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第一章 龍神に覚醒したはずの日々

8 来訪者

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1・

月曜日の朝。

いつもならガイアスさんに挨拶して食事して、着替えてから通学する流れになるのだけれど、今日はイツキが微笑んで紙媒体の新聞紙を差し出してきた。

受け取って一面記事を確認すると、エリック様がマーティス国王様と共にクリスタを訪れるとある。

「あ、来られるんだ。そういえば王様とは前に会った筈なのに、顔を全然覚えてない」

「大丈夫です。王しか着られない衣装を身につけておられる方が、マーティス国王様です」

そういう区別方法はいけないけど、人の顔を覚えるのは苦手だ。だから今はそれにすがる。

「それに、国王様はショーン様に会いに来られるのではなく、エリック様の監視で同行されています」

「監視?」

「……少し、ありましてね。それでエリック様が、ショーン様と会うことを望まれています。到着は今日の夜になりますから、授業が終われば即座に中央神殿に向かいます。それで構いませんか?」

「うん。でも、何の問題でなんだろう? 僕の家族が、何かあったとか?」

「いいえ、ショーン様の実のご家族には、なにも無いようです。ちゃんと政府の使者が事実を歪曲して伝えたようでして、ショーン様が国によって全寮制魔術師養成学校に入れられたと、信じているようです」

「僕のスマホが形見みたいに送り返された事には、何の疑問も抱かないんだね」

「寮から逃亡しない為の処置と、信じてらっしゃるのでしょう」

「まあ……信じてなくても、国が相手じゃ黙るしかないだろうけど」

僕が元々持っていたスマホは没収され、実家に送り返された。

いま手元にあるのは国がくれたスマホで、毎月百万コインが使い放題な上に、エリック様やロック様、マーティス国王陛下の電話番号とメールアドレスが入っていたりする。怖いので、絶対に連絡しない。

「そういえば、電話をかけてくればいいのに」

取るのは嫌だけど。

イツキが、意味ありげな視線をくれる。

「簡単に電話で済ませられない問題もあるのです。ですから今日は、絶対に行って頂きます」

「いやいや、僕が逃亡する訳ないんだから、ちゃんと行くよ」

イツキは余裕を持っているように見えるのに、実際は必死な感じが伝わってくる。

エリック様が監視されているというし、大変な何かがあるんだろうか。できるなら、僕抜きで話し合ってもらいたいなあ。

そんな事を思いつつ、それからは通常と思える一日を過ごした。お昼は今日はカルチェ姉妹と三人でコンビニに行き、パン以外の何かを買おうとして争いに敗れて他の人に奪われ、結局パンを食べた。

昼からの授業が終わると、今日は逃したくないからかイツキが僕の教室にやって来た。

クラスメイトたちに注目されながらも僕は攫われていき、駐車場で待ち構えていた飛空車に詰め込まれた。

そのまま神殿に行くのかと思ったら、屋敷に帰った。学生服のまま行けないので着替えるようにと、なんだか豪華な衣装が渡された。

まだ仮なのに、僕用に立派な龍神衣装を作ってくれたようだ。

龍神衣装には二種類ある。龍神が通った方がいいとされる宇宙軍学校を卒業して正式に軍に所属するようになると着られる、カッコいい軍服をベースにしたものと、神殿で主に活動する龍神が着用する、ヒラヒラした白と黄色と青色を使った衣装。それは国の色、国旗の色だ。

僕は軍学校に行ってないし行けるとも思えないので、神殿での活動用の龍神衣装だけを着ることになるだろう。

で、その神殿仕様の龍神衣装を気後れしながらも着用し、イツキが好意で準備してくれたのか、衣装の一部と思えないシンプルな仮面を顔に被った。

顔を全部隠すタイプながら魔法が搭載されてて、きちんと周囲が見える優れものだ。

顔を隠した僕はちょっと大胆になれそうだったが、それをどこかで証明する前に裏口から、さっきと違う飛空車に乗せられて再出発した。

2・

クリスタの龍神の中央神殿に来たのは、これが生まれて初めてだ。

隣接する役所の建物内部で飛空車から降りた僕は、出迎えてくれた役人さんと神官さんと神殿兵さんたちと共に、これまた裏手から神殿に入るルートを使って人知れず中央神殿入りできた。

