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第三章 国葬式と即位式
十 国葬式と失われし者
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1・
日曜日の正午から開かれた国葬式は、中央神殿からほど近い五万人ほど収容できる広い講堂で行われた。
僕は仮面を被っているとはいえ、公式の場に出るのは初めてだ。そしてこの姿をマスコミにさらすのも初めてだ。
式では僕は舞台上のロック様のご遺体に花を供え、一礼をするだけで良かった。
龍神がすべき事はエリック様が全てこなしてくれ、彼がここでもロック様との思い出を語るのを聞くと、本当に仲良しだったんだなと思えた。
舞台の隅っこに立って幾人かのスピーチを聞いて、御本人が出現するんじゃと思いつつ周囲を見回す。
それだけで時間が経過して、ロック様の国葬式は終わってしまった。
僕は同じく舞台上にいたマーティス国王様とお客様などに素早く一礼すると、舞台裏に引っ込んで、客として来ているノア様を探した。
イツキが見つけてくれたから、彼とオーランドさんと一緒に控え室の一つに行ってみると、ノア様は帰らずに僕を待っていてくれた。
「ノア様。ロック様は、来られていましたか?」
「霊体の方の彼は、少しばかり顔を見せていましたよ。今はもう、おりません。湿っぽいのは嫌だそうで」
「ああ……そうですよね。僕らはまだ会えますけれど、殆どの方は一週間前に突然お別れしましたものね。皆さん……悲しんでおられましたね」
僕もつられて悲しくなった。もう泣かないと決めていたのに、涙がにじむ。
仮面を外して、ハンカチで涙を拭いた。
「それから、もう一つだけ訪ねたいことが。あの……彼女は、お元気ですか?」
「ええ……はい。元気だと思います。私は、彼女を護ると誓った身として、ショーン様に謝罪しなくてはいけません。実は彼女は今、フリッツベルク氏と共に宇宙を旅しているのです」
「えっ……」
ユールレムの補佐官の方は先ほど舞台上にいたけれど、知らない方だった。フリッツベルクさんが、どこに行ったかと思っていたら……。
「まさか、か、彼女に……人の友達ができていたとは。良かったです。本当に、良かったです」
あんなにネコ好きなフリッツベルクさんだから、母さんも気を許したんだろうか。
「仲良く旅をしてくれていると、嬉しいです。ノア様のところに居なくても、彼女は幸せなんですね」
「ええ、はい。きっと、そう思います」
ノア様が、笑顔の僕に笑顔を返してくれた。しかしどこか、ぎこちないような……。
その時突然、素早いノックと共に控え室の扉が開いた。
一瞬そちらを向こうとして仮面を付けていないと思い出し、慌てて拾って付けている間に、僕をかばって立ってくれたノア様がお客様に対応した。
「これはどうも。アルファルド様」
「ノア様、突然に申し訳ありません。お久しぶりです。帰られる前にと、取り急ぎご挨拶に伺いました。しかし……お邪魔してしまいましたか」
「いいえ、もう帰られるところです。お忙しいそうですので。ではまた」
ノア様は、仮面を付けて顔をそらす僕に、軽めの口調で言ってくれた。
僕はどうしてか部屋から姿が消えたイツキとオーランドさんのことを不思議に思いつつ、加えてこの知らないお客様に緊張しつつ、ゆっくり動いて扉の方を向いた。
ユールレム人らしい特徴の衣装を着て、容姿もそれらしい方々がいる。
一人は、さっき舞台上にいたユールレムの補佐官さんだ。
その補佐官さんの斜め前にいる、アルファルドと呼ばれた方だろう、まだ若くて黒髪長髪の男性は僕を見て、にっこり笑った。
「先ほど、舞台上ではご挨拶ができませんでした。新しい龍神様、私はユールレム王国国王カルゼットの息子、第二王子のアルファルドと申します。お見知りおきを」
何だが、彼から不思議な気配がする。知らないのに知っているような、とても懐かしくて、即座に手を伸ばしたいような。
