠義を尽くした家が、大逆者のような扱いを受けたのです」
侯爵の声には怒りと悔しさが滲んでいた。
「しかしノアは……三年で早期卒業を果たしました。同年に行われた法改革と皇帝陛下のご配慮もあって、未成年ながら公爵位を再び叙爵しました。陛下の配慮で領地と財産もそのまま戻ったそうで、いまは復興に奔走しております」
私は震える指先をぎゅっと握る。
——そこまでして私の生存を隠した。
——そこまで犠牲を払わせた。
自分が本当に“生き延びるべき価値があったのか”は、まだ答えは出せていない。
「今からでも皇都に早馬を出しましょうか?」
夫人が優しい声で言ってくれた。
ノアが手を貸してくれるなら、それほど心強いことはない。
でも——彼が来ていない、ということは。
彼は“そうすべきでない”理由を持っているはずだ。
私はゆっくり首を振った。
「いいえ。彼には彼の判断があると思います」
夫妻は少し寂しそうに目を伏せた。
「……そうですか。分かりました」
「皇都へは明後日、共に参りましょう。短い滞在ですが、どうぞごゆるりと」
席を立ち、客間に案内されようとしたそのとき——。
夫人がそっと私の手を握った。
「エリシア様……身内びいきと笑われても構いません。どうか一度でいい、アルヴェイン公爵とお話しくださいませ」
「……はい。私もノアとは、いつかきちんと話さなければと思っています」
「ありがとうございます」
夫人は微笑んだ。
けれど、その横顔はどこか痛みを含んでいた。
——まるで、再会を望まぬ理由があるかのように。
――――――――――
ベネット侯爵邸での二日間は、目まぐるしくも有意義な日々だった。
公爵夫人から社交界の流行を教わり、“セラ”宛の招待状の中から優先すべき茶会やサロンを選別。
王国代表として挨拶すべき婦人たち、そして皇女として復帰する可能性を見越して築くべき人脈——。
一人で“二つの役割”を抱える重みが頭を圧迫し、正直もうパンク寸前だった。
それでも、同じように王太子として侯爵から学び続けるハルの姿を見ると、不思議と心が軽くなった。
一緒に乗り越えられる人がいる——それだけで力になる。
そして、侯爵はハルを惜しみなく褒めた。
覚えの良さだけではない。
王太子という立場に甘えず、誰よりも真剣に帝国の政治や礼法を吸収しようとする姿勢。
現皇太子候補の二人には欠けている資質を、彼は持っているのだという。
私は思った。
——私もこの人に並びたい。そして、肩を並べて未来を形作れる人でいたい。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
作者のつぶやきです
ベネット家では情勢など少しややこしいお話になりましたが、いよいよ帝国に旅立ちます!
あと少し頑張って読んでいただけると嬉しいです!
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
侯爵は姿勢を正し、ゆっくりと語り始めた。
「現在、皇太子位は空席のままです。
レオン殿下の捜索は今も続いております。これは皇帝陛下と皇后陛下にとって、もはや“贖罪”とも言える執念でしょう。
しかし、後継者問題は放置できませぬ。恐らく、建国祭か新年祭で候補者だけでも発表されるはずです」
私は自然と息を飲んだ。
「皇太子候補の筆頭は、アドルフ・ドゥーカス。ドゥーカス大公爵とサラ皇姉の嫡男です。
対抗となるのは、エリシア様の叔父であり、フローレンス家に婿入りされたアベル・フローレンス公爵です。
フェリックス殿下の同志だった貴族たちは中立を保っております。
保守派は男系男子のアベル様を支持し、新興貴族や富裕層はドゥーカス家につきましょう」
侯爵は一枚のリストを机に置いた。
「こちらが主要貴族の勢力図です。皇女様の正体が露見した場合……どちらの派閥からも狙われる可能性があります。必要以上に近づかぬよう、ご注意を」
私はその紙を手に取り、ずらりと並ぶ家名に目を走らせる。
一つひとつが政治の綱引きの駒であり、私にとっては“危険性の濃度”そのものだ。
