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第五章 私たちの選ぶ未来

4 ラスベイ襲撃

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1・

ラスベイ襲撃の報を受け、ノアはミネットティオル星国首都にある王宮の中を急いで歩く。

そして賓客として受け入れたアデリーがいるという図書室に入り、彼女とベルタがお互いにすがり付き、動揺して涙を見せているところを発見した。

「アデリー様。ラスベイでの事件をご存知ですか」

ノアが問いつつ近付いてくるのを見たアデリーは、心に芽生えた安心感のせいでガタガタ震えてより涙を流した。

「姉と、従姉妹たちが、ラスベイにいます。私、私たちの、せいですか? なぜフリッツベルクさんは、私たちを追いかけるのですか?」

「いえ、あなた方のせいではありません。これはもっと大きな……」

意味のあることと思いつつ、ノアはそれをアデリーに言ってはいけないと判断した。

「アデリー様。あの者たちは、ここには来ません。来たとしても、私と部下が追い返します。大丈夫ですよ」

「だけど、それでは、他国のあなた方に、ご迷惑がかかるだけです。私は、ユールレムに、帰ります」

「いえ、ここにいるのがあなたの使命です。他の王族が亡くなられた場合、あなたがユールレムの未来を背負うべきです。ですから、ここにいてください。ここは、宇宙文明のどこよりも安全な場所なのです」

ノアは優しく微笑み、アデリーに向けて手を差し伸べる。

アデリーは自分を護ってくれるという見目麗しいノアに、すがり付きたくて仕方がない。
けれど都合の良いように自分を護ってくれそうな男性に頼ってばかりなんて、自分という存在が情けない。ノアのいう通りに、ユールレム王家の一員として自覚を持ち、しっかりと自分の足で立つべきだと思った。
それに、医者になるという夢を持ったばかり。その夢を、貫き通したいと思う。

アデリーはベルタから離れ、涙を堪えて震えないように頑張り、ノアの手を取った。

「では、よろしくお願い、致します。私は、ユールレム王家の一員として、最後の一人となっても、生き残る道を選択いたします」

ノアは震える小さな手に触れられ、まだ十代の少女がこのように一人で強くあらねばならない現実を残酷だと感じた。

ノアは、握手していない左手もアデリーに差し出した。

アデリーは意味が分からず、戸惑った。

ノアは、にっこり微笑んだ。

「アデリー様。抱き締めても構いませんか?」

「えっ? ノア様、その……」

アデリーが戸惑っている間に、ノアはアデリーを胸に引き寄せ、大事なものを扱うように優しく抱き締めた。

アデリーはノアに抱き締められ、先ほどの決心が壊れそうだと恐ろしく感じた。それと同時に、ずっとすがり付いていたい本音と安心感が心から溢れ出た。

アデリーは自分からもノアに抱きつき、大声で泣き始めた。

子供をあやすかのように、大丈夫、大丈夫と繰り返して背中を軽く叩いてくれるノアに、アデリーは確かな恋心を抱いた。
世の全ての女性が恋をするといわれているミネットティオルの王様だと知っているから、決して成就しないと分かっている。それでもこの時だけはと、アデリーは泣き続けた。

2・

カルゼットは、クリフパレスの宇宙艦隊が他国の艦隊の包囲網をくぐり抜け、到着した先のラスベイを本気で襲撃しているのを戦艦内の通路で目の当たりにして、混乱と怒りがこみ上げてきた。
そして司令官フリッツベルクのいるブリッジに急ぎ、窓の外で破壊され続けているラスベイの首都の惨劇を止めようとした。

「フリッツベルク! ラスベイには、闇の神とやらが本当にいるかどうかを尋ねに来た筈だが、なぜ襲撃をしている! お前の故郷だろうに!」

「故郷だから、容赦なんていらないんだよ。それより、ここも危険なんだ。大人しく客間に帰ってくれ」

エリックの手元に残したのと似た魔界の剣を手にして船長席の前に立つフリッツベルクは、カルゼットに対して笑顔で答えた。

カルゼットは怒りながらも、感情を抑えてさらに質問した。

「この襲撃の意図するところは何だ」

「ラスベイのポドールイ人たちに、恐怖と不安、混乱を感じてもらうためさ。負の感情は闇を引き寄せる。さすがのポドールイ人たちも、首都が壊滅させられたら、たくさん絶望してくれるだろう。くだんの闇の神を、それでご招待できるって算段だ」

