君までの距離

高遠 加奈

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二階の部屋

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それからアタシは毎週、書き上げたシナリオを持って花山さんの仕事場に押しかけた。

花山さんはすぐに見てくれることもあったけれど、仕事が入っている時は預けて帰らなければいけないこともあった。

それでも二、三日中には電話をくれて朱の入ったシナリオを返してくれた。

その細かい朱の文字を追っていると、細やかな神経を使って作品を見てくれているのを感じられた。

花山さんに作品を見てもらうと、アタシのなかに息づいていた人物が形や熱を持ってそこに存在しているように立ち上がってくる。

ただの自己満足で、ネット小説を書いていた時は自分さえ楽しかったら良かった。仕事として皆で作りあげる登場人物は、誰かに好きになってもらうことが前提にある。

好きになってもらえるだけの魅力を持っていないと、作品として成り立たない。


打ち合わせを終えて、次の日時を確認して解散になる。

「渡辺、のもっか」

上機嫌の花山さんが、片手でグラスを煽る仕草をする。

「すみません、今日は無理です」

いつもなら嬉しい花山さんの誘いも今日だけは断ることにする。

「なに~渡辺つれない~渡辺のくせに~」

「渡辺のくせにって…アタシだって用事がある時もあるんです」

花山さんは子供の問題で悩む母親のように、机に肘をつきうなだれている。


「あんただけはアタシの誘いを断らないと思ってた~」

「ヒマって意味で?」

うんうんと頭が上下に振られる。


「なぁんかさ~渡辺って回り見えないタイプじゃない?猪突猛進、みたいな」

「そりゃもう必死ですよ。人生かかってるんですから。ただ、今日会う人は特別なんです。アタシに未来をくれた人なんです」

高遠さんのことを考えただけで、自然と顔がほころぶのがわかった。

そんなアタシを見て、頬杖をついた花山さんが口角を上にあげる。

「うん。い~顔してる。それじゃ仕方ないから行っといで。後でみっちり聞くから」

ぱちんと音のしそうなまつげが、ひらめいた。






「二階に部屋を用意してあるから、上がって待っているといい」

勝次さんは笑顔のまま促してくるので、お礼を言って階段を上がる。

いつかこのお店の格に合うような人間になって食事をしてみたいと思っていた。

芸能人が来るということで、敷居が高いと感じていた。

芸能人が来るお店だとしても、高遠さんは大学生の頃から通っていて、芸能人となった今も足を運んでいるだけだった。

ただ、勝次さんのご飯が食べたいから。理由はシンプルなものだ。

美味しい物を食べたいということに普通の人も、芸能人もないのに、アタシは自分で敷居を高くしていた。

ここに来れば、高遠さんに会える可能性があったから、今まで我慢していた。中途半端な状態で、高遠さんの足手まといにはなりたくなかった。

アタシは、すべて高遠さんに寄り掛かって甘えられるような人間じゃなかったんだ。



それは自分でも知らない一面だった。彼氏ができたら、甘えて、なんでも我が儘を叶えてもらう…それはアタシにとって夢や幻だったようだ。


時計を確認すると、まだ時間がある。パソコンを立ち上げて、今日の変更箇所を直しはじめた。






しばらくパソコンに向かい合って直していると、くすりと笑う声が背中でした。
慌てて振り向くと、高遠さんが笑いながら後ろに座っていた。

「知ってる?百面相をしながら打ってるよ」

声が耳のすぐ後ろからして、肩に高遠さんの体の重みを感じた。寄り掛かった高遠さんの頭が、アタシの肩に乗っていることになる。

「…ち…近すぎです」

「そんなことないよ。離れていた分を埋めないとね」


笑い声が耳にかかり顔が熱くなっていく。

「このままじゃ緊張して打てません」

「じゃあ代わりに打ってあげようか?」

後ろから包み込むように腕を伸ばし、手を重ねる。抱きしめられるような体勢で、触れている部分があたたかい。

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