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四章

22.微睡む奴隷商

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気配…。声。
そういったものが近づいては、遠ざかっていく。

「………」


オレの幸運は、ルルーフェ・ユユカルロの種馬の子として生を受けた事だと思っている。
他の種馬に育てられていたら、オレは生きていなかった。
親に巻き込まれ没落し奴隷となったという彼は、それすらも楽しみ、面白いと笑うような珍妙な人だ。

オレは彼とルルーフェ・ユユカルロの実子ではあるが、もちろんこの二人に愛があった訳じゃない。
奴隷商が戯れに交わった、種馬奴隷。その関係は肉欲を満たすものでしかない。

経緯はどうあれ、彼女は宿った赤子を殺しはせず、オレは無事産まれた。
そうして産まれたオレを、種馬は気に入ってくれた。

オレは彼を、師匠にして学び育った。
この時間がなければ、ルルーフェ・ユユカルロの教育を生き抜く事は絶対に出来なかっただろう。

そんな彼女がオレにした後継者教育は、死ぬような・・・・・ものではあったが、殺す気・・・があったものじゃない。
彼女は良くも悪くも奔放で享楽的、悪事はしても、悪意はない。

酒が駄目な事と合わせて、どこか…子どものような存在だったように思う。
事態が深刻化するのは、そんな彼女を喜ばせようと周りが過剰に動いた結果引き起こされるものである事が多い。

その最たるものが、この国の人口激減。


恐ろしく減ってしまった人の数を……家畜を育てるよう…急ぎ…増やす必要があった。
自国では賄いきれず、他国からも大勢仕入れた。

そうしてこの国は奴隷大国として持ち直す。


そういった過去のせいで、性従事の奴隷は多い…。今でこそ数は減ったものの…、少ないともいえない。
…別にそういった職業に、偏見がある訳じゃない。
人口が増えた今でも、必要とする人はいる。需要がある。

それだって必要な仕事だ。

ただ……。オレの商品がそういった道を望むのは…あの時の……彼女たちに無理を強いてしまった…あの時を、思い出すから……。

いやだ…。いや…や……や……やめ…。


「………ライ、泣かないで」
頬に何かが触れた気がする。

「ライ…大丈夫…。大丈夫だよ」

「…………や……」
「大丈夫、大丈夫だから」

「………」
少し戻った感覚が、またぼやけていく。


ふいに…ルルーフェ・ユユカルロの信者の…あの男から向けられた目が脳裏に蘇る。

周りからなんといわれようと、オレは彼女の事が…ルルーフェ・ユユカルロの事が嫌いではない。
母であるせいかといわれたが、そうじゃない。
母である事は事実だが、ただそれだけだ。オレが彼女を嫌ってないのは母だからじゃない。

そして…彼女が殺されるのをとめらなかった事を……、未だに悔いている。
殺させたくなかった。殺されて欲しくなかった。

だからといって、…彼女の死以外で、彼女と彼女の信者をとめる手立てがあったのかというと、難しいが…。
ただ…それでも…。
一人の人として、どこかで生きていて欲しかった。


彼女に思いをはせれば、視線が増えた。

彼女の信者から向けられる目が……暗闇の中からオレを見る……目が。
一…二…三……十…二十…。増えていく視線に、ぶるりと体が震える。


「こ…わ……い…。…見…るな…」
「…ん……ライ?」
「ん…ぅ…う…ふ……ひぅ…」
「…ん…大…丈夫…」
「…ぅ………ぁ……ふぅ……」


彼女…ルルーフェ・ユユカルロに初めて頼まれた仕事は…種馬の処分…。
そう処分・・だ。

ルルーフェ・ユユカルロはいった。
「金額は問わないわ。売れたら合格よ」

金額は問わない。売れたら…。
家畜を屠殺とさつするのと同じように処分をする。

処分する為の金額は問わない。…殺してくれる相手から金を得れば合格。
殺人趣味の相手を探せというような指示だ。

オレ以外の候補者きょうだいは、この試験に落ち、オレは種馬を処分し合格した。

自らの親を殺せるかどうかの試験に…。
実際に手を掛けさせる訳でなく、売るという工程をとらせたのは、奴隷商の後継者教育の一環だったんだろう。


まぁ…けど処分なぁ。
くはっ……そう処分。

あのルルーフェ・ユユカルロの目を欺けるのは、彼くらいなものだろう。
もちろん、オレの種馬…彼は処分されず、生きている。
この前も会った。相変わらず、容赦がなかったが…。
元気そうでなによりだ。

オレはとある貴族の顔を思浮かべて、口角を持ち上げる。

いつの間にか…信者の視線は消えていた。


…ルルーフェ・ユユカルロの教育を受けるオレを陰ながら支えて助けてくれたのも…彼だ。
他にも…脱落した候補者きょうだいや、候補者きょうだい種馬の処分を誤魔化したりなど…、彼の暗躍は多岐に渡る。

その辣腕は、今この国の貴族社会でも振るわれている。
そのせいで、口さがない連中からは、すっかり悪徳貴族呼ばわりだ。

まぁ…悪徳な部分がない訳じゃないだろう…。だが、それを表立ってやるようなタイプじゃない。
呼んでいるのは、彼に苦渋を飲まされて、悪口をいう事でしか憂さを晴らせない…そんな相手だ。


ただこれだけの恩は受けておきながら、…彼にたいしても、親としての情を持っているかといわれればそうじゃない。
親である…肉体上の父であるという事実があるだけだ。

存在としては、そうだな。人生の先達、師匠のほうがしっくりくる。
彼自身もそうだろう。息子というより弟子。
互いに愛情がない訳じゃない。それでも…だ。


「…ライ…もう…大丈夫かな?」
何かが…オレの髪をなでる…。

「…………」

「…ライ」

誰かが、オレの名前を呼ぶ…。
心地いい。

「………」

その後信者の視線に脅かされる事はなく、オレは柔らかな微睡を繰り返す事が出来た。
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