その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

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Nitrogenium

第八十話 アリィ=マカフィスト

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 ファンデル王都に着いたのは一夜明けた頃だった。
 着いて真っ先にアリィとルナは宿屋へ駆け込んでいたが、それを排泄か等と聞く程無粋な真ではない。

 取り敢えず荷馬車を先に馬舎へ返すつもりではあるが、手続きで街の勝手を知るアリィがいた方がいいと判断しそこそこ古びた王都入り口近くの宿屋入り口で真は二人を待つ事にした。


 ふと真は思い出したようにデバイスの待機ディスプレイから時刻表示を確認する。
 すっかりこの世界に順応し時間の感覚を空の明るさから判断する様になっていた真。
 そもそもこの世界でも眠ることはない為何かに遅刻する事態も起こらない、地球でも時刻などあってないような存在なのでそこまで気にも留めていなかったがここに来ておかしな事態に気付いた。

 デバイスの時刻表示と太陽の上り具合があからさまに違うのだ。
 今は恐らく明け方過ぎ、だがデバイスはこの時刻を24時と表示する。最後にデバイスで時刻を確認したのは何時だったか、シグエーと迷子の娘を探した時だったか、今まで考えもしなかった。
 最初にルナの村を出た時に時刻を見て大体この世界の日暮れと一致していたから同じ位だろうと考えていたのだ。
 そもそもこのデバイスの時刻表示の仕組みを真は知らない。もし衛星電波ならこの世界と時刻が合っている時点で地球から距離がそこまでない事になる。
 地球の時刻を決めている衛星電波が届くと言う事になるからだ。

 だが単にのデバイス内蔵永久5次電池によるデジタル時計であるならば、時刻が同じ時点でこの世界で見える日の位置が地球太陽間の距離と全く同じで公転スピードまで同じと言う事になってしまう。
 それはいくら何でも有り得ない。
 何でもありのご都合異世界等有り得る筈がないと考える真はこの世界が他の星だと判断しているのだ。ならば時刻はズレて当たり前、大まかに見て現在の時刻ズレは7時間程度。もしくは31時間かはたまた55時間か、今となってはそれを確かめる術も無い。

 何にせよデバイスの時刻表示は今後役に立たないと考えるべきだろう。
 真は溜息を一つつき、何やら言い争いながら此方に歩いてくる二人の小さい女子を目に留めてデバイスをポケットに入れ直したのだった。




「もうここサイテー、何、まだ王都にこんなトアレがあるなんて……魔力結石じゃ無理だしルナはいいよねぇ魔導師だからその辺コントロール出来て」
「わ、私は!そ、そう言う話をシン様の前でしないで下さいッッ!」

「あ、そういえばシンちゃんはトアレ大丈夫なの?行った方がいいって、今時手杓子だからね!」



 恐らくと言うより確実に二人の会話がトイレ関係の話題だと察知したが、よくよく考えてみれば真はこの世界のトイレ事情を知らない。
 アリィの言い方からしてやはり多少の文明の遅れは感じるが、大昔の排泄物を外に投げるような世界でなかった事だけは有り難いと言わざるを得ない。


「分かったから、早い所用事を済ませるぞ」


 真は背後で不満の声を上げるアリィと、恥ずかしそうに顔を赤らめ俯くルナを無視して荷車の付いた馬の手綱を引いたのだった。















 王都でも大通りとなる、敷石が隙間なく並ぶ街道を進み馬舎で一旦荷馬車を返却。預け金から延滞料金を追加で払い残りを釣りとして返してもらう。

 アリィは横で色仕掛けを使った下手な値引き交渉を行っていたがそれは尽く無視されていた。



「何よ!あの馬男、アタシの魅力が分からないの?」
「胸が足りないんじゃないのか?」

「あっ!あぁ!!それ言っちゃった、言っちゃったねシンちゃん!!」



 自分で余計な一言をアリィに向けた真だが、当然アリィの反応に返す言葉は特に無い。
 そのまま自分の平たい胸を押さえるルナと今度はギルドへと足を向けた。

 馬舎への道程とは違い、趣ある家屋の合間を縫うように走る幅の狭い街路。
 王都入口付近にある筈のギルドへ行くには方向的に引き返す様な形になる為、先にギルドへの報告を済ますべきだったかと自らの算段を悔やみながら反発応力無しでひたすら歩く。


 やがて見えてくる二階屋の建造物。
 塗装は他の家屋と違い白一色で丁寧に塗り尽くされている。
 久しぶりのギルドを見るなり脳裏にシグエーの呆れ顔が浮かび、ほんの少し足取りを軽くしながら真はギルドの扉を引いたのだった。


「……久しぶりだなぁ」
「ん?」

「あ、いやいや!何でもないの!」



 アリィの呟きにふと顔を向ける真だが、何やら慌ただしい受付に目を取られそれ以上アリィに構う事はしなかった。

 受付のカウンターには数人のこれから依頼を受けるであろうギルド員達が苛々した様子で縦一列に並ぶ。
 時々まだかよ、ネイルちゃんはどうした等と怒声が飛び交うが朱色の制服を身に纏う受付はそれに応える余裕もなく右往左往しながら書類を慌ただしく弄っている。


