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第三章 国葬式と即位式

十六 役目と事情

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1・

オーランドさんと友達になったというものの、彼はやっぱり立派な大人で、少し引いて話をしてしまう。

イツキだって本当の姿は立派な大人なんだけど、それよりも同年代の姿の彼と親しくなったから、すぐ飛び付きたいぐらいに親しみを覚える。

イツキとは夏の終わりにウィスタリアの宇宙港で初めて出会った時から、何だかとても仲良くなれそうな予感がしていた。

実際、そうして仲良くなった。だけど、仲良くなりすぎるのはいけないという。

立派な大人の龍神になるには、確かに人に頼りすぎるのはダメな事だろう。それは分かる。でも実際に口に出して注意されると、物悲しい。

そしてイツキが同じクラスじゃないのも、いつもはお昼や夕食を一緒に食べないのも、前は放課後も別々だったことも、近付きすぎる懸念というものの為に距離を取っていたんだと分かった。

理由があっても、距離を置かれるのは寂しい。

本当に寂しい。

僕はそんな風に悩みつつも金曜日も普通に登校して、朝に出会ったアデリーさんとはにこやかに挨拶した。

アデリーさんは僕の秘密を知っても、こうして前と同じように接してくれる。アデリーさん自身が出身で苦労をしているから、理解してくれるのも早いのか。

昨日は話せなかったロックバンドトーナメントの事についても、授業前に話せた。ローレルさんにお誘いを受けて嬉しいものの、アルファルド様の事もあり、行動を自粛したいという。残念だけど、行かないそうだ。

じゃあ日曜日が暇になっちゃうんじゃ……と思ったところで、ふと思い立った。

「じゃあ神殿に来る? 式には参列できないかもしれないけれど」

「え……」

アデリーさんは、周囲に目をやった。僕も見た。クラスメイトがこっちを見ている。

「ええと、あのさ、地方の龍神の神殿でも、即位式の中継をテレビで見せてくれるんだよ~。さすがに中央神殿は一般の人たちは入れないものの、そういうところなら気軽に入れるしさ」

「ええ……そうですね。私はユールレム人ですが、歴史の節目をバンハムーバの皆さんと共に過ごせるのは、楽しいかもしれません」

「うん。じゃあ、地方神殿の場所、後でいくつか教えるよ」

「はい。ありがとうございます」

アデリーさんは笑った。ちゃんと誤魔化せたようで良かった……。

「そ、そういえば昨日は、招いておいてすぐいなくなって、ごめんなさい」

「いえ、お忙しいのは分かっております。そう謝罪されないで下さい」

「でもイツキだけに任せちゃったから、楽しんでもらえたかと気がかりで」

「え、ええ。イツキ様にお庭を案内してもらえましたし、テラスで共に美味しいお菓子とお茶を頂きました。とても楽しかったですよ?」

アデリーさんが、突然照れてソワソワし始めた。昨日のソワソワと違って、とても楽しそうだ。

「……ん?」

僕がある事に気付いた時、担任の先生がやって来ちゃったのでアデリーさんは席に戻ってしまった。

僕の勘か、もしくは二人の母さんの勘が告げる。

アデリーさんは、きっとイツキが大好きだ!