「……呼び出してどうする」

「無論、ここで退治する」

「意味が分からない。いや、納得できない作戦だ」

「普通の王様には選べない方法だろうがな、俺はできる。ポドールイ人たちも分かってて、非戦闘員たちは先に避難してくれてるよ。だから、見た目よりも被害は少ないぞ」

「そういう問題ではないだろう! お前が一時でも王であった国だ! よくも破壊ができるものだな!」

「何も手を打たなきゃ、結局闇の神に滅ぼされるだけの国だ! 見てくれだけの人道主義は必要ない。それよりカルゼット君、一個だけ謝罪するが、俺は君の娘を二人も奪うことになるな」 

「……なに? アデリーは取引したが、リリアリシアは……確か、ラスベイに渡って……ここにまだいるのか! 何故逃げていないんだ!」

「地上を逃げてるさ。だから追撃しているところだ。許してくれ」

「……お前──」

カルゼットは王である任務に忠実なあまり今まで家族の縁を重要に思ってこなかったが、このふざけた男の所業を前に強い怒りと同じほどに庇護欲を感じ始めた。

カルゼットがフリッツベルクに近付こうとすると、脇に控えていたイヴァロが立ちふさがりカルゼットを威嚇した。

戦闘能力がなにも無いカルゼットは、ここで自分にできることなどないと激しく悔しがった。
すると、そっと手に触れたものがあり、カルゼットは驚いて手を振り払い飛び退いた。

「行きましょう。フリッツベルク様の邪魔をしないで」

カルゼットは手に触れてきたルチアナの不満げな顔を見て、この襲撃も彼女らが海賊と犯罪者の手から逃れる作戦の一つだと理解はした。
しかし納得できないせいで、彼女を睨み付けた。

ルチアナは本気で睨まれても臆さず、カルゼットをジッと見つめた。

「いいですか、娘というものは、いつしか父の下を離れて去るものです。諦めてください」

「はあ? いや、私は娘を救う。そうだ、小型艇で地上に降りて迎えに行く」

「無茶言わないで、温かく見守ってあげましょう。お願いですから」

懇願してくるルチアナの表情に、カルゼットは訳が分からなくなった。

「何の話だ?」

「あれ、報されていないのですか?」

「何を?」

カルゼットは説明を求めてフリッツベルクに視線をやった。そして彼の近く、ブリッジの天井に届くほど巨大な闇の雲の塊が壁際に出現し、うごめきだしたところを目撃した。

「逃げましょう!」

ルチアナは叫び、カルゼットの腕を掴んで逃げだした。

カルゼットは驚きつつも従い、ルチアナと共にブリッジを出て通路を走る。

「あなたは死なないで!」

走りながらルチアナが叫ぶ。

「今のあなたは私たちの希望なの、未来なの! だから生きて!」

必死な表情のルチアナを見て、カルゼットは確かにそうだと理解する。今はクリフパレスの誰も、自分を殴ったりはしないだろうと。

カルゼットは頷き、彼女が安全という部屋まで共に駆けていった。

ブリッジに残った者達のうち、フリッツベルクだけは闇の雲の正体を知っている。

闇の雲の塊は九つの頭を持つ巨大な蛇に姿を変え、赤い目を怒りでギラつかせながらフリッツベルクに襲いかかった。

すんでの所で蛇の頭の噛み付き攻撃を避けたフリッツベルクは、堪らず叫んだ。

「うわ~っ! ガチでキレるの止してくれよ!」

「事情は理解しております。しかし我が国、我が民を護るのが王の勤めです! 恐怖と不安が必要でしたら、あなたがまずそれを差し出しなさい! 闇の神は、力を持つ者の負の感情こそが大好物ですからね!」

