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Carbonium

第五十話 自動馬車

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 やがて平野の向こうに荒れた砂地が見える辺りまで来ていた。
 恐らくファンデル荒野であろう、つい先日はあそこで散々だったと真はフレイへ自分の酵素を口移しした事、バジリスクを殺した事を思い出し光量調整によってそんな荒野を荷車の中から眺めていた。


「シン、もうすっかり暗くなっている。今日はこの辺で休むとするがいいか?」
「ん、ああ、わかった!」

 フレイがそう尋ねてくる辺り、そろそろ視界も悪く疲れてきたのだろう。
 真自身が馬を操れればその必要性も無いのだが、今はフレイが運転者である。
 当人が辛いなら曰くの場であろうと休んだ方がいい、真はそう判断してフレイに返事を返す。


 既に眠りに落ちていたルナが荷車の揺れと馬の嘶きに慌てて身体を起こした。


「っはわっ!?て、敵ですかっ!?」
「……休憩だ。言ってもお前は完全に休憩してたんだろうがな」

「はっ……私は……フレイさんが馬を引いていると言うのに……申し訳ありませんん!」


「……ふ、気にするな!」


 馬から降りたフレイが荷車の布を捲り、ルナの言葉を聞いていたのかそう声をかける。

「……お疲れ、悪いな。俺が出来ればいいんだが」
「はは、まぁシンなら直ぐに覚えるだろうがな。気にするな、そもそも私はシンに借りが多すぎる」


 フレイはそう言いながら笑い、暗がりの中休めそうな場所を下見している様だった。

 そんなフレイの後ろ姿を見ながら、もし自分が本当に馬を操れればこの暗闇でも進めるのにと真は歯噛みする。
 だがそこでふとある事を思った。


 ルナの力、ルナが獣と意思疏通出来る事、それは馬に対しては無理なのかと。


「なぁルナ?」
「はっ、はいっ!」

 相変わらず返事だけは良いルナである。
 真はそんな返事を特に気にすることなく質問を続けた。


「お前は獣を操れるよな、馬は無理なのか?」
「へっ!?……馬……どうでしょう……馬なんて……初めて見ましたし……」

 どうやらルナも馬を見るのはこれが初めてらしかった。
 今の真が言えた義理でも無いが世間知らずも良い所である。


「ちょっと話してみろ」
「え……話すと言うか……そのどういう気持ちか解ると言うか……ええと、どう説明すればいいか」

「いいから馬の気持ちを聞いてこい、早く、ダッシュ!」
「あっ、は、はいぃ!」


 真にとって最早馬との意思疏通がどういう仕組みか等は興味の範疇ではない。
 要するに馬を操れるか否か、問題はそこだけなのだ。

 万が一にもそれが出来れば馬の自動運転が可能になる。
 そうなれば必然的にフレイも荷車で休む事が出来、馬の体力次第だが永久に進める事になるとそう考えていたのだ。


 自分だけ何もしないと言うのも何だか気が引けた真は、特にやることも無かったが荷車から降りてルナと馬のやり取りを見つめる事にした。


「……シン様!出来ましたっ!馬と言うのも獣なんですかねっ!?」

「知らん、で、馬は何だって?」


 意気揚々と戻ってくるルナ、その表情は何とも自分が未知の力に目覚めた子供の様。
 恐らく真がフローリンエッヂを造り出した時と同じ様な顔をしていた。

「はい、早く走らせろと。中々気性の荒い子ですね、まだ幼い様です」
「……なるほど、よくやったルナ」

「はっ、はいっ!!シン様の、お役に立てましたか!?」


 真は嬉しそうにするルナへ、頭に軽く手を置く事でその返事を返した。

(後はどうやって向かわせるかだな……)

 馬との意思疏通は可能、と来れば後は馬一人で進めるように道を示す方法が必要である。
 とにかく一度ザイールまでの方角を聞こうと真はフレイを呼ぶ事にした。













「……しかし、なんだかなぁ」
「まぁそう言う訳だから、これで少しは早く着くだろ?」


 事情をフレイに説明すると最初こそ多少驚いた風ではあったが、馬とルナの言葉がリンクしているのを見るやルナの意思疏通をフレイも確信した様であった。
 その後方角の定め方について、フレイは右側にファンデル山脈が常に見える様に走れば問題無いと端的に告げ、それをルナが馬訳する事で解決した。


