4 / 5
第四話 虫の知らせ
しおりを挟む
沈黙が降りる。
僕は、次の言葉を待った。でも、彼は黙ったまま、遠くを見つめている。
「それで?」
痺れを切らして、僕は尋ねた。
「それで、真相は何だったんですか?」
先輩は、バカにしたように笑った。
「え? そんなの知らないよ。ハハハ、バカかい君は。ボクは一般人だよ? 警察でも探偵でもないんだからさあ!」
急に口調が砕けた。その大げさな言い方が、まるで演技のように感じられる。何かを隠している気がした。
それに、先ほどから妙な既視感がある。
お盆の同窓会、東北、妖怪のキーワード。
まったく同じ属性の人間が、もう一人いたはずだ。思わず、その名を呼んでしまう。
「……尾野先輩」
「ああ、尾野クン? そうだよ、ボクは尾野クンと同郷。というか、高校も同じでねえ」
僕の背筋に、じわりと怖気が走った。何か、とても嫌な予感がした。
「尾野クンがあそこに忍び込んだかどうかは知らないよ。だって、彼、友達もいなかったし、別クラスだったしね。大学に来てからだって、特段親しくしてたつもりもない。君も知っての通りね」
矢継ぎ早にそう言うと、三留先輩は唐突に黙りこくった。もう話はお終いだとでも言うように、視線を外した。まるで、僕が立ち去るのを待っているようだった。
僕は、混乱する頭の中で、懸命に彼の話を整理した。拭えない違和感を口にする。
「先輩、なんで尾野先輩がその廃校に忍び込んだ話になるんですか? 会話の流れとして、とてもおかしいです」
一度口に出してしまえば、止まらなかった。言葉にするたび、徐々に日常が侵食されて、何か異質なものに置き換わっていくような気がした。
「仮に同じ高校出身だとしても、今話していたのは『廃校に関する噂話と失踪者の関係性』の話でしたよね。それと尾野先輩に、何の関係があるんですか」
しかし、先輩は答えず、口をつぐんだ。緊張した面持ちで、身体を強張らせている。
そもそも、なぜ怖い話としてこの話をしたのだろう。
少なくとも今の時点では、これは単なる不可解な話でしかない。
いつまでも取り潰されない廃校に、女の霊が出る怪談。
四名の成人男性が行方不明になる失踪事件。
この二つの話をつなぐのは、失踪者が過去に廃校へ肝試しに行ったということだ。
怖い話と言うには、少々弱い。行方不明になったのが、肝試しから数年後というのも、因果関係が薄い。時間が経ちすぎていて、別の理由がいくらでも考えられてしまう。
怖い話なら単純に「廃校に肝試しに行った高校生が神隠しに会う」でいいはずなのだ。
何か決定的なものが足りない。パズルのピースが欠落している。
でも三留先輩にとって、これは「怖い話」なのだ。
僕がそこにまだ突っ立っているのを見て、顔を上げた先輩の顔は、驚くほど無表情だ。先ほど、話しかけて来たときとはえらい違いである。早く行けとばかりに、彼はぶっきらぼうに吐き捨てた。
「なんだい。まだ何かあるのかい?」
「なぜ、僕にこの話を?」
僕は、愚直に聞いた。
三留先輩は、一瞬だけ、表情を崩した。それは、苦悶にも似た、何かに怯えるような顔だった。
「さあ、どうしてかな。案外、自分が正しかったと、誰かに言って欲しかったのかもしれない」
その声は、確かに、震えていた。
僕は、ようやく理解した。
「先輩も、行ったんですね」
考えがまとまる前に、僕の口から結論がまろび出た。
尾野先輩は廃校へ行ったその日、三留先輩もまた、そこへ行ったのではないか。
そして、何かを見たことで、それは「怖い話」となった。
だから、そのまま帰ってきた。
怪異が現実であることを見定め、そこに踏み込まずに。
賢い彼はそうしたのだ。
そして今、その選択が彼を苦しめているのではないか。
ジッと見つめるが、その顔には肯定も否定も見えない。緊張の糸が切れたように、表情が抜け落ちたままだ。何とか答えを得ようと、僕は続けた。
「何を見たんです?」
「尾野クンは、残念だったね」
掠れた幽かな声でそうつぶやくと、今度こそ本当に終わりだと、視線を落とした。後悔するように、うつむき、両手で頭を抱えた。その肩が、小刻みに震えているのが見えた。
僕は、それ以上もう何も聞けなかった。
尾野先輩は一歩を踏み入れ、魅入られた。逃げられなかった。
その結末を知るからこそ、残念であり、怖い話足り得るのだ。
多分、きっと、そうなんだ。
公園を出て、大学へ戻る道すがら、街灯の下に目が留まった。日が暮れ始め、ポツリと灯った街灯の下、一匹のカマキリが大きな蛾を食んでいる。
あの真夏の日に袢纏を羽織って、汗一つかかなかったあの男。
顔色が土気色で、とろんとした濁った眼で、節くれだった手は震えていたあの男。
果たして彼は、生きた人間だったのか。それすら今となってはわからない。
しばらく考える日もあったが、いつの間にか彼のことは忘れてしまった。
大学は広く、四回生ともなれば顔を合わせることもない。誰が退学しようと、僕の知るところではなかった。
だから、尾野という男が大学から退学になっていたことも、僕が知ることはついぞなかった。
僕は、次の言葉を待った。でも、彼は黙ったまま、遠くを見つめている。
「それで?」
