君までの距離

高遠 加奈

文字の大きさ
69 / 80

凪 裕也SIDE 2

しおりを挟む

何かわかるかと勝次さんの店に行ってみた。

引き戸を開けた俺を見て、勝次さんは目だけで座るように促した。



「未也ちゃんのことなら、答えられるほど知ってることはないね」

ざあざあと流しで下拵えをしたまな板を洗っている。

まな板からは鮮やかな血が流されていく。ぼんやり眺めて、洗い流せるまな板はいいなと感じていた。

自分の心にも血が流れているのに見えることはないし、洗い流せもしない。



「俺、フラれたのかも」

とん、とまな板を立てかけて勝次さんが俺を見た。

「未也ちゃんが裕也の前から居なくなったなら、何か理由があるんだろうよ。何の理由もなしにあの子が居なくなるとは思えないね」


「なんで?どんな理由があっていなくなったり出来るんだよ」

俺の問い掛けに勝次さんは頭を振った。

「言わないのなら言えない訳があったんだろうよ」


がっくりとうなだれる。実はここに来る前に彼女の会社に電話を入れていた。





自分の名前を名乗って彼女のことを尋ねると、相手が息を飲むのが携帯から伝わってきた。

「申し訳ありませんが、個人のプライベートな事柄についてはお答えすることはできません……」

凛とした声でそう告げられた。


それは想定していた事柄にすぎなかったが、その後やわらかな声が続いた。

「……そう未也が決めたなら……何か考えがあっての事です……あたしは彼女を応援します」

「あなたは」

「彼女の……親友です」

彼女がいい友達に恵まれていることに自然と顔が緩む。

「……彼女をよろしくお願いしますね」

「もちろん……あなたに言われるまでもありません」



くくっと笑いが洩れた。振られた女の職場にまで電話するなんてどうしたことだろう。

未練がましい。

今までの自分なら考えられないことだった。

数ヶ月ごとのスケジュールに短期の仕事。その度ごとに変わる女優とスタッフ。マネージャー、プロデューサー、メイク、衣装、タイムキーパー、ケータリング…数えあげたらきりがない程の人間に囲まれて過ごしている。

その中に好みの人を探せばいいだけで、飽きる頃には仕事で会うこともない。

仕事が変わる度に、共演女優を落とす俳優だっているくらいだ。



そういう世界だってわかってる。



きっと自分は、ずっと変わらないものが欲しくて探している。

それが何かわかりそうだったのに……





カウンターに突っ伏して目を閉じる。


「勝次さん、旨い物が食べたい」


我が儘が言えるのは、付き合いが長いからだ。勝次さんなら大丈夫だという甘えがある。


「たまには裕也に腕を振るうのもいいだろうよ」

「弱ってるからいたわってよ」


「世の中そんなに甘くないよ」


勝次さんの包丁さばきを聞きながら、これでもそう悪くないと思っていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

強引な初彼と10年ぶりの再会

矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

入海月子
恋愛
セレブの街のブティックG.rowで働く西原望晴(にしはらみはる)は、IT企業社長の由井拓斗(ゆいたくと)の私服のコーディネートをしている。彼のファッションセンスが壊滅的だからだ。 ただの客だったはずなのに、彼といきなりの同居。そして、親を安心させるために入籍することに。 拓斗のほうも結婚圧力がわずらわしかったから、ちょうどいいと言う。 書類上の夫婦と思ったのに、なぜか拓斗は甘々で――。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

最後の男

深冬 芽以
恋愛
 バツイチで二児の母、アラフォーでパートタイマー。  恋の仕方なんて、とうに忘れた……はずだった。  元夫との結婚生活がトラウマで、男なんてこりごりだと思っていた彩《あや》は、二歳年下の上司・智也《ともや》からある提案をされる。 「別れた夫が最後の男でいいのか__?」  智也の一言に気持ちが揺れ、提案を受け入れてしまう。  智也との関係を楽しみ始めた頃、彩は五歳年下の上司・隼《はやと》から告白される。  智也とは違い、子供っぽさを隠さずに甘えてくる隼に、彩は母性本能をくすぐられる。  子供がいれば幸せだと思っていた。  子供の幸せが自分の幸せだと思っていた。  けれど、二人の年下上司に愛されて、自分が『女』であることを思いだしてしまった。  愛されたい。愛したい。もう一度……。  バツイチで、母親で、四十歳間近の私でも、もう一度『恋』してもいいですか__?

処理中です...