心が熱くなり、体が震えて泣き出しそうになる。今にも飛び付きたい。でも、そんなことできない。
「……え……あ、はい。私は……」
僕は自分の心に驚いた。こんなに誰かに夢中になるような気持ちは初めてだ。そして、どうしてこうなっているのか分からない。
それでも戸惑いつつも名乗ろうとして、ショーンでは駄目だと思い出した。
「私は、三百八十八代目の龍神になります……シャムルルと申します。今後とも、よろしくお願いいたします」
国外の者に対する頭を下げる角度というのは決まっていて、昨日は始終その頭の下げ方を覚えようと努力した。その成果がいま発揮され、僕は相応しい態度で一礼……できたと思う。
アルファルド様は、やはり愛想が良い感じで笑っている。
「シャムルル様、私はバンハムーバ古語の習得の為にハルトライト高校に留学しに来ました。あちらでも、よろしくお願いいたします」
「……あ」
そう言われて、ようやく彼がアデリーさんの兄弟かもしれないと気付いた。
じゃあ余計に仲良くしなければと思ったところで、ノア様が僕の腕を軽く押して言った。
「シャムルル様、早くお戻り下さい。お忙しいのではありませんか」
「ノア様、その……はい」
ノア様がとても真剣に気遣う様子で言ってくれたから、ボロを簡単に出しそうな僕はただ頷いた。
離れがたいけれど、ここにはいれないので行こうかとすると、扉から新たな存在が急ぎ足でやって来た。
「失礼いたします。シャムルル様、エリック様がお呼びです。どうぞ、こちらに」
「……はい」
護衛官の衣装を身につけた短髪黒髪の立派な男の人は、真剣だけどどこか親しげのある視線をくれる。会った事があるのかもしれない。
僕は小さく震える声で、ではまたと言い残した。
護衛官さんと共に部屋を出た。
廊下を歩いていても、心は相変わらず落ち着かない。ドキドキして、アルファルド様と離れるのがとても辛い。
また涙が出る。さっきと違って辛い涙だ。
僕がヨロヨロして歩くのが遅くなると、先導していた護衛官さんが振り向いて僕を見た。
「シャムルル様、お加減が優れないのですか?」
「それは……いえ、その、大丈夫です……」
そう答えつつも泣けてくる。
戻るべき、帰らなくちゃいけないと心が急かす。ここで別れたら、もう二度と会えない。
それは嫌だ。この身が滅びても、ずっとずっと一緒にいたい!
絶望が心を埋め尽くし、足がふらつき立ち止まった。
胸が苦しすぎてたまらなくなり、きびすを返して走り出そうとすると、護衛官さんが僕の腕を掴んで引き止めた。
離してと頼む前に、瞬間移動させられて、エリック様の目前にいた。
離してもらえたけど、力が無くなりその場に座り込み、声を上げて泣いた。
「うわ~! なんだ、ロックでも出たか!」
「いいえ、違います。エリック様、人払いを」
「ああ。悪いが、シャムルルの今後の予定については神殿に帰って話し合う。マーティス様にもそう伝えておいてくれ」
僕がじゅうたんの上で座って泣いている間に、幾人かいた役人さんたちが部屋から出て行った。
さっき部屋から消えたオーランドさんがここにいて、僕の仮面を取ってタオルをくれた。
「先ほどは一人残して姿を消してしまい、本当に申し訳ありません。アルファルド様と我らは面識があり、シャムルル様と共にいるところを見られると、今後の学校生活に寄り添えなくなるのです」
「……うん」
鼻をぐすぐす言わせつつタオルで顔を拭き、理解はしたので頷いた。
「……イツキは?」
「おりますよ」
オーランドさんはそう言うものの、部屋の中にはエリック様とホルンさん、オーランドさんと僕の顔を知っている神官さんたち、さっきの護衛官さんしかいない。
「……ん?」
エリック様が首を傾げた。
「まだ説明していなかったのか? 任命式の前に伝えておいた方がいいぞ」
「はい。ですので……隠れてはいません」
護衛官さんが言う。言うんだけど……その声は、知っているものに似ている?
