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二章

13.頭のいいバカ

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「……み…ぅ」
思わず出た呟きにすぐ、返事がくる。
「はい、どうぞ」

「…………………」
いや、お前…なんで真横に待機してるんだよ…。
とりあえず、ハルトから差し出された吸い口を傾け、水を飲む。

ゆっくり含んでは、少しずつ流し喉を潤していく。
「……は」
いつから用意されていたのかわからない水は、ぬるかったが…渇いた喉にはこの上なく旨く感じた。

「熱…下がってきたね」
「37.6あたり…だな」
「……あたってそうなのが怖いよ。まったく」
「んーー」
水が遠のいて、額にハルトの手が乗せられる。素肌だからか…これも…やっぱり……気持ちが…い……。

「うぁ……うぁああ」
……なんだよ。

「…ライが僕の手に…うっとり…して……は…やばい…股間にくる…」
「………」
目が覚めた。

「……起きる」
「寝てて」
「起きるって」
「寝てて」

「…………」
「……」


前もやったな…これ。

「ライってさ、縛られたいの?」
「はぁ?」
突然なんだ。そんな趣味はねえよ。

「ライがここから出ようとするなら、僕はライを縛らなくちゃいけない」
「いや出せよ。普通に…」
「……それが…出来ると思う?」

まだ続ける気なんだよな…やっぱり。
粛清を続けたいハルトたちと、とめたいオレか…。はぁああ…面倒だ。

「……わかった。とりあえずハルト、お前はさっさと政務にいけ」
粛清はとめたいが、それ以外にもこいつの仕事は山ほどあるはずだ。だからとりあえずそっちをやれ。
お前はまず自分の事に集中しろ。そしてあわよくば、政務にかまけて、オレの事は忘れて欲しい。

夜明けなんかとっくに過ぎて、室内はもう明るい。きっと外では目まぐるしく、一日が動き始めている。

即位したての王が、オレみたいなのに構っている場合じゃないと思うんだよ。本当に…。

「で、僕がいなくなっている間に、ライは脱走する…と。バカなの?」
「いやおとなしくしてるって、な?熱もあるし」

微熱になった・・・・・・から、動く気でしょ」
「え?んん?」

「ほんっとバカ。それなのに色々と凄いんだから…もう…頭いんだか悪いんだか……ライってなんなの!」
「失礼だな。オレに勉強を教わってた奴に、頭悪いなんていわれたくねえよ。いいに決まってんだろ」

それに体の限界なら、ちゃんと考えて動いている。うつるような病気なら、出歩いたりするつもりはない。今回はそう・・じゃないから問題はない。

「…そういう事じゃなくて、もう本当このバカどうしたらいいのか。…………はい…ライ…手上げて。ばんざーーーい」
「ん?」
オレはいわれた通り、寝たまま手を持ち上げた。

「…バカだ」

「あ、おい何を!?」
「縛った」
シャリと高い音が腕からする。

「~~~~寝る前に解くっていっただろ」
「解いたじゃない」
「また縛ったら意味がない」
「前は服でしょ。今度は鎖だよ」
「はぁ?だから?」

「別物だから、別カウントだよ。それに…ほらよかったね。硬度が上がったよ」
「いい訳あるか!?せめて手錠にしろ」
「そういうやつは、ライ…簡単に外しちゃうでしょ。だったら鍵とかないこっちの方がマシ」

「んぐぐぐぐ。鎖でオレの腕が傷だらけになってもいいと?」
「自分から簡単に傷を作るくせに、よくいう…」
「む」

「勝手に傷を増やすライだもの。僕もつけたって別にいいじゃない」
「いい訳あるか。オレには傷をつけられて喜ぶような趣味はない」
「どうだか」

いや本当にないからな。恐ろしい事いうなよ。遮断するのが常だから、多少痛みに頓着していない認識はあるが、痛いのが好きって訳じゃないんだぞ。

「ほら、そんな大声出してないで寝なよ。まだ熱あるんだから」
「誰が大声を出させてんだ。…は!?そうだトイレとか、このままじゃ困るだろ。外せよ」

「手伝ってあげる」
「そんな趣味はない」
恐ろしい事いうな。

「そう?ベッドの上で尿瓶にするのと、トイレまで連れてかれて、僕に掴まれてするのどっちがいい?」
ハルトが玩具を見つけた子どもみたいな顔で、にぃいと笑う。
おおおお、恐ろしい事いうなぁ。

あまりの楽しそうな顔に一つの疑念が上がる。
「…お前………まさか…そ、そんな趣味が?」
オレは幼い頃から知っている相手の顔へ、疑いの眼を向ける。

………いや昔…オレが夜トイレにいく時、ひょこひょこあとをついてきたりした事もあったけど…、あれは寂しいからだとばかり…ひょっとして…本当にそんな趣味が?人がしてるのを見るのが好きとかそういう?


