その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

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Nitrogenium

第八十三話 リトアニア会長【サモン=ベスター】

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「何で私までリトアニアの会長に呼ばれる訳?」 
「うーん……ギルド官同士の婚約には報告義務があるんじゃ無いのかい?」

「ちょっ、勝手に婚約させないでよね!何で私がアンタなんかと……て言うかその噂広めたの、貴方じゃないわよね?」


 朱色の制服の上から外出用の薄い外套を羽織り、夜勤終わりのまだ街も静かな明け方からシグエーとネイルの二人はギルド長ベイレルの命によりリトアニア商会の本部、ではなくその全てを牛耳る統括者サモン=ベスター会長の自邸へと向かっている途中であった。 

 いつもこれといって機嫌のいい表情を見せるネイルでも無いが、事が事だけに今回はいつにも増して不機嫌そうにシグエーを睨めつけた。

 ネイルの何で私までと言う表現から、そんな呼び出しを受けるのはシグエーが何か問題を起こしたのだと決めつけているのは確実だ。
 だがシグエーにしてみてもリトアニアの自邸に呼び出される覚え等無い。いや、無い事も無いのだがただの受付官であるネイルと共にと言うのはおかしな話だった。

 この二人が同時に呼び出されると言うならば、噂が広まって風紀を乱していると言及される事態はあながち冗談では無いのかもしれない。そんな事を思いながらもシグエーの胸はざわつき、絶えず警鐘を鳴らしていた。




 大概にして住居の多くあるノルト地区に人々は持ち家を構えるが、リトアニアの会長宅は商店街のあるイルト地区にその居を構えている。
 わざわざ税金の高いこの商業地区に邸を建てる事はそれだけで高いステータスの証明。
 しかもそんな商店街でも資金力のある人間のみが贔屓する高級店街にあれば尚更だ。


 古びた安物を並べる店はこの時間帯でも幾つか店を開けているが、高級店街は一様にしてその活気を潜めている。
 シグエーは仕事終わりで早く帰りたそうにするネイルの為に必死で気の利いた冗談を幾つか繰り出し、やっとの思いで会長宅の馬鹿でかい門扉の前までやって来ていた。


「ここ……よね、明らかに。初めて見たわ、何この贅を尽くした様な建物。本当に家?」
「あぁ、僕も過去に一度ギルド長と挨拶に来た事がある位だ」


 二人は幅10mはあるだろう黒格子の門の前でそうつぶやきながら、中に広がる手入れされた庭の向こうの豪邸を仰ぎ見る。
 数年前にギルド員A階級から試験官に推薦して貰う際、行くのが面倒だからと言う理由でたまたまベスター会長から挨拶に来いと言われたシグエーはギルド長と共に此処へ足を運んだ事がある。

 その時と同じ感動と財産の格差をネイルは胸に抱いているのだろうとシグエーは勝手に想像しながら、以前ギルド長がやっていたのを真似る様にして門の前にある球体の魔力機へ触れた。


「――ギルド官の方ですか。右の方がハイライト=シグエー係官。左の方はネイル=フレグランス官でお間違いないですね、書簡は届いております。門を開けますのでそのまま真っ直ぐお進み下さい」


 暫くしてシグエーが触れた魔力機の横にある交信型魔力機からしわがれた声が響いてくる。
 恐らくは触れた方の球体がこちら側の姿を向こうへ映しているのだろう。
 顔も名も、役職まで向こうから言い当ててくる辺り写絵付きの名簿がギルド長から既にベスター会長に回っている様であった。


 やがて長い黒格子の門が左右に二人分の幅を開けて停止する。
 庭の左右には何か透明色に近い膜が張られ、屋敷の扉までの道程を示している様にも感じられた。



「ねぇ……シグエー。私達、帰れるわよね?」


 ネイルは女の第六感なのか、不安に駆られた様子でそう呟くが、シグエーにしてみてもこの状況があまり良い事の予兆とは思えない。万が一にも何かあった時、シグエーはせめてネイルだけでも帰してやりたいと強く決意した。



