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14話 タイムオーバー

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 一限目の退屈な授業が佳境を迎えていたそんな時、教室の扉が建付けの悪そうな音を立てて開かれる。


「また遅刻か、三隅! 早く席につけ」


 気怠そうにランドセルを肩から下ろす三隅にクラスの半数以上が視線を奪われていた。

 かかとの踏み潰された上履きを鳴らし、小学6年には少し小さめ椅子を引く。
 机の横にランドセルを掛けた三隅は、教師からの聞き慣れた注意に反省の色も無くそのまま再度の眠りに入った。



 三隅祐幸はあの水鉄砲の日、転校初日からどうやら前沢一派と揉めていたようだった。

 前沢達があの日公園に遅れてきたのも、その原因は三隅との一悶着があったからだと情報通の宏からそんな話を聞き、友作は遥か昔の記憶を海馬から漁っていた。


 確かに色々と問題のある少年だったのは覚えていた。
 遅刻、早退、更にはエアガンで近所の動物を射殺等という事件もあった。
 
 そのどれもに自分も合わせて関わっていた事も。

 だが根は悪い少年と言うでは無く、家庭環境の問題からほんの少しだけ態度が悪くなってしまっただけなのだ。


 三隅とは、中学に上がるまでは大親友と言ってもよかったのだ。
 それ位、友作と三隅は同じ時を過ごしていた。


 だが今の三隅と友作はまだ話した事も無い他人。仲良くなった切っ掛けをどうしても思い出せない友作はどう話しかけるべきか未だに決めかねていた。



 そうこうしている間に時は過ぎ、気付けば授業も終わり、帰りのHRの挨拶を済ませるやいなや一斉に生徒達はランドセルを背負い駆け出す。

 友作は一日の最後の慌ただしさの中、未だ変わらず机に突っ伏す三隅を見つめていた。
 言葉を気にしても仕方ない。
 所詮は小学生の付き合いに何をそこまで気を遣う事があるだろうか。

 自分が最早完全に小学生の精神と化してしまった事に呆れ、再度気を取り直した友作が三隅に声を掛けようと机から立ち上がったちょうどその時であった。


 廊下と教室を隔てる窓から数名の男子が顔を見せ、笑いながら三隅の方を見る。


「みぃーすみ君、ちょっと話そうぜ」

「前沢……」


 三隅を見やっていた前沢と視線が一瞬交差する。だがお前には関係ない事だと言わんばかりに皆敢えて友作には声をかけなかった。

 ターゲットはあくまで三隅祐幸、と言う事だろうか。そんな事態を察していたのか、今まで微動だにもしなかった三隅はすっと机から顔を上げると、ランドセルを肩に掛け廊下へと進む。


「よっし、いこぉーぜ!三隅くーん。今度はきちんと話聞いてもらうよぉ」

「いぇーい!」


 何の反応も見せない三隅の肩に、馴れ馴れしく腕を掛ける前沢とその一派達。
 どこかで見たようなその光景に、友作は不穏な空気を感じざるを得なかった。


 イジメ、か。
 宏の話では既に三隅と前沢一派は一度揉めている。
 だとすればその時の報復か、それとも自陣に引き込もうと誘いを諦めていないのか。

 全く小学生のくせに何とも必死な人間関係であると、友作は嘆息した。




――――



 放課後の別館裏、焼却炉前。
苔生したその場所は年中日陰で、日中であったとしても人が来る事は少ない。


 そこに三人の男子を侍らせ、前沢は一人俯く三隅の肩を叩くように強く握った。
 


「この前は随分調子に乗ってくれたな三隅君よ、俺達と仲良くするのがそんなに嫌か?」

「……ってぇ」

「ああ?」


 嫌な予感を感じて後をつけたが、どうやらそこは友作が思った通りの展開になっているようであった。


「痛ぇんだょ! このクソが」

「ぉわ!」


 三隅は突如今までの静観が嘘であるかのように怒りの形相で前沢の腕を掴み払い落とした。
 その勢いでバランスを崩した前沢はまだ幾分濡れて苔生した地面に手と膝を付く。


「お、お前」
「前ちゃん!」

「て、めぇっ!!」


 前沢がついにその怒りをあからさまにした。
 本来であればここで止めるべきか。

 だが前沢には兄がいる。
 この辺一帯では最も有名な暴走族。

 流石に小学生でそんな事までに足を突っ込むのは気が引けた。

 焦り、不安、正義感が友作の心で葛藤する。
 恐怖を感じているのか、足にも力も入らない。
 心臓の鼓動がこれ以上ない程激しくなり、友作の足をそこから一歩も進めさせてはくれなかった。


「ざっけんなよてめぇ、下出に出りゃつけやがりやがっておらぁ!」

「ってぇな……てめぇの兄貴がどうだとか知らねぇ。俺はそんなもんビビらねえから、掛かってこいよ、兄貴にでも助けてもらってよ」

「てんめぇぇ!!」 


 もうこれ以上は手に負えない。
 友作の最後に振り絞った勇気は、何も見なかった事にしてその場から去るという選択肢であった。   


 静かに一歩、二歩と後ずさり、友作はそっとその場から逃げ出した。


 自分は別に逃げたわけじゃない。
 これは自分の問題ではないのだ。
 三隅が反抗的になるから、三隅が巻いた種。

 普通に仲良くしておけばいいものを、馴れ合えとまでは言わないがある程度のコミュニケーションは小学生でも重要なのだからと。

 正当化しようとする言い訳と罪悪感が交互に友作の心を掻き乱す。

 それでも今更戻る勇気もわかなかった。

 自分は間違ってない。

「これは仕方ないことなんだ、俺にはどうしようも――」


 飛び出しそうになる心臓の鼓動を無理やりに抑えつけ、校庭まで足早に出た時、友作は突如不思議な感覚に襲われていた。
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