6 / 11
4年前 2
しおりを挟むモデルの基礎もないあたしは、ウオーキングのレクチャ-を簡単にしてもらう。
先生は、すらりと姿勢のいい女性でハキハキしている。ダンスの講師もしているとかで、立ち居振る舞いもキレイだ。
「シンデレラも大変よねぇ。いきなりこんなとこに放り込まれて。
まあミカさん自体あんまりアーティストとしてはうるさくないから、あなたは自分らしくステージに立つといいわ」
まあ、それが難しいんだけどね。と小声で付け加えた。
「服に着られるモデルじゃなさそうだし」
ほんの数分のウオーキングでも神経を使っていたので、ぐったりと疲れていた。
「ありがとうございました」
と深々と頭を下げたら、待ち構えていたさやさんに捕まりフィッティングとメイクに入る。選んだ服、あわせてもらった靴や小物それらが名前を付けられ、ハンガーに掛けられていく。
「当日のバックステージは戦場だから。ここで下着姿は恥ずかしいなんていわないで。みんな次の衣装に着替えるのに手いっぱいで気にしてないから」
会場を映し出しすモニターにもかなりのお客様がいらしているのが映し出されていて、さやさん自体も会場の熱気を受けて頬が赤らんできていた。
着る衣装は3着。最終のチェックをミカさんにしてもらってステージ袖に進む。
一着目は、ふわふわとしたファーをあしらった上着に、ふんわりしたスカートだ。
まだ残暑のある今でも、ステージでは秋冬の装いになる。温度調節がされている会場のため、汗は浮いてこない。
意外にも照明が発する熱が暑くて、会場を埋め尽くす人の熱気に足元が震えた。
「いいよ。玲奈ちゃんは、そのままで。上手く歩こうとか気にしないでいいから、ステージの端まで行ったら止まってポーズをとって帰ってくればいいから」
緊張から言われたことに、こくこくと頷くしかできない。
前のモデルさんがランウェイに進むのを見て、足をすすめる。
「よく似合ってる。玲奈ちゃんは、誰よりもピンクラビッツを着れているから。拍手も喝采も溜め息もみんなあなたのものよ」
とん、と背中を押された。
触れられた背中がじんわりと温かくなる。
じわりと熱が体に広がっていく。それはミカさんの期待かもしれないし、あたしの精神が高ぶっているからかもしれない。
前のモデルがランウェイを折り返して帰ってくるのと入れ違いにランウェイに出る。
顔を上げた先は、下からのライティングで真っ白に染まるなか、質感の違いでやっとランウェイが見分けられた。
身が竦むような怖さ。
真っ直ぐ歩いているつもりで狭いランウェイから転げ落ちないのか怖くなる。
怖い、そう思いながら笑顔を作った。そして一歩を踏み出して、また一歩を踏み出す。
アナウンスも音楽も聞こえないくらい緊張しているのに、白く飛んだ視界の向こうから幾千もの視線を感じた。まるで刺さるように全身を見つめられる。
見ているのは、あたしなんかよりもミカさんの服なんだから、少しでも良く見せたい。
ピンクラビッツはかわいいって言われたい。いいよねって言われたい。
そう思ったら自然とポーズも取れた。くるりと折り返してバックステージに戻る。
するとストローの挿してあるパックの飲み物が差し出されて手を出そうとしたら、上着を脱がされながら飲み物をもらうはめになった。
「良かったわ。初めてのステージだとは思えないくらい堂々としてたじゃない。着替えながら髪とメイクも直すから動かないで」
スタッフ3人ががりで全身を変えていく。さやさんの厳しい目でくるりと回され全身チェックして、またステージ袖のミカさんの所へ送りこまれる。
「やっぱりあたしが服を選びたかったわ。でもあたしが作った服なのに、きちんと玲奈ちゃんの服になってる」
きゅっとコートの襟を直してくれながらミカさんが寂しそうな顔をする。
「ミカさんが作ってくれるなら、あたし何回だって着ます」
何か言ってあげたくて、とっさに口にできたのは叶うかもわからない未来のことで…
それでも口にしたなら、何が変わる気がした。
あたしの言葉にミカさんは微笑んでくれて、そっと服から手を離した。
「そうね。まだショウはあるもの。楽しんねきて」
ふわっと風が動いたから、入れ違うようにランウェイに足を進めた。モデルがすれ違う。
ちらりと向けられた視線がチリチリと身を焼いた。
『無様なショウにしたら許さない』
視線からそう感じた。モデル志望だなんて言ってたって、素人より使えないそんなふうにだけは言われたくなかった。
同じステージ立つからには他のモデルにも認めてもらいたい。イメージした完璧なウオーキングできちんと歩きたい。
まぶしすぎるランウェイにいるのは、あたしだけ。
背筋を伸ばして自信をもって。
今だけはピンクラビッツの力を借りて、この会場全部の視線を集める。
ステージから降りたら、ただの子供でしかないあたしだけど、今だけは…力を貸してください。
遠く感じていたさざ波のような人の気配。会場に集まる人の衣擦れ、吐息、話し声、その上に音楽がのってMCの解説が入る。
最初の時よりも落ち着いて歩けてる。歩きながらも溜め息や、かわいいって声を拾える。
今だけは。このランウェイを歩ききる40秒だけは、あたしをミカさんの服を見てください。
ランウェイの端でコートが綺麗に見えるようにポーズを取る。中に着ている薄手のニットとスカートも見えるように。
わあっと声にならない吐息が生まれる。ミカさんの服を褒められた嬉しさに、思わず笑みがうく。
途端にざわりと会場がどよめいた。やだ、カワイイそんな声が耳に届く。
ミカさんの服はカワイイよ。ピンクラビッツのお店を覗いてみてね。そう心のなかで答える。
あたしの着た服を見て、そう言ってもらえるなら……すごく嬉しい。みんなミカさんの服が素敵だからだけれど、その服を綺麗に可愛く見せられたらなら…少しでもそう思ってもらえたならいい。
