君のいる世界

高遠 加奈

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4年前

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どうしよう、どうしよう、どうしよう!

ほかの何ひとつ頭にないくらいパニックになっていた。

みんな、カワイイよ

どうしよう、あたしなんかじゃちっとも
かなわない…

ああ、由奈のおさがりで着ないって言った服にしておけばよかったかも…あの、一番カワイかった子が着てたの、ブランドの限定品だって言ってた…あたしはお気に入りの黄色のTシャツにショートパンツだけれど、近所のスーパーにあった物だ。

このオーディションは、今まで受けたどのオーディションよりもかわいらしさのレベルが違いすぎた。

あきらかに、ブランドらしき服の割合が高い。


トイレの鏡に映る自分の顔は青ざめていて情けなくて、今にも泣きそうだった。


あたしが鏡の前でぷるぷる震えていると、奥でバタリとドアの閉まる音が聞こえた。

仕切りの向こうから現れたのは、個性的なロイヤルブルーのスーツにピンヒールをはいた綺麗な女性だった。

この人も、モデルさんなのかな…

その人はあたしの隣の洗面台で手を洗うと、服装は乱れていないか、メイクは崩れていないかと確認をした。

こんなふうに自信を持ってあたしも立っていたい。そう思ったらいても立ってもいられず、あたしは話しかけていた。

「あのっどうしたら、自信が持てますか? 」

綺麗な女の人は、きちんとあたしに向き直って目を見てくれる。

「あたしも自信なんてないわ。ただ、今までしてきたことが、あたしを支えてるのよ。背中を丸めて逃げるのは楽だけど、自分に対しても人に対しても恥ずかしい仕事なんてしていないの」

そう言ってくれた姿は女神様みたいに綺麗で、おんなじ女性だったら目指したい憧れの人だった。


あたしが言葉を噛み締めて余韻に浸っていると、首を傾げて質問してきた。


「オーディションに来ているの? 」

「はい。あんまり回りの子達がカワイくって自信がなくなってたんです! あたしも自分に恥ずかしくないように頑張ってみます」

「じゃあ可愛くなれるように、魔法をかけてあげるわ」

そう言ってバックの中からピンクのふわふわがついたゴムをツインテールにした髪の毛に付けてくれた。

「ピンクラビッツは真っ赤な目をしていても頑張る女の子のためのブランドよ。あなたもきっと上手くいくわ」

ピンクのふわふわを付けた鏡の中のあたしは、嬉しそうに笑っている。さっきまで元気がなく、しおれていたのが嘘みたいに。

「ありがとうございます! 頑張れる気がしてきました」


集団面接、ということで番号順に5人づつ部屋に入っていく。次が自分の番だと思うと、ドキドキし過ぎて歩きかたまで忘れてしまいそうだった。

「45から50番までの方は部屋に入って下さい」

「はい」

緊急しながらも、きちんと返事ができた。立ち上がって、順番通りに部屋に入るだけなのに膝ががくがく震える。

姿勢きちんとしなくちゃ。そう思っているのに縮こまる背中が憎らしい。入口付近では、面接を終えた女の子が泣いていて、その子のママらしき人がなだめている所だった。

「千紗ちゃん、大丈夫よ。きっと受かるから」

「もうっ知りもしないくせに、いい加減なこと言わないで!! 」

出来事は一瞬で、声をかけたママが渡そうと持っていたペットボトルの水が、あたしにかかった。

突然のことにびっくりして黄色いTシャツが色を変えて、じんわりと水が染みてくるのを呆然と見ていたら、慌てたママのほうがタオルを差し出して拭いてくれた。ママの手を振り払って、意図せずにあたしにペットボトルの水を掛けてしまった女の子も青ざめて震えている。

「ごめんなさいね。早く着替えたほうがいいわ」

シャツが肌に張り付くくらいの水を被ってしまったので、確かにみっともない。
迷ったあたしに呼び出しがかかる。

「50番の方いらっしゃいませんか? おられないなら棄権にします」

「い…います。すみません。タオルお借りします」

タオルを貸してくれたママに言いおいて入口に向かうと、ツルリと体が傾く。


ビタンと大きな音がして、みんなの注目があたしに集まっているのがわかった。
なんとか手をついたから、顔は打っていないけれど、コンクリートの固い床に体を打ち付けて痛い。