「……………」


「は!?ち、違うよ!?治療行為だと思えばなんて事ないってだけだよ!?それにほら、あくまでライのだからやりたいのであって」
「……………………」

「や、やめてその目」
「……………………………」

「く……わかったトイレの時は外すから…」
「………そうしてくれ」
お互いの為に。



「でも基本は外さないよ」
「…お前がここにいてもか?」
「いても…だね。手を自由にしておいたら、僕の目をかいくぐって、着々と準備を進めそうだもん」

「ぁーくっそ」
ハルトの前で、そこまで脱走を警戒されるような技能は見せた事がない。警戒は緩かったはずなのに…。ここにきて一気に逃げにくくなったな。誰の入れ知恵だ。

「足を縛らないだけマシと思ってよ」

「………」
誰の入れ知恵だ。

オレは不貞腐れるように、寝返りを打ちハルトに背を向ける。手が不自由だと、これもやりにくい。

「ライ……ごめん」
「謝るくらいなら、諦めろ」
「………」

「は!我儘王」
「どっちが、ライの方が我儘でしょ。我儘奴隷商!!」

「………」
「…」


「………お前の治世の出だしだ。流れる血は少ないに越した事ない」
「余計なお世話だよ」
「粛清が過ぎれば、怨恨も深くなる」
「それも余計なお世話」

「…………」
「王様でもないライに何が出来るの?おとなしくしてて」
「そりゃ…」
オレは、ハルトみたいな権力を持っている訳じゃない。けど出来る事はある……はずだ。うん、あるな。

「……いや、こんないい方で、とめようとしても通じてないよね。どうせ」
「あ?」

「ライに出来過ぎる事が多過ぎるのが、問題だからおとなしくしてて」
「それの何が問題なんだよ?」
犠牲はやっぱり少ない方がいい…ってのに。

「問題でしょ」

問題ねえ?あーーひょっとして…。

「権力が分散して、王位を脅かす心配なら無用だぞ?オレは表に出ないようにするし…」
もちろん出す部分もあるが、それは最終的にオレが死ぬ事で、決着がつく部分だから。

「…ライのバーーカ」

「はぁ?」
「バーーカ」

「ライは自分の価値が、本当にわかってない」
「何も出来ないとか、出来る事が問題とかハルトこそなんだんだよ。バッカじゃねえの」
結局どっちなんだよ。


「………」
「…」


「はぁ……ここから出るだけで粛清を簡単にとめられてしまう、ライの存在が厄介で困る」
「ぁ?」
それなら、いっそ殺せばいいだろ…。

「またありえない事考えてる」
「?」

「厄介なら、殺せばいいとか」
「だってそうだろう。オレを殺して商品たちの元締めの座を奪えば一番手っ取り早いだろ。ハルトならあいつらと交流もあるから、たやすいし」

「…………はぁああ」


「そもそもオレが粛清をとめられるのは、それをやっているのがオレの商品・・・・・たちだからだ」
だからそこまでして粛清を続けたいなら、オレを始末してハルトが舵をとればいい。

「ライに面と向かってやめるよういわれたら、彼らは逆らえないからね」
「商品が奴隷商オレに逆らえないのは、当然だな」

さらにオレは、怖がられている。そんな恐怖対象オレに逆らうような商品はうちにはいない。

「また…怖がられてるとか、ずれた事考えてる………。それも本気で思ってるんだろうね」
「?」
いや、本気も何も事実だが。

実際オレに話し掛けてくるようなのは、幼い商品や、きて日が浅い商品くらいなものだ。

時間が経てば経つ程、オレに面と向かって会話しようなんて、商品はいなくなり、距離を置くようになる。
それが恐怖や、嫌われている以外のなんだっていうんだよ。

アイナとか普通に話すのもいるけど、それも仕事ありきの会話が中心だしな。そもそも茶化すような会話をする商品でも、オレが本気で命令すれば逆らえない。

つまり周りにいてオレに逆らえるのは、ハルトぐらいなんだよな。
当然、監視もハルトがするしかないって訳だ。


あ、一人もっと容赦のないのがいたか……。オレはこの前意識をおとされた相手を思い浮かべる。まぁ…あの人はそもそも別枠だからな…。

それにあの人はそこまで、今回の件に関わってこないはずだ。この前のが例外だっただけだろう。
きっとなんか用事があったついでとか、その辺だな。


「………ライにしっかり逆らえるのが、僕しかいないのがなぁ。かといって…日が浅い者や、外部の者に室内の監視を任せるのなんて…もっと駄目だし。はぁああああーーー」

「お疲れだな」
「誰かさんのせいでね」

…え、オレのせいか?
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