「え? あれ? イツキだ!」
「正確です。そして、申し訳ありません。私──」
「うひゃあ、大人に変身できるんだね! 凄い、格好いい!」
僕は立ち上がり、格好いい大人のイツキに飛び付いた。
「そういえば、狐族だったもんね! 変身するって言ってたよね! ほえ~、でも凄いよ。本物みたいだ!」
「あ、ありがとうございます。それでショーン様、もう少し説明しても宜しいですか?」
「うん、何を?」
僕は大人のイツキにベッタベッタ触りながら聞いた。
「この姿でいる時の名は、イツズミといいます。イツキは本名です」
「ああ、僕と同じで真名を隠すんだね。分かった」
「そうです。それと……済みません。イツキとしての私は、こちらの方が本物なのです。いつもの少年の姿は、過去の自分自身の姿に変身している状況です」
「……ん? じゃああの…………イツキは、偽物というか、昔のイツキなんだね……」
「そうです。最初に出会った時に、ショーン様に警戒されないために同い年に変身しており、そのままズルズルと真実を伝えられずにいました。騙す形になり、申し訳ありません」
悪びれるイツキは僕をそっと押して離して、その場に両膝をついた。頭まで下げるので、僕はそのイツキの頭を胸で抱きしめた。
「うん、イツキはイツキだ。全然大丈夫だよ。両方とも好きだ」
「勿体ないお言葉です。あと一つ秘密があるのですが、続けて構いませんか」
「いいよ~」
「私は、エリック様のひ孫です。今はアデンにいる母が、エリック様の孫なのです」
僕は大人なイツキを離して、エリック様を見た。
見比べた。
「イツキの方が可愛い」
思わず言うと、エリック様が大きく頷いた。
「そうとも。イツキはクロに似てとても可愛いらしいんだ。自慢のひ孫だ!」
エリック様のドヤ顔が、とても力強い。
「そういえば、この間神殿でお目にかかった女性に似ていますね?」
「あれがクロだ。俺の最愛の妻だ。写真が公表されてないのが悔しいぐらい、物凄く美人だ」
「ですね、美人さんでしたよね」
「ショーン君、理解してくれてありがとう。俺はとても嬉しい……!」
エリック様が変に感動し始めた。
ホルンさんとイツキが真顔で首を横に振る。触れてはいけない話題なのだろうか。
「えーと、エリック様、予定としてはまだロック様の出棺があるんでしたよね?」
「ああうん、夕方にな。しばらく国民とのお別れ会があるから、俺はここで待機する。ショーンはどうする?」
「僕は……」
考えようとして、一瞬忘れてしまっていた問題を思い出した。
僕はまたじゅうたんの上に座ろうとして、素早くイツキに支えられた。
「あ……アルファルド様に、会いたいですう……! 会いたいよう!」
「えっ? どういう意味?」
エリック様の不思議そうな顔を見ても、自分で訳が分からないので説明もできない。ただ物凄く会いたいし、もうはなれたくないと強く感じる。
泣いてる僕をソファーに座らせたイツキとオーランドさんが、エリック様に何か話している。
エリック様は頷いて、僕の前まで来てしゃがみ込んだ。
「うーん、今まで謎だった事が、一個判明しちゃったなあ。ショーン、ちょっと聞いてもらえないか?」
「え……うう」
「あのな、ショーンが会いたいのはアルファルド様じゃない。彼はユールレム王国から留学しに来たんだが、その実態はレリクスを探しに来たと思われる。その活動の助けにするために、彼は本国からレリクスの宝石を持参したようだ。ショーンの母が大事に思う者であったんだろう。だから、とても会いたいんだ」
「レリクス……ああ、でも、どうして僕が、会いたく感じるんですか? だって、母さんの知り合いでしょう? 僕、知らないです」
「それがなあ……レリクスとしてのショーンがどう生まれたか、憶えているだろうか? 君の母さんが一人で生んだと言っただろう?」
「うう……はい。確か……自分の体……を、引きちぎったんですよね。ポドールイの本か、何かに、ありました」
