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思い出した
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思い出した
(ああ、ここって……)
学校で嫌なことがあった日、帰ろうとして階段から降りていたら心の中のモヤモヤに気を取られていて足を踏み外した。
疎らに残っていた生徒たちが心配して駆け寄ってくる中で、痛みにも気に留めずそれ以上に衝撃で思い出したある事に頭がいっぱいだった。
「ここって。――【少女漫画】の世界じゃない!」
〈恋は向日葵のように〉
前世で私が作家買いしていた少女漫画のうちのひとつだ。
平凡で引っ込み思案でパッとしない女の子が進学した先のイケメンヒーローの男の子と恋に落ちる、設定自体はよくある少女漫画。
私は作者が大好きで、綺麗で可愛い絵やキュンと来ると展開、たまに少し涙をそそる展開の虜になり、デビュー作から追っていたのだ。
私はこの漫画の最終巻の発売日、家で読むのを我慢ならずカフェで読み、帰りに信号無視した車に……て、私の前世は今はどうでもいい。今はすっかり今の人格だし、前世は前世と割り切っている。あの後の家族を思うと少し悲しくなるけど、その分今を精一杯生きていきたい。
だけど今穏やかに生きていくためにある困難が待ち受けていた。
――それは私が「悪役彼女」に生まれ変わっていることだ。
主人公の女の子が好きになった相手には彼女がいる。その彼女と恋敵で何かとトラブルやアクシデントの原因なのだ。
小早川琉生。それが今の私の名前。
……彼氏曰く、「我儘で小うるさく、一緒にいて全く落ち着かない、性格も良くない、派手で俺からしたら下品。」そう仲間たちには何度も言う場面がある。仲間たちは「どこが?!お前の目は節穴か?あんな美人の彼女羨ましい」と言ってくれているのに。
実際琉生は美人で生徒たちからも人気の女子だ。だけどヒーローである彼氏から見ると駄目らしい。それなのにどうして別れないのか、それは謎だ。思い込みなんかではない。何せ琉生からしっかりと言葉に出して告白し、相手はきちんと返事をしたのだ。
「伊勢が好きです。私と付き合ってください。」
「……分かったいいよ。付き合おう。」
しっかりと漫画にも描いてあったし、今生きている時にも記憶がある。それなのに彼氏はそう貶しつつも別れない。けど何も当初からこう言い続けていた訳ではなかった。言い初めた時は分かっている。――主人公に会ってからだ。
ある日たまたま後者裏の花壇で具合が悪くなってしまったヒーローを、花壇係の主人公が気づいて介抱したのが始まりだった。その時から彼氏はずっと主人公を目で追い、何もなくても側により、困っていたらすぐ手を貸して近くにいた。彼女よりもずっと。
正直この漫画は作者の作品群の中でも異質で、あまり評判はよくなかったらしい。別人が描いた?と思うくらい今までと違い、納得できる描写が少ないのだ。今までの漫画は正統派で誠実で思いやりのあるヒーローに、しっかりとした倫理観の主人公の女の子の話で読者をキュンキュンさせてきた。なのにこの漫画のヒーローは彼女を好きではないのにまるでキープしているかのように別れず、そして主人公も……。
そのせいなのかは不明だが、いつもは同時連載するほどで、必ず10巻以上は続いているような人気作家なのに、この「恋は向日葵のように」だけは3巻で終了している。それもまるで打ち切りのように、3巻目なんて1巻2巻より少し薄かった。ファンの間ではゴーストライター説も囁かれていたくらいだ。それでも作家のファンだから最後までは読んだけど。……私も違和感を覚えたくらいだ。
そんなことを今は保健室のベッドで横になりながら考えている。あの時、近くにいた女子たちが助けてもらいながら保健室に来た。幸い軽い擦り傷だったけど、まだいた保険医には頭を打っている可能性もあるから、しばらく休んでから帰りなさいと言われたのだ。だからもぞもぞベッドの中で寝返りをしながら考えた。
(そういえば……)
前もこんな場面があった、ただし主人公がだが。
少し成績がよくない主人公、ヒーローは勉強していないように見えて常に頭がいいから、放課後に二人で勉強会をしているのだけど、それで差が歴然としたことに恥ずかしくなって慣れない徹夜をしたのだ。そのせいで寝不足になって倒れた。周りの人も心配して保健室に連れて行こうとしたのだけど「大丈夫、大丈夫だから」とそれ一辺倒だった。でもずっと蹲ったままで助けを貰おうとも一人で何とかしようともしない。本当に心配したクラスメイトが先生を呼びに行こうとしても大きな声で「呼ばないで!大丈夫」それだけだった。それなら本当に一人で何とかしたいけど、動けないのかもしれないと周りも何もせずじっと見守っているだけに努めた。