バックステージまで戻ると、ミカさんが良かった良かったと背中を叩いてくれた。
「プロのモデルだってこんなに会場からため息なんて貰えないから」
嬉しそうなミカさんに笑い返して、「ミカさんの服がいいからです」と首をすくめた。そのままキャアキャアとガールズトークになりそうなのを、さやさんがあたしを引き離すことで止める。
「まだ終わってませんから。最後の服を出してからやってください」
「わかってるわよ。着替えきて」
にこやかに笑うミカさんを背にして、最後の服を着るためにもどる。
怒られるかもしれない。
この服はミカさんにとって、特別に見えた。この服だけトルソーに着せられて靴も小物もコーディネートされていた。
見た瞬間から惹かれていた。
この服は他の服に紛れるように飾ってあったのに、この服だけが特別なオーラを出してあたしを呼んでいた。
『あたしを着て』
服に感情があるのなら、口があるのならきっとそう言っていた。
この服でミカさんの前に。
近づくあたしに気づいたミカさんは、大きな瞳をさらに見開いて驚いた。
「まさかこの服を着るなんてね」
ため息にも似た声で呆れたようだった。
「この服が一番ミカさんにとって大事なものだと思ったんです。試着してみて、よくわかりました」
ブラウスに残された幾つものミシンの針穴のライン。それは、何度も服のラインを調節するために縫い直したことを表している。
裏地で見えなくても、ジャケットの脇や肩のラインにも微調整を繰り返した跡があるはずだ。
わずかに表面に残る針穴から、そう感じた。
「この服は、デザイナーになろうと思ってから初めて作った服なのよ…針目もガタガタで恥ずかしいわ」
それでも愛おしそうに服の肩に触れた。
「それでもその頃のがむしゃらに頑張ってた自分と、今の玲奈ちゃんに重なるものがあるのかもしれないわね」
ランウェイに目をやったミカさんは、あたしの手を取ると、そっと肘の高さまで持ち上げた。
最後にランウェイに出るあたしを待つように、他のモデルはステージ上の両脇で待っている。
軽く支えられた手に引かれながらミカさんとあたしがステージに出ると会場がざわめいた。
かわいい、着てみたい。
そんな声に混ざって、誰この人すっごい綺麗そんな声も聞こえた。長身のミカさんはモデルだったとしても遜色なく、デザイナーとしての威厳も加わって見る人を圧倒する。
ランウェイの端で手を離したミカさんを待たせて最後のポーズを決める。
この服がどんな服か知らなくても、みてくれた人の心に残りますように。ミカさんの努力が伝わりますように。
ただ服を着ているだけじゃなくて、そういうことも伝えられたらいいのに。自分が新米のぺーぺーだというのが、これほど悔しいものだとは思わなかった。
ウエディングラインのあるショウは、最後に純白のドレスを纏ったモデルをデザイナーがエスコートする。
ジュニア向けのピンクラビッツにはウエディングラインがないけれど、こうして最後の作品であるあたしは、ミカさんにエスコートされている。
あまりにも自然にエスコートされて、普段ならエスコートされる側であるはずのミカさんの落ち着いた振る舞いに、恐る恐る身を任せている。
何をしても似合う人がいることに、憧れよりも嫉妬がわく。
この人は、どれだけの才能をまだ隠しているんだろう。
足掻いて足掻いてやっと人並みレベルでしかないあたしは羨ましいばかりだ。
でも、こうしてそばに居られるのなら。
一番そばでミカさんを見て、話せるのなら今日よりも、もっとなりたい自分になれるはずだから……
あたしは、ここで頑張ってみたい。
ランウェイからステージにたどり着くと、まわりを取り囲んだモデルの人達からも拍手で迎えてもらう。
ミカさんを中心に皆でお辞儀をすると、さらに拍手が大きくなる。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません
藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。
ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。
「君は分かってくれると思っていた」
その一言で、リーシェは気づいてしまう。
私は、最初から選ばれていなかったのだと。
これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。
後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、
そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
三年目の離婚から始まる二度目の人生
あい
恋愛
三年子ができなければ、無条件で離婚できる――王国の制度。
三年目の夜、オーレリアは自らその条文を使い、公爵ルートヴィッヒに離婚を告げた。
理由はただ一つ。
“飾り”として生きるのをやめ、自分の手で商いをしたいから。
女性が公の場で立てる服を作るため、彼女は屋敷を去り、仕立て屋〈オーレリア・テイラーズ〉を開く。
店は順調に軌道に乗り、ついに王女の式典衣装を任されることに。
だが、その夜――激しい雨の中、彼女は馬車事故に遭い命を落とす。
(あと少し早く始めていたら、もっと夢を叶えられたのに……)
そう思った瞬間、目を覚ますと――三年前、ルートヴィッヒと結婚する前の世界に戻っていた。
これは、“三年目の離婚”から始まる、二度目の人生。
今度こそ、自分の人生を選び取るために。
ーーー
不定期更新になります。
全45話前後で完結予定です、よろしくお願いします🙇
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる