その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

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Nitrogenium

第七十九話  波乱の星向き

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「……シン、に、い様?」
「……」

「ねぇ、シンちゃんてば。怒ってるの?」
「……」



 灰土のザイール、その街道は白い結晶が自然に敷き詰められた様な大地で一歩を踏み出す毎にザクザクと痛々しい音を奏でる。
 ブーツがその結晶を踏み締め音を鳴らす度にそれが心に刺さる後悔の数に思えてならない。


 真、ルナ、アリィの三人はザイールに停泊させている荷馬車へと足を向けていた。

 その目的は二つ。
 一つはファンデル王都に異常が無いかの確認及び、魔族ガーゴイルが王都を狙っている事をギルトに伝える事である。
 そしてもう一つはルナの持つ杖に関する疑問を解く為だ。

 ルナは自分の持つ杖に不安を隠せない様であった。それはやはりファンデル王都の魔力機マナコア屋の言葉とあの魔族がルナに詰め寄った事実が大きい。
 アリィもルナの杖には一目置いているらしく、ただその詳細が悔しくも解りかねる為にそれに詳しい人間を紹介してくれると言う話になったのだった。
 直接ルナの村へと足を向けるつもりだったが、アリィの知り合いはファンデル王都にいると言う事だったのでそれはついでの用事である。



 馬舎でザイールへ来た時に預けた荷馬車を受け取りルナの馬訳で町の外まで荷馬車を転がす。
 水や携帯食、その他野営道具と再び三人の人間を乗せた荷馬車はそうして灰土の地を一旦後にした。





 荷馬車のベンチシートは真とルナ、向いにアリィと言ったフォーメーションだがその空気は何とも緊張感の漂う物だった。
 荷車の中に幾本もの見えない銀線が張り巡らされ、触れれば身体の肉を切り裂くのではないかと言う程の殺気を放つ主は腕を組んだまま口と目を閉ざし続けている。


「……ねぇ、言い過ぎたよ。ゴメン、でもさ!おっ……フレイもちょっとはシンちゃんの言い分も聞くべきだよね、アレ絶対あの日が来てるって」

「頼むから黙ってくれ」

「……ッ」
「シン様……」




 今此処に足りない物、否足りない人間がいる。
 ここ最近ではいつしか真の心の支えともなっていた存在は怒りと悲しみを抱いて真達と道を分けていた。
 真にとって今この状況はまるで物語の主人公が消え、脇役だけでストーリーを進行している様なそんな気分だろう。

 こう言った状況を招いたのは結局その原因の一端が自分にもあるとは言え、もう少し上手くフレイの気持ちに寄り添うべきだったと今となれば後悔が真の胸を満たしていた。

 真としても別にアリィの肩を持ったつもりはない。ただ、アリィのどうしょうもなく交渉性に欠ける商売話を抑えるにはああ言った言い方でなければと考えた結果だったのだ。
 だがフレイの心としてみれば実の父が魔族と繋がりを持っていた事に加えて、過去の友人の命を危険に晒した事態が彼女を必要以上にナイーブにさせていたのだろう。真の発言はそんな彼女に追撃として突き刺さってしまったのだ。


 あの後フレイの誤解を解く為にもう少し説得の余地もあった筈であるが、フレイからあの金髪の青年剣士を心配する発言が出た事によって真は不甲斐なくもフレイへ嫉妬の感情を向けてしまったのだ。
 その後は売り言葉に買い言葉、嫉妬している事を素直に伝えていればまだ良かった物を真にそんな男気無い感情を吐き出す真似が出来る筈もなく、遠回しな嫌味を連ね事態は悪転の一途を辿った。

 事が事だけにフレイがザイールに残ると言う事は変わらずとも、真があとほんの少し女心を理解できていれば、ほんの少し大人な対応が出来ていればここまで嫌な気分で道を分かつ事にはならなかった。



「ふっ……」

「え?」
「シン、様?」


 ふとそんな沈黙した荷馬車内で一人、真は鼻笑いをしていた。

 自分は何をしているのかと。
 恋、嫉妬、喧嘩、これではまるで若者の恋愛事情と変わらない。以前の地球でこんな気持ちを感じた事が一度でもあっただろうか、否有り得ない。
 皆が死に急がされる世界でたかが男女の縺れ一つ。

