君までの距離

高遠 加奈

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凪 裕也SIDE 2

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何かわかるかと勝次さんの店に行ってみた。

引き戸を開けた俺を見て、勝次さんは目だけで座るように促した。



「未也ちゃんのことなら、答えられるほど知ってることはないね」

ざあざあと流しで下拵えをしたまな板を洗っている。

まな板からは鮮やかな血が流されていく。ぼんやり眺めて、洗い流せるまな板はいいなと感じていた。

自分の心にも血が流れているのに見えることはないし、洗い流せもしない。



「俺、フラれたのかも」

とん、とまな板を立てかけて勝次さんが俺を見た。

「未也ちゃんが裕也の前から居なくなったなら、何か理由があるんだろうよ。何の理由もなしにあの子が居なくなるとは思えないね」


「なんで?どんな理由があっていなくなったり出来るんだよ」

俺の問い掛けに勝次さんは頭を振った。

「言わないのなら言えない訳があったんだろうよ」


がっくりとうなだれる。実はここに来る前に彼女の会社に電話を入れていた。





自分の名前を名乗って彼女のことを尋ねると、相手が息を飲むのが携帯から伝わってきた。

「申し訳ありませんが、個人のプライベートな事柄についてはお答えすることはできません……」

凛とした声でそう告げられた。


それは想定していた事柄にすぎなかったが、その後やわらかな声が続いた。

「……そう未也が決めたなら……何か考えがあっての事です……あたしは彼女を応援します」

「あなたは」

「彼女の……親友です」

彼女がいい友達に恵まれていることに自然と顔が緩む。

「……彼女をよろしくお願いしますね」

「もちろん……あなたに言われるまでもありません」



くくっと笑いが洩れた。振られた女の職場にまで電話するなんてどうしたことだろう。

未練がましい。

今までの自分なら考えられないことだった。

数ヶ月ごとのスケジュールに短期の仕事。その度ごとに変わる女優とスタッフ。マネージャー、プロデューサー、メイク、衣装、タイムキーパー、ケータリング…数えあげたらきりがない程の人間に囲まれて過ごしている。

その中に好みの人を探せばいいだけで、飽きる頃には仕事で会うこともない。

仕事が変わる度に、共演女優を落とす俳優だっているくらいだ。



そういう世界だってわかってる。



きっと自分は、ずっと変わらないものが欲しくて探している。

それが何かわかりそうだったのに……





カウンターに突っ伏して目を閉じる。


「勝次さん、旨い物が食べたい」


我が儘が言えるのは、付き合いが長いからだ。勝次さんなら大丈夫だという甘えがある。


「たまには裕也に腕を振るうのもいいだろうよ」

「弱ってるからいたわってよ」


「世の中そんなに甘くないよ」


勝次さんの包丁さばきを聞きながら、これでもそう悪くないと思っていた。

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