君のいる世界

高遠 加奈

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4年前 1

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   派手に転んで、恥ずかしいくらいびしょ濡れのオーディションから一ヶ月が過ぎた。

   あたしは次なるオーディションに向けて履歴書をせっせと書いていた。


   あのオーディションであたしがもらった憧れは、いつかまたあの女の人に会えるようになりたいという夢に膨らんでいた。

   あんなふうに毅然としてあたしも立っていたい。それがどこだとしても、あたしが自分で選んだ場所ならどこでもかまわない。


   あの人、オーディションに携わるなんて、いったいどんな地位にあるんだろう。少なくともピンクラビッツの屋台骨に関わることができる数少ない関係者なんだろう。

   若くてカッコよくて、仕事も出来るなんて完璧すぎる。


  あーーまた会いたいなぁ


   ひとりでにまにましていたあたしに、おねーちゃんが封筒を差し出した。


「自分に来てる郵便物くらいちゃんと片付けなさいよ」

「はーーい」


   しぶしぶと封筒を裏返すと、ピンクラビッツの事務所からの封筒だった。あーーこれは履歴書が送り返されてきたパターンだ。ちょうどオーディションの書類を書きまくっていたから、どこかの封筒にそのまま入れちゃおう。

   なんの感慨もなくハサミを封に差し入れ切り込みを入れる。パチンとハサミを閉じてテーブルに置く。ごくごく普通に。


   中味を引っ張り出す段階で、何だか違和感を感じた。あれ、履歴書の紙ってこんなにさわさわと手触りが良かったかな?

   そして取り出した紙はまた何だか高級感溢れるもので、艶々としたクリーム色に印刷のブルーが透けて見えている。


  うわ、何だか間違って来てる。


   いや、もしかしてDMの類だとしたら、またおかーさんに怒られる。あちこちに大量の履歴書を送っているので、なかには劇団の誘いやタレント事務所の募集とやらも混じっているのだ。



   取り出してしまったので、取りあえず見るだけ見てサヨウナラ。おかーさんには見つからないように捨てよう。

   紙を開くとブルーの飾り模様に囲まれて、日時と集合場所が書いてあった。もちろん何やらご挨拶もあったけれど、難しい言葉だった。

   さらに最後には、ご来場の方には粗品を進呈します、と書かれていた。



   粗品素敵!


   なんだろー。きっと非売品というやつだ。ピンクラビッツのボールペンとかかな? いいなぁ貰いにいってしまおうか。


   よくよく見てみれば、ご案内の紙に挟まれて時間と入り口を指定した小さい紙まで付いていた。なんだか丁寧。こっちの紙の時間のほうがご案内の用紙よりも二時間早くなっていて、なんだか特別な雰囲気がした。

   そこであたしは、にまにまと紙をたたんで封筒に納めてその日を楽しみに待つことにした。


   ピンクラビッツ粗品受け取り当日、朝からあたしが出掛ける用意をしていると、なにやらおねーちゃんもオシャレをしていた。


「おねーちゃんもどこかに行くの? 」

「今日はプチコレクションがあるから、みんな可愛い服で来るんだよね。気合い入れてかなくちゃ」


   おねーちゃんの着ている服は今まで見たことがないもので、新しいものみたいだった。対するあたしは、待つかもしれないからと楽なTシャツとショートパンツでリュックにお菓子を詰めていた。


   女子力に差がありすぎる。


「玲奈もモデルになりたいなんて夢を見てるんだったら、こういうコレクションとか見たほうがいいよ」

「うん…」


   たかだか粗品に踊らされて出掛けるとも言えずにへらりと笑う。雑誌やネットで配信されるコレクションの大きなステージに出れるモデルなんて、かなり売れっこだ。

   憧れはしても、モデルのモの字もないあたしには遠いステージだ。


  キャップを被ってリュックを背負って家を出た。


コレクションに出れるショーモデルはみんな背が170を超えるのが普通で、残念ながらあたしはそこまて背が高くない。

憧れだなぁ

もうこれ以上は大きくなれないとしても、雑誌のモデルならなんとかなるはず。





電車を乗り継いでついたのは、大きな建物で、入り口のわからなかったあたしは、警備員さんに封筒を取り出して聞いてみた。

封筒を見た警備員さんは、にこにことして「まだ時間があるから」と連れて行ってくれた。

「お嬢ちゃんは、ピンクラビッツが好きなのかい」


「やっぱりカワイイなぁって思います」

「そうかいウチの娘もなんだよ。オジサンが見たんじゃ他の服との違いがわからないけど、ピンクラビッツの服を着てると嬉しそうにしてるからわかるんだ」


着る人を幸せにできる服。

凄いなぁそれって最強だよね。きっと自分に自信がもてるはず。カワイイって最強だ。


「だからお嬢ちゃんも頑張っておいでよ。あそこの入り口で封筒を見せたら入れてくれるよ」

「案内ありがとうございました! とっても助かりました」


頑張って粗品をゲットしてきます!

