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しおりを挟む─ユーナが眠っている間の話
(⚠ヤバイやつのヤバイ思考です)
夜道に浮かぶ幽霊の様に闇の中を男が独り歩いていた。その男の名はランス・サンドリア。
数時間前に何度目かの婚約解消の手続きをしたクズ男である。
流石に庇いきれなくなった両親から叱責され、その勢いのまま屋敷を飛び出し、着の身着のまま放浪しすっかり夜中になっていた。
なんで、なんで俺はこうなったんだ…
だって俺は誰からも愛されて誰からも祝福されるべき男だろ?
と男は繰り返し呟き彷徨い歩く。
彼の初恋相手の喫茶店経営未亡人は夜営業はしていないので会えなかった。もし会えたとしても相手にされてもいないので当然何もない、とは男は思い至らない。
会えば笑顔で出迎え、悩みを話せば慰め、そしてあわよくば今日はそのまま彼女の家に雪崩込む算段だった。
彼女の店が営業時間外で彼女を探そうにも住んでいる場所も何もかも知らないという事に先程やっと気付いた男はとりあえず店の近くを彷徨う事にしたが一向に見付からず、辺りはどんどん暗くなっていく。
「くそが、そもそもあの女が俺の言う事を大人しく聞いていれば家を飛び出す事も何もなかったのに台無しだ」
同じ伯爵家のクセに妙に上からで、初対面なのに俺を一切褒めない奇妙な女だった。
まあ俺が美しすぎて褒められなかったんだろうと次に会うまで待ってやっても褒める所か笑いもしない無愛想な女で俺は直ぐに飽きた。あれは女じゃない、俺を羨む男共と一緒の顔だ。アイツは男に違いない。
男なら用はない。俺は愛を求めた。
そしてついに初恋を知った。
なのに両親は祝福してくれなかった。更に、
「お前に面倒見てもらうつもりは無い」
と言っていた。俺は面倒みないよ。あの女にさせるつもりだったのにそれも逃げやがった。
俺を褒めてくれなかった両親は俺の本当の親じゃないのかもしれない…
なんでこうなった。
俯いて歩いていた顔を上げると傍に男が居た。
身なりの良い姿で貴族である事はすぐに理解した。蒼空の様な瞳が暗闇でも爛々と光ってこちらを見ている気がして足早に男の前を通り過ぎようとした。
「君には感謝しているよ。どうしようも無い男でありがとう。そしてさよなら」
「おいお前今俺に言ったのか?!ふざけ…!もが!」
通り過ぎ様にそう呟いた相手を振り返り、怒鳴りつけてやろうと振り向くと、口に布を噛まされ更に視界いっぱいに広がる白い布。
一瞬にして顔だけでなく身体中を拘束されたらしく全く身動きが出来ずに倒れたまま藻掻く。
「もか!もがもが!(おい!放せよ!)」
俺が叫んでも誰も何もしない。周りに人がいる気がするが頭から布を被せられている為全く解らない。
そして男が何かを誰かと会話をしている気がするがよく聞き取れない。
「──」
やがて1人の足音が遠ざかり、俺にやってきたのは浮遊感。
誰かが俺を荷物の様に担ぎ上げ、歩いていく。
「もがもが!もがが!(離れろ!降ろせ!)」
暴れて暴れて暴れ疲れた頃、俺はやっと下ろされ、顔の布だけ外された。
下ろされた場所、そこは──…
「もがもががが?!(なんだここは?!)」
狭くて暗くて寒くそしてカビ臭く、隅にはネズミらしきものが掛けて行く汚いとしか言えない牢屋の中だった。
「ここはアンタの新しい家だ。裁判や諸々の手続きが終わるまでここから出られると思うなよ」
裁判?誰が何のために?
私を羨んだ男共の仕業か!なんてずる賢い奴らなんだ!
なら私は潔白だ。何も恥ずべき事は今までしてきていないからな。
自分の裁判が冤罪だと思い至ったランスは喜々として変色した布が敷いただけの場所で横になった。
寝ずらいが少しの辛抱だと思えば耐えられた。明日には自分のふかふかのベッドで眠れるのだから。
その後訴えられた内容は下町で沢山の娘に声を掛け、関係を強要したというものだった。
勿論記憶にない。彼女達は自らの意思で俺を褒めそして俺の為になんでもしてくれたのだから。
そうして男はそこから出ることは無かった。
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