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白衣の姫と黒装の民と魔王の息子とが追われて逃げる偶然

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 何を型通りの妄想にひたってるのよ!と思った。けれどオジサンだけでもここでバイバイできるのなら、それはそれでいいかとも考えた。その思いを読んでか読まずかお子様が言う。

 「いいえ!あなた一人では時間稼ぎにもなりません。それよりも、ここから逃げるために僕と契約を交わしてはもらえないでしょうか?」

 「何の契約?魂と引き換えなら願い下げだぞ!」

 「そんな悪魔的なものとは違います。どちらかと言えば雇用契約に近いものです。あなた方が雇用主、僕が従業員です。」

 「それで何ができる?逃げられるのか?ここから。」

 「はい、間違いなく!契約を締結するとあなた方二人にひとつづつアイテムが渡されることになります。残念ながらそのアイテムはお選びいただくことができないのですが、どれに当たってもハズレはありません。」

 ほら、いよいよなんだかわけわかんない話になってきた。新聞の契約みたいになってんじゃない。

 「…わかった!他に方法がないなら、俺は賛成だ。」

 サクラみたいな決断力の速さね。ホントの所サクラじゃないのかな。けど、ここで契約となって話が終わればそれはそれで助かるかな…。

 「いいわよ!私も。」

 「お二人とも即決すぎです!一応は契約なのですから、不履行時のペナルティとか知ろうとしてください。条件だっていろいろあるし…。」

 ガタゴトと揺れる馬車の上で、白い顔をした端正なお子様がほっぺを膨らませて叫んでいる。ああ、もうそんなのを見られただけでその他の条件なんてどうでもいいわと思える。けれど、妄想中二病的なオジサンと小学生ふたり。ひょっとしたらこの二人こそ親子で、最初からこうして何かを売りつけようとしていたのかもしれない。であれば、大した問題なんてない。なんたって私はこの国一番の商家、グランスマイル家の長女なのだから。

 「ボク、条件を説明して。それと不履行とみなされる部分も。あとは、不履行時のペナルティって何があるの?全部を今から3分以内でお願いね。」

 「はい!わかりました。まず今回の契約における条件ですが、一番簡略化できて効果の高いものを選択します。これはお二人が同時雇用主となり、ボクの持つ契約アイテムをひとつづつ取得できるというものです。取得のための条件は雇用主が二名いること。期間は百年。途中解約はなし。返品交換もできません。契約アイテムは使用時にごくわずかですがあなた方の遺伝子情報いでんしじょうほうを利用します。ごくまれにではありますが、遺伝子情報が書き換えられてしまうことがあります。けれどアイテムの効果継続時間こうかけいぞくじかんが過ぎると、利用前にバックアップされる遺伝子情報で書き戻しをしますので問題なくご利用できます。…3分まであとどれくらいありますか?」

 「1分よ!残り!」

 「不履行時のペナルティですが、契約アイテムを紛失したり他人に譲渡したりなど、自信の手元から離れてしまい使えない状態が1年続くとペナルティとなります。具体的には、1年に一回は利用されないとそうなります。内容は…。」

 「おい!まずいぞ!!来る!!!」

 馬車の上にのっていた黒オジサンが緊迫した声でそう叫んだ。私は精一杯に馬車を走らせるのに手いっぱいで後ろを振り向くことができないでいた。

 「では、了承でしたらお願いします。イングレサス・コントラクトと唱えていただければ契約が成立となります。」

 馬車の上からうお!っと、黒オジサンの声が聞こえた。何かがバサバサと羽ばたいているみたいな音がする。馬車にガツンと当たってくる衝撃も感じとれて、怖くなって叫んでしまった。

 「イングレサス・コントラクト!!」

 馬車の上からも聞こえた。タイミングを合わせようと少し待っていたみたいだ。二人の声が響きあったその時、胸の前に白く光る輝きの球が現れた。かと思うとその輝きがスーッと薄れていき、手綱をもつ手のひらにコロンと銀色の鈴が現れた。
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