「そう、その通り。女王は自分の体を多く引きちぎってショーンの魂を生んだ。つまりショーンは、彼女の分身だ。だから……今のショーンの様子を見る限りじゃ、記憶を一部引き継いでいるようだな」
「…………でも、レリクスの僕、もう……消えて無くなってる、はずじゃ?」
死ぬと言えないので、言葉を置き換えた。
「それもな、記録だけでは知ってたんだが、現実にそうだとここで判明したことがある。その、ショーンの胸にレリクスの宝石がはまっているだろう? その宝石には魂が宿る。ショーンにとってレリクスは己の体から消えた状態だが、その宝石の中に死して存在することで、今現在の神族と龍神のショーンに影響を与えているんだ」
「……つまり、僕は今も、レリクスですか?」
「そうだな。その宝石が体から離れない限りは、ショーンはレリクスのままなんだろう。しかし離せばレリクスで無くなるという問題は、実際にそうしたらショーンの命が無くなる恐れがあるから、絶対に試さないように」
「えっ……はい。これ、気を付けて扱います」
胸のレリクスの宝石に手を当て、壊れたら終わるのかと動揺した。
エリック様はふと笑い、手を上げて頭を撫でてくれた。
「そして、気付いてないかもしれないが……レリクスの女王の魂を引き継いだということは、ショーンの魂は女性性らしいな。だからこんなに女の子っぽくて、可愛いらしいんだ」
「ええっ、でもぼ、僕、ちゃんと男ですよ! だって、色々と知ったばっかで、間違えはしないんで……!」
思い出してはいけないことを思い出してしまい、心が余計にかき乱されてブルブル震えた。
「すまん。ごめん。ショーンは格好いい男の子だぞ。だから安心してくれ」
「そっ、そうです、よね?」
「そうとも。でもな……心が女の子なら、男の子を好きになるかもしれない。俺はそれでもいいと思うから、もし好きになったら俺に相談するように」
「……」
そういうのもアリだと教えてもらったばかりだけど……。
「僕、男の子ですってばっ!」
僕は叫び、立ち上がって逃げようとして、じゅうたんに足を取られて倒れた。
日曜日の正午から開かれた国葬式は、中央神殿からほど近い五万人ほど収容できる広い講堂で行われた。
僕は仮面を被っているとはいえ、公式の場に出るのは初めてだ。そしてこの姿をマスコミにさらすのも初めてだ。
式では僕は舞台上のロック様のご遺体に花を供え、一礼をするだけで良かった。
龍神がすべき事はエリック様が全てこなしてくれ、彼がここでもロック様との思い出を語るのを聞くと、本当に仲良しだったんだなと思えた。
舞台の隅っこに立って幾人かのスピーチを聞いて、御本人が出現するんじゃと思いつつ周囲を見回す。
それだけで時間が経過して、ロック様の国葬式は終わってしまった。
僕は同じく舞台上にいたマーティス国王様とお客様などに素早く一礼すると、舞台裏に引っ込んで、客として来ているノア様を探した。
イツキが見つけてくれたから、彼とオーランドさんと一緒に控え室の一つに行ってみると、ノア様は帰らずに僕を待っていてくれた。
「ノア様。ロック様は、来られていましたか?」
「霊体の方の彼は、少しばかり顔を見せていましたよ。今はもう、おりません。湿っぽいのは嫌だそうで」
「ああ……そうですよね。僕らはまだ会えますけれど、殆どの方は一週間前に突然お別れしましたものね。皆さん……悲しんでおられましたね」
僕もつられて悲しくなった。もう泣かないと決めていたのに、涙がにじむ。
仮面を外して、ハンカチで涙を拭いた。
「それから、もう一つだけ訪ねたいことが。あの……彼女は、お元気ですか?」
「ええ……はい。元気だと思います。私は、彼女を護ると誓った身として、ショーン様に謝罪しなくてはいけません。実は彼女は今、フリッツベルク氏と共に宇宙を旅しているのです」
「えっ……」
ユールレムの補佐官の方は先ほど舞台上にいたけれど、知らない方だった。フリッツベルクさんが、どこに行ったかと思っていたら……。
「まさか、か、彼女に……人の友達ができていたとは。良かったです。本当に、良かったです」
