君のいる世界

高遠 加奈

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10年前

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 夏休みのある日、あたしはおじいちゃんちの縁側で寝そべりながら写真集を見ていた。

 まだ買っもらったばかりの写真集はいい匂がして、うっかり触ったら手を切りそうなくらいぴかぴかだった。


 ぱたぱたと足を振りながら飽きもせず見ていたあたしの隣に、庭仕事を終えたおじいちゃんがやって来て座った。


「玲奈はその本がずい分好きみたいだな」


 あたしはおじいちゃんを見ることなく返事をする。


「うん。好きだよ。大好き」


 写真集は一人の女の人の日常や生活を映していて、なんとなくではあるものの、そこに写っているものに憧れる気持ちがあった。かわいらしい木のオーナメントや、ブリキの水差しといった物や、季節ごとに変わる庭にある花。何度も見ているのに、いつもどこかに新しい発見があっていつ見ても楽しかった。


「どれちょっとおじいちゃんにも見せてごらん」


 近寄ってきたおじいちゃんの手が、写真集の縁にかかる。あっと思った時には赤紫の指の跡がついていて、シミになっていた。


「ひどいよ、おじいちゃん!! まだぴかぴかの写真集だったのに汚したりして」


 あたしにわんわん言われたおじいちゃんは、淋しそうにでも申し訳なさそうな顔をした。


 おじいちゃんの指が赤紫なのは、萎んでしまった朝顔を摘み取ったからで、なにも悪くなんてなかった。わかっていても大事にしている写真集を汚されたことで、我慢できないイライラをおじいちゃんにぶつけた。


「汚すんだから、もうおじいちゃんになんか何にも見せてあげない。散歩だって一緒にいかないし、もう来てあげない」

 眉毛を下げて悲しそうな顔をしたおじいちゃんが、ポケットから出したハンカチで汚れをこすってくれたけれど、落ちることはなかった。


「ごめんな。玲奈があんまり楽しそうだったから、つい見たくなったけど、汚しちまうなんて悪いじいちゃんだな」

 いつもなら許せることなのに、この日のあたしはどうしても我慢できなくてわんわん泣きながらおじいちゃんを責めた。

 突っ伏して泣くあたしの頭を撫でてくれながら、あたしが泣き止むまでいてくれたおじいちゃんが、思い出したように言った。


「玲奈の宝物の代わりにはならないかもしれないけど、じいちゃんの宝物をやるから許してくれな」


 立ち上がったおじいちゃんは、ちよっと待っとけといいながら何処かへ行って、すぐに何か手にして帰って来た。


「形は古いかもしれないけど、まだ使えるから玲奈も写真を撮ってみたらいいよ」

 開かれた両手にはコンパクトカメラが乗っていて、こちらを見上げていた。その時まであたしには、自分で写真を撮るということが頭になくて、びっくりしておじいちゃんを見た。


「でも、高くないの? こんなに高い物を貰ったら、おかーさんに怒られるよ…」


「いいんだよ。玲奈に使って貰いたいからあげるんだよ。お母さんに怒られないように、じいちゃんから言っておくから」


 おじいちゃんはそう言って頭をなでてくれる。涙と鼻水でぐずぐずだったあたしは上手く声が出せなくて、こくこくと頷いた。あんな小さなシミで大騒ぎして、あたしはおじいちゃんのカメラを取ってしまったのだと思うと申し訳なくて、でも謝れなくて涙が浮かんでくる。


 心のどこかで、自分は悪くないと無理やり思いこもうとしている。


「写真を撮ってみようか。使い方を教えるからやってみな」

 体を包むように後ろからあたしを抱えたおじいちゃんが、ひとつひとつの操作を教えてくれる。

 抱っこで抱えるほどの小さな子供ではなくなったけれど、おじいちゃんのタバコの匂いがして、だんだんと落ち着いてきた。


「難しく考えないで、玲奈が好きなものを撮ったらいいよ。きっとそれが一番いい写真だから」


 おじいちゃんが手を伸ばして支えてくれたレンズの先には、鮮やかに咲く立葵があって淡いピンクの花がたくさん空に向かって花びらを開いていた。


 青い空に映えるこの花だって、おじいちゃんが丹精こめて育てたから、こんなにきれいに咲いているんだ。


 生きている物、その花や木もみんなおじいちゃんが丹精こめて育てているから美しく咲いていた。


 ほんとにキレイなのは、そんな花を育てられるおじいちゃんの心なのかもしれない。

 緑の指を持つおじいちゃんのことを自慢に思っているのに、酷いことを言って傷つけてしまった自分は本当にダメだ。


 伸ばした腕の先で立葵に焦点を合わせる。ピピッと自動でシャッター音がしてメモリーに記録される。

 振り向いた先にあるおじいちゃんの笑顔は優しくてあたたかくて、我が儘を言って困らせてしまうことはもう止めよう、そう強く思った。


「いろいろ玲奈の好きなものを撮ってみるといいよ」

「……うん。ありがとうおじいちゃん」


 やっと素直にお礼を言えてほっとする。おじいちゃんちにいる間ずっと気まずいままなんて耐えられない。

 ごほん、とおじいちゃんが咳をした。

「おじいちゃん、風邪? 」

「そうかもしれないな。喉のあたりが変なんだよ。でも熱はないし、玲奈には移さないからな」


 慌てて体を離すのがなんだかカワイイ。


「大丈夫だよ。玲奈は強いんだから」

 あたしはおじいちゃんの腕にぎゅつとしがみついた。そうしてふたりで庭を眺めていた。


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