イツキも前に怪しかったし、そうとなれば色々と情報を入手して手助けしてあげたい。

何か、物凄く楽しくなってきた。

2・

もっと情報を知りたい僕は、休み時間ごとにアデリーさんに話しかけて情報収集しようと頑張っていた。

テスト結果がいくつか戻ってきて、あまり良くない状況だと思えるものの、それは置いておく。

そして昼休みも当たり前のごとくアデリーさんを誘い、食堂に行こうかなとした。

教室を出てすぐの廊下で、ミンスさんと出会った。

「あっ。ミンスさん! ミンスさんも一緒に、食堂に行きましょうよ!」

本気でミンスさんの高い戦力を借りたい。

「えっ、うん。行くわよ?」

ミンスさんは珍しく僕の勢いに押されたのか、そう言っただけで僕らの後に黙ってついてきた。

食堂に行くまでの間も、僕はアデリーさんに色々と話しかけた。ユールレム母星での話を聞かせてもらい、僕は故郷コルトズの話をしたり。

食堂では僕とアデリーさんは、同じミネストローネスープセットを購入して、向かい合って座った。

食べながらも楽しくおしゃべりしていると、僕の隣でクリームスープパスタを食べていたミンスさんが、途中で席を立った。

「お姉ちゃんと話があるから、あっちのテーブルに行くね」

「えっ……うん。ミンスさん、じゃあまたね」

ミンスさんにもアデリーさんと話してもらいたかったのに、そうして少し離れたテーブルに移動してしまった。

二日後の、ロックバンドトーナメントの事も聞きたかったんだけど……。

仕方がないから、またアデリーさんと話をした。僕らは気が合うようで、とても楽しい時間になった。

食べ終わり、席を立とうとしたところで、不意にウィル先輩がやって来た。

「ショーン様、私は今日の夜から陸軍の訓練に参加します。月曜日には、それに関する様々な事情を説明できるようになると思います」

「あっ、うん、あの事ですね? 頑張って来て下さいね!」

月曜日には、ロック様が先輩に何を言ったのか教えてくれるという意味だろう。

ウィル先輩は、ニッコリと笑ってくれた。

「ええ、命懸けで頑張って参ります。ではまた、その時に」

ウィル先輩はまるで僕が龍神だと知っているかのような一礼をして、ミンスさんが移動してしまったローレルさんとジェラルド先輩のテーブルの方にも行った。

僕は先輩たちが男らしくて頼り甲斐あって、とても立派な人たちに見えた。

眩し過ぎるので顔を逸らし、アデリーさんと一緒に食器を片づけて教室に帰った。

3・

今日の放課後も、中央神殿で過ごす。即位式の練習に、時間を使うことになっている。

でもその前に質問したい事があったから、執務室のエリック様に会いに行った時に、それを口にした。イツキは即位式当日の警備計画の話し合いに参加しに行ってくれたから、今しか聞けない。

「もし僕が大人になって立派な龍神になったとしても、助言が欲しい場合は誰に質問すればいいんですか?」

「いい質問だな。前に存在だけは教えたと思うが、龍神の仕事のサポートをする文官たちがいる。まず龍神の代理で大きな仕事での決定権がある、龍神副官長だ。副官はそれ一人しかいないんだが、そのままだと威厳がないという理由で長を付けて呼んでいる。ユールレムでいうところの、国王を補佐する補佐官の役目と思えばいい」

「その方になら、色々と相談しても問題は無いのですか?」

「副官長が龍神の言動をいさめる場合もある。全部、龍神の良いように答える訳じゃない。だからこそ、相方として貴重な存在となる。そういう者になら、いくら本音をぶつけてもいいし、意見を聞いて納得できたなら鵜呑みもいいと思う。そして自分付きの神官にも、色々と相談しても構わない。それがポドールイ人なら、中立的意見も言ってもらえてかなり役立つしな」

「……そういう役目を負っているから、相談していいんですね?」

「そうそう。そして副官長の直属の下っ端で、龍神の負うべき雑多な仕事……家事じゃなくて、任務上の仕事の方だが、そういうのを頼める龍神助手官という役職がある。それは複数置いておいて、宇宙中のバンハムーバ勢力圏内の監視業務も行ってもらう。彼らにも、色々と意見を聞いてもいいだろう。そして専門的な知識が必要な場合は、民間の専門家を呼んで意見を聞かせてもらう手もある」

「それも、それぞれの役目……ですか」

「ああ。ちなみにショーンの副官長も助手官も、まだいない。ショーンが好きに人事をしてもいいものの、そういう気が無いなら俺やマーティスが推薦する。即位式の後……まあ、本格的に仕事をし始める頃にでも決めたら良い。今決定しているのは、護衛官のイツキとその部下、それと身の回りの世話と政府への連絡官もこなす神官のオーランドだけだ」

「僕は……即位式の後に、どういう仕事を任されるんでしょうか?」

「ショーンは学生だから、卒業するまでは政治的な仕事は殆ど回されないと思う。クリスタの国土を守り、自然災害を事前に防ぐ役目はクリスタ政府の方から回ってくるだろう。クリスタに来る他国の要職の者達と会うかどうかは、好きにすればいい。本気で困って龍神に頼りたいなら、俺に会いに来る筈だからな」

