愛しておりますわ、“婚約者”様[完]

ラララキヲ

文字の大きさ
1 / 14

1>>婚約者とのお茶会

   
 
 
 
 
「リゼオン様、愛しておりますわ」

 それはマリーナの口癖だった。
 柔らかな金色の髪と透き通った翡翠の瞳を煌めかせて令嬢らしくおしとやかに微笑んだマリーナ・ホブス伯爵令嬢は、ぷっくりと膨らんだ唇から婚約者に愛の言葉を伝える。
 その様子を部屋の壁際から見ていた彼女付きの侍女はその可愛らしい主の仕草に微笑み、そしてその言葉を受け取るはずの男が主であるお嬢様と同じ言葉を彼女に返さない事に若干苛ついた。

 ここは貴族街にある喫茶店。

 貴族だけが使う為に衝立ついたてで仕切られたテーブル席と個室とが用意されている。その店の個室にて婚約者同士の交流の時間を作っていたリゼオン・シーキアス侯爵令息とマリーナ・ホブス伯爵令嬢だったが、そのマリーナの婚約者であるリゼオン・シーキアス侯爵令息は最初から不機嫌だった。
 彼は深みのある青い色の髪とその色と同じ色の瞳を持ったとても精悍せいかんな顔立ちをした青年だ。スラリとした足を気怠げに組み、テーブルの上に載せられた手は人差し指が小気味よくコツコツとテーブルを叩いて音を刻んでいた。それはリゼオンが苛立った時にする癖だった。
 リゼオンはマリーナの顔を見た時から不機嫌だった。

 だがそれは今日に限った話ではない。

 リゼオンはマリーナと婚約が決まった初めての顔合わせの時から機嫌が悪かった。
 何故ならリゼオンは、自分はどこかの侯爵家に婿入り・・・・・・・すると思っていたからだ。しかし決まったのは伯爵家への婿入り・・・・・・・・だった。

 リゼオンはシーキアス侯爵家の三男で末っ子だった。長男は最初に生まれたというだけで実家をそのまま継ぎ侯爵家の当主になる。次男も侯爵家に婿入りする事が決まっていた。なのに自分があてがわれたのは伯爵家当主・・・・・の座だった。それが何より不満だった。その不満をそのままマリーナに向けていたのだ。

 『伯爵令嬢ごときが侯爵家のボクを婿に出来るんだからこいつはさぞ気分が良いんだろうな。その証拠にバカみたいに微笑んでやがる。ボクというアタリを引いて嬉しいんだろう。ボクがこんなにも不遇な扱いを受けているのに、こいつにはそれが喜びなんだ。なんて図々しいんだ!伯爵令嬢の癖に!』

 リゼオンはそう思った。
 マリーナとリゼオンの婚約はリゼオンの家であるシーキアス侯爵家からホブス伯爵家への申し込みだったが、リゼオンは知らない。興味がないからだ。しかしその思い込みに追い風があった。
 正式に婚約者になったマリーナが頬をピンクに染めてリゼオンに向かって
「愛しておりますわ、婚約者様」
と伝えたのだ。それを聞いたリゼオンは確信した。

 『こいつがボクを好きだと言い出したから婚約する事になったんだ!どこでボクの事を見たのか知らないけど、こいつがボクに一目惚れして婚約を申し込んできたんだ!父上はなんで断らないんだ!伯爵家に何か弱みでも握られているのか!?……いや、シーキアス侯爵家がそんな弱い立場なはずはないか……きっとこいつの父親がこいつに甘いんだな……伯爵令嬢ごときの我が侭でボクの人生が決められるなんて、なんてボクは不幸なんだ……!会って間もない相手に“愛してる”なんて言われて嬉しい訳がない!!こいつは自分が愛されて当然だと思ってるんだな!だから簡単に人にそんな言葉が言えるんだ!なんて自分勝手で傲慢なんだ!!こんな自己中心的な女!誰が好きになるものか!!』

 リゼオンは直ぐにマリーナを嫌いになった。自分がどれだけ不機嫌でも冷たく返事を返してもニコニコ微笑んでいるマリーナが理解できず不快で、その事からも更にマリーナを嫌いになった。

 だが自分から父親に婚約解消して欲しいなどとは言えなかった。
 シーキアス侯爵家当主であるリゼオンの父は自分が1度決めた事はちゃんとした理由がなければ絶対に取り止めたりしない性格だった。マリーナとの婚約を解消したいと伝えてもリゼオンには父を納得させられるだけの理由を伝える事が出来ないと思った。
 マリーナが自分を好きな以上、自分が嫌いだから婚約したくない・・・・・・・・・・・・・・・なんて言ったところで拳が飛んでくる未来しか見えない。貴族の婚約が恋愛感情だけで成り立つものでは無い事を貴族に産まれた者なら誰だって知っている。だからそんな事は婚約解消の理由にはならない。
 リゼオンは嫌々ながらもこの婚約を受け入れるしかなかった。