あんなにネコ好きなフリッツベルクさんだから、母さんも気を許したんだろうか。
「仲良く旅をしてくれていると、嬉しいです。ノア様のところに居なくても、彼女は幸せなんですね」
「ええ、はい。きっと、そう思います」
ノア様が、笑顔の僕に笑顔を返してくれた。しかしどこか、ぎこちないような……。
その時突然、素早いノックと共に控え室の扉が開いた。
一瞬そちらを向こうとして仮面を付けていないと思い出し、慌てて拾って付けている間に、僕をかばって立ってくれたノア様がお客様に対応した。
「これはどうも。アルファルド様」
「ノア様、突然に申し訳ありません。お久しぶりです。帰られる前にと、取り急ぎご挨拶に伺いました。しかし……お邪魔してしまいましたか」
「いいえ、もう帰られるところです。お忙しいそうですので。ではまた」
ノア様は、仮面を付けて顔をそらす僕に、軽めの口調で言ってくれた。
僕はどうしてか部屋から姿が消えたイツキとオーランドさんのことを不思議に思いつつ、加えてこの知らないお客様に緊張しつつ、ゆっくり動いて扉の方を向いた。
ユールレム人らしい特徴の衣装を着て、容姿もそれらしい方々がいる。
一人は、さっき舞台上にいたユールレムの補佐官さんだ。
その補佐官さんの斜め前にいる、アルファルドと呼ばれた方だろう、まだ若くて黒髪長髪の男性は僕を見て、にっこり笑った。
「先ほど、舞台上ではご挨拶ができませんでした。新しい龍神様、私はユールレム王国国王カルゼットの息子、第二王子のアルファルドと申します。お見知りおきを」
何だが、彼から不思議な気配がする。知らないのに知っているような、とても懐かしくて、即座に手を伸ばしたいような。
心が熱くなり、体が震えて泣き出しそうになる。今にも飛び付きたい。でも、そんなことできない。
「……え……あ、はい。私は……」
僕は自分の心に驚いた。こんなに誰かに夢中になるような気持ちは初めてだ。そして、どうしてこうなっているのか分からない。
それでも戸惑いつつも名乗ろうとして、ショーンでは駄目だと思い出した。
「私は、三百八十八代目の龍神になります……シャムルルと申します。今後とも、よろしくお願いいたします」
国外の者に対する頭を下げる角度というのは決まっていて、昨日は始終その頭の下げ方を覚えようと努力した。その成果がいま発揮され、僕は相応しい態度で一礼……できたと思う。
アルファルド様は、やはり愛想が良い感じで笑っている。
「シャムルル様、私はバンハムーバ古語の習得の為にハルトライト高校に留学しに来ました。あちらでも、よろしくお願いいたします」
「……あ」
そう言われて、ようやく彼がアデリーさんの兄弟かもしれないと気付いた。
じゃあ余計に仲良くしなければと思ったところで、ノア様が僕の腕を軽く押して言った。
「シャムルル様、早くお戻り下さい。お忙しいのではありませんか」
「ノア様、その……はい」
ノア様がとても真剣に気遣う様子で言ってくれたから、ボロを簡単に出しそうな僕はただ頷いた。
離れがたいけれど、ここにはいれないので行こうかとすると、扉から新たな存在が急ぎ足でやって来た。
「失礼いたします。シャムルル様、エリック様がお呼びです。どうぞ、こちらに」
「……はい」
護衛官の衣装を身につけた短髪黒髪の立派な男の人は、真剣だけどどこか親しげのある視線をくれる。会った事があるのかもしれない。
僕は小さく震える声で、ではまたと言い残した。
護衛官さんと共に部屋を出た。
廊下を歩いていても、心は相変わらず落ち着かない。ドキドキして、アルファルド様と離れるのがとても辛い。
また涙が出る。さっきと違って辛い涙だ。
僕がヨロヨロして歩くのが遅くなると、先導していた護衛官さんが振り向いて僕を見た。
「シャムルル様、お加減が優れないのですか?」
「それは……いえ、その、大丈夫です……」
そう答えつつも泣けてくる。
戻るべき、帰らなくちゃいけないと心が急かす。ここで別れたら、もう二度と会えない。
それは嫌だ。この身が滅びても、ずっとずっと一緒にいたい!
