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第一章 龍神に覚醒したはずの日々

3 予定通りにはいきません

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1・

色々と悩んだ僕は予定通り、クリスタの高校に通うことに決めた。

普通の学力の人が普通に行ける高校レベルでも勉強について行けない時があったのに、このまま何も学習しないでいたらタダのお馬鹿な龍神になるしかない。それがとても嫌だから。

しかし通える高校は別になり、下宿先もバンハムーバ政府の方々が決定した。学生生活に支障をきたさない為に、卒業までは僕が龍神だということは秘密にされることにもなった。

予定通りとはいかない部分が多くありつつも、それでも普通の高校生活が送れそうだ。……きっと、だけど。

そしてクリスタに渡るのは、クリスタの守護を担うロック様が帰宅される為に出して貰った軍の宇宙船を使用した。

僕の身の上はその時はバンハムーバ王家の一員になった。

王家の方々はそういう風に時折相乗りをすることがあるそうで、僕がそうして軍の船に乗っていても誰にも全然怪しまれなかった。

旅はたったの三日で終わった。ロック様の存在のおかげで時空獣を威圧できたらしく、特に何にも襲われずにクリスタに渡れた。

いつでも神殿においでというロック様とは、クリスタの宇宙軍の港でお別れした。

僕の出迎えに、クリスタでの宿と身分の保障を提供してくれるという国家公務員の男性魔術師がいた。

僕と、それに同居すると決定しているイツキの前でも、そのガイアスと名乗った目付きが鋭く雰囲気がとても怖い方は、一度たりとも笑顔を見せない。

首都の外れにあるという彼の屋敷まで個人所有の高級飛空車を使用したことから、お金と権力を持っていそうな気配はある。

だけど、ただの野良猫にすら睨まれたら逃げてしまう僕にはレベルが高すぎる存在で、最初に挨拶してから二度と会話しなかった。

到着した大きな屋敷も、広い庭があって予想通りに高級感と厳かな雰囲気のある怖じ気づきそうな場所だった。

帰って良いだろうかと思っても、帰る場所はない。

野宿できる術もないので、僕は使用人さんたちに歓迎されつつも屋敷に引き込まれていった。

それから高校の夏休み期間が終わる数日間、全く外出しないで部屋で怯えていた。

2・

さすがに色々とひよってしまう僕も、新たな高校生活を送る初日にはしっかりと制服を着てカバンも持ち、見送ってくれるガイアスさんと使用人さんたちに立派に見えるように挨拶してから出かけた。

そして高校に送っていってくれる飛空車の中で、脂汗を拭いつつ倒れていた。

やっぱり高校に行くの止そうかと思ったところで、思ったよりも近くにあった立派な校舎と広々とした敷地がある高校に到着してしまった。

仕方ないから、イツキに背中を押されて車から出た。

唯一安心できるのは、イツキも転校してくれたことだ。ただ、同じクラスになれるのかは知らない。

せっかくの新生活。意気揚々と通いたかったのに半分死んだ目をしているだろう僕は、案の定イツキとは別れて隣のクラスに連れて行かれた。

担任の先生と一緒に教室に入り、ショーン・ショアと名乗った筈だ。

そして自分の席に着席して一時限目の授業を受けた筈なんだけど、気付いたら目の前にイツキが立っていて、着席している僕を見下ろしていた。

「あれ?」

見下ろすと、一時限目は数学だったハズなのに、ノートにはミミズがのたくった文字しか書いていなかった。

恥ずかしく思いつつ教科書がわりのノートパソコンを閉じ、紙媒体のノートと筆記用具も片付けた。

「ショーン君、お一人でも大丈夫ですよ。私とは放課後に会いましょう」

「ええ、ああ、ちょっと」

天の助けが行ってしまうので手を差し伸べたが、イツキはさっさと廊下に出て行った。

残されてから気付いたのは、幾人ものクラスメイトから注目されている事実だ。

ギクッとし、着席したまま俯いた。だが隣の隣の席辺りでたむろしている女子たちが、話しかけてきた。

「ちょっと質問があるんだけど、良いかな」

「い、いいですとも」

「男の子なの?」

「………男です!」

僕はまた泣きそうになったが、次のバンハムーバ古文の授業がもうすぐなので逃げ出しはしなかった。

次から僕は、授業の合間の休み時間は廊下をうろつくことに決めた。

3・

休み時間には忙しい風に出歩き、時間になると戻って授業を受ける。その繰り返しで昼休みまで過ごした。

二学期の初日だというのに、午後にまだ一時間だけ授業がある。この学校は厳しい学校なのだろうか。知らないで入ったので、少し怖い。

その怖い高校でのお昼はどうするかと思ってイツキを探しに隣の教室を探してみたら、彼は既に数人の男子と仲良くなっていて、僕の見ている前で連れ立って食堂に行ってしまった。