 だが、受け入れたからといってマリーナに優しくしてやる必要も無いだろうと思った。
 何故ならマリーナがこちらを好きなのだから・・・・・・・・・・・・・・・・、その事を“リゼオンが受け入れた”時点でマリーナは満足しなければいけない。それ以上を求めるならばもっと見返りを返すべきだとリゼオンは思った。リゼオンが伯爵家に入ってやるのだから、そこに『リゼオンからの愛』まで求めるならマリーナ側からもっとリゼオンの為になる物を差し出さねば釣り合いが取れないだろう。でも今のところマリーナからそれ相応の物が差し出された事は無い。
 だからリゼオンは今後もマリーナに優しくしてやる気はなかった。
 
 
 
 
  
感想 19

あなたにおすすめの小説

もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ
恋愛
「真実の愛を見つけたから駆け落ちするよ。さよなら」 伯爵令嬢エスターは結婚式当日、婚約者のルシアンに無残にも捨てられてしまう。 3年後。 父を亡くしたエスターは令嬢ながらウィンダム伯領の領地経営を任されていた。 ある日、金髪碧眼の美形司祭マクミランがエスターを訪ねてきて言った。 「ルシアン・アトウッドの居場所を教えてください」 「え……?」 国王の命令によりエスターの元婚約者を探しているとのこと。 忘れたはずの愛しさに突き動かされ、マクミラン司祭と共にルシアンを探すエスター。 しかしルシアンとの再会で心優しいエスターの愛はついに冷め切り、完全に凍り付く。 「助けてくれエスター!僕を愛しているから探してくれたんだろう!?」 「いいえ。あなたへの愛はもう冷めています」 やがて悲しみはエスターを真実の愛へと導いていく……  ◇ ◇ ◇ 完結いたしました!ありがとうございました! 誤字報告のご協力にも心から感謝申し上げます。

王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。

佐藤 美奈
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。 「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」 もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。 先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。 結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。 するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。 ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

【完結】あなたにすべて差し上げます

野村にれ
恋愛
コンクラート王国。王宮には国王と、二人の王女がいた。 王太子の第一王女・アウラージュと、第二王女・シュアリー。 しかし、アウラージュはシュアリーに王配になるはずだった婚約者を奪われることになった。 女王になるべくして育てられた第一王女は、今までの努力をあっさりと手放し、 すべてを清算して、いなくなってしまった。 残されたのは国王と、第二王女と婚約者。これからどうするのか。

あなたの思い通りにはならない

木蓮
恋愛
自分を憎む婚約者との婚約解消を望んでいるシンシアは、婚約者が彼が理想とする女性像を形にしたような男爵令嬢と惹かれあっていることを知り2人の仲を応援する。 しかし、男爵令嬢を愛しながらもシンシアに執着する身勝手な婚約者に我慢の限界をむかえ、彼を切り捨てることにした。 *後半のざまあ部分に匂わせ程度に薬物を使って人を陥れる描写があります。苦手な方はご注意ください。

王子に婚約破棄されて国を追放「魔法が使えない女は必要ない!」彼女の隠された能力と本来の姿がわかり誰もが泣き叫ぶ。

佐藤 美奈
恋愛
クロエ・エルフェシウス公爵令嬢とガブリエル・フォートグランデ王太子殿下は婚約が内定する。まだ公の場で発表してないだけで、王家と公爵家の間で約束を取り交わしていた。 だが帝立魔法学園の創立記念パーティーで婚約破棄を宣言されてしまった。ガブリエルは魔法の才能がある幼馴染のアンジェリカ男爵令嬢を溺愛して結婚を決めたのです。 その理由は、ディオール帝国は魔法至上主義で魔法帝国と称される。クロエは魔法が一番大切な国で一人だけ魔法が全然使えない女性だった。 クロエは魔法が使えないことに、特に気にしていませんでしたが、日常的に家族から無能と言われて、赤の他人までに冷たい目で見られてしまう。 ところがクロエは魔法帝国に、なくてはならない女性でした。絶対に必要な隠された能力を持っていた。彼女の真の姿が明らかになると、誰もが彼女に泣いて謝罪を繰り返し助けてと悲鳴を上げ続けた。

【完結】マザコンな婚約者はいりません

美豆良ゆい
恋愛
伯爵令嬢シェリーは、婚約者である侯爵子息デューイと、その母親である侯爵夫人に長年虐げられてきた。 貴族学校に通うシェリーは、昼時の食堂でデューイに婚約破棄を告げられる。 その内容は、シェリーは自分の婚約者にふさわしくない、あらたな婚約者に子爵令嬢ヴィオラをむかえるというものだった。 デューイはヴィオラこそが次期侯爵夫人にふさわしいと言うが、その発言にシェリーは疑問を覚える。 デューイは侯爵家の跡継ぎではない。シェリーの家へ婿入りするための婚約だったはずだ。 だが、話を聞かないデューイにその発言の真意を確認することはできなかった。 婚約破棄によって、シェリーは人生に希望を抱きはじめる。 周囲の人々との関係にも変化があらわれる。 他サイトでも掲載しています。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m