私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi

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恋慕編

満月の夜

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 次の満月の夜はすぐに来た。

 レオンとウォード卿は皇都のアルヴェイン公爵邸に潜伏しながら、帰還の準備を整えているそうだ。

 今日はフレディと共に、商人に扮して皇太子宮にやって来る。

 もちろん一介の商人が簡単に出入りできる場所ではないが、この宮の現在の主である私と警護の責任者とも言えるノアが何とかすれば、何とかなるものだった。

 無事に皇太子宮に入り込んだレオンとウォード卿は、応接室で外套を脱ぐ。

 ノアがレオンへ資料を差し出す。
 その横顔が一瞬だけ月の光を受けた。
 ――その時、なぜか胸がちくりと痛んだ。

 どうして今、その顔をそんなふうに見てしまったのか、自分でも分からない。

 私は目を逸らすように、執務室から窓の外の様子を窺う。

 今宵は満月の夜だというのに、月は雲に隠されていて、辺りは静まり返っていた。

 先日の再会の時とは打って変わって、室内に灯された数本の燭台が、重く垂れ込めた空気を淡く照らしている。

 理由は今朝方に届いた報せのせいだった。

 先月に開催した慈善事業で出品されたお茶の出処を調べていた公爵家の影が帰還したのだ。

「早速ですが、皇太后陛下の件につきまして、毒が混入された茶葉の出所が分かりました」

 ノアの声が低く、薄暗い室内に響いた。

「茶葉の出所は、ノルディア国の商人です」

 ――ノルディア国、それはあのリュシエルの母国だ。
 エルダールにいた時に、穀物の支援を受けた時は有難かった響きが、今は少し不気味にすら聞こえる。

「建国祭に伴う外交期間中に開かれた、帝国の高位貴族や他国の王族が集まったサロンで出されたものだそうです」

「つまりVIP席という訳だな」

 フレディの言葉にノアは小さく頷く。

「そうですね」

 相槌を打つと、また淡々と話を続ける。

「そこでその茶葉を購入したのが、カールトン伯爵夫人、フローレンス公爵夫人、皇姉のサラ様でした」

 カールトン伯爵家とは、フローレンス前公爵夫人の生家であり、フローレンス公爵が皇太子候補として立った際に熱烈に支援していた家門である。

 更にいえば、バザー会場で茶葉を出品したのはこの夫人だ。

「ノルディア国との関係性についてはキースに調査させています。
 ですが、茶葉を持つ人物の中で、建国祭期間中に皇太后陛下に接触していたのは、サラ様だけでした」

 ノアの声が、ほんのわずかに揺れた。

 その言葉に、部屋の空気がきしむように張り詰める。

「毒が茶葉に含まれていたというのは確実なのですか?」

 レオンの質問にノアは少し視線を伏せる。

「当日、その茶葉以外の物は毒見を済ませておりました。
 茶葉だけは、皇太后陛下自らが後から持ち込んだ物だったのです」

 ノアは静かに言葉を続ける。

「侍女の一人がその茶葉を持ち込んだと自供した為、拘束しましたが……尋問前に自殺しており詳細は聞けておりません。
 今更ですが……サラ様を庇った可能性がありますね」

 皇姉であるサラにとって皇太后は母親だ。
 実際にサラが毒を含ませた茶葉を皇太后に贈ったのだとすれば、母親殺しを企てたことになる。

「つまり、皇族内での出来事だと……」

 声が震えた。
 追い求めた真実は、想像していたよりも冷酷だった。

「……そうなりますな。
 当時は皇太后陛下とノアの密会を狙ったものだという前提で捜査していたが。
 たまたま、あのタイミングでその茶葉を使っただけで、時限装置のようなものだった……という訳ですな」

 フレディの言葉にレオンは唇を噛みしめて視線を落とす。

「サラ様が関わられているということは……後ろにはやはり、ドゥーカス大公爵が関与しているのでしょうか?」

 私の質問にノアが深く頷き、低い声で続ける。

「その可能性は一番に考えましたが、大公が関わっているのであれば、こうも簡単に辿り着けないよう工作していたかと……。
 憶測ですがサラ様の独断によるものだと私は思います」