開いているドアの正面だったから、面接官にも転んだことが見えているはず…

立ち上がったあたしは、濡れている服のままお辞儀をして部屋に入った。

「遅れてすみません。50番、柏崎玲奈です」

もういいや

そんな諦めの気持ちがなかった訳じゃない。あまりのことにパニックを通り越して冷静になっていた。

自分に出来ることをするしかない。びしよ濡れで情なくても俯かないでいよう。

「どのような理由でこのオーディションを選びましたか? 」

次々に答えている声がする。「御社のブランドが好きだからです」「新しいブランドに興味があります」みんなとてもしっかり答えていて、どの子もカワイイ。


あたしの番がきて、あたしは素直に「モデルになりたいからです」と答えた。

「モデルなら、どこでもいいととれるね」

「頑張っていっぱいオーディションを受けてきました。でもずっと落ちてばかりで、どうしたらいいのかわかりません」

「モデル事務所に所属していないようだね。これはどうして? 」

「オーディションに受かってもいないのに、必要ないと言われたからです」

おねーちゃんの由奈は、名門私立に通っているから、あたしにまでお金が回ってこないのが、本当の理由だ。あたしもお受験したけれど、小学部中等部ともに落ちてしまった。



親の期待に添えなかったあたしは、ブランドものの服やバックを買ってもらうというような甘えかたが出来なくなっていた。

有名私立に通う由奈は、付き合いでコンサートに行ったり、ブランドの買い物に出掛けたりといそがしい。それでいて、品行方正、眉目秀麗、文武両道など両親だけでなく教師やまわりの大人にも受けがいい。

「モデルになるなら、事務所と契約するのが近道だよ。ウォーキングや面接の講義もある」

注目を集めてしまったためか、あたしに対する質問が長い。

「家の方針なので、変えられません」

眼鏡を掛けた男性が苦笑いを浮かべて、隣の女性を見る。きっとあたしは、頑固で可愛げのない子に見られているんだろう。

こんなびしょ濡れで面接を受けなくても、順番をずらしてもらえば良かったんだ。恥ずかしくなって正面の男性から隣の女性に視線を逸らす。

……目の端に見覚えのあるロイヤルブルーを見つけて、思わず息を呑んだ。顔を上げるとあのトイレであたしを励ましてくれた人が、優しい顔をしてあたしを見ていた。



「どうしてモデルになりたいの? 」

「憧れている人に会いたいからです」

瞳の強さに負けないように、あたしも彼女を見つめた。

「それはモデルかしら。それともデザイナー? 」

「……いいえ。カメラマンです」

モデルを目指してから、ずっと胸に秘めていたことだ。本当はモデルはその人に会うための手段で、目的ではなかった。

こんな浮ついた目的でモデルになろうとしていたから、どのオーディションにも落ちたのかもしれない。

隠していたことを聞き出されて、不安でたまらなくなる。もぅ落選でいいから、早くここから出て行きたい。

びしよ濡れで恥ずかしくて、張り付いたシャツが冷たく感じた。なんとか顔を上げて椅子に座っていると、彼女の綺麗に塗られた唇が開かれた。

「その人に会えるといいわね」

にこりと笑った顔は華やかで、よっぽどこの人のほうがモデルに向いていると思えた。やっと退室しながら、安堵の息を吐き出した。


部屋から出てきたあたしに、さっきのママが子供と一緒にくる。

「あなたしっかりしてるのね。あんなに転んで大丈夫か心配してたのよ。あなたがドアを開け放したままだったので、中の様子がようく聞こえたわ」

「派手に転んで、かえって落ち着きました」

へらりと笑うと、安心した二人も笑い返してくれる。

「それよりタオルありがとうございました。Tシャツがびっしよびしょだったので助かりました」

張り付いたシャツでブラが透けるのを、なんとかタオルで隠しているという状態。ああ本当タオル借りれてよかった。タオルを返そうとして、使った物を洗わないで返していいのか、迷う。ここは洗って送り返すほうがいいんじゃないか。

「あのっ洗って返しますので、住所教えてください」

すると、ママが笑いながらバシバシ背中を叩いてくる。

「タオルくらい気にしないで。それはあなたにあげるわよ。有名になったら、この話をしてくれたらいいわ。カッコ良かったわ」

カッコいいなんて、今まで生きてきて一度も言われたことがなかった。まだ14だとしても、あたしの人生は今までぱっとしなかった。


カッコイイ……

あんなにボロボロのあたしが、気持ちだけで誰かにそう思ってもらえるなんて。

今すぐにもあの女の人にお礼を言いたかった。


顔を真っ直ぐにあげて、あたしはあなたを見れましたか? びしよびしよの服でも気持ちだけはあなたに届きましたか?



じわりと涙が浮かんでくる。

あの人は魔法使いだ。どこにでもいる、なんでもないあたしに魔法をかけてくれた。

その魔法であたしは頑張って顔を上げることができたのだから。あの人から貰ったピンクのシュシュが窓に写って見える。



いくつ落ちたっていいや。

きっとあたしには覚悟がたりなかった。だから、次は頑張る。

ダメなら、その次も頑張る。


そうして…いつかまた出会えてお礼が言えたらいいな。


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