取り残された僕はどうしようか悩みつつ、知らない人たちの間を素早く通過して学園内のコンビニエンスストアに行った。

既に買い尽くされた後の棚には、コッペパンしか残っていない。

惨めな気持ちになりつつコッペパンを手にレジに向かおうとして、ふと新聞が刺してある棚が目に入った。

紙媒体の新聞紙なんて学生が買わないだろうから、教師や用務員さん向けなのだろう。

そう思って視線を逸らそうとしてから、二度見した。見出しに新しい龍神が出現したと書いてある。

思わず新聞も購入し、ジュースは安売り自販機で買ってから、校庭の木立の薄暗い部分に座って読んでみた。

そういえばクリスタに来る前に、もし龍神とバレた場合の保険として存在のみは公表すると政府の職員さんが言っていた。

公表していない場合に、もし僕が龍神として助けてもらいたい時に周囲に主張しても直ぐには信用してらえないだろうから、そういう緊急事態用にだという。

記事には、三百年ぶりに出現したことが興奮気味に書いてある。

僕の紹介としては、旅行者でバンハムーバを訪れた者となっており、遠くの植民地の者であるので身辺整理が終わって無事に母星に引っ越すまでは、正体を秘密にするとある。

子供だとか男とかは書いていない。その方がありがたい。

「お前、嫌に渋いな」

声がしたので顔を上げると、バンハムーバ人の見知らぬ男子生徒が立っていた。

「新聞買うより昼飯をグレードアップしろよ。それでも男子高校生か?」

「えっ、男って分かります?」

驚きだ。

「だって、朝に自分で叫んだだろ? それに男子の制服着てるじゃんか」

きっとクラスメイトだろう。これは、友達になるチャンスか?

「あの、君の名前は?」

「それより、知らないかも知れないから教えておいてやるよ。ここハルトライト高校には、派閥があるんだ」

「……派閥?」

「ああ。生徒たちは一般人だけだけど、その中でも優秀なのが多く通ってんのさ。それで知識重視で役人目指してる派閥と、この学校経由で陸軍に行く派閥と、商人の子供らが集まって経済の研究してる派閥と、上級魔術師を目指してる派閥がある。お前はしいていえば、どれに当たる?」