きっと非売品と限定品です!

心の中でにんまりと粗品を想像しながら、ぺこりと頭をさげる。勢いで髪の毛とリュックがずり落ちる。


すると頭の上で楽しそうな笑い声がおきる。


「ああ、なんだか分かったよ」

「何がですか」

「どうしてその封筒を持っているかだよ。さあお迎えだ」


「待っていたわ!! 」

振り向くことも来ずに背後から体をホールドされる。

何これ!! 誰これ!!

「あの人間違いでゎないでしょうか… 」

あたしにはいきなり抱きついてくる大人の知り合いはいない。

「そんなことないわよ。柏崎玲奈ちゃん。あたしが人を見間違えるなんてないもの。来てくれて良かった。もし来てくれなかったら拉致しなくちゃいけなかったから」


そうしたら犯罪だものねー

くすりと笑いながら危ない思想を耳元で垂れ流した。

ダダ漏れてますけど!!

小鹿のようにガクブルなんですけど!!


衝撃で固まっているあたしに構わず、体をずらして正面から見つめられる。

「ああ、何にも変わらないわ。このシャツもオーディションと一緒ね」

にっこりと微笑んだのはピンクラビッツのオーディションで会ったあの人だった。

なんでここにいるんだろうと思って、ピンクラビッツの人だったら会社のイベントに居るのもおかしくないと考えなおす。

遣り手の営業さんとかかもしれないし。

「あの、封筒を頂きまして…オーディションではありがとうございました」

「いいのよ、いいの! 立ち話もなんだから場所を変えましょうか」

言うなりぐいぐいと腕を引いていく。こちらなんてお構いなしに入り口を通過して通路をどんどん歩いていく。



ぐいぐい連れて来られたのは、たくさんの衣装であふれた部屋だった。

ハンガーやトルソーに衣装と小物、靴などが所狭しと並んでいた。キラキラしてカワイく見えるのは、ピンクラビッツのものだからかもしれない。

「さやちゃん~玲奈ちゃん到着しました~」

奥へと声を掛けると、人が飛び出してきた。背が高くて猫目なのが印象的だった。


「もう嫌ですよ~時間なんて幾らあっても足りないんですから、こういうこと止めてください! 」

「だってやっぱり憧れるじゃない、シンデレラストーリーって」

「そんなのお伽話です。リアルに求めないでください」

半泣きでも手は動くようで、あれこれと衣装をあてがいそれに合わせて小物を選んでいく。

「あの、なにをしているんでしょうか…」

自分だけが状況がわからなくて、どうしたらいいのかわからない。

「やだ可哀想。説明もしてないんですか!! 」

「それはこれからなの。今からするの」

「とっとと説明してください!! 」

こほんと咳払いして完璧な営業スマイルをつくる。

「柏崎玲奈ちゃんは、正式にピンクラビッツのモデルとして採用されました。今日はピンクラビッツの新作の御披露目を兼ねたショウがあるので此方まで来て頂いた次第です」

きゅっと上がった唇は完璧なまでに美しいのに、言ってることはとんでもない。


信じられない。いい大人がこんな無計画なことするなんて。

ぽかんとしたあたしを見て、さやちゃんと呼ばれた人がしかめっ面をつくる。

「少しくらいはヒントをあげてたらこんなに戸惑わなくてすんだでしょうに……」

「ヒントならあげてたわよ。プレス用のバックステージパスを送ったもの」

「だから紙が二枚入っていたんですね」

小さいほうの紙に書かれていた時間は早くて、それは取材のためにわざわざ早くしていたそうだ。

「今回こんなに急な話になってしまったのも、ミカさんがショウのために作ってあった服を全部玲奈ちゃんのために作りなおしたのよ。ミカさんかなりダダをこねてね…玲奈ちゃん以外のために服を作らないって社長と揉めてね」