痺れを切らして、僕は尋ねた。
「それで、真相は何だったんですか?」
先輩は、バカにしたように笑った。
「え? そんなの知らないよ。ハハハ、バカかい君は。ボクは一般人だよ? 警察でも探偵でもないんだからさあ!」
急に口調が砕けた。その大げさな言い方が、まるで演技のように感じられる。何かを隠している気がした。
それに、先ほどから妙な既視感がある。
お盆の同窓会、東北、妖怪のキーワード。
まったく同じ属性の人間が、もう一人いたはずだ。思わず、その名を呼んでしまう。
「……尾野先輩」
「ああ、尾野クン? そうだよ、ボクは尾野クンと同郷。というか、高校も同じでねえ」
僕の背筋に、じわりと怖気が走った。何か、とても嫌な予感がした。
「尾野クンがあそこに忍び込んだかどうかは知らないよ。だって、彼、友達もいなかったし、別クラスだったしね。大学に来てからだって、特段親しくしてたつもりもない。君も知っての通りね」
矢継ぎ早にそう言うと、三留先輩は唐突に黙りこくった。もう話はお終いだとでも言うように、視線を外した。まるで、僕が立ち去るのを待っているようだった。
僕は、混乱する頭の中で、懸命に彼の話を整理した。拭えない違和感を口にする。
「先輩、なんで尾野先輩がその廃校に忍び込んだ話になるんですか? 会話の流れとして、とてもおかしいです」
一度口に出してしまえば、止まらなかった。言葉にするたび、徐々に日常が侵食されて、何か異質なものに置き換わっていくような気がした。
「仮に同じ高校出身だとしても、今話していたのは『廃校に関する噂話と失踪者の関係性』の話でしたよね。それと尾野先輩に、何の関係があるんですか」
しかし、先輩は答えず、口をつぐんだ。緊張した面持ちで、身体を強張らせている。
そもそも、なぜ怖い話としてこの話をしたのだろう。
少なくとも今の時点では、これは単なる不可解な話でしかない。
いつまでも取り潰されない廃校に、女の霊が出る怪談。
四名の成人男性が行方不明になる失踪事件。
この二つの話をつなぐのは、失踪者が過去に廃校へ肝試しに行ったということだ。
怖い話と言うには、少々弱い。行方不明になったのが、肝試しから数年後というのも、因果関係が薄い。時間が経ちすぎていて、別の理由がいくらでも考えられてしまう。
怖い話なら単純に「廃校に肝試しに行った高校生が神隠しに会う」でいいはずなのだ。
何か決定的なものが足りない。パズルのピースが欠落している。
でも三留先輩にとって、これは「怖い話」なのだ。
僕がそこにまだ突っ立っているのを見て、顔を上げた先輩の顔は、驚くほど無表情だ。先ほど、話しかけて来たときとはえらい違いである。早く行けとばかりに、彼はぶっきらぼうに吐き捨てた。
「なんだい。まだ何かあるのかい?」
「なぜ、僕にこの話を?」
僕は、愚直に聞いた。
三留先輩は、一瞬だけ、表情を崩した。それは、苦悶にも似た、何かに怯えるような顔だった。
「さあ、どうしてかな。案外、自分が正しかったと、誰かに言って欲しかったのかもしれない」
その声は、確かに、震えていた。
僕は、ようやく理解した。
「先輩も、行ったんですね」
考えがまとまる前に、僕の口から結論がまろび出た。
尾野先輩は廃校へ行ったその日、三留先輩もまた、そこへ行ったのではないか。
そして、何かを見たことで、それは「怖い話」となった。
だから、そのまま帰ってきた。
怪異が現実であることを見定め、そこに踏み込まずに。
賢い彼はそうしたのだ。
そして今、その選択が彼を苦しめているのではないか。
ジッと見つめるが、その顔には肯定も否定も見えない。緊張の糸が切れたように、表情が抜け落ちたままだ。何とか答えを得ようと、僕は続けた。
「何を見たんです?」
「尾野クンは、残念だったね」
掠れた幽かな声でそうつぶやくと、今度こそ本当に終わりだと、視線を落とした。後悔するように、うつむき、両手で頭を抱えた。その肩が、小刻みに震えているのが見えた。
僕は、それ以上もう何も聞けなかった。
尾野先輩は一歩を踏み入れ、魅入られた。逃げられなかった。
その結末を知るからこそ、残念であり、怖い話足り得るのだ。
多分、きっと、そうなんだ。
公園を出て、大学へ戻る道すがら、街灯の下に目が留まった。日が暮れ始め、ポツリと灯った街灯の下、一匹のカマキリが大きな蛾を食んでいる。
あの真夏の日に袢纏を羽織って、汗一つかかなかったあの男。
顔色が土気色で、とろんとした濁った眼で、節くれだった手は震えていたあの男。
果たして彼は、生きた人間だったのか。それすら今となってはわからない。
しばらく考える日もあったが、いつの間にか彼のことは忘れてしまった。
大学は広く、四回生ともなれば顔を合わせることもない。誰が退学しようと、僕の知るところではなかった。
だから、尾野という男が大学から退学になっていたことも、僕が知ることはついぞなかった。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。
荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる