帝国の鬼と呼ばれる騎士 皇女の世話係となる

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第5章 母への旅路と手紙の想い

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母への旅路と手紙の想い

帝国の家族と過去

エルドラド帝国の光の城塞、その中心にそびえる皇帝の執務室は、静かな威厳に満ちていた。ヴィルヘルム三世、皇帝陛下は、白髪交じりの髪と鋭い眼差しで、帝国の未来を見据えていた。彼には四人の子がいる。第一皇太子ヴィクター(28歳)は、騎士団総司令官として第五騎士団を率い、北方のモンスター討伐のため遠征中。第二皇太子レオナルド(25歳)は第三騎士団長として、ザルド王国を牽制すべく西方に駐留。第三皇太子ユリアン(18歳)は、帝国学院卒業後、兄ヴィクターの遠征に同行中。そして、最愛の末娘、第一皇女セレナ(8歳)は、宮殿の天使として帝国の希望を象徴していた。

ヴィルヘルム三世が32歳の時、16歳のアリシア夫人と結婚した。皇帝がそれまで結婚しなかったのは、エテルニア大陸の混乱を平定し、皇帝に即位するまで戦場を駆け抜けていたからだ。アリシア夫人は優美な美貌と穏やかな心を持ち、皇帝は彼女を心から愛した。側室を持たず、彼女との間に四人の子をもうけた。セレナが生まれた時、皇帝は52歳、夫人は36歳。高齢出産だったが母子ともに健康だった。しかし、出産後すぐにアリシアは原因不明の病に倒れ、後に「魔石症」と診断された。この病は魔力を過剰に吸収し体が結晶化する稀な疾患で、治療法は未だ確立されていない。現在、夫人は帝国北東の避暑地、シルヴァノヴァで静養中だった。

セレナにとって母アリシアは、遠い記憶の中の温かな存在だった。子守唄や髪を撫でてくれた手の感触は、彼女の心に刻まれている。母が病に倒れてからは、年に一度の夏の訪問が唯一の再会の機会だった。帝国学院初等科の夏休みが始まり、セレナは母に会うため、シルヴァノヴァへの旅を準備していた。

旅の準備とセレナの手紙

ルミナスの宮殿、セレナの私室。朝陽が窓から差し込み、彼女の金色の髪を輝かせていた。アレン・クロウは、いつものようにセレナを迎えに部屋を訪れた。今日は馬車で帝国学院に送る日ではない。夏休みが始まり、セレナは母アリシアに会うための旅に出るのだ。

「おはようございます、お嬢。今日はいよいよシルヴァノヴァへの旅ですね」

アレンの声は、軽快さの中にセレナへの敬意を込めた丁寧さが滲む。セレナとの日々を通じて、彼は彼女の繊細な心に寄り添うよう言葉遣いを改めていた。セレナは小さなカバンを手に持ち、静かに頷いた。彼女の青い瞳には、母に会える期待と、病床の母を思う不安が混じっていた。カバンの中には、母に贈る刺繍のハンカチと、セレナが書いた手紙が入っていた。その手紙には、彼女の最近の出来事や想いが綴られ、特別な人物への感謝も込められていた。

部屋には侍女頭のマリアと、セレナ専属の侍女クララが立ち、旅の準備を手伝っていた。マリアが厳格な口調でアレンに告げた。

「アレン様、皇女殿下の護衛は第一騎士団が担当します。シルヴァノヴァはザルド王国に近く、危険が伴います。くれぐれも慎重に」

「了解しました、マリアさん。お嬢の安全は俺が命に代えても守りますよ」

アレンは胸を叩き、にやりと笑った。その笑顔の裏には、セレナを守る強い決意があった。シルヴァノヴァは帝国の避暑地とはいえ、ザルド王国との国境に近く、斥候や蛮族の残党が出没する可能性がある。護衛には第一騎士団の精鋭が選ばれ、アレンの部下であるトマス・ヴァルディも同行することになっていた。

「セレナ様、準備は整いました。馬車が待っています」

クララが柔らかく微笑み、セレナの手をそっと握った。セレナは小さく頷き、アレンの後について部屋を出た。彼女のカバンには、母への手紙と鷲の刺繍のハンカチが大切にしまわれていた。

シルヴァノヴァへの旅路

ルミナスの城門を出た馬車は、帝国の街道を北東へ進んだ。馬車にはセレナ、アレン、トマス、そして第一騎士団の護衛数名が乗り、さらなる護衛が馬で周囲を固めていた。街道は整備されているものの、シルヴァ川を越え、森や丘陵を抜ける道は時に危険な地域だった。アレンは馬車の外を警戒しながら、セレナに声をかけた。