 今回は依頼ではなくある事実の報告なのでこの列に並ぶのは何とも気の向かない事だが、苛立つギルド員を抜かして受付へ声を掛けるのも憚れたので仕方なく三人はその列の最後尾に並ぶ事にした。

「早くしろよ!」
「ネイルちゃん休みかよぉ、あぁあ。依頼辞めようかな」

「ユーリ、もう一人はどうした!?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!!こっちだっていきなりネイル居なくなっちゃって大変なんだからっ!ちょっとぉッ!!サニアァァ、こっち手伝ってぇぇ!!!」


 受付の女は確か初めて真がギルド登録を行った時と違う方の女だ。
 ラベール花を採取した時に担当してくれたユーリと呼ばれる受付は、忙しなく動きながら今や敬語も忘れてカウンターにそう叫び散らす。
 すると少しの間をおいて溜息をつきながら同じく朱色の制服を身に付けた長いブラウンヘアーの長身女性がロビーにある扉から姿を現した。


「「オォォーーー」」
「サニアちゃんだぁッッ!!」


 途端に場の雰囲気が変貌を遂げた。
 ギルド員による歓声とどよめき、口笛すらも聞こえてくる。

 受付嬢にはどうやら様々なギルド員のファンが付いているらしい。
 確かにサニアと言う女は気怠そうにしながらもその歩き方、所作には気品が漂い持ち前の長身と髪色も相まって、それは正に風光明媚とも言える程の美しさだった。
 真はこれならファンが付いてもおかしくないなと思い更けながら、それによってただの女に格下げされたユーリに若干の同情を抱いていた。


「助かったわ、サニア――」
「はい、次の方どうぞ」

「サニアちゃぁぁんっ!!」


 行列が一気にユーリからサニアへと移動する。
 ユーリの唖然とした、だがやはりと言いたげなジト目を受け流してサニアは事務的に次から次へとギルド員の依頼受領を捌いて行った。
 時折掛けられるギルド員の熱いファンメッセージもサニアは一切を華麗に受け流し、気付けば最後尾であった真達にまであっという間に順が回る。

 真はサニアにいっぱい採集してくるからねと言いながら外へを出て行くギルド員を見送りカウンターへと歩み寄った。


「依頼書とギルド員証のご提示を」
「いや、今回はザイール領主からの報告をしに来た。ガーゴイルが出現している、犠牲者は無いが魔族が王都を狙っているとの情報だ」

「!?」
「……え、何?」


 サニアの透き通る様な瞳が一瞬大きく見開かれ、ユーリも事態を把握しかねたのか訝しげな顔を浮かべながらサニアの横へと近づいていた。


 真はここまで来る間にどう上手くザイールの一件を伝えるかを考えていた。
 ガーゴイルを呼び寄せたのは結局の所フレイの父、そしてザイールの領主自身だ。その上魔族が王都を狙う理由の一端にもその領主に原因があると言って過言ではない。

 だが事態を素直に伝えてしまえばそれはフレイの家族全員を潰しかねない事に繋がってしまう。だからこそ真は領主ブランタの改心をフレイに委ね、事実を少々捻じ曲げて王都の危機だけを回避するような報告の仕方を選んだのだ。



「優しいよねぇ、真ちゃんも」
「……じゃなきゃお前の報酬も無くなるんだぞ」

「うっ」


「ちょっと、お待ち下さい。とりあえずはギルド員証を拝見させて頂けますか?」



 アリィを一旦黙らせた真は、こんな話をした後でも冷静に事務的手順を踏もうとするサニアの律儀さに感服しギルド員証を提示した。


「サニア、そんな物確認してる場合じゃ……」
「ユーリ。貴女は受付でしょう?ならもう少し冷静に対処する術を覚えたら?一々全部の話を真に受けていたらそれは業務も滞るわよ。今の話が真実に値するか、それはこの階級を見れば一目瞭然……Dの3。シン、様ですね?今話された事を証明する何かは御座いますか?」

「証明する……物って、言ってもな」
「はぁ?!何、アンタ。アタシ達の言ってる事が嘘って言いたいの?!わざわざ危険を知らせに来て上げたって言うのにその言い草な訳?階級?階級が何だって言うのよ、こんな嘘ついて何のメリットがあるのよ、アンタ馬鹿?アンタこそ受付辞めなさいよ、ちょっと綺麗でおっぱい大きいからってお高く止まらないでよねっ!」


「……なっ」
「ぷっ」

「おい……アリィ」


 真は一発触発な空気の中思っていた。
 アリィを黙らせるのは自分にとってこの世界で最も難易度の高い、言うなれば恐らく魔王を倒す事より難しいのではないかと。
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