「あの、ミカさんはデザイナーさんですか? 」


はっとしたように、ミカさんとさやさんがあたしを見た。

「もしかして…ミカさん自己紹介とかしてないんじゃないですか? 話がかみ合ってないようですし」

「したわよ…集団面接で。彼女は聞いてる余裕もないみたいだったけど……」

これにはミカさんもがっかりしたようで、うなだれている。

申し訳ないなと思いながらも、わたしだって面接の時は大変だったと言いたい。水をかぶって、滑って遅れて行ったんだから、自己紹介なんて聞けなかった。

「ほら、ミカさん自己紹介」

「高井戸ミカです。ピンクラビッツのデザイナーをやっています」


「ミカさんが事務処理能力がないのは、ようくわかりましたから、あまり周りをわずらわせないように秘書でもつけて貰いましょう」

さやさんに、ため息をつきながら言われてしまう。

「ヒドい。あたしだって頑張ったのに」

ミカさんはまだ落ち込んだモードで、瞳がうるうるとしている。

「頑張るところが違います。ほぼ出来上がっていた服を作り直させた労力を他に回して欲しいだけです」

「……それはダメよ。あたしは女神(ミューズ)を見つけたの。他の何を妥協したとしても、それだけは譲れない。玲奈に似合わない服なんて作れない」

「あーーーもうっ」

頭を抱えてさやさんが唸る。

「それ、それがいけないんですっ! ミカさんには服を作ることしか出来ないんですから、大人しくしていてください」

咳払いをしたさやさんが、あたしに向き直る。

「ようく聞いてください。決めるのは玲奈ちゃんだけれど、あなたはまだ中学生でモデルをするにしてもご両親の承諾が必要になります。
ミカさんに任せておいても、ちっとも話が進まないので、また日を改めて契約していただくことになります。
問題は今日なんです…ミカさんが言うように、ピンクラビッツの服のモデルは玲奈ちゃんにしてもらいたいの」


「こんな人でもピンクラビッツのデザイナーだし、そのデザイナーが玲奈ちゃんのために作った服だから、やっぱり玲奈ちゃんに着てもらいたいの。
急になことになって戸惑わせてしまうけれど、私達スタッフを信じて任せてもらえないかしら」

これは、モデルをしてってことなんだ。

あのオーディションで受かるなんて考えていなかったし、今日だって粗品に釣られて来ただけだったのに……

こんなことになるなんて考えていなかった。

考えこんでいるあたしが迷っていると思ったのか、さやさんは眉尻を下げて困った顔をしている。

「本当にあたしでいいんでしょうか?」

「もちろんよ。みんな玲奈ちゃんの為に作った服よ。着たい服があったら言って」

いつの間にか近づいてきていたミカさんに、がっしりと手を取られる。さらには美人スマイルまでお見舞いされる。

「あたしの女神。デザイナーのなかには自分の女神がいて、その人物からインスピレーションを受けて服を作るという話を聞いたことはあったの。
まさか自分がそんなことになるなんて想像すらしなかったわ」


あたしの腕を取って、ミカさんはご満喫だ。


「ミカさんは海外が長すぎてかぶれているだけです。すこしは普通の日本人の感覚を取り戻したらいいんです」

さやさんが呆れたようにつぶやいて、あたしの腕をとってミカさんから引き剥がした。


「ミカさん取材の時間です。あとは私達スタッフに任せて行ってください」

さり気なく、しっしっと手を振って追い払う。

「あたしだってフイッテイングに付き合いたいのに」

「わかってたなら、もっと早く連絡したらよかったんです。今日は予定が詰まってますから」

他のスタッフからも声がかかり、忙しいのは本当のことらしかった。

「ごめんなさいね玲奈ちゃん。また様子を見に来るから、しばらくはさやちゃんにいろいろ聞いて」

そうして嵐のように去って行った。



「玲奈ちゃん全て好きなものを着ていいのよ」

さやさんに言われて見回すと所狭しと服や小物が並んでいる。

「あたしが決めていいんですか? 」

「もちろんよ。服にあわせて小物も決めるから。本当はミカさんが合わせたくて仕方ないけど、打合せで居ないからね」

見回した先に、あたしはあるものを見つけた。

「あれもいいんですか? 」

指差した先の物を見て、さやさんが息をのむ。

「……いいと思うわ。さあショウの準備よ」






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