「あぁ、大丈夫だ。君の事は僕に任せておいてくれ」









 庭を通り抜ける最中、左右からその牙の毒に定評を持つウォールズウルフが大量に二人へ向かってきた。だが驚き咄嗟にシグエーへ抱きつくネイルを他所に獣達は透明の膜に阻まれ甲高い鳴き声を上げながら転倒する。それを見たネイルは自分の失態を思い出しシグエーを突き飛ばした。

 一枚で2mの幅はあるだろう重厚な二枚扉は、近付くと自動で開閉し二人は先程の声の主に迎えられた。



「ご足労頂きありがとうございます、ハイライト=シグエー係官。ネイル=フレグランス官。ではこちらから最上階へご案内致します」

「え……何、檻?」
「大丈夫だ、これで階上へ登る」


 高級な絨毯が敷かれた幅広い螺旋階段の反対側に設置された物々しい檻は上へと続く。
 シグエーもここでしか見た事は無いが、この檻は魔力を動力としてチェーンベルトを巻き上げるタイプの移動手段だと以前の経験から知っていた。


「ハイライト=シグエー係官はご存知でいらっしゃいましたか」
「えぇ、まあ……昔一度拝邸していますので」


 シグエーはこの執事にも一度会っているが、どうせ覚えていないのだろうと思いながらもそんな嫌味を執事に返す。
 だが執事は悪ぶる風もなく、歳ですなと言いながら二人を魔力式エレベーターで会長の部屋がある最上階まで案内したのだった。




 そこまでスピードの無い魔力式エレベーター、螺旋階段を少し駆け足で上ればそちらの方が明らかに速いだろうが、それでもこう言った物を設置するだけリトアニアの会長は物臭なのだろう。
 もしくはただ自分の権威を示したいだけか。


 目前に延びる二階の廊下を無視して三人を乗せた格子エレベーターは更に上へと引き上げられて行く。
 階下を見下ろし、エレベーターのチェーンが巻き上がる騒がしい音だけをひたすら自らの鼓膜で耐えながら、四回目の廊下を見た時にやっとその音も軽い衝撃と共に終わりを迎えた。


「足元にお気を付け下さい」


 悪い呼び出しと判断するには丁寧過ぎる案内に何とも居心地の悪さを感じながら、シグエーとネイルはただ一つの扉を視界の先に収めながら執事の後についた。
 リトアニア商会特有の緑を主体とした絨毯に、ギルドとおなじ白い塗装がされた壁には繊細かつ独特の模様が描かれている。

 所々にはどれも値が張りそうな使用用途不明のモニュメントが置かれ、又は飾られ、この階層が明らかに主の域だと招かれる者に思わせる。


「……サモン=ベスター会長?ギルドの方です」


 やがて辿り着いた扉のノッカーで執事は軽く音を鳴らし、耳を扉に近づけながら一オクターブ下がった声色でそう声を掛ける。


「――入れ」

 中から薄っすらと野太い声が聞こえるなり、執事はゆっくりとその扉を開けシグエーとネイルを片手で誘った。



 室内は正に豪華絢爛。
 緑一色の壁には金粉が付けられているのか、キラキラと視界に煩わしい。
 猛獣が五十頭は詰められそうな室内には扉が二つあり、他にもこのクラスの部屋があるとしたら最早ここだけでギルドの広さを上回りそうである。
 室内に並べられた数々の剣、鎧はどれも装飾の施された数少ないAランクの品だろう。
 陳列する魔力結石は全て綺麗な円球に磨かれ、まるで結界を張っているかの様にその存在を主張する。他にも斑模様の壺や価値のある骨董品であろう物が透明のケースに大事そうに保管されていた。

 高級な何かの毛皮で敷き詰められた床はブーツのまま歩くのに何とも気が引けるが、シグエーは意を決してその一歩を踏み出した。


「失礼します、ハイライト=シグエー。ネイル=フレグランス。ギルド長ベイレルの命により参上致しました」


「ふぅむ……サトポン」
「は」


 室内の奥に鎮座する丁寧に研磨されたテーブルの向こうで、何とも柔らかそうな椅子に背を預けるリトアニアの会長はシグエーとネイルの挨拶を耳に留めるなり背後の執事に目で合図を送った。
 静かに扉が閉じられた事を背後に感じながら、シグエーは直立不動を保つ。

