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第32話 奇跡の料理人と聖職者
しおりを挟む私事ルーノは、使徒様の様子をシスターコルネットと一緒に見に来た。
情報では凄く安くシチューを振舞っていると聞いた。
その金額は小銅貨3枚。
その話を聞いた私は、その行為の尊さに感心した。
無料で配るのも良い。
だが、それでは施されたという貰った者に負の感情を起こさせてしまう。
また、無料で貰える事に甘えて働かなくなる者も増えるかもしれない。
だが小銅貨3枚を取る事によって『施されたのではなく買った』という気持ちになり、負の感情が消える。
そして、幾ら安いとはいえ、お金が無いと買えないので最低限の仕事はしないと食べられない。
小銅貨3枚というのが良い。
これなら、子供でもちょっとしたお手伝い仕事で手に入れる事が出来る金額だ。
なかなか良く考えられたシステムだ。
この使徒様は前はもっと酷いスラムに住んでいて、同じように小銅貨3枚でシチューを売っていた。
しかも、小銅貨3枚で作るシチューが絶品的で凄く美味しいという噂なのだ。
小銅貨3枚で作るシチュー?
それが美味しいかどうかと言えば絶対美味しいわけが無い。
教会でも稀に炊き出しなどを行っているが、もっとお金を掛けているのに、美味しくはなかった。
だが、その金額でシチューを振舞うこと自体が凄い事だ。
普通に考えて利益など、真面に出ない筈だ。
どんな物を販売しているのか気になり、私達は墓地へ来たのだ。
◆◆◆
「凄いですね」
「ああっ、本当に凄い!」
結構早めに来たのにもうかなりの人数が並んでいる。
食器を持ってくるのがルールらしいので持ってきて、この列に並んだ。
しかし、スラムの人間ばかりなのにちゃんと並んで待つとは礼儀正しいな。
下手な街の住民よりしっかりとルールを守って並んでいる。
さて、どんなシチューなのか……
おおっ、使徒様が来た……
此方に向いて大きく声を張り上げている。
「皆、今日はもう少し待ってください! オーク肉の料理も急遽販売します。今調理するから、悪いけど! 1時間位待ってください!」
そんな事を言いだした。
馬鹿な事を……
「コルネット確かオーク肉の冒険者ギルドの買い取り価格は……」
「ええっ、かなり高額ですね」
周りも沈んでいる。
こんなスラムの人間にオーク肉など高額で手が出ない。
やはり世間知らずだな……
「本当に1時間待って欲しい……俺は高く販売するつもりは無いから」
『高く販売するともりは無い』と言っているが、まがいなりにもオーク肉。
銅貨3枚位はとるだろう。
1時間待っていると……
「安いよ! 安いよぉ~茹でオークは本日限りなんと小銅貨3枚だぁ! 但し、これは本日限りだぁぁぁぁーー! 本当はステーキにしたかったんだけど、鍋しか無かったから試作品価格だぁ~」
オーク肉が、小銅貨3枚!?
銅貨じゃなくて小銅貨?
「本当にオークの肉がたった小銅貨3枚なのか? 嘘だろう......街じゃ銅貨3枚はするんだよ! 1/10じゃないか」
「どうせ小さいんだろう……まぁ一口サイズでもオークなら文句は言えねーな買うよ……ほら小銅貨3枚だ……ってハンスこれで小銅貨3枚なのか? これ街で売っているステーキと同じ位あるぞ! 味は……美味い、凄く美味いぞ……」
あれを小銅貨3枚で売るのか?
あれ......街のオークステーキ並みに分厚い。
「あの肉かなり厚く無いか?」
「街で販売しているオーク肉のステーキより厚いですね」
「ああっ、それに小銅貨3枚……明日から値上げすると言っているが小銅貨5枚だそうだ」
「そんな金額なら、誰でも何時でも食べられますね」
オーク肉はごちそうで、普通の街の人間でもご褒美感覚で食べる物だ。
「本当にな……」
よそわれた肉の大きさなら、こんな安く販売する位なら冒険者ギルドへそのまま買い取らせた方が絶対に得だ。
わざわざ調理して、肉の買取り値段以下で振舞う。
なんて優しい商売なんだろうか?
いや、これは商売じゃない『施し』だ。
誰にも気がつかれないように……気を使わせないように『施し』をしている。
その証拠にこの場所に居る人間は皆が笑顔だ。
彼が『施し』をしている事が解かっているからこそ、スラムの粗雑な人間すら此処では横柄にならずちゃんと並んでいる。
大人から子供まで皆が礼儀正しい。
「あれっ、この間のシスターさん?」
「ええっ、フル―ノ司祭様と一緒に、どんな商売しているか見に来たんです……凄い盛況ですね」
「お陰様でどうにかやっていけています」
「それは良かったですね。私はシチューとオーク肉両方下さい」
「はい、どうぞっ!」
どうやら順番がきたようだ。
シスターコルネットの器を見ると、やはり肉も大きいし、シチューもテンコ盛りだ。
涎が出る程、良い匂いがする。
だが、これはどう見ても赤字じゃないか?
「私も両方頂けますか?」
「フル―ノ司祭様、食べにきてくれたんですね! ありがとうございます!」
大した物だ。
自分が『施し』をしているのに、そんな事は一切表に出さず、感謝の言葉を言う。
なかなか出来るもんじゃない。
「はい、どんな物かと……これ凄く美味しいですね。肉も美味い。これからもこんな金額で販売していくのですか?」
使徒様、いやハンス様は前のスラムで『奇跡の料理人』と呼ばれていたんでしたね。
本当にこれは美味しい。
「そのつもりですが……」
商売じゃなく『施し』をこれからもしていくのですか.......
「素晴らしい! ハンス様に女神の祝福を!」
思わず口から出てしまった。
女神の使徒様......この方はその呼ばれ方に相応しい人だ。
やはりこの方は、使徒様だ。
魔王討伐をするばかりが救世じゃない……この方は違うやり方で人を救おうとしているのかも知れない。
◆◆◆
少し離れた場所でシスターコルネットと一緒に食事を続けた。
「司祭様、これ凄く美味しいですよ! 教会にも持ってきてくれませんかね?」
「今度、交渉して見ましょう……それより、この料理鑑定して貰えませんか?」
「鑑定ですか?」
さっきから、体が凄く楽になってきています。
肩こりが何となく和らいできた気すらします。
気のせいか、コルネットの目の隈も薄れてきている気がするのです。
「はい」
「では『鑑定』ああっ」
「どうしましたか?」
「これは凄いです……よ」
ハンスシチュー
疲労回復(小)状態異常回復(小)HP回復(小)
茹でオーク肉
疲労回復(小)状態異常回復(小)HP回復(小)精力上昇(小)
「料理なのに粗悪なポーション並みの効果があるじゃないですか」
だから、鉱山スラムの人間なのに皆が血色が良く健康的だったのか。
「そうですね……本当に『奇跡の料理人』ですね」
「そうだな、王都に居る使徒様は横柄で傲慢だと聞くが、ハンス様はまるで違う……こんな物は商売ではない『施し』だ。 私にはあそこでお玉を持っているハンス様が聖人にしか見えない」
「私にもそう見えます」
「司教やシスターは聖職者と呼ばれるが……今迄の私はどうやら道を間違っていたようだ……ハンス様を見習ってなにかしようと思う」
「そうですね、あれを見せられたら……反省するしかありませんね」
ボロボロの服を着ながらお墓の横に住み人々に『施し』をする姿。
あれこそがきっと理想の聖職者の姿なんでしょう…….
私は自分が恥ずかしい……
この時、本当にそう思った。
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