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建国祭編
閉幕式
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――数日後、建国祭閉幕式
皇宮の大広間は、夜の光を閉じ込めたように煌めいていた。
天井から垂れ下がる無数の灯りが、金糸を織り込んだ幕を淡く照らし、磨き上げられた白大理石の床に星屑のような光を落としている。
建国祭。そして、諸外国との外交強化期間の閉幕を告げる夜会。
帝国の皇族が主催するこの夜会は、単なる祝宴ではない。
各国の王族、重臣、使節が一堂に会し、帝国の未来を示す場だった。
楽団の奏でる優雅な旋律の中、色とりどりの正装がゆるやかに揺れる。
笑顔、礼、祝辞――そのすべてが計算された社交の光景。
私は、大広間に面した上階の特別室から、その様子を静かに覗いていた。
――この光景を、五年前の自分は想像もできなかった。
あの日。
血と炎と涙に満ちたあの夜、私は「皇女」としての名を失い、セラとして生きるしかなかった。
生きていること自体が奇跡で、名乗ることなど許されないと思っていた。
けれど今、ここにいる。
「……緊張されていますか?」
柔らかな声に振り返ると、ノアが立っていた。
先程まで大広間で、穏やかな微笑と隙のない所作で、完璧な貴公子を演じていた彼がここにいることに、何だか変な感じがした。
「少しだけ。でも、大丈夫」
そう答えると、ノアは安堵したように微笑み、私に歩み寄る。
肩に垂れた髪に、そっと触れる仕草は自然で、優しい。
「桃色の髪も素敵でしたが……やはり、エリシア様は金髪がお似合いですね」
あまりにも何気なく言うものだから、私は思わず顔を熱くした。
最近気づいたことだが――大人になったノアは、こうした言葉をあまりにも自然に口にする。
(……早く耐性をつけないと)
小さく息を吐いた私に、ノアは気づかないふりをしたまま、手を差し出す。
「そろそろお時間です。お迎えに参りました」
その手を取って、入場口まで進むと、皇帝夫妻が待っていた。
「エリシア!とても美しいですわ」
「やはり金髪が似合うな」
二人に褒められて、私は胸が温かくなるのを感じた。
まるで父と母のようだ。
やがて、楽団の音が静まり、広間に声が響く。
「両陛下の入場です」
宰相の挨拶と共に、皇帝夫妻が階段上に姿を現し、賓客たちが一斉に頭を下げる。
「諸国の賓客の皆様、並びに帝国貴族の皆様。
本日は、建国祭の閉幕に際し、皇族主催の夜会にご参列いただき、誠に感謝いたします」
形式的な挨拶が続く中、私は静かに息を整えた。
――次だ。
「そして、本日はもう一つ。
帝国より、皆様にお伝えすべき重大なご報告がございます」
空気が、変わる。
華やかだった大広間に、張りつめた沈黙が落ちた。
「では、入場していただきましょう。
皇女――エリシア・ヴェル・セレスティア殿下が、このたび無事、帝国へ帰還されました」
一瞬の静止。
次の瞬間、どよめきが波のように広がった。
ざわめきが完全に収まる前に、皇帝は再び口を開いた。
「――皆が戸惑うのも無理はない」
その声は静かで、だがよく通る。
「エリシアは、五年前の事件以降、帝国を離れ、隣国エルダール王国へ亡命していた」
空気が、はっきりと揺れた。
「その際、彼女は自らの身分を完全に伏せ、"セラ"として生活していました」
“セラ”。
その名前で、察した者たちがいる。
「皆を騙していたのではない。
生き延びるため、そして――
帝国が再び彼女を迎え入れる時を待つための選択だったのだ」
皇帝は、まっすぐに前を見据える。
「そして今夜。
彼女はその仮初めの名を捨て、
皇女エリシア・ヴェル・セレスティアとして、
この場に戻ってきたのです」
皇帝は何か思いを飲み込むように、一息ついた。
「これより先、彼女は再び身分を隠すことはありません。
帝国は、正式に彼女を皇女として迎え入れ、その帰還を内外に宣言いたします」
ノアが、緊張する私を包み込むようにエスコートする。
歩みを進めるたび、驚き、困惑、計算。
喜びと警戒が入り混じった無数の視線が、一斉に私へ向けられる。
逃げ場はない。
けれど、もう逃げない。逃げる必要もない。
エリシアは一歩前へ進み、深く、正しく礼をした。
――私はここに戻ってきた。
――皇女として。
隣でノアが、そっと視線を送ってくる。
私は「大丈夫」と声に出す代わりに、微笑んだ。
すると彼は、ほっとしたように微笑み返す。
「なんとお美しい」
「まるで絵画のようですわ」
「アルヴェイン公爵とお似合いですわね」
貴婦人たちの賞賛の声が上がる。
セラから髪色が変わっただけなのに、立場が変われば人々からの評価はこうも変わる。
「中立派が動かなかったのは、皇女様の存在を知っていたからか!」
「公爵家だけが知っていたのか?」
「これは皇位継承争いが大きく変わるな」
囁きと憶測が、渦のように広がる。
「エリシア様、大丈夫ですよ」
ノアの囁きに、私ははっとした。
気づけば、彼の腕を強く握ってしまっていた。
「ごめんなさい」
慌てて力を抜くと、ノアは周囲に聞こえない声で、穏やかに言う。
「エリシア様。覚えていらっしゃいますか。
デビュタントの約束を」
「……うん。よく覚えてる」
厳しいダンスレッスン。
足の痛みと悔しさに泣きそうになった日々。
そのたびに、ノアが黙って付き合ってくれたこと。
当時の私はノアに憧れていたから、私がデビュタントをする時、エスコートを父ではなくノアにして欲しいとせがんだ。
結局、両親が話し合った末、ノアのエスコートが許されたのだが、私はデビュタントすること無く帝国を去った。
だからあの時の約束は果たせていない。
「私は、今日……あの日の約束を果たせた気がしています」
そう言って笑うノアの表情に、胸の奥の緊張が、ゆっくりとほどけていく。
「ほんとだ」
その姿を父と母に見せることは叶わなかった。
それでも、今、ノアが私のことをエスコートしてくれている。
そのことが私たちにとっては奇跡の積み重ねのように感じられた。
「ノア、ありがとう」
「私の方こそ、ありがとうございます」
私たちは並んで歩きながら、同じ光景を見ていた。
けれど――同じ想いを、抱いているかどうかまでは、分からない。
彼の手の温もりは確かで、微笑みは変わらず優しい。
だけど、五年前と変わらずにその距離は、決して越えてはならない一線の上にあった。
今夜だけは、何も考えなくていい。
そう自分に言い聞かせながら、私は歩く。
――これは、祝福の夜。
そして同時に、始まりの夜でもあるのだから。
皇宮の大広間は、夜の光を閉じ込めたように煌めいていた。
天井から垂れ下がる無数の灯りが、金糸を織り込んだ幕を淡く照らし、磨き上げられた白大理石の床に星屑のような光を落としている。
建国祭。そして、諸外国との外交強化期間の閉幕を告げる夜会。
帝国の皇族が主催するこの夜会は、単なる祝宴ではない。
各国の王族、重臣、使節が一堂に会し、帝国の未来を示す場だった。
楽団の奏でる優雅な旋律の中、色とりどりの正装がゆるやかに揺れる。
笑顔、礼、祝辞――そのすべてが計算された社交の光景。
私は、大広間に面した上階の特別室から、その様子を静かに覗いていた。
――この光景を、五年前の自分は想像もできなかった。
あの日。
血と炎と涙に満ちたあの夜、私は「皇女」としての名を失い、セラとして生きるしかなかった。
生きていること自体が奇跡で、名乗ることなど許されないと思っていた。
けれど今、ここにいる。
「……緊張されていますか?」
柔らかな声に振り返ると、ノアが立っていた。
先程まで大広間で、穏やかな微笑と隙のない所作で、完璧な貴公子を演じていた彼がここにいることに、何だか変な感じがした。
「少しだけ。でも、大丈夫」
そう答えると、ノアは安堵したように微笑み、私に歩み寄る。
肩に垂れた髪に、そっと触れる仕草は自然で、優しい。
「桃色の髪も素敵でしたが……やはり、エリシア様は金髪がお似合いですね」
あまりにも何気なく言うものだから、私は思わず顔を熱くした。
最近気づいたことだが――大人になったノアは、こうした言葉をあまりにも自然に口にする。
(……早く耐性をつけないと)
小さく息を吐いた私に、ノアは気づかないふりをしたまま、手を差し出す。
「そろそろお時間です。お迎えに参りました」
その手を取って、入場口まで進むと、皇帝夫妻が待っていた。
「エリシア!とても美しいですわ」
「やはり金髪が似合うな」
二人に褒められて、私は胸が温かくなるのを感じた。
まるで父と母のようだ。
