天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ

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手当て

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広場にあるベンチに促されるままに座ると、女性は大きなカバンからフェルギネの刺繍が施された巾着を取り出した。袖をまくると血は乾き始めてはいたがそれでもまだ少し流れている。

「まず血を拭きとらないと……。」

「それでしたら私がすぐに準備しましょう。」

広場には共同の小さな水汲みポンプもあるのでメイメイはそこで布を濡らしてすぐに戻ってきてアレンシカの腕を拭いた。

「思ったよりは深くなくて良かった。でも範囲がちょっと広いかも……。」

ごめんねえごめんねえと言いながら傷を見る。次に巾着からガーゼと包帯を取り出した。

「ちゃんと未使用で綺麗なものだから安心してね。」

「手慣れているんですね。」

「子どもがいるからねえ、それに私がおっちょこちょいでよく怪我しちゃう。むしろそっちの方が多いかも。」

ササッと手早く怪我が覆われてアレンシカの怪我は見えなくなった。

「でもちゃんとお医者さんに看てもらってね。応急処置だし。怪我させてしまった私が言うのもなんだけど……。」

「あれは本当に偶然で……。」

「そういうことにしておきたいなら一応そういうことにはしておくけど……。」

チラリとアレンシカの後ろを見たので振り返ってもジュスティとメイメイがいるだけで特に何もなかった。

「怪我させてしまったお詫びをさせてほしい!」

「えっ。」

「だってこのままで帰せないよ、よそ様の子を怪我させてハイさよならなんて嫁に怒られちゃうよ!」

「でも……。」

「エレシュカ様はお医者様に看てもらう為にも今日はひとまず帰りますが……。」

「もしかして、もう領から出てく?!もうここにいない?!」

「いえ……旅行中、といいますか……しばらくレイシーラにはいますけど……。」

「じゃあ後日でもいいよ!何か私そこそこ顔は利くし、ここで何か困ってたら私がなんとかするし!あ、うちで採れた野菜とか持ってく?今はないけど滞在場所教えてくれたら持ってくよ!」

「あの……。」

顔の前で手を組み必死にお詫びをさせてほしいと頼みこんでくる。本当に何も悪くない、むしろ治療をしてくれただけでもう充分なのに眉を下げ涙は溢れそうだった。

「あ……、じゃあ、さっき僕がこの怪我をした時に血が落ちていたと言っていましたよね?そこを教えてくださればもう……、」

「血なんて店出たすぐの道に落ちてただけだから店はどこも汚してないよ!道は土だしもうみんな歩いて踏んで消えちゃってると思うよ!」

話を終わらせる為にも先程聞いた血で汚れていたという場所を聞いてもすぐ否定されてしまい、もう何も手立てはなくなった。ここまで必死に頼まれてはその人なりに納得しないと帰れないだろう。しかしアレンシカには何も浮かばないし、困ってメイメイとジュスティを見上げても二人ともどうしていいか分からないようだ。三人でうんうん悩んでいても目の前ではうるうると目を滲ませて子犬のようにアレンシカを見ている。

「えと、少し待ってくださいね。」

「はい!」

このままでは引き下がりそうにもないので、三人は女性を背にして相談することにした。

「どうしよう……。」

「あー、エレシュカ様?」

「ジュスティ……どうかした?」

「とりあえず今日はお引き取りいただいて、後日改めてお詫びしてもらうということでどうでしょう?」

「でも何もお詫びしてもらうことはないよ?」

「そしたらそしたでいいじゃないですか。帰る日まで忘れればそれで良し、もし忘れなかったら彼女の言う通り野菜ひとつ受け取って終了にすればいいと思うんですが。」

「そんな曖昧な……。」

「とりあえず、乗り切る為です。このままだと屋敷まで押しかけてお詫びしてきそうな勢いですよ。」

「うーん……でもそれじゃあ、なんか……。」

「そこの人。」

なんとか他にも納得してもらえる方法がないか考えようとしていると先にジュスティが話しかけてしまった。

「あ、はい!」

「今は特に何も浮かばないしエレシュカ様も帰したいので、後日改めてってことでいいですか?」

「それでもいいです!ちゃんとお詫びできるなら!」

ジュスティの提案に彼女は納得したのかパッと笑顔になり喜んだ。憂いが晴れたのは良かったが、こんな曖昧な方法で良かったのかは分からない。

「よかったー!いや良くないんだけど、ちゃんとお詫びが出来る!」

ただここまで喜んでいるならとりあえずの方法でも良かったのかもしれない。

「本当にごめんなさい、ええーと……エレシュカちゃん?」

「ああ、すみません名前をまだ名乗っていませんでしたね。はい、えっと、エレシュカです。こちらはメイメイ・サルノとジュスティ・サルノ。」

本当の名前を名乗れないのは歯がゆいが、メイメイとジュスティが自分を守ろうとして付けてくれた名前。二人の思いをなくしてはいけない。それにリリーベル公爵家が自分を逃してくれた決死の思いも。
あまり社交界には出ていなくとも、それでも公爵家として少なくない人数と接してきている。けして目の前の人が悪い人ではないことはほんの数分のやり取りでも分かったが、皆が守ろうとした思いを自分のせいで損なわすことは出来ない。

「皆さんいい名前だね!」

「……ありがとうございます。……あなたは、フォルマさん?と先程の種苗店では伺っていますが……。」

「そう!フォルマ、フォルマ・スプリンガードです!よろしくね!」
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