しじま(仮)

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1日目

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ジリジリと陽がさす客のいない喫茶店の中。
「せんせぇ~、あづ~~い・・・」
カウンターの椅子の背もたれに首を預けて声を絞り出す。今は夏。学生もみんな夏休みで海やら山やらで遊んでいるというのに。
開けっ放しの扉に吊るしたベルは動かない。溜息をつくだけでも熱を感じる。
先生も暑いのだろう、垂れてくる汗を鬱陶しそうに拭きながらパソコンをカタカタ言わせている。蝉の合唱に被せるかのようにタイピングの音が響くだけのこの部屋はもしかしなくとも外より暑いのではないだろうか。扇風機が回っているが蒸した空気を送ってくるだけだ。先生がちらりとこちらを見るが手を止める気配はない。ズレたメガネをさっと持ち上げて、
「冷蔵庫にオレンジジュース入っているから飲んでいいですよ」
「せんせぇは?」
「先ほどから汗をなめているので・・・」
ジュース、と言われて文字通り飛びついた自分が餌に食いつく犬のようなのでは?と思ったが時すでに遅しというやつだ。なんとなくごまかしのように先生に聞くと変な答えだったのでつい笑いが漏れた。

「汗なんか舐めても暑いもんは暑いですっ!!先生も飲みましょっ!休憩休憩っ!!」

さっきも休憩しましたけど、と困ったように呟く先生をパソコン前から引きずり下ろす。口では嫌がっていたが実際はまんざらでもないのだろう、するりと席を立った。わたしが座っていた席の横に先生を座らせカウンターの奥に入る。

「今、ノっていたとこだったのに・・・・」
筋肉のない細い手首はわたしが掴むだけで折れてしまいそうだった。小さな声を聞きつけて思わず睨みつけて言う。
「・・・・せんせ、今日ご飯食べた?」「え?」

食い気味に返されて視線を上げると目を合わすまいと顔をそむけられた。

そもそもの話、ここは喫茶店で冷房は効いているはずだった。しかしながらそれは今朝、不快な音とともに動かなくなったそうだ。学校終わりに寄ったら暑い中店内で客が座るはずのソファにうなだれて座っている姿を発見して肝が冷えた。

まったく、と溜息をつく。
「朝ごはんも昼ごはんも食べてないんだ?」
わたしの言葉になにかを言おうともごついたが結局先生は黙ってしまった。
不器用な人につい笑ってしまう。「めんどくさくて食べなかったんだ?」と言う言葉を飲み込んで「先生、今日ご飯ここで食べていい?」と勝手に棚からおろしたコップにジュースを注ぎながら聞いた。おや、と先生の目が丸くなった。
「今日親御さんいないんですか?」
「んー、いるんだけど、父さんが来るんだよね」
「おや・・・・、じゃあお母さんに連絡しておきますね。何か食べたいものありますか?・・・・エアコンも壊れてるし涼しいのが食べたいですねぇ。そうめんにでもしましょうか」
「オムライス食べたい・・・・」
口を尖らせて小さく言うと、先生の手がふわりと頭を覆った。わかりました、と柔らかく動く大きな手が心地いい。目を細めて笑うその目尻にはくっきりと皺が刻まれている。出会った頃はなかったそれが歳をとったんだな、なんて思わせる。
「先生が、この喫茶店引き継いだの何年前だっけ」
わたしが差し出したジュースを受け取りながらそうですね、と先生が僅かに考え込む。
「もう3年・・・・くらいになりますね」

3年。
「わたしが中2の時か・・・・」
おじさんがこの喫茶店を切り盛りしていた時のことを思い出す。大きなお腹を揺らしながらニコニコしていたから当時はいなくなるなんて思ってもいなかった。
「おじが恋しいですか」
カウンターに肘をついてわたしを見守る先生はどこか寂しげだ。彼もおじさんが急にいなくなるなんて思ってなかったんだろう。
わたしは首を横に振った。
「先生が、ここを続けてくれてるから」
ありがとね、と続けると先生の目がじわりと潤んだ。



「なんだなんだ、ここあっちいな冷房はどうした」

賑やかな声が響き常連の人たちが数人入ってきた。
「おや、今日ははやいんですね?冷房壊れてるんで長居はお勧めしないですよ」
慌ててジュースを飲み干して先生が席を立つ。ソファ席に置きっぱなしだったパソコンを回収しながらなに飲みます?と常連たちに聞いていく姿はスマートだ。ただ、ホットコーヒーと答えた人には他の冷たいやつではダメなんですか?と食い下がっていた。
「今日ゆっくりできると思ってたのになあ」
と冷房壊れてんのかあ、と常連たちは残念がっている。
彼らはおじさんの代からの客で先生とわたしのことを孫か何かのように可愛がってくれていた。
先生がわたしの横に立ってコーヒーの準備を始める。わたしより頭2つ分ほど大きい先生が隣に立つとなんでか少し胸が高鳴った。
「ゆきちゃん、運ぶの手伝ってくれる?」
いたずらっ子のように微笑む先生。すまして「お小遣いちょーだいね」なんて言うと客席が一気に盛り上がった。

「ゆきちゃんは相変わらずしっかりもんだなあ」
「先生は創作が捗りそうだねぇ」
「この2人を見るために今日頑張ったんだよなあ」

静かでじわじわ暑かった店内が賑やかになりなんとなく風が回ったように感じた。


いつも通りの1日。
わたしはそのことに安心した。
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