「そんなに急ぐ必要もないと思うんだが……しかし馬が勝手に走ると言うのも不思議な物だな」


 ルナの馬との意思疏通によって勝手に進む事になった荷馬車。

 正直真にしてもそこまでこの旅を急ごうと思っている訳ではない。
 休みたいと言われればそれもいいが、進めるなら進めばどうだと言う単純な意見である。
 疲れや睡眠、暗闇までもが特に何ら影響しない真にとって旅はただの移動であり作業でしかないのだ。




「……ところでフレイ、知ってたらでいいんだが異世界の勇者とやらは言葉が通じるのか?」
「……ん?何の話だ」


 真のそんな唐突な話題にフレイは目を点にして考え込む様子を見せる。
 間が空いた真はたまたま気になっていた話題を軽い気持ちで振ってみただけなのだが、フレイは神妙な面持ちで悩んでしまっていた。


「いや、勇者召喚とやらの話だ。それに魔王とか言う奴の」
「あ、あぁ、それか。私の知っている事でよければな……いきなり異世界の勇者は言葉が通じるのかなんて聞かれても困るぞシン、全く薬師の知識やら何やら研究者みたいな事を言うかと思えば全く世間には疎い……お前は何と言うか……」

「……なんだ」


 途中で言葉を切るフレイに、真は何を言われるのかと少々身構える。


「いや、やっぱり不思議な奴だな……お前が異世界の勇者と言われた方がしっくり来る気がする」

「異世界の勇者……か」


 そんなフレイの言葉に、真は過去の地球で自分がしてきた行いを思い返し自嘲した。
 自分が勇者だとするならば、目の前の敵を殺すだけのそんな人間が勇者ならば、そしてそれを持て囃す様な世界だとするならば、そんな世界は地球と同じ既に狂っているのだろうなと。






 勇者、その歴史ははっきりとしない。

 過去に対立した種族間争い。
 この世界では実に様々な種族が存在し、その中でも全ての種族を統一支配せしめんとした種族を纏めて魔族、或いは魔物と呼ぶ様である。

 つまりは魔族と一概に言ってもその中でも種類は多岐に渡ると言う事であり、それを統一しているのが現段階の魔王と言う存在だ。

 そして過去にその魔族、魔物の王なる存在を打ち倒した者が勇者だと言うのである。



「人間だけがその魔族とやらに対抗したのか?」

「うーむ、その辺りはあまり詳しくは無いんだがな……ただあらゆる種族が魔王側について一進一退の攻防だったと何かの歴史書には書いてあった気がするな。だが人間のある一族が何かの魔力で異世界からとてつもない力を持つ者を呼び出したとか……話では今で言う召喚師の所業だろうと言われている様だが、巷に溢れる召喚師はどれも胡散臭い者ばかりだしな。はっきり言って定かじゃない」


「召喚師か……」


 シグエーとイルネと言う獣族の少女が交わしていた会話を思い出す。
 イルネが召喚師を占い師みたいな物かと聞いたのに対し、確かシグエーは召喚師はかつて素晴らしい力を持った偉大な本物の魔導師だと説明していたのだ。


 だがどうだろう、その異世界だかなにかの勇者は確実に味方になるものなのだろうか。苦戦を強いられる魔王とやらを打ち倒せる程の力を持つ者が素直に召喚師の言う事を聞いて人間側に手を貸す、考えれば不思議な事ばかりだと真は感じていた。
 仮に無理矢理言う事を聞かせる事が出来たとしてその後はどうするのか、元の世界に戻すのか、疑問は尽きない。

 だが国の傭兵やらS級ギルド員でも恐らく相手にならないのだろうそんな魔族、魔王を打ち倒せる程の力を持つ異世界の者。
 気にならないと言えばそれはまた嘘になった。


「異世界……あるならむしろこっちから送って欲しい所だ」
「ん?何だって?」

「いや、こっちの話だ」

 真はふと訳の分からない転移をして自分がこの世界にいる事を思い出していた。
 もしこの世界にそんな異世界召喚とやらがあるとして、逆にこちらから何処かに指定転送等は出来ないのか。

 そんな事を考えたが、真はこの世界の文明レベルを思い出してそれ以上の思考を投げ出したのだった。
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