 そう考えると今の自分の心境がどれだけ平和な物かを再認識させられ思わず笑いが込み上げていたのだった。



「……悪い。少し気が立ってたな、早い所用事を済ませよう」


 そうだ、あまりにも下らない。
 苛々するのは自分がフレイを大切に思っているからこその感情。
 それを素直に本人に伝えれば済むだけの話、きっとフレイなら分かってくれるだろう。
 真は平和だからこそ抱けるこの感情に感謝し、気持ちを切り替える事にした。


「あれ、シンちゃん怒ってないの?」
「いや。内心お前が面倒な存在だと感じてる」

「え、や、やだなぁ!シンちゃん。レア防具あげたのにひどぉーい」
「お前はしっかり報酬貰ってただろ」
「げ……あれ、知ってたの!?」


 まるで無償で真に防具を提供したとでも言いた気なアリィに真は鋭い事実を告げる。
 一時間程前、今後の方針についての話が纏まり結果この三人で王都に向かうとなった真一行だが、フレイの屋敷を出る時にレスマリアがアリィへ何かを渡している姿を真はしっかり目に留めていた。
 恐らくそれがお土産のお菓子と言う訳でもあるまい。敢えてそれに対し真もレスマリアの好意なら何かを言う気も起こらなかったのでその時は無視する事にしていた。

 金はこの世界で生きていく上で確かに必要。
 だが今の真にしてみれば報酬よりももっと気になる事はいくらでもあった。
 今真にとって重要なのは金ではない。
 例えアリィからレアな防具とやらが貰えなくてもそれはそれで構わない程度のどうでもいい話なのだ。


「シン様、わた、私は……私には怒ってませんか?」
「……?」


 相変わらず場違いなルナの発言に真は一瞬理解が及ばなかったが、ルナの事。真の機嫌が悪いのは自分にも責任の一端があるとネガティブな発想を展開していたのだろう、そんなルナに真は若干申し訳無くなり自分の童心を恥じると共に謝罪を口にしようとした――


「ねぇ、アンタは頭がイッちゃってるの?シンちゃんが何でアンタに怒る訳?シンちゃんが怒ってるのはアタシがおっぱいに突っかかってそれでシンちゃんとおっぱいの関係が悪くなったから!アンタは関係ないのっ、全ッ然!」
「……!?」


 ――ところでまたしてもアリィの爆弾発言が炸裂した。
 ルナはその事実に驚愕の表情を浮かべ、口をあんぐりと開けたままその動きを止めていた。
 どうやら本当に分かっていなかった様だがルナならばそれも有り得るから何とも言えない真である。

 ただ、アリィには一言言っておかなければならなくなった真でもあった。



「アリィ。お前良くわかってるな、流石だ」
「え……?あ、ま、まぁ、ね」

「そっ、そんな!私は……やっぱり馬鹿、なんですか」


 アリィは真から返された言葉があまりに予想外だったのか、若干の動揺を見せながらもその小さな胸を張って視線を真から逸らす。


「なぁアリィ、一度目を瞑ってみてくれ」


 真は更にそう一言言い放つ。
 だがその言葉の意味を理解できる者はこの空間に真を除いて誰一人としていなかった。

「え、え?なぁにシンちゃん、あ、まさか唇を奪おうって?ええ、しょうがないなぁ……はい、どうゾゥぶっ!!」

「ひぁ!?」

「……悪いなアリィ。どうしてもスッキリしなくて。取り敢えず口には気をつけろ」



 真の久々の手刀、今回ばかりはその対象がルナではなくアリィの頭上に斬撃の如く鋭さで直撃した。
 ルナがそれを目の当たりにし、かつての痛みを思い出したかの様に自らの頭を押さえていたのはやはりどうでもいい話だ。

















 ――ファンデル王都ギルド本部


「ぎ、ギルド長ッ!」
「ん?ネイル=フレグランスか……どうしたそんなに慌てて珍しい、ハイライトと婚約でも決まったのか?」


 艷やかな光沢を放つ黒褐色の木造床。
 広い室内には同系色の半月形デスクと書棚が幾つかあり、応接用の分厚いクッションで作られた長椅子が向い合いに一つづつ鎮座している。