 この緊張感は当時ベイレルと訪れた時より、会長の権威を知った今の方が何倍も高い。
 ネイルに関しては緊張のあまり小刻みに震えている様にも見えた。



「……こんな早くからご苦労な事だ。儂はあまり眠らない人間なのでいいがな。寝る暇があるなら金を稼ぐ、それが人間と言うものだ……君もそう思わんかね?」
「は、え、ええ……まぁ」



 上層部独特の言葉遊び。
 だがそこからこの男の真意をシグエーは読み取りかねた。
 ネイルはシグエーの少し斜め後ろに陣取り、ベスター会長とのやり取りを全て任せたと言わんばかりである。



「して……ハイライト何とかと言ったかね」
「ハイライト=シグエーと申します。現在は王都ギルド本部にて試験官を担当させて頂いており……サモン=ベスター会長とは以前ベイレルギルド長と――」
「あぁよい、よい。その辺りはあまり興味がないのでな。しかしハイライトか……ハイライト……何処かで聞いた様な名だがしかしてこんな青二才だったか、いや、まあいい」



 此方の話等端から聞く気のない態度に少しの腹立たしさを感じそうになったのも束の間、この男がハイライトと言う名に心当たりがありそうな発言をした事にシグエーはじんわりと背筋に汗が垂れた気がした。


「要件だけ言う。お前達はそれに従えば良い。あぁ……ハイライト、その名のギルド官がリトアニア商会の人間を殺害したとの報告が上がっている」
「「!?」」



 シグエーはその言葉に全身の血の気が引いた。
 ネイルも目を見開きシグエーに顔を向ける。


「まぁリトアニアの名を連ねる商会は今や星の数ほどある、その中の有象無象の一つがどうこうなった所の真意は解らんし興味もない。お前から何かしらの言い訳を聞くのも面倒、重要なのはそこではない」
「そ、それは」
「……シグエー、本当なの?」


 ネイルの小さな不信の声はしかし次のベスターの言葉で掻き消された。


「そう言った下らない話が儂の所まで上がっていると言う事態が問題だ。この話がお上の耳に入れば我がリトアニア自体の威信が危ぶまれる、よってそうだな……お前には辺地へ行ってもらうか」
「辺地……」


 まさかと言うよりやはりと言った所か。
 シンの一件が遂にリトアニア、それもその全てを束ねる会長の耳にまで入る事態になっている。

 リトアニアが如何に傍若無人であろうと商人として認められている以上一般人には違いはない。
 それを殺めたとあればその罪はファンデル王国の法により死罪は免れないだろう。
 それをこの会長は揉み消すつもりなのだ、それがこの男には可能だと言うのは十分に理解出来る。

 ネイルとの恋沙汰話の方が幾分マシな気もしたが、辺地への異動で事が済むならそれはかなり譲歩されたと言うべきだ。
 最早余計な言い訳はいるまいとシグエーは後でシンへこの借りをどう返してもらうか考えながら会長の次言を待った。



「リヴァイバル……はあれだな、うむ。ノルランドがいいだろう、明日にでもノルランド王都のギルド本部へ行け。後はそこでの判断とする、お前は以上だ」
「っ!?」


 ノルランドのギルド本部。
 辺地と言われたがまさか国外追放とは題のシグエーも考えていなかった。
 しかもノルランド王国はファンデル王国とあまり交友関係が良好とは言い難い筈で、そもそもリトアニアがノルランドにまで関係を伸ばしてギルドを設立しているのは初耳だった。
 ギルドはその国々、又は大手商会のバックアップによって成り立つ。つまりリトアニアは国から独自にノルランドのギルドへも出資していると言う事である。


「してそんな事よりもそっちの娘、ネイルと言ったかね」
「はっ、はひ!」


 シグエーのそんな思考を、突如名を呼ばれたネイルの驚嘆した声が遮る。


「お前は今日から儂に仕えろ、ギルドで受付なんぞするよりよっぽどいいだろう?」


 ベスターは先程までシグエーに向けていたつまらなそうな表情から一変し、ここが本題だと言わんばかりに下卑た笑みを浮かべてそう言ったのだった。
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