すると騒ぎを聞きつけたヒーローが走ってやって来たのだ。彼が来た途端、主人公は動き出した。
「伊勢くん……」
「大丈夫か愛花」
「うん……平気だよ、ほらこんなに元気だし。……あ」
今まで動かないでいた主人公は急に動いて彼の胸元に倒れた。
「お前たち、愛花がこんなに辛そうなのに、何もしなかったのかよ。……クラスメイトのくせに。」
「ち、違うの伊勢くん。私が」
「いいよ、左山は喋るな。……俺が連れて行く。」
そう言って彼は主人公をお姫様だっこして颯爽と保健室へ行った。
その後はどうなったかは知らない。ただ、ここにいたクラスメイトはざわざわと落ち着かなかった。
あの時主人公はどんな助けも拒否した。……見間違いじゃなければ、手を叩かれた子もいた。なにせ手をさすっていたのもバッチリ見ていたから。その後のロマンチックな場面に皆呆気にとられて忘れてしまっているだろうけど。だけど彼が来た途端さっきまで本当に平気でただ転んだだけのような表情がさらに痛ましく庇護欲を誘うような表情に変わったのだ。
もしかしたら恋する女の子として当然と思うのかもしれない。漫画だけだったらそう思わなかったかもしれない。だけど現実に目の前で見たら、それまでの誰の助けもいらないという徹底した拒絶にとてもそうとは見えなかったのだ。
幸いにも彼女には怪我も何もなかったけど、彼はそれ以来、空いた時間は必ず主人公のそばにいるようになった。
「大丈夫か、小早川。」
もう一度先生に見てもらい、大丈夫とお墨付きをもらったので帰ろうと保健室を出たところで呼び止められた。
「明瀬……」
「カバン、落ちたままだったから持ってきた。無いと帰れないだろ。」
彼の仲間の男子の一人だ。彼と付き合うようになってからはよく交流するようになった。彼と一緒にお昼を一緒にしているとよく乱入してくるのだ。
「送ろうか?。……いや、あいつがいるならあいつに送らせたほうがいいか?」
「ううん、別にいいよ。」
「なんでだよ、あいつは彼氏なんだから少しは甘えれば?」
「そうしたいのは山々だけど。……できないんだ。」
「なんで。……まさかあいつまた……」
そう、きっと仲良しの恋人同士だったなら今頃迎えに来たり連絡が来たりして、心配してくれたり一緒に帰ったり出来たんだろう。だけどそう出来ない理由があった。
私が階段を踏み外す前、心のモヤモヤの原因。その時に見た光景。
彼が主人公を抱き寄せてキスをしていた。
(ああ、ここって……)
学校で嫌なことがあった日、帰ろうとして階段から降りていたら心の中のモヤモヤに気を取られていて足を踏み外した。
疎らに残っていた生徒たちが心配して駆け寄ってくる中で、痛みにも気に留めずそれ以上に衝撃で思い出したある事に頭がいっぱいだった。
「ここって。――【少女漫画】の世界じゃない!」
〈恋は向日葵のように〉
前世で私が作家買いしていた少女漫画のうちのひとつだ。
平凡で引っ込み思案でパッとしない女の子が進学した先のイケメンヒーローの男の子と恋に落ちる、設定自体はよくある少女漫画。
私は作者が大好きで、綺麗で可愛い絵やキュンと来ると展開、たまに少し涙をそそる展開の虜になり、デビュー作から追っていたのだ。
私はこの漫画の最終巻の発売日、家で読むのを我慢ならずカフェで読み、帰りに信号無視した車に……て、私の前世は今はどうでもいい。今はすっかり今の人格だし、前世は前世と割り切っている。あの後の家族を思うと少し悲しくなるけど、その分今を精一杯生きていきたい。
だけど今穏やかに生きていくためにある困難が待ち受けていた。
――それは私が「悪役彼女」に生まれ変わっていることだ。
主人公の女の子が好きになった相手には彼女がいる。その彼女と恋敵で何かとトラブルやアクシデントの原因なのだ。
小早川琉生。それが今の私の名前。
……彼氏曰く、「我儘で小うるさく、一緒にいて全く落ち着かない、性格も良くない、派手で俺からしたら下品。」そう仲間たちには何度も言う場面がある。仲間たちは「どこが?!お前の目は節穴か?あんな美人の彼女羨ましい」と言ってくれているのに。
実際琉生は美人で生徒たちからも人気の女子だ。だけどヒーローである彼氏から見ると駄目らしい。それなのにどうして別れないのか、それは謎だ。思い込みなんかではない。何せ琉生からしっかりと言葉に出して告白し、相手はきちんと返事をしたのだ。
「伊勢が好きです。私と付き合ってください。」
「……分かったいいよ。付き合おう。」
しっかりと漫画にも描いてあったし、今生きている時にも記憶がある。それなのに彼氏はそう貶しつつも別れない。けど何も当初からこう言い続けていた訳ではなかった。言い初めた時は分かっている。――主人公に会ってからだ。