「お嬢、シルヴァノヴァは涼しくて花がきれいなところですよ。俺の故郷の近くのシルヴァ川もこんな風にキラキラしてたな。楽しみですね」

セレナは窓の外を見つめ、小さく頷いた。彼女の瞳に映るシルヴァ川の流れは、まるで彼女の心の揺れを映しているようだった。

「……お母様、元気かな……」

その小さな声に、アレンの胸が締め付けられた。彼自身、ザルド王国の侵攻で両親を失い、家族の温もりを知る機会は少なかった。セレナの母への想いは、彼の心に深く響いた。

「きっと元気ですよ、お嬢。ハンカチと手紙、渡したら絶対喜びますよ」

セレナはカバンをぎゅっと抱き、ほのかに微笑んだ。トマスが横から明るく割り込んだ。

「アニキの言う通りっす! セレナ様のハンカチ、めっちゃ綺麗ですもん! 手紙も絶対喜ばれますよ!」

「トマス、黙ってろ。護衛に集中しろ」

アレンが軽くトマスの頭を叩くと、セレナがくすっと笑った。その小さな笑顔に、アレンもトマスも一瞬目を丸くし、すぐに笑い合った。

旅路は順調に進み、二日目の夕暮れ、馬車はシルヴァノヴァの別荘に到着した。シルヴァノヴァは、緑豊かな丘陵に囲まれた静かな避暑地で、清涼な風と花の香りが漂う。皇族専用の別荘は、白い石造りの建物で、庭には色とりどりの花が咲き乱れていた。

母との再会と手紙の言葉

別荘の門をくぐると、侍女たちがセレナを出迎えた。彼女たちはアリシア夫人の世話を専門にしている者たちで、セレナの到着に心から喜んでいる様子だった。アレンはセレナを門まで送り、優しく言った。

「お嬢、行ってらっしゃい。俺はここで待ってますよ」

セレナはアレンの手を一瞬強く握り、小さく頷いた。彼女は侍女に導かれ、別荘の奥へと進んだ。アレンとトマスは門の外で待機し、護衛の兵士たちと共に周囲を警戒した。

別荘の奥、静かな部屋で、セレナは母アリシアと再会した。アリシア夫人はベッドに横たわり、薄い毛布にくるまれていた。魔石症によるやつれが見られるものの、かつての美貌は色褪せず、セレナを見た瞬間、彼女の瞳が輝いた。

「セレナ……私の愛しい子……」

「お母様……」

セレナは母のベッドに駆け寄り、そっと手を握った。アリシアは弱々しく微笑み、セレナの髪を撫でた。セレナはカバンからハンカチと手紙を取り出し、恥ずかしそうに差し出した。

「お母様、これ……ハンカチと、手紙です」

アリシアはハンカチを手に取り、鷲の刺繍を愛おしそうに眺めた。

「素晴らしいわ、セレナ。あなたのお父様の鷲と同じ、強い心ね」

次に、彼女は手紙を開き、セレナの小さな文字を読み始めた。そこには、学園での出来事や、魔法が使えるようになった喜び、そしてアレンへの感謝が綴られていた。

お母様へ  
お元気ですか? 私は学園で算術や刺繍を勉強しています。このハンカチは、私が作ったものです。お父様の鷲をイメージしました。  
最近、魔法が使えるようになりました。学園ではうまくいかなかったけど、アレンが教えてくれて、火の魔法を出すことができました。アレンはとても優しくて、いつも私のことを守ってくれます。パンチョのプディングを一緒に食べたり、笑いながらご飯を食べたり、アレンがいるから毎日が楽しいです。  
お母様に早く会いたかったです。元気になって、ルミナスに帰ってきてください。  
セレナ

アリシアの瞳に涙が浮かんだ。彼女はセレナを抱き寄せ、囁いた。

「セレナ、魔法が使えるようになったのね……素晴らしいわ。そして、アレン殿にそんなに助けられているなんて……」

セレナは少し照れながら頷き、母の胸に身を寄せた。すると、アリシアは侍女に目配せし、静かに言った。

「アレン殿をこちらに呼んでください」

侍女が慌てて部屋を後にし、門で待機していたアレンを呼びに行った。アレンは突然の呼び出しに驚きつつ、トマスに「何かあったかな?」と呟きながら別荘の奥へと向かった。

部屋に入ると、アリシアがベッドから身を起こし、穏やかな笑顔でアレンを迎えた。セレナは母の隣に座り、手紙とハンカチを手にしていた。

「アレン殿、お初にお目にかかります。私はセレナの母、アリシアです。セレナの手紙を読みました。あなたが娘に笑顔と自信を与えてくれて、心から感謝しています」

アレンは片膝をつき、頭を下げた。

「恐れ入ります、夫人。セレナお嬢は素晴らしい子です。俺はただ、ちょっと手助けしただけですよ」

アリシアは微笑み、セレナの手を握った。

「手紙に書かれたあなたの優しさは、セレナの心を明るくしています。どうか、これからも彼女を支えてください」

アレンは夫人を見上げ、静かに頷いた。

「もちろんです、夫人。お嬢は俺が必ず守ります。約束します」

セレナは母とアレンを交互に見つめ、ほのかに微笑んだ。その瞳には、母への愛と、アレンへの信頼が宿っていた。

帰路と新たな決意

数日後、セレナは母との別れを惜しみながら、ルミナスへの帰路についた。馬車の中で、彼女はハンカチを握りしめ、静かに窓の外を見つめていた。アレンはその様子をそっと見守り、声をかけた。

「お嬢、良い旅でしたか?」

セレナは小さく頷き、珍しくはっきりとした声で答えた。

「お母様、喜んでくれました……アレン、ありがとう」

その言葉に、アレンは心から笑った。アリシアの言葉とセレナの笑顔が、彼の心を温かくした。

「どういたしまして、お嬢。これからも一緒に、いろんな思い出作りましょうね」

セレナは微笑み、アレンの手をそっと握った。馬車はシルヴァ川の流れを背に、ルミナスへと進む。戦場の鬼と宮殿の天使。二人の絆は、母の手紙を通じて、さらに深まっていた。
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