絶望が心を埋め尽くし、足がふらつき立ち止まった。
胸が苦しすぎてたまらなくなり、きびすを返して走り出そうとすると、護衛官さんが僕の腕を掴んで引き止めた。
離してと頼む前に、瞬間移動させられて、エリック様の目前にいた。
離してもらえたけど、力が無くなりその場に座り込み、声を上げて泣いた。
「うわ~! なんだ、ロックでも出たか!」
「いいえ、違います。エリック様、人払いを」
「ああ。悪いが、シャムルルの今後の予定については神殿に帰って話し合う。マーティス様にもそう伝えておいてくれ」
僕がじゅうたんの上で座って泣いている間に、幾人かいた役人さんたちが部屋から出て行った。
さっき部屋から消えたオーランドさんがここにいて、僕の仮面を取ってタオルをくれた。
「先ほどは一人残して姿を消してしまい、本当に申し訳ありません。アルファルド様と我らは面識があり、シャムルル様と共にいるところを見られると、今後の学校生活に寄り添えなくなるのです」
「……うん」
鼻をぐすぐす言わせつつタオルで顔を拭き、理解はしたので頷いた。
「……イツキは?」
「おりますよ」
オーランドさんはそう言うものの、部屋の中にはエリック様とホルンさん、オーランドさんと僕の顔を知っている神官さんたち、さっきの護衛官さんしかいない。
「……ん?」
エリック様が首を傾げた。
「まだ説明していなかったのか? 任命式の前に伝えておいた方がいいぞ」
「はい。ですので……隠れてはいません」
護衛官さんが言う。言うんだけど……その声は、知っているものに似ている?
「え? あれ? イツキだ!」
「正確です。そして、申し訳ありません。私──」
「うひゃあ、大人に変身できるんだね! 凄い、格好いい!」
僕は立ち上がり、格好いい大人のイツキに飛び付いた。
「そういえば、狐族だったもんね! 変身するって言ってたよね! ほえ~、でも凄いよ。本物みたいだ!」
「あ、ありがとうございます。それでショーン様、もう少し説明しても宜しいですか?」
「うん、何を?」
僕は大人のイツキにベッタベッタ触りながら聞いた。
「この姿でいる時の名は、イツズミといいます。イツキは本名です」
「ああ、僕と同じで真名を隠すんだね。分かった」
「そうです。それと……済みません。イツキとしての私は、こちらの方が本物なのです。いつもの少年の姿は、過去の自分自身の姿に変身している状況です」
「……ん? じゃああの…………イツキは、偽物というか、昔のイツキなんだね……」
「そうです。最初に出会った時に、ショーン様に警戒されないために同い年に変身しており、そのままズルズルと真実を伝えられずにいました。騙す形になり、申し訳ありません」
悪びれるイツキは僕をそっと押して離して、その場に両膝をついた。頭まで下げるので、僕はそのイツキの頭を胸で抱きしめた。
「うん、イツキはイツキだ。全然大丈夫だよ。両方とも好きだ」
「勿体ないお言葉です。あと一つ秘密があるのですが、続けて構いませんか」
「いいよ~」
「私は、エリック様のひ孫です。今はアデンにいる母が、エリック様の孫なのです」
僕は大人なイツキを離して、エリック様を見た。
見比べた。
「イツキの方が可愛い」
思わず言うと、エリック様が大きく頷いた。
「そうとも。イツキはクロに似てとても可愛いらしいんだ。自慢のひ孫だ!」
エリック様のドヤ顔が、とても力強い。
「そういえば、この間神殿でお目にかかった女性に似ていますね?」
「あれがクロだ。俺の最愛の妻だ。写真が公表されてないのが悔しいぐらい、物凄く美人だ」
「ですね、美人さんでしたよね」
「ショーン君、理解してくれてありがとう。俺はとても嬉しい……!」
エリック様が変に感動し始めた。
ホルンさんとイツキが真顔で首を横に振る。触れてはいけない話題なのだろうか。
「えーと、エリック様、予定としてはまだロック様の出棺があるんでしたよね?」