ある日たまたま後者裏の花壇で具合が悪くなってしまったヒーローを、花壇係の主人公が気づいて介抱したのが始まりだった。その時から彼氏はずっと主人公を目で追い、何もなくても側により、困っていたらすぐ手を貸して近くにいた。彼女よりもずっと。
正直この漫画は作者の作品群の中でも異質で、あまり評判はよくなかったらしい。別人が描いた?と思うくらい今までと違い、納得できる描写が少ないのだ。今までの漫画は正統派で誠実で思いやりのあるヒーローに、しっかりとした倫理観の主人公の女の子の話で読者をキュンキュンさせてきた。なのにこの漫画のヒーローは彼女を好きではないのにまるでキープしているかのように別れず、そして主人公も……。
そのせいなのかは不明だが、いつもは同時連載するほどで、必ず10巻以上は続いているような人気作家なのに、この「恋は向日葵のように」だけは3巻で終了している。それもまるで打ち切りのように、3巻目なんて1巻2巻より少し薄かった。ファンの間ではゴーストライター説も囁かれていたくらいだ。それでも作家のファンだから最後までは読んだけど。……私も違和感を覚えたくらいだ。
そんなことを今は保健室のベッドで横になりながら考えている。あの時、近くにいた女子たちが助けてもらいながら保健室に来た。幸い軽い擦り傷だったけど、まだいた保険医には頭を打っている可能性もあるから、しばらく休んでから帰りなさいと言われたのだ。だからもぞもぞベッドの中で寝返りをしながら考えた。
(そういえば……)
前もこんな場面があった、ただし主人公がだが。
少し成績がよくない主人公、ヒーローは勉強していないように見えて常に頭がいいから、放課後に二人で勉強会をしているのだけど、それで差が歴然としたことに恥ずかしくなって慣れない徹夜をしたのだ。そのせいで寝不足になって倒れた。周りの人も心配して保健室に連れて行こうとしたのだけど「大丈夫、大丈夫だから」とそれ一辺倒だった。でもずっと蹲ったままで助けを貰おうとも一人で何とかしようともしない。本当に心配したクラスメイトが先生を呼びに行こうとしても大きな声で「呼ばないで!大丈夫」それだけだった。それなら本当に一人で何とかしたいけど、動けないのかもしれないと周りも何もせずじっと見守っているだけに努めた。
すると騒ぎを聞きつけたヒーローが走ってやって来たのだ。彼が来た途端、主人公は動き出した。
「伊勢くん……」
「大丈夫か愛花」
「うん……平気だよ、ほらこんなに元気だし。……あ」
今まで動かないでいた主人公は急に動いて彼の胸元に倒れた。
「お前たち、愛花がこんなに辛そうなのに、何もしなかったのかよ。……クラスメイトのくせに。」
「ち、違うの伊勢くん。私が」
「いいよ、左山は喋るな。……俺が連れて行く。」
そう言って彼は主人公をお姫様だっこして颯爽と保健室へ行った。
その後はどうなったかは知らない。ただ、ここにいたクラスメイトはざわざわと落ち着かなかった。
あの時主人公はどんな助けも拒否した。……見間違いじゃなければ、手を叩かれた子もいた。なにせ手をさすっていたのもバッチリ見ていたから。その後のロマンチックな場面に皆呆気にとられて忘れてしまっているだろうけど。だけど彼が来た途端さっきまで本当に平気でただ転んだだけのような表情がさらに痛ましく庇護欲を誘うような表情に変わったのだ。
もしかしたら恋する女の子として当然と思うのかもしれない。漫画だけだったらそう思わなかったかもしれない。だけど現実に目の前で見たら、それまでの誰の助けもいらないという徹底した拒絶にとてもそうとは見えなかったのだ。
幸いにも彼女には怪我も何もなかったけど、彼はそれ以来、空いた時間は必ず主人公のそばにいるようになった。
「大丈夫か、小早川。」
もう一度先生に見てもらい、大丈夫とお墨付きをもらったので帰ろうと保健室を出たところで呼び止められた。
「明瀬……」
「カバン、落ちたままだったから持ってきた。無いと帰れないだろ。」
彼の仲間の男子の一人だ。彼と付き合うようになってからはよく交流するようになった。彼と一緒にお昼を一緒にしているとよく乱入してくるのだ。
「送ろうか?。……いや、あいつがいるならあいつに送らせたほうがいいか?」
「ううん、別にいいよ。」
「なんでだよ、あいつは彼氏なんだから少しは甘えれば?」
「そうしたいのは山々だけど。……できないんだ。」
「なんで。……まさかあいつまた……」
そう、きっと仲良しの恋人同士だったなら今頃迎えに来たり連絡が来たりして、心配してくれたり一緒に帰ったり出来たんだろう。だけどそう出来ない理由があった。
私が階段を踏み外す前、心のモヤモヤの原因。その時に見た光景。
彼が主人公を抱き寄せてキスをしていた。
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