「確かに、そうですね。では僕は、お言葉に甘えて学生の間は学業を優先します」

「うん、その方がいい。子供時代の青春は、人生の宝物だ。大事に過ごすんだ」

「はい、僕、みんなと楽しく過ごします!」

エリック様は、嬉しげに頷いてくれた。

「じゃあショーン。続いてバンハムーバの政治形態について教えようか? 他の国にもよくある三権分立が国の基礎としてあり、貴族院と衆議院の二院制で──」

「そっ、それは後でお願いします」

「そうか? まあ、今は勉強より訓練が必要だな。即位式のリハーサルをするか」

「はい」

助かったと思った瞬間、第二執務室の扉がバタンと開いた。

「エリック様、以前の調査依頼の結果をお持ちしました」

マーティス国王様が、毅然たる態度でやって来られた。僕は、ギクッとした。

「シャムルル様、お久しぶりでございます。ちょうど良いので、エリック様と共に報告を聞いて頂けますか?」

「え、えと……」

基本的に常から戦闘態勢のマーティス国王様の勢いには、気弱な僕は押されるしかない。

「先日、シャムルル様が呼びつけた馬の神についての報告です。魔法省の猛者により調べさせた結果、エリック様とフリッツベルク氏の──」

「あー、ちょっと待て?」

「はい?」

エリック様は途中で止めて、僕をチラリと見た。マーティス国王様もチラリと見た。

「ああ、はい。あの事件の時に訪れた闇の時空獣と、シャムルル様が呼びつけた馬の神の意識は別物である可能性が高いようです。馬の神についてポドールイのロゼマイン王に助言を頂こうとしましたが、口を濁されました。我らはまだ知るべきではない、との答えです」

「まあ、彼らはそう答えるだろうな。俺やホルンにも同じ答えだった。その代わりに別の情報をくれるなんて怪しさ全開なんだが、ホルンがそれでも信じた方が良いというので、そうしている」

「頂けるものは、宇宙船エンジンの改良にも使える新たな生命体を生み出せる研究書でしたね。まだホルン殿は帰還されませんか」

「昨日出発して、即位式にギリギリ間に合うと言っていた。マーティス様にも内容を確認してもらえる」

「それは良きことですね。ただ……意見を言わせて頂きますと」

マーティス国王様は、鋭い視線を僕に向けた。

「バンハムーバを守護すべき龍神様が、他国の者に力を尽くす必要はないのですよ? もし完璧に仕事をこなせる龍神様であったとしても、そのお力はバンハムーバの為に全て取っておくべきで、他国の問題を解決する為に危険な研究に手を染めるために使われるべきではないのです。お分かりですか?」

「……は、はい。分かるのは、分かります。でもポドールイの方々は闇に怯えて生きるしかない状況です。それをどうにかして救えるなら、救ってあげたいなあと……思っています」

「理解しておられないようですね。龍神とは、全ての力と命をバンハムーバの星と国と民に捧げるからこそ、恐ろしいほどの権力を持つ事が認められているのです。一人前ならまだしも、半人前の状況でバンハムーバではなくポドールイの為に働こうなどと、理解不足も甚だしいです」

刃物のような言葉が、僕の心に突き刺さる。でも言われてみれば確かにそうだ。僕、まだ龍神としてスタートしていないのに、その状況で望む事が他国の幸せなんて……。

こんな権力を頂いておいて他国を優先する僕になんか、確かに怒りたくもなるだろう。

「その……あの……ごめんなさい。僕、一人前になるまで……ポドールイの方々の体質改善はしません。バンハムーバを第一に、考えます」

僕が視線をさまよわせながらか細い声で答えると、マーティス国王様は満足げな笑みを見せた。

「私の助言を聞き入れて頂き、感謝いたします。ではこれは報告書です」

マーティス国王様は、エリック様に書類を渡した。

そして彼は、颯爽と立ち去っていった。

「……マーティス国王様も、相談相手の一人だぞ」

「…………怖いです」

「まあそう言うな。彼も子供の頃は気弱で大人しい存在で、立場に相応しくなろうともがいて、あのように立派な大人になった。彼は国王としてとても優れた存在だ。俺は尊敬して、頼っている」

「そう……なのですか。では僕は、国王様を手本にすべきですか?」

「いやそれは止そう」

「えっ」

「ショーンはショーンの人生を歩む方がいい。真似だと面白くないだろう?」

「……はい。そうですね。僕は、誰の真似でもない人生を送りたいです」

これはレリクスの問題に対する答えでもあるなと、気付いた。

「僕には、僕の役目がありますよね。僕はそれを立派にこなしたいです。だから……エリック様、僕は僕になります。僕として生まれます」

「そうか。そうするか。ならこれについては、後で話そう。今は即位式のリハーサルが重要だ。まず台詞の暗記を完璧にしよう」

「ああ……はい」

これはどうしても逃げられない。いや、逃げちゃいけないし。

それからは覚悟して、即位式のための勉強をした。

途中でアデリーさんを式に呼んでいいか訪ね、参列者としていてもいいという返事をもらえたのでそれを彼女にメールした。

夕食の後で拝殿での予行訓練をする時、マーティス国王様も付き合ってくれたので、ハンパなく物凄く集中できた。

本番は、もう二日後だ。
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