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前編
しおりを挟む「でんか、わたくしとけいやくをいたしましょう」
聞き分け良く呑み込みの早い自慢の娘がそんな事を言い出したのは、婚約を前提とした顔合わせの席であった。
その時の事を思い出すと、今でもフォークロア公爵は総身に冷や汗が滲む気持になる。何しろその場には、当時7歳であらせられた第一王子殿下だけでなく、国王陛下も王妃陛下もおられたのだ。
いくら自分が宰相として重用されているとしても、不敬に問われかねない事態である。顔色を無くして娘を取りなすが、普段あれほど大人しく控えめであった娘は頑として引こうとしなかった。
「いやですわ、わたくしはこんやくしゃができたのです。もうこどもではないのです」
「まだ婚約者ではない。そのような我儘で、婚約が不成立に終わると何故考えない!」
「おとなはけいやくができるとききました。わたくしはこんやくするかたと、はじめてのけいやくをしたいのです。そうきめているのです!」
娘の主張は不可解だが、目一杯大人びて背伸びしようとする子供らしさと言って言えなくはない。困惑する中にも微笑ましさが漂い始める中、軽快に笑い声をあげたのは王妃陛下であった。
「良いではありませんか。初めての契約は婚約者となんて、可愛らしいこと」
「はあ…」
実の娘を見るかのような慈愛に満ちた目に、公爵も国王も毒気を抜かれる。そしてその場で羊皮紙とペンが用意され、フォークロア公爵家長女であるロザリンドは初めての契約書作成に取り掛かるのだった。
「…こう、およびおつはほごしゃに、ちたいなくほうこくするぎむをおう…ものとする…」
「偉いわねえ、難しい言葉をよく知っているわ」
「ロザリー、その書き方では駄目だ。義務を怠った場合はどうなるかを明確にしなければ」
にこにこと見守る王妃陛下の隣で、職務病を発症した公爵も覗き込んでは容赦なく訂正事項を指摘する。度重なる指摘に涙目になりながらも、幼いロザリンドは最後まで契約書を書き通したのであった。
「では、この原本は夫である国王陛下が預かりますからね。ロザリーちゃんとギルバートは、一部ずつ大切に保管しておくのですよ」
「はい!」
初めての契約書に署名したロザリンドは、誇らしげに頷いた。
その契約書は公爵家の金庫に大切にしまわれる。いずれ成長したロザリンドは王家に嫁ぐ際、揶揄われて赤くなりながら契約成就を以てそれを破棄するであろう。
苦笑いする当主から事の顛末を聞いた公爵家の者たちは皆、そのような未来を信じて疑わなかった。
その、はずだったのに。
「再度宣言しよう。以上の罪状を持って、ロザリンド・フォークロア! 貴様との婚約を破棄し、地下牢へ投獄する!」
娘よ。お前は、預言者であったのか。
目の前で繰り広げられる断罪劇に、フォークロア公爵は眩暈をこらえて立つのが精一杯であった。
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