その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

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Nitrogenium

第七十八話 仲違い

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「シンッッ!」



 人気の無くなったコロッセオに聞き慣れた男勝りな金切り声が響く。
 観客席に背を凭れさせていた真とその横で杖を抱え俯き座るルナは、そんな声にふと顔を向けた。


「シン、大丈夫なのか!?」
「ああ。フレイこそ、無事みたいだな」

「すまない……こんな……まさか父が魔族をこんな形で利用する等」



 真はフレイの言葉にその意図する所を図りかねたが、今の発言からやはりブランタと魔族は繋がっていたのだと確信した。
 ただフレイはこうして無事なのだからブランタ自身はそこまで何かに侵されていると言う事もないのだろう。



「まさか……っ!?これは一体……あれだけの強者が集まっていた筈」
「父上!話が違うじゃないかっ、こんな……皆……アーレン!?」


 フレイの後を慣れない足取りで追いかけて来た白色のマントに身を包んだ恰幅のいい男。ここザイールを治める領主ブランタ=フォーレスはコロッセオの惨状を見るなりその動きを止めていた。
 フレイは怒りに打ち震える様な怒声で自らの父にそう詰め寄ろうとするが、途中でコロッセオのリングに視線を落とし何かを叫ぶと観客席から突如身を投げる。



 真もそんなフレイの行動に良からぬ事態を感じ重い腰を上げると、ブランタを一瞥してから観客席からリングを見下ろす。
 フレイは当初金色に輝いていた筈の今は動かない剣士に歩み寄っている様であった。


 フレイとあの青年は知り合いなのか、それは真の知る所ではないが視線を更にリング上へ這わせると先程まで共に魔族を相手取った女剣士が地面にへたり込んでいるのが目に入った。
 真も観客席から高さ4m程下にあるリング場内へと飛び下り、フレイの元へと歩みを寄せる。


「アーレンッ、アーレン!おい、起きろっ!……そんな………くっ、やはり魔族を相手取る等無茶だったんだ、何故こんな、事に」


 アーレンと言う名らしい今や生気も無い剣士は、ぐったりとフレイに頭を抱えられながらその白色の長髪を靡かせた。
 真にはこんな時にかける言葉の一つも見当たらない。ただ、フレイの肩にそっと手を乗せるだけでしか慰める方法は見出だせなかった。


 フレイの悔しさ混じる嗚咽を耳に入れながら、真は近付く人の気配を感じそちらへ顔を向ける。
 疲れた様子で長い朱色の髪を後ろにゆったりと流しながら、既に手持ちの剣を腰の鞘に納めた女剣士が真を一瞥して横たわるアーレンの元で膝を折った。


「心魔を吸われたんだ、ガーゴイル如きに出来る事じゃない。これを……胸の元に置け」
「これは……貴女は」

「名乗るのは後でいいだろう、それより早くこれを。一刻を争う、まだ間に合えばいいが」


 そう言うと女剣士はフレイに一つの鉱石を差し出した。空よりも、深海よりも濃いインディゴブルーのそれはいつかにワイドの街で炭鉱夫が集めていた水の魔力結石マナマイトだろう。

 フレイは女剣士から受け取った魔力結石を怪訝な顔色を見せつつもそっと動かぬアーレンの胸元へと安置した。
 何処か張り詰めた空気がその場に流れ、緊張の面持ちを崩さないフレイと女剣士。それを背後から見止める真は、あたかも何かと共鳴する様に仄かな明滅を見せるその鉱石に釘付けとなっていた。

「これ、は」
「間に合ったな……」

 フレイの腕でぐったりとしていた剣士アーレンの白髪はゆっくりと、そして穏やかに元の輝くパールブロンドの色を取り戻していった。
 意識は未だ戻ってはいない様だが、上下する胸がその青年を確かに生きていると教えている。


「魔力結石の魔力マナは空の器と成り得る物――この場合は彼の身体だが――と均衡を保とうとする性質がある。あまり時間が経ってしまうと……それも効果がない、魔力を失った人間は……自然に還るのみだ」


 そう呟く女剣士の表情は何処か憂いを含む物だった。



















 真は何度目かになるフレイの実家、ブランタの屋敷に三度足を踏み入れていた。
 食堂よりも広い大広間には直径2mには届こうかと言う程の円卓、それを囲う様に顔を向け合う人間達がいる。

 俯きはしないが険しい顔付きのまま中空に視線を固定させるブランタは一つ息を吐くとそこにいる人間達全員に向けて頭を垂れた。


「すまない。よもやこんな事になろうとは……私はどうかしていた」
「あなた……」

「謝罪してどうこうなる事じゃない。父上のした事はこの街の民を裏切る物だ……犠牲者が出なかったのは奇跡的だった、シンとその――」
「レヴィーナだ、私の事は気にしなくていい。実質あの魔族を倒したのはそこの彼だしな」


 フレイとレヴィーナと言う名らしい女剣士、そしてブランタの妻レスマリアとフレイの弟レスタの視線が一気に真へと向けられる。
 サンジ、レスタと共にいつの間にか屋敷へ避難していたのだろうアリィはしっかりと真の隣の席に堂々と陣取り、今回の一件を我が物顔で処理したと言わんばかりに胸を張る。