「……それ以外は?」

龍神ってどのカテゴリーなのか分からないので聞いてみたら、途端に彼の目が冷たくなった。

「へえ、ただ校区内だから通ってる雑魚か? そういうのは帰宅部だろ」

「……」

僕が黙っている間に、彼は立ち去ってしまった。

帰宅部。確かに、そんなものかもしれない。

昼食を終えて教室に戻ると、既にいたクラスメイトたちが僕を一度は見たものの、次には無視するようになった。

クラス内でも、もちろん派閥があるんだろう。僕が帰宅部だと知れ渡ってしまったのか。

それからは、僕は空気になった。

時間が経過して、放課後になった。

すぐにイツキを探して隣の教室に行ってみたが、既にいなかった。残っていた人に聞くと、運動場に行ったと教えてもらえた。

友達と遊んでるのかなと思って追いかけて行ってみると、一対大勢で木刀を手に戦っていた。

転校初日に集団イジメか! と驚き、恐怖で固まってしまったが……イツキもみんなも清々しい笑顔だ。

見たところ、派閥でいうと陸軍を目指している生徒たちなのだろうか、運動神経が良いし逞しい。

なのにその全員を笑顔でまとめて倒す、イツキの凄まじい実力。そりゃあ、その歳で龍神の護衛官なんだから当たり前か。

ぼんやりしながら眺めていると、イツキが気付いて近づいてきた。

「ショーン君。私はしばらく帰れないから、先に帰ってくれるかい」

「えっ……ああ。その、でも待ってるよ。いつぐらいになるだろう?」

「……じゃあ五時に、あそこの時計台の前で待ち合わせよう」

「うん。そうする」

先に一人で帰っても良かったかも知れないけれど、イツキを置いてけぼりにするような気がして嫌だった。

…………本当は、逆だけれど。

イツキは彼の友人たちに僕と下宿が一緒なんだと言いながら、笑って共に立ち去った。

僕は一人になり、暇つぶしとして行ったことがない方に歩いていった。

緑の多い校庭の中を適当に歩いていると、どこからか誰かが歌う声が聞こえてきた。

女の子の声だと分かる。

人前で歌うどころか喋るのもままならない自分にとり、不特定多数に聞こえる校庭でなんか歌える人は神だ。

その姿を拝みたくて花壇と下生えを回避して進んでいき、その内に一人の女生徒の姿を確認できた。

最近の流行りっぽい歌ではなく、古い曲調の、何語か分からない歌だ。

バンハムーバ人で、肩まで伸びた綺麗な金髪を木漏れ日に輝かせながら、楽しげに体を揺らして歌っている。

少し離れた木陰で思わず見入って立ち止まり、歌が全て終わるまで聞いてしまった。

終わって静かになると、正気に戻れた。

そして彼女が僕に気付いて、こっちを見た。

「うわっ、ごめん! 邪魔しちゃったかな?」

驚いて後ずさり、声を上げた。

彼女はキョトンとしてから、突然に楽しげに笑い始めた。

「何も、そこまで驚かなくていいじゃない! 別に聞いててもいいわよ。聞こえるようなところで、私が歌ってるんだから」

「そ、そうですか」

彼女の屈託の無さが眩しすぎて、敬語が出てしまった。

「それで、どうして聞いてたの? 私の歌が上手かったから? それとも知ってる歌だったから?」

「あの、知らない曲でした」

そう言うと、彼女は少し残念そうな様子を見せた。

「ふうん、残念だわ。これ、オールドクラシックの曲なのよ。あ、最後の宇宙戦争があった一万三千年ぐらいより前の古い曲を、そういうの。あまり知ってる人がいないから、いたら凄いなと思ってたのよ」

「そうですか。僕、現代の曲もそんなに知らないんです。ごめんなさい」

「謝らなくてもいいわよ。だって、普通に私の歌が気に入って聞いててくれたんでしょう? 嬉しいわ」

眩しすぎる笑顔が僕を照らす。

僕は自然と、目を細めてしまった。

「そういえば見かけたことがない人だけど、何年の何組なの?」

「えーと、一年三組です。今日、転校してきました」

「へえ、転校してきたの! じゃあ、これから宜しくね。私、一年四組のミンス・カルチェ。貴方は?」

「あ……と、ショーン……ショーン・ショアです」

「……ショーン・ショア君ね?」

「そうです」

答えると、ミンスさんはウフフと笑った。

それから僕は、彼女とオールドクラシックという時代の歌について話した。

大昔の曲で、多くは古いもの好きな客層の喫茶店とかバーで歌い継がれているらしい。

普通の若者が好き好むようなものでないので、普通は高校の合唱部とか軽音部、ブラスバンド部では取り扱わないそうだ。

なのでミンスさんはこの学校でどこの部活動にも所属せず、気が向いたら一人でこうして歌っているという。

「凄い」

僕が唐突に言うと、ミンスさんは驚いた。

「え、そうかしら?」

「うん、その、僕は特に趣味がないから、一つのことに打ち込める人を凄いと思う……んです」

「敬語は使わなくていいわよ。それとも、そういう出身の人?」

そうではないが、動揺した。

「ただ、緊張してるだけです」

「うーん、ショーン君は人が苦手なタイプなのね。じゃあ明日、お昼に一緒に食事しないかしら? 少しは転校した緊張も解れるわよ!」

「え」

嫌ではないが、小学生時代以降、見知らぬ女子と一緒に食事なんて経験がない。困った。

固まってしまい、返事ができない。ミンスさんは、そんな情けない僕をじっと見る。

あ、これは嫌われる流れだと思った。でも、声が出ない。情けない。

諦めて俯くと、ミンスさんがいきなり僕の肩を叩いた。

「じゃあ、約束したからね。迎えに行くわ」

「えっ……ミンスさん」

名を呼んだけど、彼女は手を振って小走りで立ち去ってしまった。

明日のお昼、試練がやって来る。

そう思うと、手に汗が滲んだ。
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