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第二章 龍神の決断

十五 負けるつもりのない戦い

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軍の施設に無事に賊を閉じ込め終わった後、エリックは神殿に帰ろうとした。

その彼を、作戦を補佐していたポドールイ国の黒衣の宰相フィルモアが呼び止める。

「エリック様。とても悪い予感がします。ここにおられた方がよろしいかと」

エリックは孫娘の夫であったフィルモアの言葉を聞いて、黙って周囲を見回した。

「ああ……何か、運命が変わる節目のような雰囲気だ。俺が昔、命懸けで戦った時のような……」

エリックはそこまで言い、一度口を閉ざした。

「彼が来るようだ。俺が目当てなら、他の者は退いておいた方がいい」

「そうはいかない」

突然に傍でフリッツベルクの声が聞こえ、エリックとフィルモアはその姿を探そうと、身構えつつ周囲に鋭い視線を飛ばす。

だが何も発見できないうちに、フィルモアは背後から衝撃を受けて、意識を失いその場に倒れた。

「済まないなあ、フィルモア君。君のこと嫌いじゃないんだが、優秀なポドールイ人は厄介でさ」

フィルモアの背後にいたフリッツベルクに、エリックは五百年間愛用している槍を召喚して手に持ち、振り回した。

軽く避けたフリッツベルクは笑った。

「ははっ、あっぶねえなあ! 室内で振り回すな! 外に来い」

フリッツベルクは言い残して、瞬間移動して消えた。

「フィルモアのことを頼む!」

エリックは現場にいた兵士たちとポドールイ国の面々に言い残すと、同じように建物の外に瞬間移動して出た。

軍の訓練用の広大な敷地に、フリッツベルクは一人で立って笑っている。

エリックはその傍に行き、やり切れない思いをぶつけた。

「俺はお前が悪党じゃないと思っていた。でもお前はロックを殺した。許せない」

「そうか。感情が先走って俺と戦争し始めたのはお前だぞ? こんなに早く、本性を現すつもりじゃなかったのに、それを早めたのはお前だ」

「いつか殺すつもりだったなら、遅かれ早かれ同じ事だ」

「いや、ロックは一日も早く殺さないと意味がなかった。ああ、なら結局、俺はエリック君と喧嘩しなくても本性は現していたか」

エリックは、ひょうひょうとロックのことを語るフリッツベルクに、辛抱ならなくなった。

「悪いが、その命で償え!」

「イツキ君と同じような流れだな。血は争えない」

フリッツベルクの言葉に、エリックは背筋が凍る思いをした。

「お前、イツキまで……!」

「ん? 彼は学生だから学校にいるぞ?」

エリックは会話を止し、素早く間合いに踏み込んで槍を振り下ろした。

フリッツベルクはすんでのところで赤い刀身の剣を召喚して構え、槍の一撃を完全に防ぎきった。

「後悔することになるぞ」

「するわけが無い」

エリックはフリッツベルクに答え、続いて攻撃を繰り出した。

魔力には劣るが、速さも力も自分に分がある。エリックはそう思いつつ攻撃を仕掛けるが、宇宙一の身体能力の持ち主と言われている自分の攻撃が全て受け止められるか、いなされてかわされるかしかない事実にすぐ直面した。

フリッツベルクは地面に穴をうがつはずの重い攻撃を、ポドールイ人特有の細身の体と剣で受け止める。

剣を折ることすらかなわず、エリックは心中焦った。

エリックは大きく下がって一度距離を置き、深呼吸して落ち着こうとした。

「ほら、だから言わんこっちゃない」

息が上がる事も無いフリッツベルクの言葉に、エリックは歯を食いしばった。

「お前は何者だ。ポドールイ人じゃない!」

「人聞き悪いこと言うな! 俺はちゃんとポドールイ人だ。ただ、秘密を持っている。お前はそれを調べることもなく、ただ直情的に攻撃してきた。学校だったら落第にしてやる」

「あいにくだが、俺は学生じゃない」

「ああ。頭が固くなった年寄りだ。しかも強靭な肉体と宇宙を支配できる権力を持ち、初心を忘れてただ暴力を振るうだけのな。その鼻っ柱、へし折ってやる」

「やれるもんなら、やってみろ」

「お言葉に甘えて」

フリッツベルクは剣を勢い良く振り回し、戦闘が始まってから初めて攻撃に転じた。

エリックは素早すぎる幾度かの攻撃をすんでのところで避けつつ、反撃の隙がないと焦った。

徐々に押されて下がるしかなく、勝てる要素が思い当たらない。エリックは、誰か助力しに来てくれと願った。

フリッツベルクはふと笑い、攻撃を仕掛けつつ言った。

「ホルン君なら来ないぞ。他に、誰を呼びたい? エリックには、死んだ者は呼び出せないだろうに」

「お前……!」

大事な人が害されたと思い、エリックは隙を作った。

その一瞬、フリッツベルクは両手で持った剣を大きく振りかぶる。

避ける時間が無いと判断したエリックは、槍で攻撃を受け止めようとした。

強い衝撃が走り、地面に膝をついてから、エリックは槍が折られたことに気付いた。
そして防げなかった一撃が、右の首元から肺まで大きく切り裂いたことも。

「おや悪い。それは友人の形見だったな。確か宇宙一の武具開発の腕前がある、魔界の名匠の作品だっけ。でもしょせん、民間レベルの代物だ。俺のは国宝どころか、魔界一の宝だ。そっちが壊れて当然だろ」