覚えきれるのだろうか……皇都に着く頃までに頭に叩き込まなければ。
そう考えていると、侯爵の声が少し柔らかくなった。
「逆に、皇女様を後押しできる家門もございますぞ。ベネット家はもちろん、ウォード伯爵家、ミッチェル伯爵家、キャンベル子爵家……そして——アルヴェイン公爵家です」
アルヴェイン公爵家。
ノアの生家の名前に、胸が静かに疼いた。
「エリシア様は……あれからノア様とご連絡は?」
「いいえ。一度も取っていません」
その返事に、夫妻は目を伏せた。
「……殿下の前で話すのは失礼かもしれませぬが、あの後のアルヴェイン家のことを、お聞きください」
私は小さくうなずく。
ずっと聞きたかった。
だけど聞く勇気がなかった話だ。
「事件後、アルヴェイン公爵家は貴族裁判にかけられました。皇太子一家を守れなかった責を問われ、公爵位は剥奪、領地も財産も没収。前公爵は百たたきの刑に処され、その後……衰弱死されました」
胸の奥がずきりと痛む。
「公爵夫人、つまり我が娘と孫娘たちは、このベネット家に身を寄せました。嫡子のノアはアカデミーへ“留学”という名の国外追放。卒業するまで帰国も許されませんでした。皇家に忠義を尽くした家が、大逆者のような扱いを受けたのです」
侯爵の声には怒りと悔しさが滲んでいた。
「しかしノアは……三年で早期卒業を果たしました。同年に行われた法改革と皇帝陛下のご配慮もあって、未成年ながら公爵位を再び叙爵しました。陛下の配慮で領地と財産もそのまま戻ったそうで、いまは復興に奔走しております」
私は震える指先をぎゅっと握る。
——そこまでして私の生存を隠した。
——そこまで犠牲を払わせた。
自分が本当に“生き延びるべき価値があったのか”は、まだ答えは出せていない。
「今からでも皇都に早馬を出しましょうか?」
夫人が優しい声で言ってくれた。
ノアが手を貸してくれるなら、それほど心強いことはない。
でも——彼が来ていない、ということは。
彼は“そうすべきでない”理由を持っているはずだ。
私はゆっくり首を振った。
「いいえ。彼には彼の判断があると思います」
夫妻は少し寂しそうに目を伏せた。
「……そうですか。分かりました」
「皇都へは明後日、共に参りましょう。短い滞在ですが、どうぞごゆるりと」
席を立ち、客間に案内されようとしたそのとき——。
夫人がそっと私の手を握った。
「エリシア様……身内びいきと笑われても構いません。どうか一度でいい、アルヴェイン公爵とお話しくださいませ」
「……はい。私もノアとは、いつかきちんと話さなければと思っています」
「ありがとうございます」
夫人は微笑んだ。
けれど、その横顔はどこか痛みを含んでいた。
——まるで、再会を望まぬ理由があるかのように。
――――――――――
ベネット侯爵邸での二日間は、目まぐるしくも有意義な日々だった。
公爵夫人から社交界の流行を教わり、“セラ”宛の招待状の中から優先すべき茶会やサロンを選別。
王国代表として挨拶すべき婦人たち、そして皇女として復帰する可能性を見越して築くべき人脈——。
一人で“二つの役割”を抱える重みが頭を圧迫し、正直もうパンク寸前だった。
それでも、同じように王太子として侯爵から学び続けるハルの姿を見ると、不思議と心が軽くなった。
一緒に乗り越えられる人がいる——それだけで力になる。
そして、侯爵はハルを惜しみなく褒めた。
覚えの良さだけではない。
王太子という立場に甘えず、誰よりも真剣に帝国の政治や礼法を吸収しようとする姿勢。
現皇太子候補の二人には欠けている資質を、彼は持っているのだという。
私は思った。
——私もこの人に並びたい。そして、肩を並べて未来を形作れる人でいたい。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
作者のつぶやきです
ベネット家では情勢など少しややこしいお話になりましたが、いよいよ帝国に旅立ちます!
あと少し頑張って読んでいただけると嬉しいです!
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