仮面があっても知らない大人たちを前に物凄く緊張したので、特にいらなかったんじゃないかと思い始めた頃に、一つの部屋に案内された。

そこには十日ぶりほどのロック様がいて、僕の姿を見ると同時に吹き出した。

僕は脱兎のごとく逃げ出したくなったものの逃げられず、部屋の中に人が少なくなってから、ようやく仮面を取り外せた。

数名の神官さんたちがいるものの、それはもう無理矢理にでも慣れることにした。

「死ぬかと思いました……」

「あー、俺が笑ったから恥ずかしくなったか。そりゃ済まないな」

「いえ……」

「一応、まだ秘密の存在にしなきゃいけないから、部屋以外ではそれを被った方がいい。もしくは、もう公表しちゃうか?」

「いいいえええ、遠慮させて下さい!」

「まだ早いか。公表しても高校には通えるけどなあ」

「だって、僕、まだ全然役立てないですよう」

「そこの国民向けに龍神を祀る拝殿内部で、昼寝しててくれたらいいだけなんだけど?」

「そ、それこそ、む、無理ですよ。僕、死に――」

「ショーン様、そういう言葉は口にされないように」

イツキがきつめに言い放ったから、僕は口をつぐんだ。

大人しくソファーに座った僕に、近くの椅子に座ったロック様は彼の昔の話を教えてくれた。

四歳の時に、ここの首都で龍神としてスカウトされて、この神殿で暮らし始めた。まだ子供の時に知り合ったバンハムーバ王族の女の子と後に結婚して、一家で楽しく暮らしたって。

「あの頃は色々とあったけど、物凄く面白い時代だった。俺自身が子供だったし、余計に人生バラ色だった」

そう話すロック様は、それなのにどこか悲しげだ。

しばらく気付かなかったけれど、それが五百年前の話だった場合、長寿になる龍神とは寿命が違う彼の家族は、もう亡くなっている筈だ。

寿命が二百年ほどのバンハムーバ人でなければ、ポドールイ人や狐族であれば、長寿の血を受け継いで五百年を生き抜けるかもしれない。だが王族だという奥さんは、絶対に生きていない。

どう慰めればいいか、それよりも僕が慰めて良いものかどうか分からずに、ただ戸惑った。

するとロック様は僕の様子に気付いたのか、ニッコリ微笑んでくれた。

「今は孫の孫がたまに会いに来るぐらいだけど、それでも楽しいさ。ショーンも、龍神として生き長らえるからと遠慮して結婚を諦めたりするな? 新しい命が生まれて自分のことを知ってくれるのは、楽しいぞ」

「…………はい」

自分も一人だけ生き残る可能性があるって、言われてようやく気付いた。

まだ龍神の自覚はないから、人より長生きになるなんて考えられない。それに龍神になったからと、必ず長寿になるとも限らない。事故や戦いで死んだり、龍神として素質が無くて普通のバンハムーバ人と同じ寿命しかない場合もある。

実際、僕の一つ前の龍神様は、普通のバンハムーバ人としての寿命で一生を終えたという。エリック様の後輩で、確かクリスタを本拠地にして……。

僕は、ロック様の顔を見つめた。

強くて豪快で兄貴肌でいつも元気なイメージだけど、彼は多くの人たちと別れてきたんだ。きっと辛いこともあるだろうに……。

「……ショーン君、なんだか俺を好きになってないか?」

「えっ、まさか!」

同情してたと言いたくないから咄嗟にそう言うと、ロック様は微妙に落ち込んだ。

「そうか……俺のこと、あまり好きじゃないか……」

「はっ、いえ、大好きです。僕はロック様のこと、大好きですよ!」

今度は思い切って叫ぶと、ロック様は仮面を見た時みたいに吹き出して笑い始めた。

笑われて恥ずかしいけど、仲良くなれるのは嬉しい。

その後、高校での生活について話をしていると、龍神の神官の一人が報せに来てくれた。

エリック様とマーティス国王様が、中央神殿に到着したという。

僕はこの部屋で居残り、ロック様が出迎えに行くことになった。

正式訪問の場合、いくら喧嘩する間柄でも笑顔で出迎えて、マスコミに仲良しアピールするらしい。

といっても、楽しげに迎えに行くロック様を見た限りでは、この五百年を共に生きたからだろうが、物凄く仲良しっぽい。

きっとお互いが照れてるだけで、本当は大好きなんだろう。

とても憧れる関係性なので、僕も後輩になる龍神とは仲良くしたいと思う。それとも、イツキとずっと一緒に暮らしていけるだろうか。

そうならいいなと思い、傍に控えて立っているイツキに笑いかけてみた。

そして気付いたが、彼の顔色が優れない。

「イツキ。もしかして気分が悪いの?」

「いえ、大丈夫です。ショーン様は……」

「僕はロック様のおかげで、落ち着いたよ」

「それは宜しいですね」

イツキは答えつつも、意識がどこか遠くに向かっているような感じがする。

ピリッとした空気が流れてきて、僕は思わず席を立った。

すると神官さんの一人が静かに近付いてきて、僕に対して軽く頭を下げた。

「貴方様は、何も悪くありません」

「……え?」

「貴方様は生まれたばかりの赤子で、何も知らされていないのです。何があろうと、それは罪ではありません」

「……」

黒髪の混じった金髪の神官さんは、とても冷静だ。その黒い目を見ていると、全てを見透かされているような不思議な感覚がする。

この人は、ポドールイ人だと気付いた。

だったら、その彼が口にする言葉は、予言ではないのだろうか。

「僕が……何か、悪いことをしましたか?」

「いいえ」

神官さんの言葉は、嘘じゃないように感じる。

なら一体、これから何があるのだろうか?

僕は不安になり、イツキを見た。

イツキは戸惑う表情で、ただ僕を見つめているばかりだ。
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