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Chapter A
sec.7
しおりを挟む今日も朝から教会に行く。
これは最早ソウイチの日課だった。
育った場所に挨拶を入れるのは当然であり、まだ小さい孤児達の中には彼が遊びに来る事を楽しみにしている者もいたりするのも理由の一つだ。
商店街の脇道に佇む家賃の滞納されたマイホームから徒歩10分。あと数ヵ月もすれば新緑に色付く木々が立ち並ぶそんな街道を抜けるといつもと変わることない古ぼけた石造りの教会が見えた。
教会外のちょっとした広場では寒いだろうに元気よく走り回る孤児達の姿。
「……あ、お兄ちゃんだっ!」
ソウイチの姿を見付けるなり孤児達は一斉に此方へと駆けてくる。そんな自らと同じ境遇に立つ孤児達に、ソウイチは過去の自分を重ね温かな視線を向けながら歩み寄った。
「よっ! 元気でやってるかお前等?」
「うんっ、元気っ!」
どんな時でも元気が一番だ。辛い時でも元気にしてれば自然と良いことが起こるものだと、ソウイチは過去の経験からそう信じている。
だがそんな孤児達の中でも現在最年長であるソウジの姿が見えなかった。
思春期だから仕方ないのか……そんな風に思いながら教会内に入る。中はステンドグラスの小窓から外の陽が虹色に変換されて入り込み相変わらず厳かな空気が漂っている。
と、そんな中隅の長椅子に一人天を仰ぎ座る少年が見えた。
「ソウジ……何を黄昏てんだ?」
背後からもそれが孤児の一人、ソウジだと分かった。
「ソウ兄か……別に」
思春期の子供はなかなか難しい。
ソウジと言うのは唯一ソウイチが名付けた孤児の一人だ、ソウイチもここに来た当初は気性が荒く、神父には随分と面倒をかけていた一人だった為かソウジが何となくここに馴染めない気持ちも解った。
こんな風に一人黄昏たい時は軽く言葉を交わすぐらいで丁度いいことも。
「なぁ、神父のおっさんどこ行った?」
「あぁ……神父ならお客が来てたから対談部屋じゃない」
「客って言うな……説教部屋か、珍しい事もあるもんだな」
対談部屋は何らかの理由で礼拝に来た人が神父を通じて神に懺悔や感謝を述べる時に使われる神聖な場所だ。と、神父から再三言われたのはソウジだけではないだろう。
ソウイチにとって対談部屋はむしろ説教部屋と呼んであまり良い思い出の無い場所だった。
「……ちなみに女」
「何っ!?」
「反応が早いんだよ、変態」
ソウジの奴、いつから俺のツボを押さえられるようになったのかと、思った矢先。
「ソウイチさん!?」
「んっ?」
見れば聖堂奥の小部屋から神父に続いて見覚えのある少女が出て来た所だった。
「……ユラ?」
「奇遇です! ソウイチさんも礼拝ですか?」
その少女は昨日ソウイチが新緑の森で助けた……どちらかと言えば助けられたユラ・スコールの姿だった。
「あ、いや……俺はそう言う訳じゃ。此処は俺の実家みたいなもんだからな」
「えっ……あ、そうだったんですね……」
小走りに此方へ向かってきたユラはソウイチの言葉に互いのテンションの差を感じたのか、しゅんとした様子を見せる。まるでご主人に叱られた仔犬のように。
「ソウ、そこの御嬢さんから聞いたぞ。どうやら他人様の役に立っているようだな。此度の迷子騒動はこの娘を助ける為の神のお導きだったのかもしれん」
黒い聖道着に身を包んだ神父はゆっくりと歩み寄るなりそんな事を良い放った。
「何でそれをっ……」
「あ、ごめんなさいっ。私昨日の事に感謝したくて、普段はしないんですけど今回は本当に神様のお陰じゃないかって……」
「あいや、別に謝らなくてもいいって」
何かこの娘には謝られてばっかりだなと、そんな事を思いながらソウイチは昨日のお礼の件を思い出していた。
「こんなんでも人様の役に立てるなら神の御元で育てた甲斐もあるってものさ、ユラ=スコールに神の加護があらんことを……」
「こんなんとは何か神父っ!」
「こんなんはこんなんだ、よくもまぁ問題児をここまで素晴らしく成長させたなと、神と私自身に感謝しているんだ……」
「ま、まぁまぁお二人とも……あ、そうだソウイチさん私お礼がまだでした」
「お礼……? あぁ、だから気にしなくて良いって。神父曰く神のなんとやらだからさっ」
「いやでも……」
照れ隠しに進まないソウイチとユラのやり取りに神父が割って入る。
「それならユラさん、よかったらコイツとデートの一つでもしてやって貰えないですか? 全くこの歳になっても浮いた話の一つもないもんで」
そんな神父の言葉に心で大きなお世話だと毒づくソウイチ。
ソウイチの外見は正直そこまで悪くはない。
くっきりとした二重瞼に整った顔立ち、それでも本人が言う程浮いた話がないのは幼い頃からの素行の悪さと、この辺りでは珍しい黒髪で孤児だった事が理由だろう。
「えっ! あ、そうですねっ。私はむしろ有り難いですっ、この街も来てからまだ日が浅いのでソウイチさんに色々教えて貰いたいですし!」
「おぉ、そうか。よかったなソウイチ、早速商店街辺りでも案内してやったらいい。ほらっ、善は急げだ」
「おっ、おい! 勝手に決めんなって……おいっ」
神父に半ば無理やりに教会の外へと出されたソウイチは、何となく居心地の悪い気持ちでユラとフォーサイドの街に繰り出す事になってしまった。
「な、何か緊張しちゃいますねっ!」
「そ、そうだな……」
町で組合員として働く様になってから確かに女の子という存在とも喋った事はあるソウイチだが、こういった二人きりの状況と言うのは初めてであり、どちらかと言うと一匹狼派なソウイチは少しの油断を許せば頭が真っ白になりそうな程緊張していた。
「実は私こう言うの初めてで……その、男の人と二人でとか……その」
「そ、そうなんだ……」
内心こう言う事には慣れていると思っていたユラも初めてらしい。
だから俺もだってっと言いたい気持ちをグッとこらえる。
自分が慣れていないと悟られるのも恥ずかしい気持ちがソウイチの頭を支配していた。
「何か商店街も人があまりいませんね……」
そんな風にしどろもどろになっている間にソウイチ達は商店街通りに入っていた様だった。立ち並ぶ店の殆どはガラス窓に休店と張り紙がされており、何処か寂れた雰囲気を醸し出していた。
「まぁ、この時期だからな。皆ワンサイドで一儲けしにいってるんだろ。……そう言えばユラの、お父さん? も行ってるんだよな?」
「はい、父は行商人なんです。ワンサイドは賃料が高いのでフォーサイドを拠点にグリゼル帝で当面は仕事するって」
フォーサイドは治安問題やグリゼル帝首都のワンサイドから遠い事もあって家賃が他より格安だ。他の商売人もそう言った理由で此処に拠点を持つ者は多い。
(まぁ……そのせいでこの有り様なんだよな)
「あ、こんな時でもやってる店はあるんだ、行ってみるか?」
「そうなんですか? はい、行きたいです! 早くいきましょっ」
この季節に吹き抜ける冷ややかな風を背後に受けながらソウイチは、跳び跳ねると言った言葉どおりにはしゃぐユラと二人街道を歩いた。
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