やがて、楽団の音が静まり、広間に声が響く。
「両陛下の入場です」
宰相の挨拶と共に、皇帝夫妻が階段上に姿を現し、賓客たちが一斉に頭を下げる。
「諸国の賓客の皆様、並びに帝国貴族の皆様。
本日は、建国祭の閉幕に際し、皇族主催の夜会にご参列いただき、誠に感謝いたします」
形式的な挨拶が続く中、私は静かに息を整えた。
――次だ。
「そして、本日はもう一つ。
帝国より、皆様にお伝えすべき重大なご報告がございます」
空気が、変わる。
華やかだった大広間に、張りつめた沈黙が落ちた。
「では、入場していただきましょう。
皇女――エリシア・ヴェル・セレスティア殿下が、このたび無事、帝国へ帰還されました」
一瞬の静止。
次の瞬間、どよめきが波のように広がった。
ざわめきが完全に収まる前に、皇帝は再び口を開いた。
「――皆が戸惑うのも無理はない」
その声は静かで、だがよく通る。
「エリシアは、五年前の事件以降、帝国を離れ、隣国エルダール王国へ亡命していた」
空気が、はっきりと揺れた。
「その際、彼女は自らの身分を完全に伏せ、"セラ"として生活していました」
“セラ”。
その名前で、察した者たちがいる。
「皆を騙していたのではない。
生き延びるため、そして――
帝国が再び彼女を迎え入れる時を待つための選択だったのだ」
皇帝は、まっすぐに前を見据える。
「そして今夜。
彼女はその仮初めの名を捨て、
皇女エリシア・ヴェル・セレスティアとして、
この場に戻ってきたのです」
皇帝は何か思いを飲み込むように、一息ついた。
「これより先、彼女は再び身分を隠すことはありません。
帝国は、正式に彼女を皇女として迎え入れ、その帰還を内外に宣言いたします」
ノアが、緊張する私を包み込むようにエスコートする。
歩みを進めるたび、驚き、困惑、計算。
喜びと警戒が入り混じった無数の視線が、一斉に私へ向けられる。
逃げ場はない。
けれど、もう逃げない。逃げる必要もない。
エリシアは一歩前へ進み、深く、正しく礼をした。
――私はここに戻ってきた。
――皇女として。
隣でノアが、そっと視線を送ってくる。
私は「大丈夫」と声に出す代わりに、微笑んだ。
すると彼は、ほっとしたように微笑み返す。
「なんとお美しい」
「まるで絵画のようですわ」
「アルヴェイン公爵とお似合いですわね」
貴婦人たちの賞賛の声が上がる。
セラから髪色が変わっただけなのに、立場が変われば人々からの評価はこうも変わる。
「中立派が動かなかったのは、皇女様の存在を知っていたからか!」
「公爵家だけが知っていたのか?」
「これは皇位継承争いが大きく変わるな」
囁きと憶測が、渦のように広がる。
「エリシア様、大丈夫ですよ」
ノアの囁きに、私ははっとした。
気づけば、彼の腕を強く握ってしまっていた。
「ごめんなさい」
慌てて力を抜くと、ノアは周囲に聞こえない声で、穏やかに言う。
「エリシア様。覚えていらっしゃいますか。
デビュタントの約束を」
「……うん。よく覚えてる」
厳しいダンスレッスン。
足の痛みと悔しさに泣きそうになった日々。
そのたびに、ノアが黙って付き合ってくれたこと。
当時の私はノアに憧れていたから、私がデビュタントをする時、エスコートを父ではなくノアにして欲しいとせがんだ。
結局、両親が話し合った末、ノアのエスコートが許されたのだが、私はデビュタントすること無く帝国を去った。
だからあの時の約束は果たせていない。
「私は、今日……あの日の約束を果たせた気がしています」
そう言って笑うノアの表情に、胸の奥の緊張が、ゆっくりとほどけていく。
「ほんとだ」
その姿を父と母に見せることは叶わなかった。
それでも、今、ノアが私のことをエスコートしてくれている。
そのことが私たちにとっては奇跡の積み重ねのように感じられた。
「ノア、ありがとう」
「私の方こそ、ありがとうございます」
私たちは並んで歩きながら、同じ光景を見ていた。
けれど――同じ想いを、抱いているかどうかまでは、分からない。
彼の手の温もりは確かで、微笑みは変わらず優しい。
だけど、五年前と変わらずにその距離は、決して越えてはならない一線の上にあった。
今夜だけは、何も考えなくていい。
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