首の一つが、ロゼマインの声で叫ぶ。

「そりゃ駄目だ! 俺、痛い目に遭うと喜んじゃうんだ!」

一瞬、静けさが訪れた。

「あなたがピンチに陥れば、仲間が不安になるでしょう!」

遠く離れた地点にいるロゼマインの召喚した九頭竜は、部下には目もくれずにフリッツベルクを狙って本物の毒液を吐き出し、頭を突き出して素早く攻撃した。

フリッツベルクはブリッジと部下にダメージを出さないように立ち回った結果、すぐに毒を受けて体がただれ、蛇の首に胴体を締め上げられた。

死んでも復活するとはいえさすがに酷い苦痛を受け続け、フリッツベルクは本能的に唸り激しい炎を発生させた。

九頭竜の体は一瞬で炎に巻かれ、焼き尽くされた。

自由になったフリッツベルクは床に座りこみ、着ているコートと同じほどに赤く染まった髪に手をやって、元通りの黒髪に戻した。

炎は九頭竜のみ消し去り、他のどこにも延焼しなかった。

「あー、後で叱られるか。まあしょうがない。俺は出張に行かなきゃならないんだ」

毒で頭がクラクラしながらもフリッツベルクは立ち上がり、ブリッジの正面スクリーンに映し出されたラスベイの地上の様子に目をやる。

「イヴァロ、後は頼んだ。俺は行くぞ」

「お気をつけて!」

見送るイヴァロと部下たちは、宇宙国連軍の真似をして敬礼し、瞬間移動で消えたフリッツベルクを見送った。

3・

バンハムーバ母星の中央神殿にて、クリスタでのショーンの帰宅を待つエリックは、遠距離通信室の椅子に座って待ち続ける。

そのうち、どうしても落ち着かなくてホルンに電話した。しかし今回も、通じる事はなかった。

「あいつ、絶対にラスベイにいる。ショーンがアデンで転生してから休暇の筈が、先にファルクスで戦艦を降りたからな。任務放棄した事情は、これしかないだろう」

エリックがイラついて放った台詞を隣で立って聞いた、軍人上がりの龍神副官長レンは、軽く頷いた。

「ホルン殿ならば、三週間の宇宙の旅も危険地帯でのワープを多用して即座に終えそうですものね」

「本当にそうだよ。あいつは昔っから恐怖心が無い男だからな。行った先でどんな無茶するかと思うと……たまらない」

エリックはホルンの身を案じつつ、過去に聞いた話を思い出した。

「ホルンは、五百年前に神官になった時は龍神ウルフィールの専属だった。まだ背も低くて小さな子供みたいだった彼は、頑張ってウルフィールを救おうとしたが、たった一年で死に別れた。仲間と思った友人とも、早く死に別れた。そうしてホルンは、自分の無力を酷く嘆くようになった」

エリックは、うっすら覚えている前世の自分と当時のホルンを思い出した。

「彼は二度と誰も失わせないようにと決意して、ウルフィールが生きていれば立派に勤めただろう千年の時間を、神官として働き続けると誓った。そして俺が生まれて龍神として覚醒する前に……一度、ファルクスのポドールイ人の聖地に潜ったそうだ」

「そうなのですか? ではこの前に赴かれたのは、二度目ですか」

「二度目でも危険な場所だ。しかも一度目は呼ばれもしないのに、ポドールイ人が命を闇に消す場所でしかない聖地に行った。彼はそこで、一生分の死の恐怖に耐えた。だから彼は、俺を相手に軽口が叩ける」

エリックは遠い目をして、まだ何も映さない大画面を見つめた。

「龍神は荒ぶる神、男性性の神だ。特にウルフィールや俺は……激情に駆られやすい性格を持っている。ホルンは龍神の神官として任務を果たすために、他の誰かを標的にしないように、常に俺の気に障るギリギリラインの言動で自分に注意を向けさせて……もし他の者が似たような言動で俺に無礼を働いたとしても、慣れさせておいて笑って終わらせようなんてして……」

知ってはいるけれどホルンに直接聞いた訳ではない話を思い出し、エリックはため息をついた。

「まあつまり、ホルンは俺と出会ってから五百年間、龍神という死の恐怖に立ち向かい続けた。この灰色の物質世界では死こそが絶対不変の恐怖であり滅びだが、涼しい顔でそれを乗り切っている。ショーンのような白の光属性の力ある者ではなく、心を闇に堕とした闇の神でもなく。その中間地点で留まりつつ、肉体の極限を越えた修行者として……」

エリックは、レンをチラリと見て続けた。

「あいつ、魂だけなら俺より強いぞ。よく自分はポドールイ人として弱いなどと面白くない冗談を抜かしているが、神以外の人としては最強の部類だ。下手な闇など寄りつけもしない。だからあいつ、俺に黙って闇の神にタイマン張りに行ったんじゃないかって気がするんだ」

「まさか」

レンは短い本音を告げた。しかしエリックの本気の表情を見て、すぐに感想を変えた。

「まさか……」

声を落として呟いたレンは自分のスマホを取り出したが、通じる訳はないかと諦めた。
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