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第四章 決戦に向けて

9 大森林の奥での出来事

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翌日、日曜日の朝。

僕らは狐族の本陣から旅立ち、クロさんとミカガミさんの案内で森の奥へと向かった。

アデンの魔法生物たちの故郷である大森林には、他人が勝手に入り込めないように結界が張られている。その入り口となる秘密の道まで、クロさんの瞬間移動能力で全員が運んでもらえた。

そこから結界の境目を抜けるには徒歩で行くしかなく、緑の大樹と動物たちの歓迎する大自然の道を楽しむことになった。

そうして余計な存在、人工物が無くなった緑の世界で、僕の魂の父さんになってくれるレリクスの王様がどこからか出現して、僕と並んで歩いてくれた。

「私がリュンに力を分け与えるには、リュンがレリクスとして生きている必要がある。大森林の魔力溜まりに到着したら、リュンは己を生き返らせるんだ」

「はい。その後は、どうすれば?」

「全て私に任せれば良い。ただし、このように後付けでレリクスに力を与えて誕生させる経験は初めてだ。生命自体に危険は及ばないものの、リュンの存在がリセットされる恐れがある」

「……え?」

僕は木漏れ日の中で立ち止まった。続いて、みんなも立ち止まった。

「え、それは、どういう意味ですか?」

「今は女王の魂に沿って生きているリュンは、一人のレリクスとして生まれ変わる時に、女王の魂の記憶を失うだろう。リュンは今、女王の記憶と連携して生きている。それを失う時に、新たなレリクスとして誕生するのだから、リュン……ショーンという存在の記憶も失う可能性がある」