フリッツベルクは、気管に血が溢れて息が詰まり、苦しむエリックを見下ろした。

「うーん、やり過ぎた。死にそうだな。仕方ないから……エリック、お前の死体は俺が貰うぞ。思い切り強く改造してやるから、心配するな」

「……!」

エリックはフリッツベルクを睨みつけつつも、何度も咳き込んで血を吐いた。
意識が遠のきそうになり、はっとして、左手を右胸に当てて弱い治癒魔法をかけた。

「まだあらがうのか? そんな無駄なこと──」

フリッツベルクは言いかけ、すんでのところで新たな敵の攻撃を避けて下がった。

「うわあ、奥方か! また厄介な!」

エリックの妻クロは、素早くエリックに回復魔法をかけると、双剣を構えてフリッツベルクに飛びかかった。

素早さの面で対等なクロに、フリッツベルクは押されて下がった。

フリッツベルクは魔界一と言ったばかりの剣を捨て、素手でクロに対抗し始めた。

クロは驚きつつも容赦なく攻撃を仕掛ける。しかしその全てが、フリッツベルクが身にまとう強い魔力の流れにいなされ、かすり傷一つつけられない事実に気付いた。

クロは跳ねて距離を取り、前世であった巨大な龍神の姿に変身すると、クリスタに流れる龍神の大元のエネルギーと星の生命力を織り交ぜた力を呼び出し、フリッツベルクに照射した。

フリッツベルクは叫びながら回避し、轟音と共に大きく破壊された地面を見て笑った。

「さすが、奥さんの方が冷静だな! でもその姿じゃ、小回りが利かないだろ!」

フリッツベルクは瞬間移動で巨大な龍神の懐に飛び込むと、全力で胴体に一撃を食らわした。

クロは思った以上の衝撃を受け、変身を解除してよろめいた。

フリッツベルクはその隙に容赦なく襲いかかり、美人は攻撃したくないと思いつつ乱打した。

攻撃を避けられなかったクロは衝撃で双剣を取り落とし、魔法攻撃でカウンターをしかけようと思ったものの、実際に行動に移す前に意識を失い吹き飛ばされた。

クロの使った治癒魔法で出血だけは止まったエリックは、彼女が自分に向かって飛ばされたのを見ると、体を張って受け止めた。
共に地面に倒れた場所で呻きつつ、何とか身を起こしてクロの様子を確認した。

クロは顔はほぼきれいなままながら、胴体に重傷を負っている。

「ク……」

エリックは名を呼ぶこともできず、震える手でクロに触れた。
そして、歩み寄ってきて前で立ち止まったフリッツベルクを見上げた。

「ざまあないな。負けた気分はどうだ? 思い上がったことを反省しろ」

「……」

「でもまあ、分からないでもない。バンハムーバだけじゃなく、宇宙文明全体がお前に頼りすぎた。お前はワンマンになるしかなかった。それに本気で戦闘訓練できる相手もろくにおらず、その暇もないときた。エリック君は働き過ぎだ。休めよ」

フリッツベルクは虚空からナイフを召喚して、手に持った。

「ところで、お前は髪の毛を伸ばすのが嫌いだったな? 龍神の証でもあるそれが要らないなら、俺が切ってやろう。その方がお似合いじゃないのか」

フリッツベルクは意識はあるが身動きもままならないエリックに向けて、手を伸ばした。

「撃て!」

「! うわわわ」

フリッツベルクは突然に出現した宇宙軍兵士たちの一斉射撃を受け、たまらずエリックから離れた。

「痛い! 刺さるわい!」

フリッツベルクは文句を言いつつもより距離を起き、威力が弱まった銃弾を弾き返せる位置まで来ると立ち止まった。

そして空からかかる重圧に気付き、振り向いて空を見上げた。

その隙に襲いかかったイツキは、フリッツベルクを背後から羽交い締めにした。

「やれ!」

「ちょっ、イツキく──」

イツキの叫びのすぐ後、空にいた宇宙軍の戦艦は主砲を放った。

一瞬にして地上を襲った衝撃を、兵士たちとぎりぎり目覚めたクロの行使した防御魔法で押さえ込んだ。

爆撃中心地以外に被害の出なかった砲撃で、周囲は土煙に覆われた。

追加で登場した兵士たちに治癒魔法を受けたエリックは、視界が利かない中心地に向かおうとした。

「イツキ……まさか、そんな! 嘘だろう」

自分がふがいなさすぎるせいでイツキすら殺したと思ったエリックは、本当に胸が破けそうなぐらいに悲しくなった。

エリックが、もう駄目だ泣くと思った次の瞬間、兵士たちの間からイツキが声をかけた。

「エリック様、私は無事です」

「え! いやだけど、フリッツベルクは?」

「彼は……分かりません。気配は……ここにも、学校方面にもありません」

イツキは怪我をした体に自分で治癒魔法をかけ、エリックの前まで歩いて行った。

「私は、彼に振り払われて、勢い良く後方に飛ばされたようです。何しろ一瞬の出来事で、良く確認できませんでした」

「……イツキ、お前、なんて無茶なことを」

「エリック様こそ、どれだけ一人で無茶をされているんですか。周囲の者も戦えるのです。私たちは、護られるだけの子供ではありません」

エリックは、イツキとクロ、それに兵士たちを見た。

「うん。確かにそうだ。でもイツキ、お前はショーンを護る役目だ。勝手にいなくなるな」

「はい、では彼の元に──」

「いや、ちょっと待て。フィルモアがそこの建物の中でやられた。様子を見てきてくれないか。ショーンにはオーランドがついているだろうが、俺の部下も行かせる」

「え……はい」

イツキは確執がある父のことを複雑に思いつつ、エリックの言うとおりにそちらに向けて歩いた。
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