上 下
3 / 3

後編

しおりを挟む
「殿下の最後の言葉、どう思うかね?」
「どう、とは」
帰りの馬車の中。父の呟きに似た問いかけに、ロザリンドは首をかしげた。
「法廷で自分たちが勝つと言わんばかりだっただろう。あれは負け惜しみか、それとも本気でそう言っているのか」
「どちらでも良いではありませんか。負け惜しみなら滅ぶだけですし、本気ならばなおさら、この国の舵取りを任せるなどできません」
どうせ王子はまだ他にもいるのだ。
国王陛下とてまだまだ壮健なのだから、今度こそじっくりと相応しい跡取りを選べばいい。
「お前は、今日の事が分かっていたのか?」
7歳のあの時から、契約書もだが王太子の不誠実や不貞について逐一報告を受けていた。中には学生である娘が分かるはずもない、婚約者に限定された接待交際費についての不正疑惑まで含まれていたのだ。
目の前の娘は、本当に自分の子供なのだろうか。そのような畏れさえ抱く公爵に、ロザリンドは口角を僅かに上げた。
「この人生が二度目だと言えば、お父様は信じてくださいますかしら」
「…?」
「一度目はね、まんまとしてやられましたの。してもいない嫌がらせをしたと決めつけられて、でも公爵家の令嬢を、まさか裁判なしに処刑するなんて思いませんでしたわ」
瞠目する公爵に苦笑する。あの時は隣国の調印式に向かった両陛下と公爵夫婦が、西の国境で発生した崖崩れで足止めを食らっていた。だからパーティーから二週間ほども不在であり、その間にロザリンドは処刑されたのだ。
権限もないくせにでっち上げ同然の罪状で、公爵家令嬢を処刑した王太子達がその後どうなったか、ロザリンドは知らないし興味もない。
ただ二回目の生を受けたと自覚した時、生死を分ける分岐点をどう乗り切るかだけを真剣に考えた。そして幾つかの変化と、保険を手に入れたのだ。
変化とはロザリンドの助言によって調印式が一年早まった事。保険とは言わずもがな、件の契約書である。
「万一お父様たちが居なくても、契約書の写しを衛兵に見せて周知させるつもりでしたわ。でも調印が前倒しにできて、本当に良かった」
ロザリンドが負けたのは、ひとえに王太子の暴走を誰も止められなかったからだ。周囲を従順な太鼓持ちだけで固め、男爵令嬢を侍らせて悦に入っていた王太子に誰も逆らえず、ロザリンドは孤立無援のまま処刑された。
だから今回は、その権限を停止させた。
恋に浮かれて足元も危うい王太子と、現王陛下直筆のサイン。比べればどちらに付くべきかは、まともな貴族であれば正解など判り切っているのだから。
「さあ、次は法廷ですわね。楽しみだこと」
にんまりと笑う娘は、先の話が真実であると嫌でも思わしめるほどの凄みを帯びている。
窓の外に視線を逃がし、公爵は随分と久しぶりに生返事をするのだった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...