「それと、もうひとつ。
 サラ殿は、五年前の事件にも関与している可能性が高い」

 蝋燭の灯が大きく揺れ、火がぱちりと弾けた。
 その小さな音が、まるで過去を呼び覚ますかのように響く。

「ノアの指示で私は五年前、離宮で何があったのかについて調査していました」

 フレディの声は低く、しかし明瞭だった。

「警護にあたっていたシモンズ子爵率いる軍は、前夜に領地の内乱を鎮めるために戻っていたことが分かりました。
 そこで、警護の交代の話を自ら申し出たのがサラ殿だったことが分かりました」

 その言葉にレオンの瞳がわずかに揺れる。
 ウォード卿も拳を強く握り締めた。

「それは……確かな筋からの情報ですか?」

 ウォード卿の声は震えていた。
 その瞳には怒りよりも、深い虚無が宿っている。

「あの夜、シモンズ子爵の兵に生き残りが三名おりました。
 領地に戻る道中で腹を壊し、近くの宿屋に残ったことで難を逃れたそうです。
 うち一人が幹部の補佐役だったようで、サラ殿の方から警備兵の交代を打診されたと申しておりました」

「彼らが後を追って領地に戻ると、そこに内乱の形跡等無かったそうで、離宮での騒動を知り、怖くなって隠遁生活を送っていたと」

「つまり、その間、離宮はもぬけの殻だったと……」

「恐らく、そこに敵兵が入り込み、応援を呼びに来たフェリックス殿下の一団を殺害したのでしょう」

 浮かび上がった真実に、私は何も言えなかった。
 ただ、手足が冷たくなっていき、感覚が無くなるのを感じる。

「それなら、離宮に残されていたシモンズ子爵の亡骸はどこかから運ばれてきたということか」

 亡骸を運ぶ。
 その残虐な行為は旧ジャイロ男爵領で起こった惨劇を彷彿とさせた。

「その件について、少し思うところがありまして……。
 離宮で発見された亡骸の多くは敵側の者だったのでは無いかと」

 ウォード卿の指摘にノアが頷く。

「離宮は帝国側の兵が駆けつけた時、既に火に飲まれていました。
 きちんと身元を確認できたのはシモンズ伯爵等、火を逃れた遺体だけですから有り得ない仮定ではないですね」

 短い沈黙がその場に落ちる。

 確かに、あの日の敵兵は鎮圧時に殺害された者が多く、生きて捕らえられた者が一人も居ない。
 不可解な点が多いのだ。

 もし、鎮圧軍の中に黒幕が紛れていたのなら、あえて口封じのために殺された可能性もある。

 ノアは小さく息を吐き、口を開いた。

「ですが、全てがまだ憶測の域を出ません。
 明日、陛下に上奏して許可が出次第、サラ様に尋問をする予定です」

 レオンが頷く。

「分かりました。
 明日の謁見に僕とウォード卿も同行し、陛下に帰還の件も伝えるつもりです」

 雲の切れ間から月が顔を覗かせる。

 淡い光が差し込み、卓上の地図の上に、まるで運命の道筋を描くような白い線を落とした。

「……明日、すべてが動き出しますね」

 誰もがその言葉を胸に刻むように、ただ静かにうなずいた。

 フレディが息を吐く。

「……ここまで辿り着くのに五年半かかったな」

 その声には疲労と、そして深い決意が混じっていた。

「……五年半」

 私は静かに呟いた。

 月が再び雲に隠れ、部屋の中がわずかに暗くなった。
 蝋燭の火が細く揺れ、全員の影が歪んだように伸びる。

 ここにいる誰もが決意を胸に宿しているのに、私だけが別の方向に向いている気がした。

 何となく、明日が来れば皆が遠くへ行ってしまう。
 そんな予感が、妙に胸に残った。
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