竜の手綱を握るには 〜不遇の姫が冷酷無情の竜王陛下の寵妃となるまで〜

hyakka

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{ 竜王編 }

38. 皇太子は演じる

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舞踏会場では、灯火の神性魔具が、その頭上を明るく照らし……広間で踊る人々の影を床に投げかけていた。
先程、皆の視線を集め、踊り終えた二人が立ったその場所に……改めて目を向ける。

あの時、確かに……この目で捉えた。
背中を覆っていた白い布が、ほんの僅かに翻った瞬間、おそらくそれを目にしたであろう、竜王の動揺を。
顔色を変え、あの女を覆い隠すように抱き上げ、立ち去った……。
知っていたからこそ、私だけが捉えた……あの行動の意味。

竜王との会談以降、胸のうちに黒々と渦巻いていた何かは、一瞬で吹き飛んだ。

妃に望むほど気に入った女の、不名誉で無様な傷跡に……あの男は、取り乱しているだろう。
その姿を想像すると、意図せずとも自然に、穏やかな笑みを浮かべる事が出来た。

竜王の激しい後悔と怒りの矛先となったアイツは……殴られるのだろうか?
ふと頭に浮かんだその予感に……若干の不快感が芽生えた。
だがその小さな棘は、意識する間も無く、高揚した気持ちの下に、塗り潰されて消えていった……。

純血を何より尊ぶ精人族に「姫を寄越せ」などと要求した、無礼な竜の老王。
だが、父である皇帝は、体良く厄介払いできるとばかりに、アレを差し出した。
神性を持たない無価値な混血……とはいえ、その身体の半分には精人族の皇族の血が流れる。
それでも、父が竜の国へ、老王の側室として送ったのは……唯一の王子を産んだ王妃以降、その側室の誰一人として子を成した者がいなかったからだ。

だが……あの若き竜王との間であれば、話は変わっていただろう。
例え、王妃としての立場を約束されたとて、精人族の神の血が、下賎な竜人族に混じるなど……父は許容できぬはずだ。

だが、結局はそれも、杞憂でしかなかった。
今まで、アレの傷跡のことを知らずにいたということは……その程度の関係だったという事だ。
あの醜い火傷跡は……皇国で大罪を犯した者の印だ。
そのような不名誉まで背負った、傷物の女を……抱こうとする者など、いないだろう。

さぁ、これから、アレはどうなるか……。
城から放り出されるか、ここで酷い仕打ちを受け続けるか……。

その高貴な佇まいから、神の末裔たる精人族の象徴とされ、皇国の民から敬われ、崇拝される精人族の皇太子は……
かつて痛めつけ、屈服させた女が、また新たな窮地に追い詰められた現状が、ただただ面白く……
その暗い思考とは裏腹に、周囲の群勢の期待通りに、慈悲深い微笑みで応えた。

そして宴は……主役不在のまま、終わりを迎えた。


翌朝……というには早すぎる、夜も明けきらぬ未明。
皇国の使者達が滞在している離宮を、突然の来訪者が騒がせた。
その、無礼な来訪者は、扉を押し開けると、立ち塞がる皇国の騎士達を、物ともせず払いのけ……
眼前に立ち、敵意を滲ませた鋭い目つきでこちらを睨んだ。

その明らかに常軌を逸した、竜王の行動に……嫌な予感が頭によぎる……。
(もしやアレの事で……私を責めに来たのか?)
瞬時に、手の平に神性を溜め、障壁を作り出せるよう構える。

だが、竜王が何の前置きもなく発した言葉は……余りに予想外のもので……思わず口端を歪め、笑いをこらえた。
頭の中で……その言葉を、噛み締める。

『彼女が……消え失せた』

どうやら、事態は、思わぬ方向に進んだようだ。

『貴方は、何か知っているか』

重くのしかかるようなその問いかけは、今にもこちらに飛びかかってきそうな……一触即発の空気をはらんだ。

首を傾げて、あえて大袈裟に驚いて見せた。

「そんな! いったい何があったのです?」

『何も知らぬのか?』

「あぁ……まさかそんな……」

昨夜、竜王とアレとの間で、想像した通りのことが起きたのか……。
アレは、酷い仕打ちに耐えかねて……逃げ出したか?

『貴方は……彼女の……その、背中の火傷跡を知っていたのか』

その率直な問いかけに、またも虚をつかれた。
何かにえるような、激しく憎悪するような表情を浮かべた男の真意を……測りかねる。

(あぁ、もちろん知っているとも……。私だけが知っている。
あの女を心底惨めたらしめる、その烙印を……)

だがまさか、正直に話す訳が無い。
罪人を送り込んだと、ここで私が責を問われては、不利になる。

そう思いながらも……ふと、この男の怒り狂い、取り乱す姿が見たくなった。

(この男と争ったとて、私が負けることはないだろう……)

神性で作り出した障壁の下に、この男が這いつくばり……足掻く様を……思う存分堪能したい……。
だが……。
軽く息を吐き、気持ちを落ち着かせ……いつもより一段と、慎重に……演じる。

「何のことをおっしゃっているのか?」

『……本当に知らぬのか?』

相変わらず、その凶悪さを瞳に宿し、敵意を剥き出しにする竜王に、嫌悪感を抱く。
いっそ、その表情に見合うほど、声を荒げれば……なお、蔑むことができるのに。
この男はいつも傲慢で、荒々しく振る舞いながらも、決して冷静さを欠くことなく……重く静かに話す。

ため息をつく。

「腑に落ちませんね……。一体なぜ、彼女は逃げ出したのですか?」

『逃げてなどいない』

空気を震わすような重い声で、そう断言する。
その確固たる自信……それはどこから来るものなのか……。
アレが、その身を隠したとして……逃げたという表現が適切だ。

この男の考えとこの会話の目的が……一向に推察できない。
その瞳の奥に隠された、意図を読み取ろうと、目を合わせ、男を見つめ続けた。

男の、周囲の空気が、僅かに熱気をはらむ。
その拳は固く握られ……視線は一層鋭さを増した。

その時、暗鬱とした空気の中で、男から飛び出した言葉は……余りにも荒唐無稽なものだった。
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