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お礼を持って
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アタシは、またお店にお邪魔した。
あまりに酷い前回を忘れてもらおうと、小さなアレンジフラワーを手にしている。
「こんにちはー」
前回より少し早く、遅いランチならちょうどいい。
店長は厨房で料理の下ごしらえをしていた手をとめて、アタシを見た。
「いらっしゃい未也ちゃん。今日はなんだい花なんか持って」
「これは前回のお詫びとお礼です。お店が準備中だったのに親子丼まで作ってもらって、話まで聞いてもらってしまって。また遠慮しないで来れるように、この花は受け取ってください」
にかっと店長が笑う。商売している人なのに、その笑顔は作られたものでない素の表情だった。
「そうかい。そんなら貰っておくよ。俺に遠慮はいらないからいつでもおいで」
香りの少ない花を選んできたけれど、やっぱり食事する場所のすぐ脇には置かず、入口のほうに飾ってくれた。
「ここなら俺からもよく見えるからね」
食事は味も香りも楽しんでもらいたい。その気遣いだろう。春なら山菜、夏なら若鮎、秋なら松茸、繊細な香りを楽しむ食材はたくさんある。
その香りを損なわない場所を選び、『自分がよく見える場所』だからここにしたと言ってくれることに、細やかな気遣いを感じた。
料理をする人に対して、お土産を何にするのか悩んだけれどこれで良かった。
「それじゃ未也ちゃんのために腕を振るわないとね」
「はい。親子丼ですけどね。いつか夜のゴハンも食べられるようになりますね」
「いつでもおいで。気にしなくていいから」
そうは言っても、夜のお客様とは格が違う。背伸びしたり、無理しなくても良くなるまでは夜に予約を取ることはしないだろう。
カウンターに腰かけて厨房を覗くと、食材を下準備している途中のようだった。
「あれっ…お客様?」
目敏く見つけたのを、店長は顔の前で手を振る。
「未也ちゃんは、気にしなくっていいから。上にいるのは、勝手に来た奴だからね。生意気にも季節ごとに、食事に来やがる。この時期は若鮎だからね、用意してやってるだけ」
「顔は嫌がってませんよ?」
「腐れ縁てやつ」
またにかっと笑う。それからアタシに親子丼を作ってくれながら鮎を焼いた。
いい香りの鮎を、笹を敷いた大振りの皿に載せて上に運んでいった。
どんなお客さんなんだろう。やっぱり、芸能人かな。ぱきん、と割り箸を割りながら考える。
そんなことも、あつあつ出来立ての親子丼を頬張ったら忘れてしまった。
アタシはつくづく単純なんだ。
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