「シン、それにレヴィーナ。今回の父の過ちは私にも責任の一端がある、本当にすまなかった。父を許してくれ等と言うつもりは毛頭ないが一人の犠牲も出さずに事を収められたのは二人のお陰だ……アーレンも、死なずに済んだ」


 意識を僅かながら取り戻したアーレンは、フレイの計らいで屋敷に余っている一部屋で休まされている。
 アーレンはフレイが幼い頃に一度手合わせした少年で、最近はその剣の腕を買われてブランタの直近護衛として各国を飛び回っていた様だ。


「で?結局は領主さんの目的はこれで果たせたって訳だよね。自分の欲の為に自分の民をも売っちゃうんだもんね」
「そんな言い方……」


 横槍のアリィ。
 その物言いはまたしても酷くストレートで、だが紛う事無き真実だ。ルナが思わずアリィの言葉を糾弾し及ぶが、さすがのブランタも俯いたまま小声で申し訳無いと呟くばかりだった。


 領主ブランタの政略はこれと言って複雑な事もない。ブランタはその手腕により独自の商業ルートを確立しレノアール共和国に太いパイプラインを築いていた。ザイールの地は年々拡大され今やファンデル王国内でもその四分の一に当る領地を手にしている。
 その分王国側もザイールの収入源を当てにしている所があり、徴収される税はブランタの負担となっていた。そこでブランタはレノアール共和国の一部を牛耳り、独立国家を制定したくファンデル王国への宣誓布告とも取れる声明を提唱したのだ。

 だが貴重な収入源を手放す許可をファンデル王国が下ろす訳も無い。ブランタはいざ武力間交渉となる時に備えて兵力の拡大に勤しんだ。
 そしてそれでも足りない所を魔族と手を組み補填しようとしたと言う訳だ。

 ただ魔族はブランタの言う事を素直に聞き入れる訳でもなく、あまりにも勝手な行動を起こしていた。ファンデル王国の心臓、ファンデル王都へ配下の魔族、魔物を向かわせ一気に国を破滅させようと試みているらしい。
 だが強者犇めくファンデル王都、低級魔族如きにそれをどうこう出来る筈もないとブランタは他の方法を考えた、勝手に動く魔族を巧く利用する方法は無いかと。

 それが今回の一件に繋がる。


「民を危険に晒すつもりは無かった。本戦に集う強者ならガーゴイル一匹如きに手を煩う事もないと……アーレンも然り、あれは剣一本でギルド員A階級の座に就いていたのを私が過去の話を持ちだして無理矢理連れ出した。腕は確かだった、それが何故……」

「ヤツは……あれは確かに魔族、いや魔族とも言えない低級のガーゴイルだった筈だ。それが恐らくあの少年の魔力を吸ってあそこまで膨大な力を持ってしまったのだろう。とても今まで私が見て来たガーゴイルとは思えない、悪鬼族のヴァンパイアクラスだ……あの少年の魔力は一体」

「ガーゴイルがヴァンパイア並の力を持つ等っ!?」
「ヴァンパイア……そんな……馬鹿な」


 レヴィーナはそう言い思考するが、その言葉に警備長サンジとブランタは事の事態の重さを再認識している様であった。


「何故だろうとなんだろうとさ、結局は魔族がここに現れたって事を知らしめて王都の戦力をこっちに流せる算段が出来たわけでしょう?一人の犠牲も出さずに。後はそのガーゴイルに王都を襲わせるか何かするのかは知らないけど、取り敢えず母上さんの夫を助けたいって報酬と領主さんの政略の手助けの報酬、白金貨十枚で!」

「アリィ……こんな時までまだそんな戯言を」
「戯言?誰のお陰で今無事にこうしていられるの?おっぱいのさぁ、家族って問題抱え過ぎ!」

「お前ッッ!!」
「姉さん!」
「止しなさい、フレイ」


 一触即発。
 辛うじて弟と義母にその身を抑えつけられたフレイは、それだけで人一人殺めそうな程の冷酷な視線をアリィへと送る。だが、それを受けてもアリィはケロッとした表情で追撃の一言を放ってみせた。

「そうやってすぐ力で何とかしようとするでしょ?あんたもやっぱり問題児だね、それじゃあシンちゃんも愛想尽かすわぁ」


「おいアリィ、言い過ぎだ。それにブランタさんの方は依頼されてなかったろう。レスマリアさんの方は夫を魔族の手から開放するのが依頼だ。ならまだ完遂じゃない」
「あれ……バレてた?結構仕事にシビアなんだねシンちゃん。でも元から払うつもりなかったんだよ、優勝賞金白金貨十枚。領主にしてはやり口がセコくない?」



 真としてはフレイの身になればアリィの場違いな発言は許し難い物だが、ここでどちらかの肩を持つのは場の空気を悪くしかねなかった為、取り敢えず仲違いさせない様放った言葉だった。


「シン……そんな、お前まで、私を?」


 だがその言葉はむしろフレイの心を傷付ける余計な一言でしかなかったと感じた時にはもう事態は悪転していた。

 そう、それはもし時空転移装置がそこにあるなら今すぐにでも使って数秒前でいいから戻りたい程に。
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