「ああうん、夕方にな。しばらく国民とのお別れ会があるから、俺はここで待機する。ショーンはどうする?」
「僕は……」
考えようとして、一瞬忘れてしまっていた問題を思い出した。
僕はまたじゅうたんの上に座ろうとして、素早くイツキに支えられた。
「あ……アルファルド様に、会いたいですう……! 会いたいよう!」
「えっ? どういう意味?」
エリック様の不思議そうな顔を見ても、自分で訳が分からないので説明もできない。ただ物凄く会いたいし、もうはなれたくないと強く感じる。
泣いてる僕をソファーに座らせたイツキとオーランドさんが、エリック様に何か話している。
エリック様は頷いて、僕の前まで来てしゃがみ込んだ。
「うーん、今まで謎だった事が、一個判明しちゃったなあ。ショーン、ちょっと聞いてもらえないか?」
「え……うう」
「あのな、ショーンが会いたいのはアルファルド様じゃない。彼はユールレム王国から留学しに来たんだが、その実態はレリクスを探しに来たと思われる。その活動の助けにするために、彼は本国からレリクスの宝石を持参したようだ。ショーンの母が大事に思う者であったんだろう。だから、とても会いたいんだ」
「レリクス……ああ、でも、どうして僕が、会いたく感じるんですか? だって、母さんの知り合いでしょう? 僕、知らないです」
「それがなあ……レリクスとしてのショーンがどう生まれたか、憶えているだろうか? 君の母さんが一人で生んだと言っただろう?」
「うう……はい。確か……自分の体……を、引きちぎったんですよね。ポドールイの本か、何かに、ありました」
「そう、その通り。女王は自分の体を多く引きちぎってショーンの魂を生んだ。つまりショーンは、彼女の分身だ。だから……今のショーンの様子を見る限りじゃ、記憶を一部引き継いでいるようだな」
「…………でも、レリクスの僕、もう……消えて無くなってる、はずじゃ?」
死ぬと言えないので、言葉を置き換えた。
「それもな、記録だけでは知ってたんだが、現実にそうだとここで判明したことがある。その、ショーンの胸にレリクスの宝石がはまっているだろう? その宝石には魂が宿る。ショーンにとってレリクスは己の体から消えた状態だが、その宝石の中に死して存在することで、今現在の神族と龍神のショーンに影響を与えているんだ」
「……つまり、僕は今も、レリクスですか?」
「そうだな。その宝石が体から離れない限りは、ショーンはレリクスのままなんだろう。しかし離せばレリクスで無くなるという問題は、実際にそうしたらショーンの命が無くなる恐れがあるから、絶対に試さないように」
「えっ……はい。これ、気を付けて扱います」
胸のレリクスの宝石に手を当て、壊れたら終わるのかと動揺した。
エリック様はふと笑い、手を上げて頭を撫でてくれた。
「そして、気付いてないかもしれないが……レリクスの女王の魂を引き継いだということは、ショーンの魂は女性性らしいな。だからこんなに女の子っぽくて、可愛いらしいんだ」
「ええっ、でもぼ、僕、ちゃんと男ですよ! だって、色々と知ったばっかで、間違えはしないんで……!」
思い出してはいけないことを思い出してしまい、心が余計にかき乱されてブルブル震えた。
「すまん。ごめん。ショーンは格好いい男の子だぞ。だから安心してくれ」
「そっ、そうです、よね?」
「そうとも。でもな……心が女の子なら、男の子を好きになるかもしれない。俺はそれでもいいと思うから、もし好きになったら俺に相談するように」
「……」
そういうのもアリだと教えてもらったばかりだけど……。
「僕、男の子ですってばっ!」
僕は叫び、立ち上がって逃げようとして、じゅうたんに足を取られて倒れた。
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