「あ、あの、そんな大事なことを、どうして今になって言い出すんですか? それって、今の僕は死んじゃうって意味じゃないんですか!」

驚きすぎて、僕は叫んだ。

木の枝から鳥たちが飛び立ち、小動物が逃げ出す気配がした。

レリクスの王様は、あくまで冷静に僕を見上げる。

「大事なことだが、問題にならないと判断した。リュンには神族の言霊の力がある。その力で、ショーンとしての記憶を生まれ変わっても維持できるように命じれば良い」

「あ……はい。でも、それって効果があるでしょうか?」

「ゲームでだがポドールイの王に勝てると証明した力が効果を上げないというならば、ここでリュンが生まれ変わって戦力になる必要もない。そのような弱者ならばな」

「……」

今は、自分の力を信じる時だと思った。

「わ、分かり、ました。僕は、自分の記憶の保護を行います」

「魔力溜まりに到着してからにしよう。リュンがそこで力を使い果たして眠ってくれても私は対処できるから、心配はしなくていい」

「はい……」

僕は、澄んだ目をしたレリクスの王様を信じた。だから歩き続けた。

小一時間ほど歩いたところで、透明な大きな魔力の壁のようなものがある場所に到着した。

クロさんは、寸前で立ち止まり、僕らに向かって言った。

「本来ならば余所者の立ち入りは禁止しています。けれど緊急事態であり、シャムルル様は龍神でもあられるので、その事情を仲間たちに説明して侵入許可を得ました」

「ありがとうございます。お世話になります」

月並みのお礼しか言えないけれど、それでクロさんは微笑んでくれた。

「しかし、お供の者はここまでです。イツキは私たちの仲間ですので入れます。しかしポドールイ人とバンハムーバ人は許可できません。ここでお待ち下さい」

そう言われたフィルモア様とオーランドさんとウィルさんは、色々と気にしているようながら頷いてくれた。

「シャムルル様、どうかご無事でお戻り下さい」

オーランドさんが、僕の両手をギュッと握りしめてくれた。ウィルさんも同じように握りしめて笑ってくれ、フィルモア様とは普通に握手した。

そしてウィルさんが、僕にメモ用紙を一枚切り取ったものをくれた。

それには、僕の記憶を維持させるための言葉が記されていた。

僕は嬉しくなり、ウィルさんに感謝した。

「文章を考えて下さって、ありがとうございます。僕はちゃんと今の僕のまま、より強くなって戻ってきます。ほんの数時間だと思うので、待っていて下さいね」

「はい。お気をつけて」

ウィルさんは軽く手を振ってくれた。

僕は満面の笑みで残る三人に手を振り、それから先に進んだ。

魔力の壁にある通路を抜けて内部に侵入すると、周囲からフワリとした軽めの魔力の気配が漂ってきた。

僕らの世界そのものが空気が重たい場所のだと理解させてくれるほど身軽になったように思え、先ほどよりも元気になれて足取りが軽い。

そして良質な光……波動が高いと言えばいいのか、純度の高い光の気配に満ちている。まるで天国のようだと思える。

しばらく森の小道を歩いたのち、クロさんが再び僕らを瞬間移動させた。

魔力溜まりまでの道を僕に知られたくないからかもしれないものの、まばたきした次の瞬間にその場に存在することができて驚いた。

魔力溜まりとはどのような場所だろうと思っていたが、見かけは普通の森の空き地で、大樹の木漏れ日が暖かく周囲を照らしている。

短く生えた草花の周辺に、キラキラとした光の粒が空中を舞っている。

心落ち着く場所で、何が無くともここで休んで眠りたい最高の気分になった。

「リュン。準備が良いなら、自分を生き返らせるんだ」

レリクスの王様が冷静に話しかけてくれて、ハッとした。

僕はクロさんとミカガミさん、そしてイツキに視線をやってから、一番光を強く感じる位置まで歩いていき、地面に座った。

自分を生き返らせるなんて突拍子もない事だけど、今はそうするしかない。レリクスとして生き返れば、危険な事が増えるかもしれない。

それでも、これから訪れる戦いの時に役立ちたいし、それ以前にみんなの足手まといにはなりたくない。

それに、僕は僕でいたい。本当の意味で、一人前になりたい。

僕は強く願い、目を閉じて僕の中のレリクス、胸にある宝石に意識を集中させた。

僕の中に、身動きしない小さな部分があると感知できた。

僕は僕自身に微笑み、手を伸ばして彼を捕まえ、表に引きずり出した。

目の前に光が多く飛び、軽く目眩がして俯いた。

「しゃ……ショーン様。体調はいかがですか?」

少し離れた場所からイツキが呼びかけてくれたので、顔を上げて彼を見た。

「大丈夫だよ。うん……ああ、とても良く馴染んでいるような感覚がする」

不思議なものだけど、最近の僕の落ち着きのなさが減ったように感じた。元々あった僕の性格……僕の部分が、確かに戻ってきたのだろう。

とすれば、嫌にはしゃいでいた自分の行動は、どちらかというと女王様の魂の記憶に影響されたのか……?

いや、彼女の責任にしてはいけないと思う。

責任転嫁を反省して、次に自分の記憶を維持させる文章を唱えることにした。

ウィルさんの記してくれたメモをポケットから取り出し、何度か心で読んで練習をしてから口に出して唱えた。

「私ショーン・ショアはレリクスとして新しい存在に生まれ変わっても、今持っている記憶、ショーンやシャムルルやリュンとして経験して得た記憶を自然と安全に保持し続ける」

唱えると、僕の中を光のエネルギーが通り抜ける感覚がした。

それほど力を使った感触がないのは、まだ僕が生まれ変わってなくてまだ発動していないからなのか。

僕はみんなの顔を見回し、頷いた。

「それほど力を使いませんでしたが、発動しました。これで僕は、生まれ変わっても僕であり続ける事ができます」

差はあるけれど、みんなホッとした表情をしてくれた。

レリクスの王様が、僕に歩み寄ってきた。

「では、私の力をリュンに与えよう。……覚悟はできているだろうか?」

「はい。僕はみんなの為になる存在になります。それにはまず、弱点を無くす必要があります。これから来る戦いがどのようなものか想像できませんが、ここで得る力はみんなの助けになると思います。だから、僕は望んで新たな命を得たいです」

「うん、よく言った。リュンは女性性の魂だが、女王の勇敢さも受け継いだ。男性性の私の力を得れば、全ての者を慈しみ守護する力強き神になれるだろう」

「はい……!」

僕はワクワクして興奮してきた。

もうこれで護られるだけの存在じゃなくなる。イツキにばかり頼らなくても、僕が彼を護れたりするんだろう。

その時のイツキの顔が見てみたいと思い、彼に笑顔を送った。

心配そうな表情のイツキは、僕が笑いかけると同じように笑ってくれた。

それを見ても嬉しくて、ソワソワした。

レリクスの王様が、僕の傍で意識を集中させ始めた。高純度の光が、彼に寄り集まって行く。

どのすれば僕は新しい存在に生まれ変わるのだろうと考えながら、その様子を見つめた。

レリクスの王様から強い光の塊が放たれ、僕に当たった瞬間、僕は生まれてからこれまでに得た記憶の全てを同時に見て、衝撃を受けて意識が途切れた。

誰かが呼ぶ声が聞こえ、目を開けて確認すると、イツキが僕を抱き起こして名を呼んでいた。

「ショーン様、ご無事ですか?」

「……」

頭の中が、ヒリヒリするような感覚がある。これは生まれ変わりの衝撃ではなく、僕……私自身の言霊の作用だと分かる。

「ショーン様」

「ああ……大丈夫だ。少し、クラクラするぐらいだ」

「記憶はありますか?」

「あるとも。イツキ、もういいから離してくれ」

あまりに必死なイツキが力を込めるから言うと、彼は謝罪して力を緩めてくれた。

ゆっくり起き上がり、傍の地面に蹲るレリクスの王を見た。

「そちらの様子は?」

「いつも、子に力を与えるとこのように疲れが出る。しばらくここにいれば、すぐに回復する程度のものだ」

「私は先に帰還しても構いませんか? 色々と確認したいことがあるのです」

「ああ、様々な事が新鮮に思えているのだろうな。行くといい」

「では、失礼します」

私はイツキだけ連れて、その場を離れて大森林の結界を出てすぐの場所まで瞬間移動した。

そこで待っていた三人が、私に注目する。

ウィルもオーランドも私の無事に喜んでくれたが、フィルモア様は真剣な眼差しで私を見つめるだけだ。

私はその心が分からず、不思議に思った。

私はこの場からバンハムーバの戦艦がある空港まで、全員一緒に瞬間移動させた。
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