 ネイルは滅多に立ち入る事の無いこのファンデル王国ギルド本部、本部長室の扉をノックする事も無く無作法に開け放っていた。
 半月型デスクの向こうでゆったりと一人がけクッション椅子に背をもたれかけながら、書物を読み耽る白い口髭を伸ばした本部長は視線をネイルに向ける事無く他愛もない冗談を繰り出した。


「……ッ、今はそんな冗談に付き合ってる場合ではありません。リトアニア、サモン=ベスター会長が――」

「いやはや!これはこれはベイレルギルド本部長、優雅に読書とは随分と余裕がある物だ」


「……案内ご苦労だった、外してくれ」
「あ、はい!」



 輝く幾つものバッヂを翡翠色の貴族服の様なその衣服に付け、金色の細いチェーンを首から下げた恰幅の良い男はネイルの案内も待たずに本部長室へ入るなり卑しい笑いを放ちながら柔らかい長椅子にどすっと身を沈めた。


「して、此度は如何なご用件で?採取品の価格改定表は既に受け取りましたが」
「ははは。いやいやそんな業務的な話ではないよベイレル君、少し、話を聞きにね。まぁ何だ、座ったらどうかね?」


 ギルド長ベイレルは出来る事なら早めにこの男の要件を終わらせたかったが、そうもいかない状況になった事を内心で溜息をつきながらこのギルドの元締め的な立場でもある今やリトアニア商会と名を分けた代表に顔を突き合わせた。


「君の所に……何だ、あぁ……ハイ、ハイ何とかと言う男がいたかね?」
「……はて、それだけでは判りかねますがね」

 ギルド長の不安は拭えない。
 この男がわざわざ此処へ足を向けるのは碌でも無い事の序章なのだ。


「ハハハッ、いやぁ儂も歳だな。最近の有象無象の名を一々覚えとられんで困る」
「いえ、まだまだベスター会長には頑張って頂かないとギルドも商会も……国が回らなくなりますよ」


 サモン=ベスターは一頻り腹から低い笑いを室内に響かせると、ふと表情を固くしてギルド長へ鋭い視線を向ける。


「ふぅ。さて冗談はこれ位にしてだな……お前の所のギルド官が商人を手にかけたと言う話が出ている。それも直轄リトアニア商会のだ」
「っ!?まさか……ベスター会長、無礼を承知で申し上げますが援助金率の均等下げ交渉をするにしてもそれは冗談が過ぎますよ。ギルド官が唯の一般人を殺める等、そんな事が起これば国の断首刑に問われます」

「援助金値下げか……儂をそんなセコい男だと思っているのは心外だ。だが今回の事が公になればギルドの存続は危ぶまれるだろうな……まぁ儂が一から新たなギルドに代わる物を分立させてもいいがそれも面倒だ」


 ギルド長には青天の霹靂であった。
 何かしらの下らない交渉事を持ってくるのにそんな話をでっち上げる等。
 だが何故矛先が一介のギルド試験官である恐らくはハイライト=シグエーに向いたのか。考えられる可能性は本当に何かしらの揉め事を当人が起こしたと言う一択しかなかった。


「……では」
「まぁそうだな、差し当たってこの問題は此方で消しておく事にする。が、取り敢えずはそのハイ何とかと言う男の身柄を此方で貰っておこうと思ってな」

「しかし証拠は何も……」
「証拠云々の話はどうでもいいのだよベイレル。商会側にこの話が出ている以上何かしらの落とし所が必要だ、下らん事で騒ぎ立てて国にこの事態が知られるのも面倒だ。いいな、直ぐに件の人間を……先ずは儂の所へ連れて来い、話はそれだけだ」


 サモン=ベスターはそう言い放つと億劫な様子でのっそりとクッションから身体を起こす。

「あぁそれと、この件を不問にするのは少々難儀するな。あの何だネイルと言ったか、受付の……あれは、いいじゃないか」


 視線を落としたままのギルド長に含みのある言葉をかけたサモン=ベスターは、最後に卑しい笑みをもう一度浮かべ本部長室から仰々しく出て行った。



「く……あの占いは当たるのか?」


 ベイレルは椅子から立ち上がり、先ほど読みかけていた巷の召喚士が書いたと言う星占いの書物を再び手に取ると、自分の人生が波乱の時期に差し掛かっている事を再視認して深い溜息をついたのだった。
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